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罪なき者なおもて石を投げる。いわんや罪人をや。
(人生修行中のフリーライターの針小棒大な日々)

560 東京五輪に向けた柔道改革案(1)

今日、リオ五輪のおかげで慢性的に寝不足なオヤジ(私)の
最大の関心事といえば、何をさしおいても「柔道」だ。
 
中でも私の関心を鷲づかみして離さないのは、
あの柔道における勝敗の分かりにくさである。

まずもって、技が分かりづらい。今の動きがどんな技で、
どちらがどのような意図を持って技をかけて、
それが成功したのか失敗したのかがどうも曖昧である。
もちろん、大外刈りや払い腰、体落としなどのメジャー技は分かる。
抑え込みだってタテやヨコの四方固めや肩固めも分かる。

しかし、少しマイナーどころになると、もうさっぱり分からない。
いや、技によって勝敗が決まればまだいい。

分かりづらいのは、指導とか反則とか、技以外で決まってしまうケースだ。
 
だいたい、襟や袖をつかみ合って、組み合って、
絡み合って、蹴り合っている二人なのだ。
忙しくて仕方がないのだ。一瞬背中が畳に着いたとか、
手が足に触れたとかのアクシデントは起こっても不思議ではない。
むしろ起きない方が不自然だ。そんな、ほぼ偶然に近い
些末なことで勝敗が決まったのではたまったものではない。
観ている方が納得できないのだから、実際に戦っている
(そして負けた)選手の納得のできなさといったら想像するに余りある。

柔道は競技者の技よりも、主審の動体視力と
センスに大いに左右される競技である。

だから、私のような柔道素人が「え? 今ので決まったのか?」とか、
「どうしてこれが指導になるんだよ」とか思ってしまう原因なのだと思う。
言い換えれば、勝敗の基準が明確ではないのだ。
野球やサッカーの観客が「どうして得点の多いチームが勝つんだよ」と
怒ることはない。勝敗の基準がハッキリしているから。

では、どうすれば良いのか。

そして私は考えたのだ。(つづく)

559 がんぶりが外れてますと言われたら

その昔、我が家に若者が訪ねてきて
「お父さん、がんぶりはずれてますよ」と
私の心を徒に不安にさせて立ち去ったことを書いた。

518 がんぶり外れてます

その後、若者は現れていない。
ついでに言えば、そんな工事もない。

少し前、建築業を営む知人が事務所に来た時に
その話を思い出して質問してみた。

「ねえ、『がんぶり』って知ってます?」

「がんぶり? 知らない。何それ」

「屋根瓦のナニやらだということは分かるんですが、
 実は昔、こんなことがあったんです……」と
顛末を話すと、知人は合点がいったようで

「ああ、たぶん『かんむり瓦』のことですね」と。

屋根の「Λ」の頂上部にある、筒を半分に切ったような
瓦を「かんむり瓦」あるいは「がんぶり瓦」というらしい。

なるほどね。で、それが外れてると言われたんですが。

「それは明らかにヤバいヤツです。相手にしない方がいいです」

「少し前に話題になった、リフォーム詐欺みたいな
がんぶり詐欺ということですか?」

「詐欺かどうか分からないけど、怪しいですね」

「次にそんなヤツが来たら、どうしたらいいですか?」

「僕を呼んでください」

「すぐに来てくれます?」

「まあ、無理でしょうね」

「ダメじゃん」

「じゃあ、こうしてください」

ある朝、やけに気の良さそうな兄ちゃんが玄関先に立ち
「おたく、がんぶりが外れてますよ」と言われたとしたら

「これは親切に、ありがとうございます。
 兄が(「父」でも「知人」でもOK)近くで
 建築業を営んでいるので、伝えておきます。
 もしよろしければ、同業のことですので
 お宅様のお名前をお聞かせ願えますか?
 兄にぜひ伝えたいと思いますので」

と言えば、絶対に退散しますよ、とのこと。

よーし分かった。

次にがんぶり兄ちゃんが来たら試してみることにする。

だから、あの時の兄ちゃんに告ぐ。

これを読んだら、今週の週末にでも来てくれないか?

558 気づいてしまった

気づいたからには、言わずにおれない。

 Miyamoto_Musashi_Self-Portrait江戸初期(1630年代)

Portrait_of_Itō_Jakuchū_by_Kubota_Beisen江戸中期(1790年代)

上下の写真を見比べてもらえば分かるが、
約160年もの年月を経過したというのに、
このヒト、少し髪の量が減ったくらいで、
ほとんど歳をとったように見えない。

さすが、歴史に名を遺す人はすごい。

……というのは嘘で(当たり前)
上は宮本武蔵、下は伊東若冲。

似てない?

557 救急搬送されました(3)

(前回までのあらすじ)

仕事中、体調が悪くなって救急車で病院に来たものの
点滴を打たれて寝ているうちに体調が回復したのであった。

しばらくすると看護師が現れ、耳鼻科に行くという。

救急病棟から耳鼻科まではかなりの距離がある。
歩いていこうと思っていたら、車椅子を持ってきてくれた。
これで乗せていってくれるという。ありがたい。

「でも」と看護師は言う。

「点滴スタンドがついた車椅子が用意できませんでした」

いやいや。何も謝られることはありません。
こちらこそ申し訳ない気持ちでいっぱいなので、
もう、何でもさせていただく所存です。

「ですので、ここに両足を乗せてください」

車椅子に座ったまま、ベッドの脇の点滴スタンド(写真)
車椅子
を足の間にはさみ、スタンドの5本の足の上に両足を乗せ
そのままの恰好で突き進むのだという。

「すみません、ご協力ください」

もちろんご協力するに吝かな私ではない。

しかし考えればわかるが、そのまま看護師が後ろから押すと
足を乗せたスタンドと車椅子がぶつかり、前に進まない。
そのため、私が常に足を突っ張って
スタンドを前に押しながら進まなくてはならない。
さらに左右に曲がる時は、曲がる方向に対して
スタンドをグイッと足で押し出すというテクニックが
必要になることまで分かってきた。

だから「はい、次の角を曲がりま〜す」という指示に合わせて
素直に左右にスタンドを押し出していたら、看護師が言った。

「お上手で〜す!」

ほっといてほしい。

大名行列の「奴」のように点滴を高らかに掲げた車椅子は
やがて病院の中でも最も人が多い中央待合室に攻め入る。

せめて入院患者さんのような寝間着であれば
多少は悲壮な感じになったのかも知れないが、
あいにく、私はその日、派手なアロハを着ていた。

周囲からは、浮かれたアロハオヤジが
得意げに点滴スタンドに足をかけ、看護師さんを従えて
爆走しているようにしか見えなかったに違いない。

そんな大名行列車椅子は、人ごみをかきわけて
午後の待合室をズンズン突き進む。

ものすごく恥ずかしい。

周囲の視線が痛い。耐え難い激痛だ。
この中で誰か、モルヒネを持ってる方はいませんか?

この辱めが神の戒めだとしたら、私は甘んじて受け入れよう。

耳鼻科でもさまざまな検査をした結果、
「別に変なところはないようです」と言われた。

そして、最後に医師がひとこと。

「どうします?」

ど、どうしますって言われても。
どうもなければ、帰ります。

「では、これを持って会計へ」

なにか釈然としないまま、その場で点滴をブチッと外される。

「もう外していいんですか?」と私。

「大丈夫です。食塩水みたいなものですから」と看護師。

ラベルを見れば、酢酸リンゲルと書いてある。
リンゲル液
生理食塩水にカリウムやカルシウムを加えたのがリンゲル液である(中略)
かつては長時間の手術後で疲労した医師が飲んだ例もあった(中略)
という。いわゆるスポーツドリンクは、リンゲル液を元にして、飲みやすいように食味を調整したものである
Wikipediaより抜粋
そうか。私はスポーツドリンクを葵の印籠のごとく高らかに掲げ、
海を割るモーゼのように待合室を渡ってきたというのか。

とぼとぼと自分の足で歩いて会計へ。

その後、知人にこの話をしたら、即座に断定された。

「それって、軽い熱中症ですよ」

え? そうなの?
熱中症
表面的な症状として主なものは、めまい、失神、頭痛、吐き気、強い眠気、気分が悪くなる、体温の異常な上昇、異常な発汗(または汗が出なくなる)などがある。
Wikipediaより抜粋
でも、別に頭痛はないし、失神もない……と思うし、
体温だって36.5度だったし。

そういえば、と思い出した。

私はいつも爬虫類が裸足で逃げ出すほどの低体温で
どの体温計で測っても36度を超えることは少ない。

もしかして、救急車で測った36.5度はじつは高熱で、
あれは熱中症の症状だったのだろうか。

みなさんもお気をつけを。

556 緊急搬送されました(2)

(前回までのあらすじ)

仕事中、急に目まい、吐き気、手足のしびれに襲われ、
動けなくなってしまい、救急車を呼んだのであった。

ほどなく救急車は最寄りの救急病院へ。

救急病棟のベッドに寝かされ、
新たに計測機器を装着され、点滴をされる。

救急救命士から申し送りを受けた医師が
名前・年齢・症状など、先ほどと同じことを聞く。
私はひとつひとつの質問に答える。

「らりるれろと言えますか?」
「ぱぴぷぺぽと言えますか?」
「がぎぐげごと言えますか?」

すべて最高の滑舌で答える私。

「私の指先を触れますか?」

すべて正確にトレースする私。

「口角を上げてニッコリ笑えますか?」

満面の笑みで応えてみせる私。

「右手と左手で感じ方の違いはありますか?」
「発汗はありましたか?」
「胸の痛みはありましたか?」
「耳鳴りはありましたか?」

すべての質問に「NO!」と答える私。

しかし、この頃になって私は一つの違和感を覚えていた。

先ほどまで感じていた吐き気や手足のしびれがまったくない。
目まいに関しては、横になっているのでほとんど感じない。

あれ? おかしい。

どこかおかしなところがないですか? という医師の質問に
私があまりに何もないと答えるため、医師としても
原因を突き止めかねている様子が見てとれる。

なんだか申し訳ないような気分になってきた。

「お加減はいかがですか?」

自分の全身を一瞬のうちにスキャンし、
見つけた小さな不調を大切に拾い上げ、
まるで宝石のように医師に見せる。

「えーっと、まだちょっと目まいが残っている……かな?」

実は最初に病院に電話した時に
「今日は忙しい」と言われたのももっともな話で、
なぜかこの日に限って救急の患者が
次々と運ばれてきていたらしい。
後で聞いたら、私が病院に到着した時も
救急車が3台並んでいたらしいし、
私がいる間もひっきりなしにドクターヘリが
離発着する音が聞こえてくる。

この「救急の特異日」のようなややこしい日に
どこも悪いところはありませんなどと言ったら、
対応してくれた医師に申し訳ないではないか。

「うーん。はっきりしたことは分からないので
一度CTを撮ってみましょうか」

繰り返される心電計の電子音の向こう側に
救急病棟の緊迫した、そして物騒な会話が聞こえる。
文字に起こすのさえ憚られるような単語が飛び交う。

待っているうちに、どんどん体調が回復するのが分かる。
比例して、ますます申し訳ない気分が高まってくる。

CTの検査室に通されたときには、
わらわらと集まってきた病院スタッフを手で制し、
「あ、大丈夫です。自分で移れますから」と、
自力でストレッチャーから検査台に乗り移る始末。

その後、CT画像をつぶさに調べた医師から
「脳に出血はないようです」と言われたあげく、
「原因は分かりませんねえ」と匙を投げられる。

とりあえず脳でなかったようで安心する。

しかし、医師も医師としての意地があるのであろう。

「念のため、耳鼻科で診てもらいましょう」

耳鼻科の医師の手が空くまで、再び救急救命病棟で待つ。
もちろん、多少のふわふわ感が残っている以外、
どこにも悪いところはないように思われる。

ああ、申し訳ないなあ。

しかし、本当の地獄はこの後だということを
私はまだ知らないのであった。

(つづく)
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カチロー

出任せライター
蕎麦と落語と上田現さんと筋肉少女帯と憂歌団とキャンディーズとバナナマンを愛する昭和のオヤジ。酒といえば日本酒。尊敬する馬といえばサイレンススズカ。クレイジーといえばキャッツとケンバンド。ももクロは緑寄りのハコ押し。エビ・カニ・リベラル・特亜とは不倶戴天の間柄。

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