長期的な自転車旅行を続けていくのに重要なのは体力よりも精神的なタフさだとは繰り返し語ってる私だが、これは何も「必ず自転車で世界1周する!」みたいな強い目標を持ち続けるということではない。
思いの強さは大切なポイントだけど、それが目標を達成するモチベーションとなり続けるのかといえば「そうである時もあるし、そうならない時もある」というハッキリしない点がありまして。
というのも海外を自転車で走るという行為には、自国とは理りの違う土地にいることと旅行期間が長期に及ぶという2点が付随してくるためだ。
自転車での旅行は一部例外とする土地はあれど、基本的に自分の好きなペースで回る事ができるし1カ所にゆっくり滞在しても自らの都合でペースをリカバリしたり、交通機関のスケジュールに左右されず予定の変更が気軽にできたりと自由が利きやすい。
このことから物事の継続能力がある人や、強い精神力を備えてる人であれば、あとは時間とお金という2点さえ満たすことで自転車旅行を継続しやり遂げる事は可能とも言える。もちろんその旅行内容にはより快適に過ごすだとか、楽しみを見つけるみたいな点から知識・技術といった様々な必要脳能力を要求されることはあるけども。
単純に「旅行の継続」や「世界1周の達成」という観点で見るならば、根性というか「絶対に諦めないぞ」みたいな昭和の精神論が大きいと言えよう。本当に何が起きても一切諦めない黄金の精神を持つという人ならばそれでこの話は完結する。
しかし現実には「何が起きても」当初の目標を一切曲げる事なく達成するというのは難しい。今回のコロナ騒動が良い例で、自分では走りたいと思っても外部理由によって旅行を継続できなくなるという事があるからだ。
コロナは特別だろ!という意見があるかもしれないが、様々な事情で一般旅行者が入国できない国やれ現状まともに訪れる事ができない土地というのは10年もあれば様変わりしてしまう。シリアやベネズエラといった国もかつて旅行者に人気の国であったと聞くが、現在ではこうした国を旅行するのは相当厳しい。
要するに年単位で旅行を続けていくと、大なり小なり自分の力では対処できない出来事に相対することは増える。そうしたどうにもならない事で目標を挫かれるのは、モチベーションの強い人ほどそのダメージが大きいというか、ガッカリ落差も激しくなるのは道理。
だからこそ強い意志とは別にして柔軟に柔らかく物事を受け流す、良くいえば余裕を、悪くいうなら適当さを身につけた方が良いと思ってる。
人生はそんな思う通りばかりにゃ進まないしそれは旅行に関してもそうだけど、それはそれとして現状を楽しみ理不尽な出来事に対してはのらりくらりと、思い描いた理想通りではないけども何とかなるよね!といった「強くはないけど柔軟な感覚」というものが同じくらい大切なのだと、そう考えるようになった。
旅行にだって絶対に引けない局面というのは確かに存在するけれど、そうじゃない場面まで理想を求めて何事も突っ張り続ける必要はない。それより自分が納得できる範囲で引くなりスカすなりしてバランス取り、気軽に構えられる事が結局大きな目標をやり遂げる近道になるんじゃないかと。
私にしてもアラスカのダルトンハイウェイなんかは全行程自走を目標としてたけど、途中の道路工事部分が自転車走行禁止とされててトラックにピックアップされた区間があったりする。こういう目標に対して「どうにもならない点」をどう捉えるかは最終的に自分の考え方次第で、自分が納得すりゃそれで良いのだ!と思えるタイプは強い。
そりゃキチンと言葉で評するならば私は「ダルトンを全自走はできなかった」ということになるのだが、旅行なんていうノルマも成績も求められない遊びに対し、あんまり思いつめて視野狭窄になるのは残念すぎる。
そろそろ本年の長期海外自転車旅行者がスタートする最盛期となり、現状に窮してるサイクリストもいるのでないかと想像する。そうした中で私も含めた旅行者達が、旅の帰結を見ずして終わってしまうのは物悲しい。
こんな状況ではあるけれど「明けない夜は無いんだよ」と分かったようなことを言いつつ、それなりに前向きな気持ちでやっていきたい。
















































































































