c0eb96f1.jpg★かなり久々に
北千住の駅に降り立ちました。
いやあーーーー、ものすごく大きな駅に
大変身

5つの路線が乗り入れているんですね。
つくばエクスプレスに東武伊勢崎線に常磐線に
千代田線に日比谷線
とっても便利

足立区の中でも範囲が狭く、荒川と隅田川に挟まれた
千住地区。
江戸時代から日光街道の宿場町として発展した
ことから、地区の中心にある「北千住駅」は
多くの路線が乗り入れるターミナル駅となったんでしょうねえ。

まず最初に向かったのは
松尾芭蕉が愛した宿場町散策コース
ということで、北千住駅西口側の「商店街」

下町風情がたくさん残っていましたよ




14785b40.jpg私が訪れたのは
午前11時ごろ。
午後から営業開始のお店や定休日のお店には
シャッターが下りているんだけど
このシャッターにも、ぬかりなく宿場町らしい
イラストがほどこされていて、素敵です。

995cc981.jpgカラフルな
シャッターが並べばにぎやかで、
決してさびしくありません(笑)

シャッターに気をとられていると
ふふふ、次々と歴史を感じさせる建物が
出てくるんです。また後日ご報告しますが・・
まず、そもそも千住の宿場町とは

千住宿
奥州街道・日光街道の宿場として
文禄年間(三年)の千住大橋の架橋を手始めに整備され、
慶長年間に継場村に指定されると宿場として発展したそうです。

完成は元禄の始めころ。
本宿五町、新宿三町(中町)、加宿二町(南千住)という
構成で、他の宿場に比べて新しく最大の長さと
人口を誇っていたらしい。

商店街の途中で細い路地を見つけて覗き込むと
「旅館」という文字。
昔なら・・「旅籠(はたご)」なのかしら
などと思いながら歩いておりました。

上野方面からくる日光街道(寛永寺宮御通路)、
浅草方面からくる奥州街道(正式な日光街道は同一線路)
を合わせ、北へ向けて出て行く日光(奥州)街道の本道と
それから宿の北部で水戸街道がわかれ
(なぜか千住ではそこを追分と呼びません)
さらに地方道の下妻街道を分岐。

このように多くの街道の集散点となっているのも
千住宿の特徴

明治になると北千住と南千住の二駅が設置。
鉄道(当時の日本鉄道 今のJR)の駅が
宿の中心に近いところに
二駅もおかれたのもほかにないのです。

●商店街のホームページより、参照させて頂きました●
北千住の宿場町めぐりの散歩、ワクワクさせられます。

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