トルコ47日目 Kepezの町〜ギョレメから東に約340km バグリツァの町
外気温はー6℃だったらしいが暖房効いた部屋で暖かな夜を過ごし最高の気分。9時朝食にするときいてたのでその30分前には動き出して荷物をまとめてしまったり。
昨日の夕食もそうだったけど、この地域では床に敷物広げてその上に食事を置くスタイルが基本らしい。イスラム教の文化でよく見た光景だけど、トルコでこの食べ方を体験したのは初めてだ。
家主であるシュクルは元々イスタンブール及びアンタルヤで仕事をしていたが、都会での暮らしに見切りをつけて此方の山奥へ戻ってきたらしい。アーティストとのことで、場所を選ばず仕事できるの羨ましい。
車で昨日ピックアップしてもらった商店まで送ってもらう。ロシナンテ号はお店のガレージに置かせてもらっており、サクッと荷物取り付けてしまえば準備完了。お世話になりましたと記念撮影してから出発する。
ここからマラティアの町までで最高地点は既に越えており、後は楽できるだろうと思ってたのだがそんなに甘くは無いみたい。まだ周囲は雪を被った景色が続く寒い場所であり、なんなら昨夜は雪が降っていた。
やや長めのトンネルを抜けると一気に大下りが始まり白から緑色の世界へ切り替わる。といってもまだ標高1500m前後といったところで、ここから平坦路どころか登り返しもある道に。
上り坂を越えると本日2本目となる大下り。1本目もそうだったけど、この寒さで時速70kmとか出てしまう下り坂はしっかり防寒対策してないと身体の動きが鈍くなって大惨事に繋がりかねん。
長い坂が続いて標高も1000mを割る。これくらい下がってくれれば気温も上がってかなり凌ぎやすくなるのだけども。この時期1800m超の場所はテント張る環境じゃない。
この周辺地域における最大都市のマラティアだが、ネットで調べた限りじゃあまり安宿無いっぽい。それよりもう100km先にあるエラズーという町まで進み、休息日作る方が良いかなと考えマラティアはこのまま抜けてしまうことにする。
町の中心部に近づいたあたりで昨年トルコを襲った大地震の被災地に該当する場所ではないか?と思い出し、調べてみたらその通りだった。当時私はアフリカで情報得るのに難儀する環境だったためあまり詳細なことは知らなかったし、それは今も似たようなものだけど、瓦礫が残された更地がやたら目につくことからその被害の凄まじさを伺い知ることはできる。
1度気付くと道路脇に建ってたコンテナボックスの商店がやたら多かったことにも納得がいく。あれば商業用の仮設住宅見たいな存在だったワケだ。
トルコでは多くの人からお世話になってるし、何か出来ることが・・・という気持ちはあるものの、そのまま通り過ぎることとなったマラティアの町。
とりあえず明日エラズーに到着するため距離を削れるだけ削っておこうかな。さすれば明日余裕を持って町中散策しながら宿探しできるというものだ。
マラティア抜けてから更に1本下り坂が。久しぶりに標高1000mを割る場所まで来たのであり、これなら今夜のキャンプは気軽な気持ちで眠れそうだ。
その湖畔に近い木々に紛れてテント張り終了した。滅茶苦茶たくさん植えられてるけど冬だと葉が全て落ちてるので隠れるという意味では少々不向きではあるが仕方ない。
気温上がったしビールの1本でも飲みたいところだが、近くに酒屋が出てこず無念なり。昨日は寒過ぎてビール飲む気もしなかったのが結果飲んでるし、こういうのは巡り合わせかもしれない。
2024年2月20日(火) 走行距離98km 累計146590km



























































































































































