今、就労移行支援事業所の代表。元ブックオフアメリカ店長のブログ

元ブックオフ店長、元ブックオフ アメリカ駐在員、元ゴルフ場支配人、今たい焼き屋店主、そして、次は就労移行支援事業所管理者の予定。双子の娘、障害児の父です。

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更新情報

前職の上司に『スタッフに教えるときのコツは何ですか?』と質問したことがありました。その時の上司の答えは、『教えるのではなく、伝えるを意識する。』というものでした。伝えるという意識がなかった僕には衝撃でした。本質を理解しておらず、『教えること』や『伝えるこ
『伝えるのは無理!背中で示す!!』の画像

代表の田村です。7月の開所に向けて、6月1日にスタッフ5人が全員揃いました。入社最初のオリエンテーションでは、恒例の『なんのために働きますか?』からはじめました。たい焼き屋では実現できなかった『全従業員の物心両面の幸せの追求』を就労支援事業で実現するために、
『超ホワイト企業を目指して、、、』の画像

2年ほど前に『アイデアに価値はない』とにかくヤレ!という内容のブログを書きました。2年たってこの思いはさらに強くなっています。ネットで有名なヨッピー氏とはあちゅう氏も99%の人はスタートが切れないと言っています。さらにネットでは有名なこんな言葉もあります。始
『はじめの『だい、い~~っぽ!』』の画像

社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。本田宗一郎の名言・格言 とホンダの創業者、本田宗一郎さんはそう言っていたそうです。僕も完全に同意です。僕も一応、社長のはしくれではありますが、スタ
『社長なんて偉くも何ともない』の画像

そんな、英語が全く話せない僕がアメリカで何をしていたかといえば、大きな声では言えませんが、じつはゴルフしかしていませんでした。休みの日の週1ラウンドはもちろん、週3で仕事終わりに近くのゴルフ場で、パターとアプローチ練習も欠かしませんでした。当時から、ラウ
『カリフォルニア生活で大きく成長した○○力!』の画像

冷や汗のフリーウェイデビューの続編です。じつは僕はまったく英語が話せないのですが、カリフォルニアに3年間住んでいたのは本当なので、『英語が話せないんです。』と言っても、なかなか信じてもらえません。が、本当にまったく話せません。ブックオフの海外担当社員に『
『思うは招く。とりあえず、やってみる。』の画像

つい先日まで、『障がい者』という表記にこだわっていた僕ですが、最近は意識して、『障害者』という表記を使うようにしています。最近テレビや新聞やネットでも「障害者」ではなく、「障がい者」という表記を多く見かけるようになりました。「「障害」の表記に関する作業チ
『僕が「障がい者」ではなく「障害者」を使う理由』の画像

ブログは、公開朝礼メールである。僕が起業してからも毎日ブログを書き続ける理由。(隠居系男子)やっぱり、完全に同意です。たい焼き屋ブログでも1年半ほど前にこの件についてブログを書いています。いまアイ・ワークス西明石のメンバーは、まだ僕と佐伯さんの2人しかいま
『社長のいちばんの仕事はブログだ!』の画像

私には障害を持つ娘がいます。双子の娘たちです。障害のある子を持つ親は誰でもそうですが、娘の将来を心配しました。自立できるだろうか?娘の将来の自立のために親の私が出来ることは何だろうと考えました。前職では、娘の障害のことを職場のだれにも打ち明けることが出来
『代表メッセージ』の画像

次に僕の上司になったのが、ブックオフの社員では珍しい音大出身のYさんでした。このブログを『読んでいるよ~』と先日YさんからFBでメッセージをもらったので、あまり悪いことは書けませんので、そこのところはご了承ください。(笑)Yさんと僕は同い年でした。が、共通点は年
『僕をアメリカに連れて行ってくれた人との出会い。』の画像

僕の仕事観を大きく変えた人物のひとりが、ブックオフでのはじめての赴任店舗、当時は日本一の売上を誇った町田中央通り店の店長・Tさんです。Tさんは、アルバイトで入社して日本一のお店の店長にまで登りつめた、社内では知らない人がいない超有名人でした。Tさんがアルバイ
『仕事観を大きく変えた日本一の店長との出会い。』の画像

元ブックオフスタッフのジョン向けに僕の仕事履歴を書いているつもりのブログでしたが、思わぬ反響も多くいただいたので、あらためて、僕自身の仕事観というか仕事をする上で大切にしていることをまとめたいと思います。この記事にも書きましたが、ブックオフに転職する前の
『社長第一主義から従業員第一主義への大転換』の画像

大逆転の海外転勤もあわただしいものでした。なんと告知の2週間後にはロサンゼルス国際空港についていました。ビザの関係もあり最初の3か月間は僕だけの単身赴任で行くことになりました。あわただしく始まった駐在生活は初日から盛りだくさんでした。ロサンゼルス国際空港に
『オドロキだらけのアメリカ西海岸生活のはじまり』の画像

2度目の降格人事の埼玉・桶川での店長人生は4か月で終わることになりました。テンションも店の売上も上がらず、4か月の間に何度か転職を考えました。求人サイトを見るのが日課になっていました。ブックオフ史上初の元旦に新規オープンするお店の朝礼で幕を開けた2008年でした
『再々逆転 大どんでん返し人事。コスタメサってどこ???』の画像

障害者総合支援法や児童福祉法に基づいて運営をしている事業所のサービス(就労移行支援等)を受けるためには、障害福祉サービス受給者証(以下、受給者証)を取得する必要があります。こちらを取得することにより、行政からの給付金を受けながら福祉サービスを利用すること
『障害者福祉サービスを受けるにはどうすればいいの?』の画像

大宮駅東口店の店長時代は、実質8か月間と期間は短かったものの、自分自身も会社全体でもいろいろな出来事がありました。日々の業務は、50人以上のアルバイトスタッフのマネジメントと4人の社員の育成などなど、本を売ったり買ったりする店舗業務以外がほとんどでした。毎週
『再逆転 全国5位の店長になったのに、、、』の画像

『就労支援事業のための法人を作りました。』 とご挨拶すると。『就労支援って何をするの????』と、よく聞かれます。今では、就労移行支援と就労継続支援の違いも説明が出来るようになった僕ですが、つい最近まで、僕のパソコンも『しゅうろういこうしえん』と入力して変
『就労支援ってどんなことするの?』の画像

降格人事で落ち込んでいた僕ですが、上司であるSさんとの出会いはその後の店長人生に大きな影響を与えてくれました。サッカーの元フランス代表のジダンのような風貌のSさんは、年下でしたが、子会社の社長も経験するほどの『できる人』でした。エリアの社員やスタッフからの
『僕のブックオフ降格人事 その後』の画像

群馬・伊勢崎上泉店での1年8か月ほどの後半は出張ばかりで自分の店舗にはほとんどいませんでした。その間、ソウルにも2回行きました。僕が不在の間も店舗は過去最高の売上を記録し、利益も大きく伸ばすことが出来ました。直営店のお店だけでなく、FCの加盟店様にも新規オープ
『僕のブックオフ 店長人生 その3』の画像

結果的に伊勢崎上泉店のリニューアルは大成功に終わりました。この大成功のおかげで、僕のブックオフ店長人生は大きく変わりはじめました。ある日曜日、いつも通り広い店内を大声を出して、走り回っていると一本の電話がかかってきました。本部からの電話でした。『週末の忙
『僕のブックオフ 店長人生 その2』の画像

店長力ゼロではじまった僕のブックオフ店長人生ですが、はじめの数週間はただ広い店内をダッシュして、大きな声でヤマビコ(スタッフが『イラッシャイマセ~~』をヤマビコのように繰り返すこと)だけをただただ繰り返していました。前任の夜逃げ店長を打ち負かしたベテランス
『僕のブックオフ 店長人生 その1』の画像

まったく期待されずにはじまった僕のブックオフ人生ですが、初めての転勤も期待されていない感がひしひしと伝わってくるものでした。(笑)店長:『田村さん、転勤です』僕:『わかりました。いつですか?』店長:『明後日です。』僕:『え~~~』という衝撃の異動通知でした
『僕のブックオフ人生 その2』の画像

そんな忘れられていた僕の転職活動ですが、なんと当時日本一の売上のブックオフに勤務することになりました。はじめは、日本一のお店に勤務できることに喜んでいましたが、後から考えてみると、やっぱり僕のことを採用担当は忘れていたので、1人社員の店舗ではなく、人数のゆ
『僕のブックオフ人生 その1』の画像

突然ですが、みなさまにご報告があります。本日、大安吉日の11月7日に新規事業を行う、株式会社を設立いたしましたので、ご報告させていただきます。【会社名称】  ツインズワークス株式会社【代表取締役社長】  田村 義邦【住所】 〒651-2135 神戸市西区王塚台7丁目8
『新会社設立のご挨拶』の画像

日を追うごとに社長との関係が悪化していったので、職場にいることが相当にストレスになっていました。もう転職しかないと考えるようになっていた2004年の初めごろ。ブックオフのホームページを偶然、見かけました。当時は、自宅近くにはブックオフはなかったので、お店には
『僕の30歳転職物語 その2』の画像

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