2015年05月20日

茶番5

集団的自衛権の行使を認める法案について、本日、党首討論が行われたようです。

ニュース番組が抜粋したものしか見ていないのですが…



「アメリカが他国と交戦中に、自衛隊が援護射撃をすることは無い」と答えちゃった安倍ちゃん…

集団的自衛権って、そもそも、そういうケースで自衛隊が戦闘行為を行えるようにする為のものなのに、それを否定するのであれば、新しい法律の存在意義が無いわけです。



おそらく自民党内で、「この部分は言質を取られないよう、発言内容を明確に抑えよう」といった話し合いが為されたのでしょうけど、日本がまっとうな独立国として、軍事の面で正常な方向に進もうという想いがあってこその、一連の法改正の動きなのだと思ったのですが、所詮は、票や議席が大切なのね。



どうして、「リスクは高まるが、世界の平和を実現するためには必要なことであり、大切なのは、そのリスクといかに向き合い、可能な限り被害を出さないように取り組むかである」と言えないのだろう?

どうして、「同盟国が敵国と交戦し、危機を迎えた時、『自衛隊は戦えませ〜ん』と見捨てるのは、先進独立国として有るべき姿とは言い難い」と言えないのだろう?



あんなしょーもない答弁で誤魔化すのであれば、旧法のままでいいじゃん。

揉めなくて済む分、大切な議席数が揺るがされる危険性も抑えられるし。



まあ、おそらくはこういう誤魔化しの答弁でのらりくらりとやっちゃって、既成事実を作ってから、なし崩すという伝統を繰り返すつもりなんでしょうね。



バレバレだし、見飽きたよ。





なお、私見としては、醜い内輪揉めの繰り返しで周辺に迷惑しかかけていない中東諸国のことなんか、ほったらかしておけばいいと思ってます。

あいつらは結局、原油カードに胡坐をかいて甘えてるだけだもの。

それと、アメリカが中東に首を突っ込めば突っ込むほど、中東諸国の反発が強まるのは明らかなのだから、学習能力の無いアメリカに付き合う必要は無いとも思います。

「他では協力するけど、中東政策は、いい加減見直しなよ」って説得しつつ、日本は日本で、独自の防衛システムを確立し向上を図るべきでしょう。



政府はわかってんのかなぁ?

とうとう、中国のスパイが沖縄県知事になってしまった現状の危うさを。

周辺諸国に良い顔をすることを、対中・対北朝鮮政策のメインテーマにしているようだけど、いざという時、アメリカを筆頭に、そのお仲間は助けてくれるだろうか?

自分の力で戦う意思の無い国が、今後も繁栄し続けられるだろうか?

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2015年04月03日

時はうつろう

週1ペースで一緒にジム通いをしている元生徒ですが、春を迎えて暖かくなり、2度ほど一緒に野球をしました。

キャッチボール…多分20年以上経験していません。
バッティング…数年前のバッティングセンター以来です。
守備…キャッチボールに同じ。
ノック…初めてだわ。
使用するボール…硬球は勘弁してください。

物凄く足を引っ張る覚悟で臨みましたが、思ったよりちゃんとやれたので、我ながら良い気分です。
そして、生徒は僕よりはるかに巧いです。インハイの体に当てそうなボールを、何度巧く捌いてもらったか。
2人だけなので、やれることには限りがありますが、大分楽しめたようで、生き生きしていました。

ジムでのトレーニングは、1カ月を超えたあたりから結構慣れてきて、行動にある程度のメリハリが利くようになり、予定通りのメニューをこなせるようになりました。時間上の予定が狂うことも無くなった。
返事のリアクションタイムも、あと少しで普通レベルという状況です。


さて、この3カ月の取り組みで勢いを得たらしく、彼は、4月からの復学を希望するようになりました。
ご両親の受け止めとしては、「まだ早い」だし、正直僕も「まだ早い」と思います。
最大のネックは、英会話系の授業が必須科目であることです。
教師との会話、反応の無さや遅さに対する厳しい突っ込み、そして、同級生との英語による交換日記…彼の病状を極限まで悪化させたこれらの壁を乗り越えるのは、はっきり言って無理でしょう。
可能な限りのアドバイスをしたし、今後も授業準備の協力をしようかと考えていますが、大切なのは、失敗しないよう準備することよりも、失敗をいかに受け流せるかではないかと思います。だから、時期尚早か否かを論じても、無意味なのかなとも思うわけです。

いずれにせよ、彼は3月30日に大学との面接に臨みましたし、明日が履修届を提出する日です。
そして再び大学に通い始めることになれば、僕とのジム通いを継続するのは非常に困難になるでしょう。
大変前向きなお別れではあるものの、やはり結構寂しいとも思います。


なお、4月上旬に予定している、恐らく最後の野球&ジムトレーニングには、かおりんも参加する予定です。
彼にとって、年上(自称18歳なので、ある意味年下ですが)の異性に色々といじられるのは、きっと良い効果を生むはずだという僕の考えを汲み、彼女は快く引き受けてくれました。

頼りにしてます。
惚れさせない程度に楽しくしちゃってください。
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2014年12月25日

大きなお世話?ありがた迷惑?自己満足?偽善?5

11月2日の下関海響マラソンに臨む前に、元生徒のお父さんが経営されている整骨院に2度通い、色々とケアをしていただきました。
「お久しぶりです。皆様、お変わりないですか?」
「はい。元気です」
マラソン後、丸ごと1カ月、足の痛みでランニングを控える羽目になったものの、12月に入り無事に再開。今度は、お母さんの経営されている整骨院に顔を出しました。



元生徒とは、彼が中学1年生から2年生に上がる時期の春休みに出会いました。
成績はそこそこ良くて、真面目で、根のいい奴でした。
実は担当の初期から、返事のタイミングが遅いなど、ちょっと「あれ?」と感じることはあったのですが、特に問題になるような出来事は無く、3年生の秋を迎えました。
成績は五段階評価で評定平均が4を軽く超え、野球部のキャプテン、生徒会長も務めるなど、マイナスの要素が一切無い状況で、12月、当たり前のように学校推薦を頂きました。

確か、この頃からです。彼の様子が少しずつ変わり始めたのは。
僕との関係では、特段の変化が無いものの、お母さんに対し、「母さんと話してても、何も得られない」と言ったり、「カラオケで、自分だけ歌えるものが無い」といった悩みをこぼすなど、アイデンティティを模索するような言動が増え始めたのです。

確かに、彼は非常に狭い世界で、周りに足を引っ張られることの無い、「毒の無い」学校生活を送ってきた方だと思います。周囲の全員が、彼を良い子だと思っていたでしょうし、同級生との関係も良好でした。それは言い方を変えれば、あまりに平凡で個性の無い人生を歩んでいると言える状況であったかもしれません。
しかし中学生ですから、本物の個性なんてさほどないのが普通だし、何かにコンプレックスを感じ、色々と悩んだり愚痴ったりするのは当たり前だろう。そう思っていました。

推薦には無事合格し、市内の2.5番手の公立高校に入学しました。
この高校は、山口県西部の高校の中ではそれなりに野球の強いところで、野球大好きな彼は、迷わず入部…

「症状」は、ほんの3カ月で現れました。
元気が無くなった。
返事の遅れが尋常でなくなってきた。
主に数学の勉強で、1つのことに拘って、全体を見渡すことが出来なくなった。

中学時代の野球経験者の中でも、そこそこ巧かった人間が集まる野球部の中で、彼は内野手の2番手からスタートした後、3番手に降格されてしまい、野球を楽しむことなど一切出来ないような状態に陥っていたのです。
また、声出しのタイミングがずれるので、「お前は声を出すな」と叱られて以降、声を出せなくもなってしまったそうです。

学校の成績も、中位より少し下からスタートし、数学を中心に、どんどん低下。
野球を楽しむ環境を与えることが最優先されるべきだと考え、僕は、「何とか、部員の少ない学校へ転校することはできないのだろうか」といった提案もしましたが、現実的にはほぼ不可能な話。今の高校で、逆境を乗り越えるしかないといった状態でした。

僕は彼の身体能力が、そこそこあることは知っていたので、とにかく行動に出れば道が拓けると考え、「自分はこんなもんではないと、もっと思い切って力を出し切るべきだ。今のままでいいのか?もっと思い切って行動して、楽しめよ。」という励まし方をしたのですが、これは、アピールしようにもアピールの場さえ与えられない環境下では、逆効果と認めざるを得ない行為でした。

状態はどんどん悪化し、遂に、「色々と環境を変えてみたい」というお母さんのご希望で、担当教師を交替することに。
僕が結婚した2011年の、冬。結婚祝いまで頂いた、少し後のことでした。

教師交替の数か月後くらいから、授業場所をご自宅から事務局の教室に変更したため、彼に遭遇することが何度かあったのですが、会う度に悪化する症状を目の当たりにして、居たたまれなくなる日々でした。

2014年3月に、高校を無事卒業。進路については、わざわざ聞ける立場ではないと思い、不明のまま、12月中旬の整骨院訪問となりました。


たまたま、お母さんのご両親も治療にいらしてました。
そして、お婆ちゃんとお母さんから、彼の現状を耳にすることになりました。

「春から大学に通っていたが、環境になじめず、入院し、今は自宅療養。大学は、休学手続きを取った。」

話しながら、お婆ちゃんが涙を流す。

大学では、同好会レベルの軟式野球部に入ったとのことなので、野球問題はある程度クリアできたようなのですが、今度は、授業における会話、特に、英会話のプレッシャーに耐えられなくなったようです。
強迫神経症と診断され、3か月近くも入院。

「家に閉じこもりきりで、食事だけはしっかり採るから、太ってねぇ。今は74kgくらい」
彼の身長は、僕と同じ170cmほど。確かに重いです。

「新しく出来た武道場の中にあるジムに通わせようと思ってるんだけど、1人ではなかなか…私が送ってあげるにしても、私では、何をして良いかよくわからないし、仕事もあるし…」

罪の意識をずっと感じていたものの、そもそも、「気軽に来てください」と言われたからといって、この関係性で普通、整骨院に顔を出すか?という状況です。はっきり言って。
何かしたいと思っても、所詮は「余計なお世話」ではなかろうかという気持ちが、ずっと足枷になっていました。

「武道場のジム、よく通ってます。」

この日は、ここまでしか言う勇気が出ませんでしたが、翌週にまた顔を出した際、遂に提案をしてしまいました。
「もしよろしければ、僕と一緒にジム通いするのってどうですか?」

金曜日に提案したものの、なかなか返事が届かず、その間ずっと緊張して待ち続けた末に、ようやくOKの返事を頂きました。椎名林檎のライブが終わった直後のことでした。


22日の昼、整骨院まで車で迎えに行く。
10か月ぶりの姿を見て、確かに随分太ったことを確認し、挨拶をし、車に乗り込む。

「もはや仕事とは関係の無い間柄だから、タメ口でいこうね。」
「え?タメ口でよろしいのですか?」
僕の内部の潜在的な半分は泣いてしまいましたが、顕在的なもう半分は、思わず大笑いしてしまいました。
「いやいやいやいや。タメ口でいこうって流れで、最初の返事がそれかいw」
彼は笑っていません。こちらの発したメッセージの処理で、心がフリーズしています。
でも、その後の会話では数回だけ、返事を「はい」から「うん」に変えてくれました。


ジムに到着。
そこで気がつきました。
温泉施設とかのロッカーにありがちな鍵を渡されるのですが、鍵を滑らせて中にしまうゴムのカバーから、彼は鍵を取り出せないのです。
よく見ると、手足が小刻みに震えています。再び、泣きだしそうになりました。
コツを教えつつ鍵を外に出してあげたものの、今度は鍵穴に鍵を突っ込めない…

退院後、家族以外との初めての外出です。
相当緊張しているのでしょう。
しかも同伴者は、「自分が苦しんでいる時に、厳しい言葉を浴びせてきた怖い奴。」
彼の心のどこかは、そういう受け止め方をしているかもしれませんし。


準備運動を済ませた後、まずはトレッドミル。
完全に体がなまっているそうなので、少し速めの速度で歩くことから始めようと考え、時速5km設定でスタートしたのですが、彼は「速いです」と言う。
そこで、時速4kmまで落としたのですが、やはり少し速いと言う。
結局、時速3.5kmで歩いてもらうことにしたのですが、彼の歩く姿は、へっぴり腰で手すりを必死に掴み、震える足が、無機質なローテーション運動に粘りつくという、昔の彼を知っている僕には、信じられないものでした。
「何とか姿勢を立てられない?」と指摘するも、体がほんの少し立ちあがる程度で、たったの3.5km/hの速度に、必死でしがみ続けていました。

そして、1つ1つの行動に随分と時間がかかるため、全ての器具の使い方を教える時間がとれませんでしたし、着替え⇒シャワーにもかなりの時間がかかったため、あれだけ余裕を持ってスケジュールを組んだのに、仕事に遅れそうになるほど予定をオーバーしてしまいました。


こうして、彼だけでなく僕にとっても再スタートとなるこの日は、心が折れるようなことばかりを目にしましたが、ささやかな変化も見られました。
彼との会話の全ては、こちらから振った話題に彼が返事をするというものなのですが、1度だけ、今年の海響マラソンの話をした際、彼から自発的に、「マラソンは走ってみたいけど、かなりトレーニングしないといけないんですよね?」と、また、「完走できたなんて、凄いです」との発言があったのです。

ジムからの帰り道の車内では、突っ込んだ質問もしてみました。
「周囲の視線が怖い?」
ウォーキング中もウェイトトレーニング中も、ずっと周囲をキョロキョロシテいました。
「はい、怖いです」
「他人って、意外にこっちを見てないもんだよ。まずはそれに気づいて、自分のペースで楽しんで。そんで、その心境に至ったら、次に目指すのは、『もっとこっちを見ろよ』って思えるようになることかな。」


一応、お母さんからはお礼の連絡をいただき、彼本人も、「面白かった。また行きたい」と言っていたそうです。
お母さんは裏表のある人ではないので、表面上好意的に受け止められている以上は、今後も一緒にジム通いをしたいと考えているのですが、暫くは、「実は迷惑がられているのではないか」という恐怖と闘いながらの日々となりそうです。

巧くいきそうならば、悩んでいる英会話のフォローもしていけたらと思います。
まずは読書からだと思うけれども。
水滸伝あたり、貸したら楽しんでくれるかなぁ?駄目かなぁ…

タメ口関係については、時間が相当かかりそうです。
これはまあ、僕自身が職業病&そういう価値観であるという事情で、一貫できてないのも大きいんだけど。
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2014年12月24日

女王降臨5

先日、信号待ち中の対向車の車列の間を通り抜け、我々の車線に合流しようとした車が、あろうことか、我々の走る反対車線に出る前に安全確認するのを怠り、そのままスッと、僕の車の目の前に顔を出してきました。
慌ててかわして事なきを得ましたが、実はこの寸前の交差点通過時に、救急車のサイレンが聞こえたので、周囲確認のために速度を落としていました。もしもこの時減速していなかったら、多分、僕の車の後ろにぶつけられていただろうと思います。幸運でした。

◆ ◆ ◆

同じ日の12月21日、我々夫婦は、在来線と特急ソニックを乗り継いで博多に到着ました。
この日19時から始まる、椎名林檎のライブを見る為です。10年以上に渡る夢が、ようやくかなったわけです。

とは言え、10数年ぶりのコンサート鑑賞。
しかも、客層は多分、女性だらけ。

果たして自分のようなおっさんが、周囲に白い目で見られずに済むのかと不安で仕方がありません。
かおりんに何度も、「どういうノリがいいのだろうか?縦ノリ?スウィング?ジャンプ?」という風に相談を繰り返し、不安を紛らわしました。

会場であるマリンメッセに向かうバスを待つ長蛇の列に圧倒されたものの、臨時バスの活躍で、そこまで待ち続けずに済み、会場到着。
グッズ販売の列など意に介さず、会場内に入り、自分たちの席を探します。はっきり言って、かなり後ろの方。でも、会場自体がそこそこ狭いし、結局、我々の右も左も空席であったため、ゆったりと過ごせました。


そして遂に、始まってしまいました!
音楽が流れ始め、スクリーン奥に控える楽隊の影が見えます。
しかし、スクリーンが落ちてメンバーが姿を現しても、目的の彼女の姿は見えません。

「どこ?どこ??」
自分らを含めた多くの観客がざわざわする中、彼女は遂に、花道に姿を現しました。
観客が湧きます。
かおりんは、「林檎ちゃーん」と叫んでます。
僕は、「姫ー!姫ー!!」と、我を忘れて呼び続けます。

そして1曲目。
感極まって、「泣きそうだ」とほほ笑むかおりん。
なーんとなく、冷静になってしまった僕。
人のせいにするつもりは無いけれど、予想に反し、お客さんの多くが、意外に冷静に聴いてるんですよね。
「ん?ライブ中ずっと盛り上がっているわけではないのか。メリハリがあるのだろうか??」こんな風に戸惑ってしまって、ただただ、楽曲に没頭する感じになりました。

楽隊は、下段にメイン、上段に管弦楽器系が構え、派手で明るく重厚なメロディーが支えます。ドラマーの腕に聞き惚れて、歌以外にドラムにもずっと注目していました。
ギターは、ハードな曲の時に五月蠅過ぎ。ハウリングも起こしてました。

正直なところ、東京事変時代にファン活動を殆どしていなかった上に、セットリストに初期ソロ時代の曲が全然載っていなかった為、NEWアルバムの曲プラス少々くらいしか知っている曲が無くて、その点では寂しかったけれど、全体を通じて感じられた、オーケストラのショウのような、また、(行ったこと無いけれど)キャバレーのショウのような作品に、ずっと魅入られた2時間でした。

アンコールは2曲。
最後に、NEWアルバム収録曲の中では最もお気に入りの「ありきたりな女」が流れ、年の暮れの祭典は、あっという間に終わってしまいました。
普段、音楽を大音量で聞く機会が無いのもあり、気づきませんでしたが、椎名林檎の声は、高温がしっかり突き抜けるんだなーと感じました。全盛期はもっと凄かったらしいですが、ライブであれだけやってくれるのであれば、僕には十分。

・スタンドを倒した際に、マイクまで吹っ飛ばしてしまい、コードをするすると引いてマイクを戻そうとする林檎様
・通常コスチュームから、突然衣装を脱ぎ、露出の凄いセクシーな衣装へと様変わりしておきながら、根が恥ずかしがりやなものだから、顔を赤らめ、へっぴり腰で歌う林檎様
・花道を移動する際、推進力を失った移動器具を補助するため、床を蹴って前へ進もうとする林檎様

色々と可愛いところも見えて、面白かったです。


なお、心配していた客層は、男女比にそこまでの偏りが無く、年齢層も結構幅広く、年がら年中飛び跳ねていないといけないわけではなかったため、自分のペースで鑑賞出来て、助かりました。頑張って、立ったままではいたけれど。(かおりんの2つ向こうの男性は、ずっと座ってました)


本人曰く、「最近は福岡にあまり顔を出してなかったけれど、来年からは、訪問回数も増えると思う」とのことなので、機会があればまた、出来ればもう少し近い会場にて、出来るだけ近い座席に座り、彼女の歌と音楽を鑑賞したいものです。


これで、夫婦双方へのクリスマスプレゼントは終了です。
冬休みシーズンに入り、30日までは一生懸命働くのみです。
かおりんも、元教え子とそのご両親が経営する美容院に誘われ、時々働いてます。お客様にお出しするラテアートを覚えました!

2014年11月03日

スカイハイ5

キラキラネームが世に広まって久しいですが、あれがどうして、(少なくとも僕にとって)不快なものであるのか、最近気がつきました。
日本は、漢字と平仮名を併用する言語文化を採用していますが、実は漢字自体が、表意性と表音性の両方を持ち合わせている、世界でも珍しい存在です。
これに対し、キラキラネームの漢字の殆どは、表音性だけに注目しています。僕は、それが嫌なんだなぁと。
「名は体をあらわす」が、それほど御大層なお言葉とも思いませんが、こどもの為に(?)一生懸命考えた名前がそんなんだというのは、その親のスタンスというのが良くわかるなと。


さて、さる11月2日、地元下関でおこなわれた海響マラソンに参加しました。
人生初のフルマラソンです。

朝っぱらから五月蠅い千葉真子のトークを背景にウォームアップを重ね、午前8時30分にスタート。とは言え、エントリー人数9000人超えの規模というのもあり、そこから約4分は、だらだら歩くだけの状況です。スタートラインを越える頃にようやく走れるようになりましたが、これがまあ、遅いのなんの。初マラソンということで謙虚に申告したレースタイムの関係上、5つ目の集団からのスタートだったのですが、次から次へと迫ってくる人の塊を、周囲に気を遣いながらかわしていく羽目に。自分のペースで走れるようになったのは、8kmを過ぎてから。精神的に疲れました。

10km地点で62分、20km地点で127分と、ここまでは1km6分のペースをほぼ守りつつ走ってきましたが、このコースはここからが地獄。彦島大橋&人工島に通じる橋が織り成すアップダウンと強烈な向かい風で、ペースダウンする人が続出するのです。
ご多分に漏れず、僕もペースダウン。ただ、立ち止まることだけは我慢しようと思っていました。20歳の頃から抱える膝の外の筋の痛みが不安で仕方ないので、実は走る前は、「走ったり歩いたりを繰り返そう」と決めていたのですが、実際に10km以上を走り、いつもの痛みが、モグラたたきのモグラのようにひょこひょこと顔を出し始めると、「ああ、これは止まってしまうとそれっきりだな」と感じた為です。
とは言え、最初の橋を越え、トンネルを抜け、次の橋に差し掛かった頃には、懸念していた膝だけではなく、体のあちこちに疲労と痛みが出始めて、人工島の先っちょである28km地点に差し掛かった時、エアーサロンパスを振りかけてもらうサービスをしてもらった後、完全に立ち止まってしまいました。そこで、アミノバイタルを飲み込んで、そうめんを食べて、のんびり再スタート。

これでアドレナリンか何かの供給が止まったのでしょう。この後も約10km続くアップダウンと風の地獄に、両ふくらはぎが攣り始め、止まる⇒足を伸ばす⇒歩く⇒走るというサイクルから抜け出せなくなり、レース前には「出来れば4時間切りたいな」と思っていた目標も、いつしか「4時間30分切れるかな?いや、完走できれば十分だ」という風にトーンダウン。
しかし流石に(見栄なのだと思いますが)残り3km位の位置からは、「最後の最後で歩くのは嫌だ」と思い、そこからゴールまでは、ペースこそ上げられなかったものの、走りぬきました。

ゴールタイム、4時間36分46秒(スタートラインからのNETタイム、4時間32分34秒)。
「体の痛みに耐えるため、人はこれほどまでに呼吸を乱すのだな」と実感しつつ、また、「今の俺なら、アインシュタインの相対性理論を完璧に理解できるぞ」と妄想しつつ、ひとまず座り込んで、頂いたアクエリアスを飲み、そこから何とか立ちあがって、完走証を受け取り、応援してくれたかおりんと合流しました。
完走記念メダルなんかも頂けて、なかなかの達成感です。

10km〜18km辺りで発症した膝の痛みは、その後、嘘のように麻痺してくれましたが、レースから24時間以上経った現在、日常のあらゆる動作で支障が出るほどに、膝の痛みと太ももの上がらなさと、足裏の外側の痛みが酷いです。
結局、体の耐久力を上げる練習が足りなかったのだろうと思います。
2週間前に、10数年ぶりに風邪をひいて長引かせたのが大きかったかな。
初レースであることと、コースコンディションを考えると、なかなか悪くないタイムとは思うのですが、心臓周りには自信があっただけに、悔しさもかなりあります。

そういうわけで、早くも来年のことを考えたりもしていますが、ひとまず、ハーフハーフ。
もしも出るならば、ミルマスカラスの覆面を被り、背中に「フルネルソン」とプリントしたシャツを着て走るつもりです。


なお、今回のレースに際し、最も心配していた膝の痛みが致命的なレベルに至らずに済んだのは…
・父からかっぱらったグルコサミン・コンドロイチンe.t.c
・2日前に利用した酸素カプセル
・元生徒さんのご両親経営の接骨院でのマッサージ
・西本直さんというトレーナーの示す体の使い方を実践
のおかげだと思います。

西本さんの示す「広背筋を使って骨盤を引き上げる」という方法は、言葉どおりに実践するのがなかなか難しいのですが、巧く使えているなと実感できる時は、体への負担が小さいなと感じます。
興味のあるかたは、名前を検索し、トップに来るブログをご覧ください。

2014年08月07日

無類の甘党でも大丈夫

ちょっとやそっとの筋トレとランニングでは、お腹や腰の周囲の贅肉が取れない年代になり、はや数年。
もはや維持するのが精いっぱいで、体を絞るのは無理なのかなと思っていました。
実際、コンディションが悪い時にはウエストが80cm(身長170cm)なんて日もあり、太くなったお腹に圧迫されて、何だか姿勢も悪くなりがちに。

そんな中、今年の4月に偶然見たTV番組で、炭水化物ダイエットを扱っていたのですが、夫婦で、「ふ〜ん。試してみようかな。とりあえず、夕食のご飯だけ無しにしてみるか。」といった軽いノリで実践してみることにしたのがきっかけで、自分でも驚くほどに、大きな変化がありました。

ー翌朝、とりあえず、お腹が張ったような不快感が無い。
ー2日目の朝、ウエストサイズが減ってる気がする。
ー3日目の朝、はい、確実に細くなりました!

こうなってくると、トレーニングにも身が入ります。
「とりあえず、1カ月で1kg減」を目標に掲げていたのに、1週間で、(確実な)マイナス1kg以上減を達成し、ウエストも、あっさり76cmへ。

以降、「お菓子を食べたければ食べるが、夜は我慢…でも、時々夜も食べる。」
「カレーやお好み焼きやパスタを食べたい夜は、例外日として許容する。」
「朝ごはんも茶碗半分〜3分の1にする」
以上のぬるいスタンスで継続したのですが、その後も1カ月でマイナス2kgのペースはキープされ、旅行出発前日の6月3日には、トレーニング前で60.8kg、トレーニング後に59.9kgと、運動後という注釈つきであるものの、遂に60kgの壁を突破してしまいました。ウエストも、73cmに!
(ダイエット開始前の体重は、空腹&トレーニング前の状態で64.5kg)

流石にハワイ旅行では、炭水化物規制は一切無し。
3kgくらいリバウンドするかなと覚悟していましたが、プラス1.2kgくらいで済んで、その後は、「明日から本気出す」とか言って更にぬるい日々が続いたのに、61.5kg程度で維持されているし、今なんて、夏休みシーズンで忙しいため殆ど運動をしていないのに、ウエストが75cmを切ったままです。


賛否両論あるダイエット方法ですが、体感上、以下のことはほぼ断定して良いのではないかと思ってます。
・男には抜群の効果あり。
女にも…かおりんは、基本的には元気になったけど、最近足が攣り易くなった原因は、これかもしれないです。
・運動と組み合わせれば、夜の制御だけで十分。⇒無理なカーボンオフをしなくていいので、健康を損なう程の無理をしない。
・何だかんだで、「炭水化物を食べないと嫌だ」という欲が薄まる。(リバウンドしにくい一因か)
・お菓子は食べたい(笑)⇒無理せず食べても、時間帯さえ配慮すれば、殆ど問題無い。
そして結局、菓子類を毎日買うようなことは無くなった。
・時々出ていた、逆流性食道炎の症状らしきものが消え去ったり、お腹の不快感が消えたりした。
・主要な炭水化物を削るだけでも効果が高いので(=知らぬ間に、それなりの摂取はしているので)、当分切れで頭が回らないという失敗をしにくい。
・朝、お腹が減って目が覚める。何とも気分が良い。

デメリットを挙げると…
・お米を炊くペース・量・タイミングなどが難しくなった。
・開始からの数日、「便意はある気がするが便秘」という症状が続いた。
・今のところは無いけれど、リバウンドのリスクはゼロではないだろうと思う。


ご関心があれば、僕みたいにぬるいスタンスで、「ま、1kg減ったら褒めてやるか」みたいなノリで試されてはいかがでしょうか。
効果が数字や見た目ではっきりしてくると、なかなかたまらん楽しさです。


今後の僕は、ひとまず、「打倒!ライザップ!」ということで。
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