年下と話すのが嫌でなくなったことと、変薬による今の状況。

数日前、Skypeで高校生と通話をした。

年上と話してみたかった、とのこと。

私自身、中学~高校の頃に大人の人とチャットしたりメールのやり取りしたりが楽しかった覚えがあるので、その気持ちは分かるなぁと思った。

接する際は試行錯誤感が凄かったのだが、自分は大人としてどう立ち振る舞うかという点が、案外面白いものであるということが分かった。

高校生の頃は、大人に憧れや興味があった。

将来設計がふわっとしていて、それを論理的に説明してくれる大人も居なかったから、ビジョンが曖昧だったなとも思う。

人へ物事を教えるというのは面白い。

年下は今までとても苦手だったが、それは自分が不完全な要素だらけだったからだなとも気付いた。

もちろん、今の私が完全という訳ではない。

高校生の頃の自分でも納得できるような言葉を選んで話せた自分になれたことが嬉しかった。

話は変わるけれど、処方が変わってから様子がおかしくないか彼氏に尋ねると、そうでもない範囲だという回答で安心した。

私自身としては多少動きやすくなったんだけれど、この病の場合、身の周りに居る人の意見も大事だから。

面倒だけれど、様子がおかしくないか確認するのって大切だから、また期間を置いて確認するのが最善かなと思っている。

娯楽を生み出すのは、凡人が蔑むメンヘラなんだぜ。

3月7日に精神科へ行って、処方を変えて貰った。

珍しく、30分以上診察室に居た。

色々とお薬について話を聞いていたから。

夜睡眠薬と一緒に飲んでいる抗不安薬を、朝も1錠飲むことにしたら、今のところ落ち着いている。

私は1年以上同じ処方なのだけれど、それについて医者として、国から「治す気あるのか」風に医療費削減の観点から言われるらしいのだが「それは違うんだよなぁ」と主治医は頭を抱えていた。

精神疾患に関して『薬で治るもの』と認識している所に、無知さを感じる。分かってねぇな、と。

健常の人と同じような生活を送ることが出来るよう、症状を緩和するために精神薬があると、私は思っている。

花粉症の薬だってそうじゃん。

アーティストとか、画家とかって少し変わってる人多いから、理解されない側面もある。

色々あーだこーだ普通になりなさいって言うんだったら、何の絵も曲も一切見聞きすんなよって思う。

娯楽の供給という形で、病んでる人たちが生活に彩りを与えているんだよ。完全に持論だけれど。

彩りのない、平坦な社会生活で良い訳ないんだから、知りもしないで大口叩くなや。
浅はかだな、と思う。そこまで想像力が及ばないところが健常な凡人なんだろうけれど。

普通じゃないから、感性が飛び抜けてて、面白い世界観を生んでいるのになと思いつつ、何も知らないんだなとほくそ笑んでそういうの傍観してる今日この頃。

無断でツイッターに載せられていた。

絵師さん等のトラブルで良く聞く無断転載。

それが、意図せず私の身に起こった。

私はDAMともユーザー。

私はヒトカラが好きなので、同じような人と交流出来たら良いなと思い、1000コースに登録。

他の人の曲を聴いたり、自分の歌を自宅で聴き、次のヒトカラまでのモチベを上げたりしていた。

そんな私に、去年の暮れ頃初めてDAMともが出来た。

リクエストという機能があり、そのDAMともがリクエストをくれていたのでヒトカラの時に歌っていた。

曲をUPする時にコメントを付けられるのだが、

「ツイッターよろしく」

という言葉が添えられていたので、ツイッターはしていない旨を伝え、今日何となくその方のツイッターを見てみると、衝撃的なことが起きていた。

私の歌のリンクが無断で貼られていたのだ。

好意を示したいのは文章を読む限り理解出来る。

しかし、許可なしに勝手に人の曲をツイッターに載せる行為は、私としては有り得ない行為だった。

載せて良いか一言くれるのが思いやりの心だとも思うし、最低限のマナーだと思う。

とりあえず、自分がUPした曲に無断で載せないで欲しいという旨のコメントを書いておいた。

無断でツイッターに自身のDAMとも曲を載せられたというのは初めてのことで、しかも想定外だったため、驚きで眠気がかき消えてしまった。