海外旅行してると不思議なものでスピリチュアルな体験や超常的な能力といった話題には事欠かない。わたし個人としては「科学で解明されてるモノは科学を信じるし、そうでないモノはロマンのある方を選ぶ」というスタンスなのだが。
ともあれ異国にいると私自身も不思議に思う謎の直感やセンサーといった、説明のしようがない能力が磨かれていると感じるし、割とその力を信じている節がある。ちなみに日本に戻るとその能力はたちまち失われてしまう。
海外では緊張しているのだから当然だ・・・と言ってしまえばそれまでだが、そもそも「感の鋭い人」というのはいる。そういう人は場所に関係なく鋭いと思うし、私のように鈍い人は時と場所を選ばず常に鈍いというのが世の常だろう。
やはり海外という環境なのだ。その地で過ごしていると五感が磨かれ勘も冴え渡り、アンテナも感度ビンビン通信状態良好です。
まぁ冗談ではなく海外に出ると謎の直感力が強くなるとは本気で思ってて、これは日本という日常においては自分より信じられる存在に囲まれている・・・という点が大きいと考える。
国内において私は表示されてる時計の時刻を疑うことはない。バスや電車の到着予定を時刻表見て判断するし、目的地までの地図やナビを信頼して判断する。仮に迷っても人に聞いて道を教えてもらう。それは周りの人や物を信頼してるからだ。
さて旅行というのは究極「知らない場所に行く」ことだと言える。知ってる場所に再訪する旅行というのもあるが、そこにあるのは日常とは違う知らない土地と人が住む世界だ。
そうした地で私は何をいちばん知っているだろうか?
それは多分自分自身なのだ。だから旅行先では自分を信じる。私自身をあんまり信頼できないことはよーく分かっているのだが、それでもとにかく何にも知らない土地では私を頼らなくてはならない。
ルートは間違っていないか?野営地は大丈夫か?ここの水は飲めるのか?常に問題は出現し、その都度自分自身に問いかける。
知らない土地にいるという不安や緊張感、そして普段は影に隠れている自分への信頼感。こうしたものが混ざり合い、私の中にある直感が研ぎ澄まされていくのだと思う。
ちなみに「旅行疲れ」というのは言ってしまえばこの直感力を終始使って疲労してることを示すと思う。これって馬鹿にできなくて、下手すれば自転車で走ってるより疲れることも。
日本での生活は色々便利で安心がある。余計な感を働かせる必要もないし、選択の連続で疲れてしまうことも少ない。
それでも私は大変で不安で疲れる知らない土地を走ってみたいと思ってしまうのであり、自分の直感を信じて自転車旅行をするのだろう。迷いながら、悩みながら。