アラサー女子の人生傷ついてなんぼ

椎間板ヘルニアになって仕事を辞めた。もう満身創痍だった。それをきっかけに始めたブログ。私だって急いで走った。

おばあちゃんの葬儀という、親戚一同が集まる場で、私の婚約者であるJの顔合わせとなりました。


まさかこのタイミングで紹介することになるとは、と思っていたのだけれど、おばあちゃんにも紹介ができて、本当に良かった。



母方の親戚の構成は、


叔母さん(長女)と夫と長男
叔母さん(次女)と夫と長男と次男
お母さん(三女)とお父さんと長女(私)と長男(弟)


となっている。



子どもの頃は、いざこざや、 それぞれが抱える事情なんて、何もなかったはずなのに。
私が大人になるまでに、いろんなことがあったらしい。


まるで他人事のように話すけれど、私の家庭だっていろいろあった。
私は中学でいじめられて不登校になりそうになった。その影響で高校一年の頃はコミュニケーションが上手く取れず、また不登校になりそうになった。高校二年から人間関係に恵まれたことが幸いだった。
弟は進学校の高校を中退して、しばらくネットゲーム漬けの引きこもりのようになっていた。そのうち少しずつアルバイトを始めた。
母は精神的にかなり参っていたようで、私に相談したこともあった。母にとっては、相当つらかったのだろう。離婚の危機だってあった。

長女のおばさんの夫は、上司と衝突して仕事を辞めてから、うつ病のようになって、家庭内別居状態らしい。

次女のおばさんの次男は、一時期、音信不通で居場所も分からなくなっていた。最近は連絡を取っているらしいのだが、もう長いこと顔を見ていない。


それぞれが、いろんなことを抱えて生きている。



親戚の抱える事情については、もちろんJにはあらかじめ話していた。
彼の親戚関係も込み入った事情を抱えていて、特に驚かれたりはしなかった。



おばあちゃんの通夜で全員が揃ってから、一族の前で彼を私の婚約者として紹介した。
紹介したものの、どう振る舞えば良いものかわからず、おばあちゃんや親戚が写っている写真のアルバムを二人で眺めていた。


叔母さん(次女)「二人でラブラブな世界が良いですか〜(笑)」


しばらくしてその言葉がきっかけとなり、私たち二人も会話の輪の中に入れることに。


叔母さん(次女)「二人はどこで出会ったの?」
J「忘れちゃいました(笑)」


そうか、ここもそのうちしっかり打ち合わせをしないといけないな。


叔母さん(次女)「Sちゃんなんか綺麗になってな〜い?恋の力なんじゃないの〜?」


と叔母さんが私をからかうように言う。
あとからお母さんに聞いた話では「店長をしていた頃と全然雰囲気が違って綺麗になった」とお母さんにも話していたらしい。


お母さんにも話していたのなら、本当なのかもな。
自分でも気づかないうちに、何かが変わったのかな。
今が、私の女としての、満開の時なのかもしれない。




続きます。




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10月16日、澄みきった秋の朝、告別式と火葬が執り行われました。


前日に彼は、母から告別式は家族だけで、とやんわり断られていた。
全てが終わり、私はそれで正解だった、と思った。


また親戚が集まり、おばあちゃんと最後の別れの挨拶をする。
おばあちゃんの棺の周りにお母さんたち三姉妹が集まる。
涙を流して別れを惜しむお母さんたちを見て、胸が苦しかった。
そして、私もおばあちゃんと最後の別れの挨拶をする。


私「エミばあちゃん、ありがとう。」


そっとそう言って、さらさらの白髪と、額を撫でる。
あの感覚は一生忘れない。
白髪はまるで生きているように、さらさらとしていた。
ただ、額はひんやりと冷たく、静かに硬く、動かなかった。


どうしても、涙はあふれてしまうのだった。


集まった親戚が棺の蓋に手を添えて、上に被せる。
おばあちゃんの顔が閉じられてゆく。
あの光景は一生忘れない。
まるで、幕が閉じてゆくように、おばあちゃんの顔が、少しずつ見えなくなった。


私「エミばあちゃん、じゃあね。」


閉じられてしまった棺は淡い薄桃色をしていて、銀色の糸で花と植物の刺繍も施してあった。おばあちゃんを天国まで運んでくれる棺は、とても優しかった。
それはまるで箱舟のようだった。



火葬場に移動する。
私は最後におばあちゃんの棺を優しく撫でた。
おばあちゃんが私にそうしてくれたように。
おばあちゃんの棺が吸い込まれるように中へ。
無機質な機械の音が、無情にもおばあちゃんを引き離す。
おばあちゃんを見送る言葉が掛けられる。
そして、頑丈で固い扉は閉まってしまう。
従兄弟のお兄ちゃんが、初めて泣いていた。
三姉妹で納棺完了のボタンを押す。
「点火のボタンではございませんので」と担当者から説明を受けていた。


それから、広いロビーのような控え室に移動して、1時間30分ほど待つ。
ここでも私は叔母たちと一緒に、お茶を出したりお菓子を用意したりと、せかせかと動く。何もしない弟には、途中で私が無理やりお湯の補充に向かわせた。
やっと一息ついて、私はソファーに座り、緑茶の入った紙コップを眺めていた。
コップの底に静かに溜まってゆく茶葉が、まるで海の底に沈んでゆく人のようだ、と思いながら。


火葬が終わり、遺骨を骨壷に納める部屋に移動する。
おばあちゃんの遺骨を目にするのは、やっぱりショックだった。
全てが燃えてしまっていた。
さっきまでと同じおばあちゃんの姿だとは、到底思えなかった。
人とは、なんて儚いのだろう、と思った。
近づけた顔が熱くなってしまうほどに、まだ熱を持っていて、そのことがとても生々しかった。とてもショックだった。
三姉妹が遺骨を骨壷に納めたあとに、他の親戚も加わって納める。
順番が回って来て、私はおばあちゃんの骨盤を納めた。
何か、意味深げだな、と思った。



葬儀場に戻る。
昼食の弁当を食べる。
量が多くて、ほとんどの人が残してしまった。
従兄弟のお兄ちゃんだけが、完食していた。
どたばたと片付けて、それぞれの帰路に就く。
私たち家族の住んでいる家は、もともとはおばあちゃんの家だった。
私たち家族は、おじいちゃんの仏壇を守る役割も兼ねている。
仏壇のあるおばあちゃんの家に、おばあちゃんの骨壷も持ち帰った。
納骨は、四十九日の法要の時に。12月2日だという。
それまで、おばあちゃんの骨壷は、おじいちゃんの仏壇の隣に寄り添って。




そこは、どこまでも続いている、辺り一面の花畑だった。
花畑に横たわる、おばあちゃんの頬に蝶が止まる。
目が覚めたおばあちゃんは、おじいちゃんと結婚した頃の姿に戻っていた。
花畑の向こうから、誰かが歩いて来る。それはおじいちゃんだった。
歩いて来るおじいちゃんも、おばあちゃんと結婚した頃の姿に戻っていた。
おばあちゃんはおじいちゃんに駆け寄る。
二人は無言でお互いを抱きしめる。
42年ぶりに会った二人は、あの頃と全然変わっていなかった。
二人手をつないで、ゆっくりと、花畑を歩いてゆく。



おおかみこどもの雨と雪 / めぐり



やっとおじいちゃんに会えたね。おばあちゃん。




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母「エミばあちゃん、息引き取りました。」


10月14日、土曜日の13時30分頃、おばあちゃんが息を引き取りました。


前日に容体が急変して、危篤との連絡が入る。
お母さんたち三姉妹が集まり、一晩を過ごした翌日。
お母さんが一度仮眠のために帰って来ていた、静かな家の中に、携帯の着信音だけが、けたたましく響く。
もう呼吸が浅い、と連絡を受けて、お母さんはまた急いで病院へと向かう。

三姉妹が全員揃い、見守られながら、静かに息を引き取ったおばあちゃん。
おばあちゃんが息を引き取る直前、しとしとと雨が降り始めたという。

家に一人残された私は、メールでお母さんにおばあちゃんの様子を伺っていた。
そうして返ってきた返事が、おばあちゃんの訃報だった。
私はしばらくただぼうっとしていた。ただ空を見ていた。
おばあちゃんが8月に一度危篤状態になってから、私の中で心の準備はできていた。

お母さんから電話が掛かってくる。
お母さんが電話の向こうで、こらえきれずに泣いていた。
そのお母さんの様子が、私の胸を苦しめた。

ちょうど家で彼の迎えを待っていた私。
彼にも連絡を入れる。
彼が通夜と告別式に出てくれると言う。
そのまま二人して喪服を買いに行った。


J「S、一人で抱え込まずに言えよ。」


車を降りる直前、彼に呼び止められる。
彼の言葉に私は少し救われた気がした。




10月15日、少し肌寒い秋の夕方、通夜が執り行われました。


おばあちゃんの顔には、白い布が優しく掛けられていた。

私たち家族は少し早く到着し、納棺に立ち会った。
化粧を施されたおばあちゃんは綺麗で、ただ眠っているようにさえ見えた。
ただ、白くなったおばあちゃんの指には、温度が感じられなかった。
それぞれが折った折り鶴と、それぞれの髪と爪を包んだ白い紙と、小遣いの千円札と。
首元には、お母さんの綺麗なスカーフを巻いて。
唇には、薄い紅を引いて。


やっとおじいちゃんに会えるね。おばあちゃん。


久しぶりに顔を合わせる、懐かしい親戚の面々。
天寿を全うしたおばあちゃん。享年93歳だった。
集まった親戚は、打ちのめされたように悲観してはいなかった。
それでも、私はどんな顔をして良いものかわからず、軽く頭を下げる。
その場で急きょ受付を頼まれた私は、通夜の部屋から出て、廊下の受付に一人立つ。
ふう、と静かに長い息を吐く。


私は、親族の通夜と告別式に参列するのは、初めてだった。


家族葬だったのだが、香典を持って来てくれる、親族以外の参列者もいた。
一人一人記帳してもらい、香典返しを渡す。
少しして、彼が到着する。昨日買ったばかりの喪服に身を包んでいた。
流石の彼も緊張しているようで、受付が一段落した頃に、私と一緒に部屋に入った。
もともと親戚には私の婚約者が参列するということで、あらかじめ伝えておいたのだが、改めて紹介するタイミングがわからず、彼も身の置きようがない。
親戚も、あの人は誰だ、という表情をしていて、私もいたたまれない。
一人一人に紹介しようとしたら「紹介は揃ってからで良い」とお母さん。
だいぶ時間が空いてしまうけど。今はまだどたばたしているし、そうしよう。
結局、遅れて到着した遠方組の、従兄弟のお兄ちゃんと弟が揃ってから、一族の前で彼を私の婚約者として紹介した。


終始、にぎやかで笑い声にあふれた通夜だった。


まだ私が子どもだった頃。今となってはもう10年以上前の話。
毎年正月になると、母方の親戚一同が集まり、寄り正月をしていた。
三姉妹、それぞれの夫、従兄弟は全員で5人。いつも大勢でにぎやかだった。
毎年おじいちゃんの法事で集まり、おばあちゃんの手作りのサツマイモのかき揚げを、毎回楽しみにしていた。私はおばあちゃんのかき揚げが大好きだった。
たくさんの手作りのおはぎは、餡子ときな粉とがあって、毎回持ち帰っていた。お父さんがおはぎが好きで、よく食べていたのを覚えている。
あのおばあちゃんのかき揚げの味は、お母さんでも再現ができない。



こんなに大勢でにぎやかに過ごせたのは、とても懐かしかったね、おばあちゃん。
今日は、全然寂しくないね。だって、皆集まっているんだもの。
そして、私はもうすぐ結婚して、家族が増えるよ。今日紹介できて、嬉しかったよ。



おばあちゃんも、最後に楽しんでくれたのではないだろうか。
まるで眠っているような綺麗な顔で、私たちの話を聞いていたんだろう。
私たちを、優しく見守っていたんだろう。




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