旅行中に野宿する最たる理由は「節約」なのだが、それはそれとしてテント泊は好きである。ただ同じ「テントで宿泊する」という行為であっても、キャンプと野宿という間には超えられない壁が存在している。
一口にキャンプ場といっても様々で、近代的な設備の整った立派なキャンプ場がある一方で、トイレも水場もない単なる空き地と変わらないキャンプ場なんかも存在しており、そういう立地や設備的な意味で野宿と大差ない場合もある。むしろ周囲に人のいない快適な野営地の方が寝心地も良く快適であることも少なくなかったり。
では何がこの2つを決定的に分けているのかと言えば「テント張ることを認められているか否か」という点に尽きると思う。これは法律的な観点でも良いし、もっと単純に周辺住民の人でも良い。
夜を凌ぐため止むに止まれずゲリラ的にテント設営するのが野宿であり、言ってしまえば緊急避難的な意味合いが強い行為だ。そこには「トラブルが起きても頼る術がない」という側面が付随する。
いやまぁキャンプ場だって何か起きたら助けてくれるなんて期待してるワケじゃない。アルゼンチンのキャンプ場では深夜3時とかまで大音量で騒いでた上、トラブル起こして警察に連行されてた人がいたけど管理人何もしてなかったし。
要するに「私がこの場所にテント張ってるのはちゃんと第3者にOK貰っているのですよ」・・・というお墨付きがあるかないか。これが野宿とキャンプを分けるポイントだと思っている。
野宿とはそもそも見つからないことが大前提なのだが、そうはいっても周辺何十Kmにも渡って遮蔽物が一切出てこない隠れようがない場所とかあるように、運と状況次第で人と出くわす可能性はある。
そうして出会った人のほとんどは普通に会話し出自とテント張る理由を告げれば納得して去っていく。のだが、稀に「ここでキャンプをするのはダメだ」と警告する人もいるワケで。
ここで「いや誰某に許可を貰った」と抗弁できるのがキャンプ、「これはどうもスミマセン」と受け入れるのが野宿ということだ。少なくとも野宿していて宿営地の撤収要請に言い返すというのはあり得ない。
こうした違いがあるため、野宿というのはある種の経験というかテクニックを必要とする側面があるのは否めないところで、無用なトラブルを避けるためテントの設営場所を考えるという行為は、野宿を繰り返した自転車旅行者は自ずと身につけている。
1つ大切なのが、その野宿技術というのは「緊急避難的な行為を実施するにあたってトラブルを避けるために実施している」という前提に立ってあるものなので、推奨される技術ことではないということだ。
「こうすれば快適な野宿ができる!」というのは黒に近いグレーな行為を積極的にオススメしているのであり、いやいやその前に「こうすれば野宿にならない!」と自転車旅行者は説くべきだろう?・・・という話だ。どんなに野宿を繰り返して旅行していてもスタンスとしてはそうあるべき。
故に茶壺さんとしても野宿という行為を推奨はしない。海外自転車旅行なんて自己責任の極致みたいな遊びだが、自己責任というのは「何をしてもいい」とはならないということ。
似たような考えで、大麻みたいな国内では違法となってる薬物を他国でやる・・・みたいな行為も私は否定的だ。いやまぁ個人で楽しむのは勝手だけど、それは声高に宣伝したりひけらかすようなことではない。
みんな節度を守って野宿とならないようキャンプをしよう!・・・・とかのたもうて、当の本人は「いや〜、今日も緊急避難的に野宿となっちゃいました!」というね。大人はズルい生き物である。