言語については以前にもコラムで歌ったことがあるのだが、英語の強さを実感したのはむしろ文章における浸透度合いであったと思う。

 英語が公用語となってる国でも他に公用語で独自の言語が使われている国ってのは案外多く、特に後進国と呼ばれる国では原住民が古くから使っている言葉の方が幅を利かせているパターンも多かったように思う。自転車の場合は観光地でない田舎を走る機会が増えるので、特にその傾向が顕著になるし。

 しかしそうした後進国であればあるほど英語、中南米においてはスペイン語の存在感が強くなり、現地語というのはその存在感というか活用度合いが減ってしまうという側面がある。

 これはそうした国においての公文書や書類といったモノが英語(スペイン語)書式が主で、他の公用語がマイノリティだったり下手すりゃ受付していないという点がありまして。

 よく後進国での教育水準の低さで国民の識字率が挙げられたりしてるけど、家で使う言語と学校で習う言語が別だったりする環境だったりとかする背景は全く考慮されてないとは思うのだ。今の日本教育がどうなってるか知らんけど、私が小学生の頃(今も)なんて英語サッパリ分からなかったぞ。

 そういう多言語が入り混じる難しさに加え、彼らが大学で勉強を受けようとする場合、その授業内容が外国語(英語)での講義になるのですよ。テキストもレポート提出も当然外国語。日本とはまた環境が色々違うから単純比較に意味は薄いのだけど、それは相当語学力に秀でてないと厳しいということは分かる。

 私は書店が好きなので海外でも本屋さん見つけるととりあえず物色するのだけど、マイナー言語の本ってのは本当に出版品数が少なくて、つまり後進国で現地語を話し育った人は教養を身に付けたいと思っても「英語の取得」というスキルが大前提にあることになる。

 日本にいると本にしても映画にしても日本語に翻訳されて自国語で楽しむことが当たり前にできるけど、これは他国に日本語を公用語とする国がない1カ国のみの独自言語使用国では非常に珍しいといえる。新宿の紀伊国屋でも行かないと書店で他言語の本コーナーってまず見ないでしょ?

 何が凄いって国民の多くが他言語をほぼ話せないってのが凄い。日本語一本で専門的に突っ込んだ情報でもない限りは大抵のことを取得できる環境ってのは本当にありがたいものなのだということを実感してますここ最近。むしろ外国人にとって日本は「英語の通用度低くて先進国にしては旅行しづらい国」ではないかと邪推しそうになる。

 言い換えると、海外にいると英語圏の人ってのは良いよなぁと思わずにはいられない。どの国行ってもイミグレーション用紙に英語版があるし、ホステル行けば他の旅行者が残したペーパーバックとかの英語本が大量に積まれている。

 それを見る都度「コイツら本が読みたいけど読める本がない」って感覚を経験したことないんだろうなぁ・・・と暗鬱な気持ちになるというか、有り体に羨ましいぞチクショウ!ってなるのですよ、英語ができない茶壺さんとしては。


 ちなみに単に旅行するだけってなら言語なんてどうにでもなるってのが私の意見です。使えるとより便利で旅行が楽しくなるって存在だと思ってるけど、下手でも出来なくてもどうにかなるという程度。

 ただ国によっては他言語を取得しないとどうにもならないって立場の人もいる。仮に私がそうだったなら、死ぬ気で英語を覚えようとしただろうか?