(前回までのあらすじ)

仕事中、体調が悪くなって救急車で病院に来たものの
点滴を打たれて寝ているうちに体調が回復したのであった。

しばらくすると看護師が現れ、耳鼻科に行くという。

救急病棟から耳鼻科まではかなりの距離がある。
歩いていこうと思っていたら、車椅子を持ってきてくれた。
これで乗せていってくれるという。ありがたい。

「でも」と看護師は言う。

「点滴スタンドがついた車椅子が用意できませんでした」

いやいや。何も謝られることはありません。
こちらこそ申し訳ない気持ちでいっぱいなので、
もう、何でもさせていただく所存です。

「ですので、ここに両足を乗せてください」

車椅子に座ったまま、ベッドの脇の点滴スタンド(写真)
車椅子
を足の間にはさみ、スタンドの5本の足の上に両足を乗せ
そのままの恰好で突き進むのだという。

「すみません、ご協力ください」

もちろんご協力するに吝かな私ではない。

しかし考えればわかるが、そのまま看護師が後ろから押すと
足を乗せたスタンドと車椅子がぶつかり、前に進まない。
そのため、私が常に足を突っ張って
スタンドを前に押しながら進まなくてはならない。
さらに左右に曲がる時は、曲がる方向に対して
スタンドをグイッと足で押し出すというテクニックが
必要になることまで分かってきた。

だから「はい、次の角を曲がりま〜す」という指示に合わせて
素直に左右にスタンドを押し出していたら、看護師が言った。

「お上手で〜す!」

ほっといてほしい。

大名行列の「奴」のように点滴を高らかに掲げた車椅子は
やがて病院の中でも最も人が多い中央待合室に攻め入る。

せめて入院患者さんのような寝間着であれば
多少は悲壮な感じになったのかも知れないが、
あいにく、私はその日、派手なアロハを着ていた。

周囲からは、浮かれたアロハオヤジが
得意げに点滴スタンドに足をかけ、看護師さんを従えて
爆走しているようにしか見えなかったに違いない。

そんな大名行列車椅子は、人ごみをかきわけて
午後の待合室をズンズン突き進む。

ものすごく恥ずかしい。

周囲の視線が痛い。耐え難い激痛だ。
この中で誰か、モルヒネを持ってる方はいませんか?

この辱めが神の戒めだとしたら、私は甘んじて受け入れよう。

耳鼻科でもさまざまな検査をした結果、
「別に変なところはないようです」と言われた。

そして、最後に医師がひとこと。

「どうします?」

ど、どうしますって言われても。
どうもなければ、帰ります。

「では、これを持って会計へ」

なにか釈然としないまま、その場で点滴をブチッと外される。

「もう外していいんですか?」と私。

「大丈夫です。食塩水みたいなものですから」と看護師。

ラベルを見れば、酢酸リンゲルと書いてある。
リンゲル液
生理食塩水にカリウムやカルシウムを加えたのがリンゲル液である(中略)
かつては長時間の手術後で疲労した医師が飲んだ例もあった(中略)
という。いわゆるスポーツドリンクは、リンゲル液を元にして、飲みやすいように食味を調整したものである
Wikipediaより抜粋
そうか。私はスポーツドリンクを葵の印籠のごとく高らかに掲げ、
海を割るモーゼのように待合室を渡ってきたというのか。

とぼとぼと自分の足で歩いて会計へ。

その後、知人にこの話をしたら、即座に断定された。

「それって、軽い熱中症ですよ」

え? そうなの?
熱中症
表面的な症状として主なものは、めまい、失神、頭痛、吐き気、強い眠気、気分が悪くなる、体温の異常な上昇、異常な発汗(または汗が出なくなる)などがある。
Wikipediaより抜粋
でも、別に頭痛はないし、失神もない……と思うし、
体温だって36.5度だったし。

そういえば、と思い出した。

私はいつも爬虫類が裸足で逃げ出すほどの低体温で
どの体温計で測っても36度を超えることは少ない。

もしかして、救急車で測った36.5度はじつは高熱で、
あれは熱中症の症状だったのだろうか。

みなさんもお気をつけを。