MYSTIC RHYTHMS

日常雑記、音楽報告、鉄塔そして詩など

ミスティック・リズムス

多摩の古書店主が綴る日常雑記。古本屋な日々...

はけの下 空きペットボトル

空きペットボトル

 私は、ペットボトル飲料を自身で購入することは滅多にない。時折、入替え処分品の商品を買うくらいだ。だが、何故か、ペットボトル飲料を頂くことが多い。どうしてなのかは分からないが、本当に良く頂くのだ。
 で、緑茶やスポーツドリンクが多いこの飲料。空いたペットボトルは、当然リサイクル回収に出すのだが、たまにデザインが気に入ったものなどとっておきたくなる。粉末のスポーツドリンクや水出し麦茶など入れ水筒代わりに使うのだ。
 ところが、である。このペットボトル水筒、そのままではサイクリングの際には使えない。私の鉄塔巡りの相方であるロードバイクには、サイクルボトル用のケージ(ボトルホルダーですね)が装着してあるのだが、このケージ、一般のペットボトルには若干直径が大きく使えないのだ。ゆるゆるで、走行中落下する恐れがある。
 サイクルボトル(生分解性プラスチック製の優れもの)も持っているが、空きペットボトルも使えたら便利である。如何にかならんか、とあれこれ考え、試みにペットボトルに少し厚めの生地のボトルカヴァー(100均で購入)を着せてみた。すると、適度に隙間が埋まり大分しっかりホールドされるようになった。サイクルボトル用ケージを、ペットボトル兼用に出来るのである(周知の事か・・・)。

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田圃と鉄塔と相方
鉄塔は境八王子線29号

 この画像で、ケージ内にはカヴァーを着せた、元コーラのペットボトル(中身はスポーツドリンク)が入っている。
 ぴったり、とはいかないが、ギャップも凸凹も結構多い東京の田舎(郊外)の市街地道路の走行では無問題。ボトル落下などは、今のところ起こる気配もない。全てのペットボトルで可能かどうかは不明だが、数種類の空きペットボトル(コーラ、緑茶、保存水、補水液)で試した結果、十分な実用レベルと感じている。
 因みに、ペットボトル用ケージ或いはサイズ調整のできるサイクルボトル・ペットボトル兼用ケージもちゃんとあります。私はただ、ケチっているだけなのである。

2018年長月18日
(取材は8月中旬)

*サイクルボトル:自転車用水筒。走行しながら片手で飲めるようにできている。ノズルを歯で引っ張り握ると飲料が出て来る

Fe塔 沖積低地 弐―高速南

沖積低地 弐―高速南

 30号から31号(標高39.1m)へは、中央高速道を南へ越える。其れほど高架が高くないためか、両鉄塔、特に背が高かったりはしない。通常通りのまま、架空線は高速を跨いでゆく。

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南側から31号と中央高速道

 31号は30号同様の旧タイプ。

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31号
左上隅の黒点はオナガ

 サカハチではめずらしく、小プレートがボルト止めになっている。普通は金属のベルトで固定されてるのだが。
 すぐお隣に大きな病院(手前)があるので、少し離れないと順光側が拝めない。

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31号

 このアングルだと、旧タイプの部材の少ない腕金構造がよく分かる。

 一頻り31号を眺め、振り向き、架空線の先を見れば、下段に是政線を併架する32号が、ボートレース多摩川(多摩川競艇場)場内に建っているのがよく見える。

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境八王子線32号/是政線2号
是政線が場内に引き下げられる

 上部に通常鉄塔、下部に引き下げ鉄塔と、二段構造的なスタイル。其れがよく分かる。
 鉄塔手前は競艇場の駐車場だが、レースがないのか閑散としている。と言うか、ゲートが閉まっている。矢張りお休みの様だ。そういえば、以前訪れた際に轟いていたエンジン音も聞こえない。静かである。

2018年長月17日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・これら鉄塔の建つ場所は府中市是政、最寄り駅は西武多摩川線競艇場前駅です

*オナガ:カラス科の鳥。黒い帽子にブルーグレーの翼と長い尾が特徴。東日本ではお馴染みの鳥
*ボートレース多摩川:運営は青梅市。府中市ではないのだ

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 沖積低地 壱―稲穂

沖積低地 壱―稲穂

 境八王子線は、車返変電所付近で立川崖線を渡り、沖積低地に降りる。するとその先、中央フリーウェイを越える手前付近、最近では大分その姿を減じた水田が、鉄塔周辺に広がる。

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沖積低地の水田とサカハチ29号

 沖積低地は、河川の堆積作用によって形成された沖積平野の別称或いはこれに含まれる低地のことで、この地域一帯は、多摩川により形成された低地なので「多摩川低地」とも呼ばれる。現在、多摩地域である程度の広さを持つ水田風景が見られるのは、大体この低地である。今まで鉄塔と共に紹介してきた水田の景色もほぼ、この多摩川低地のものだ。稲城市やここと同じ府中市或いは日野市など、皆そうである。

 それにしても、見事に育った美しい田圃。八月も下旬間際、イネは随分と穂が伸び開花し、近づけば、穎(えい。もみ殻になる部分)が開いておしべが出ているのが見える。今夏の激アツ、イネにはどのような影響があるのであろう。
 試みに、稲穂をアップ。

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向こうに僅か29号が見えている

 イネは風媒花であるが、ほとんどは自家受粉(自分の花粉で受粉)する。開花時間は僅か2時間ほど。咲き終わると、穎は閉じ、もう開かない。

 狭い畦道(兼生活道路)にしゃがみ込んで、稲穂に向かいああでもないこうでもないとカメラ構えて粘っていたら、その道を抜けようとした自転車のおば様が私に気付き、退こうとした私を、「いいです。向こう回りますから」と言って制し、遠回りをして下さった。誠に申し訳ないことをした。
 またご近所の方のお邪魔になると悪いので、とっとと撤収し、29号(標高38.5m)に寄って行く。

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境八王子線29号(昭和63年11月)

 近づけば、上とはまた別の田圃が鉄塔手前に広がる。下に見えるのは保育所だ。

 さらに接近。

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29号

 脚元の保育所は、夏休み中。園庭はガランとし、全体がしんと静まり返っている。

 29号から少し離れ南望すれば、畑向こう、中央道の手前に旧型30号が望める。

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30号(標高38.8m)
脚元の木立ちが高速道法面

 こちら、周囲はびっしりと住宅に囲まれている。

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境八王子線30号

 30号南側は中央自動車道が目の前。向こう側へ、行ってみよう。

 弐に続く

2018年長月16日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・これら鉄塔の建つ場所は府中市小柳町、最寄り駅は西武多摩川線競艇場前駅です

*沖積平野:最近はこれを河成平野と呼び、その中の低地を河成低地と新生代第四紀沖積世(完新世)に形成された沖積低地とに区別する場合があるとか

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 アツイ街を行く 9―完全非対称

アツイ街を行く 9―完全非対称

 108号(標高51.4m)。今まで見たことのないタイプの鉄塔である。

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北多摩線108号(昭和63年3月 48m)

 細っ。でも塔体に比し主脚は大分太い。細くした分、強度を増すためであろうか。
 それにしても非対称。左右腕金長が大分違うな。でも、東側(2号線)の腕金を長くしたと言うよりは、塔体の東側を狭めた分長くなり、左右非対称になった、という事である様にも思える。

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108号

 架空線を道路の上に持ってくるために、腕金長を変えてずらしているのかとも思ったが、良く見れば架空線は道路直上には無い。結構西側に外れている。下右画像、107号(標高52.7m)とぴったり重なる中央の電柱が左右架空線の真ん中に当たる。

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107号方向を見る

 腕金長を左右で変えて架空線位置を道路上に持ってきたと言うよりは、矢張り道路を避ける為塔体を細くし、結果左右非対称となった、という事であろうか。

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108号と下の道路

 道路の方も、鉄塔を避けているが、塔体を細くしただけでは足らなかったということなのか。
 そもそも、鉄塔と鉄塔下の道路、どちらが先に存在していたのであろう。

 例により、航空写真の比較。

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北多摩線108号周辺航空写真
左、昭和38年(1963)6月26日
中、昭和54年(1979)10月8日
下、平成1年(1989)11月3日
(何れも国土地理院撮影)

 昭和38年(1963)まで先代の鉄塔下に道路は無い。畑である。よって、鉄塔の方が先に存在していたことになる。しかし、鉄塔南側下までは住宅と道路が迫ってきている。昭和54年(1979)では先代鉄塔(左右対称形に見える)北側にも道らしきものが認められるようになるが、南側と北側は鉄塔を挟み繋がってはいないように見える。断絶しているっぽい。それが、現鉄塔の建てられた翌年の平成1年(1989)では、現在と同じように、鉄塔を少し避けるような形で南北の道は繋がっている。
 これ等から考えるに、昭和63年(1988)に南北の道を繋げるため、塔体を細くする形で現鉄塔に建替えられ、且つそれだけでは足りず道を若干曲げた、のではなかろうか。如何であろう。

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108号

 何れにしろ、この108号、何となく、おジャマでごめんなさいね、と思いきり体を脇に避けている様で、愛らしい感じ。(この絵でも、電線が気になる。防災面から言っても電線・電柱地中化を進めて頂きたいな)

 さてさて、今回の鉄塔巡りで取材したのは全10基。流石にもう限界。見上げてばかりで、首が痛くなってきた。乗り始めたばかりの相方ロードバイクでも、まだ今一つフォームが定まらず、そちらも首・肩が痛くなるし、そろそろ終わりにしよう。
 まだ先に、北多摩線鉄塔は続くのであるが、今回は、これにて撤収。

 長々とお付き合い、有難うございました。

2018年長月14日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区石神井台、最寄り駅は西武新宿線武蔵関駅です

航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト

*道路の上:架空線下は建築に関し高さなど建築制限が生じる場合がある。電圧によっては建築そのものができない場合もある。下が道路ならそうした問題は起こりにくそうに思うが関係あるであろうか

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Fe塔 アツイ街を行く 8―引き下げる

アツイ街を行く 8―引き下げる

 109号(標高52.2m)は、南泉変電所内に建つ引き下げ型。

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北多摩線109号

 引き下げている引き下げ鉄塔は、久方ぶりに見る。最近は、引き下げていない引き下げ鉄塔をやけに多く見て来た。府中線45号多摩橋線52号村山線22号・拝島線43号そして多摩橋線49号。なぜこんなにと思うほど、続いていた。引き下げ用テラスのあるのが普通なのだが、その普通な姿が、何所か新鮮な感じがする。
 で、「普通」な109号が引き下げているのは、「南泉線」。

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南泉線

 「北多摩線NO109号(鉄)〜南泉」とあり、電圧は6万7千ボルト。
 南側、正門へまわってみよう。

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109号

 南泉線の引き下げは、下段の吉武線からだ。
 頭部には、良く見ると北側を向いた監視カメラが設置されている。74号と同様だ。何を監視しているのであろう。

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南泉変電所

 変電所正門前、富士街道(都道8号線)が横切っているが、その道路越しに見えるは108号。何でしょうこの形態。この近辺に多い左右非対称型も、ここに極まれり。

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北多摩線108号

 いざ、接近。

 9に続く

2018年長月13日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区石神井台、最寄り駅は西武新宿線武蔵関駅です

*富士街道:江戸時代に富士山や大山(おおやま。神奈川県)詣でのための「ふじ大山道」がのち富士街道と呼ばれた。都道8号はこれに近いルートを通る為こう呼ばれるらしい

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Fe塔 アツイ街を行く 7―掲示板

アツイ街を行く 7―掲示板

 110号(標高52.5m)へ向かう道路上からシルエットで見ると、一目瞭然、112号と同様の左右非対称型。地線腕金が左右非対称で、下の腕金の架線位置も左右非対称だ。

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北多摩線110号
タカ(デコイ)が居るな

 西側の地線腕金が長く、東側(2号線)の送電線架線位置が腕金中央寄りと、112号と全く同じ。架空(がくう)線、架空地線ともに、東側の架線が少し西側に寄り、通常よりはやや左右の間隔が狭まることになる。
 しかし、何故狭めるのか。架空線の位置は少し道路直上から外れているが、少しでも道路直上に近づける為であろうか。
 これまた、不明。

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110号(昭和62年4月 51m)
112号より二年ほど新しい

 と、左右非対称について分からぬなりにあれこれ考えつつふと気付くと、鉄塔直下には、練馬区の掲示板があった。他所の街の掲示板など、なかなか接する機会もないので、どの様なものがあるのであろうと、幾枚も貼られたポスターを眺める内、練馬保健所と記された一枚の小振りなポスターが目に留まった。

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掲示板のポスター
後は鉄塔敷

 「蚊も無く孵化も無し」(可も無く不可も無し)。駄洒落である。「たまり水チェックで」と頭に付き、蚊の媒介する感染症の感染拡大防止啓発のためのポスターだが、こういうの、好き。ちょいダサで、イイ。気に入った。

 と、余りノンビリもしていられないので、若番側、更に南を目指し行く。すると、畑越しに110号を望める私好みのポジションがあった。

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畑の向こうに110号

 今回、こうした風景はお初だ。「東京の田舎」多摩の住人としては、23区には如何しても「都会」のイメージが付いて回り、遠い世界のように感じてしまうのだが、こうした絵に出会えると、一気に親しみが湧く。それに、ホッとする。
 景色に目を奪われていたが、鉄塔に注目しよく見ればこのアングル、左右の非対称がよく分かる。

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110号

 少し横に移動すれば、来し方、113号までが見える。

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110号から113号

 さて、次は、110号下からもよく見えた、今回初めての引き下げ鉄塔であるところの109号。

 8に続く

2018年長月12日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区南大泉、最寄り駅は西武新宿線武蔵関駅です

*蚊の媒介する感染症:デング熱、ジカウイルス感染症など

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 アツイ街を行く 6―"111"

アツイ街を行く 6―"111"

 112号地線腕金左右非対称の謎を残し、111号(標高52.4m)へ

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北多摩線111号

 揃目(ぞろめ)である。番号が三桁となる鉄塔自体私のフィールド(主に多摩地域)では少ないので、なかなか同じ数字が三つ並ぶ鉄塔にはお目にかかれない。私はここ以外では、まだ"555"にしか出合っていない。稀少だ。
 私は、ただ、ああ1が三つ並んだなあ、と珍しがるだけだが、数字を気に掛ける方にとっては、"111"等何やら意味ありげに見える数字かもしれない。
 そんな風に考えると、一寸興味が出たので、"111"に纏わることなど調べてみた(Wikipedia他)。
 西暦111年は日本では景行天皇の治世(41年)で、我が多摩地域で最も有名であろうところの神社「大國魂神社」創建の年とされる。原子番号で111は、Rgレントゲニウム。戦闘機では、世界初の実用可変翼機ジェネラル・ダイナミックスF-111がある。未完成に終わった戦艦大和の同型艦「紀伊」は、111号艦であった。111歳は、「王寿」・「皇寿」・「川寿」などと呼ばれる。軽自動車で有名なダイハツ工業は、本年設立111周年である。などなど。

 鉄塔の"111"だが、旭出学園の南端にピッタリ接して建っている。接近可能な東側は道路に面しているので、ほぼ真横から思いきり見上げる形となる。

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111号

 このフォルムもまた、稀少だ。塔体と六本の腕金が成す、この楔の如きフォルム。絶妙に美しいカーヴだ。丹下健三氏設計の国立代々木競技場第二体育館の屋根を、ちょっと彷彿させる。
 天に突き刺さりそうですな。

 私が111号を見上げている道路―両側が旭出学園となっている―はめっちゃ狭いので、自転車や自動車が来るたび、私は可也お邪魔になるので、とっとと退いて引き絵を探る。

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引きの111号

 鉄塔南を斜めに北西方向に伸びる旧早稲田通り側から、見る。北側の学園敷地を除けば、周囲はびっしりと家々に囲まれている。小プレートが見えないので、塔高は不明だが、おそらく今まで見て来た鉄塔と同様、50m超であろう。(あとでGoogleマップを確認したら西側も接近可能であり小プレートはそちらから見えたかもしれない)

 この111号初め、今まで紹介してきた115号114号も、そして113号112号も、みな周囲を住宅や道路など人工物に隙間なく囲まれ、鉄塔敷はぎちぎちだ。こんな狭苦しい場所になんでこんなデカい鉄塔を建てたのか、と思われるかもしれない。が、それは誤解だ。下や「アツイ街を行く 3」の航空写真を見て頂けばお分かり頂けると思うが、初代の北多摩線鉄塔が建てられた当時、周囲は農地ばかりである。市街地に鉄塔が建てられたのではなく、鉄塔の周囲が市街地化したのである。これは、北多摩線同様多くが市街地の狭い敷地に建つ中富線も同じである。その前身含め、古い歴史を持つ鉄塔は、皆似たようなものだ。

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北多摩線111号周辺航空写真
1948年(昭和23年)3月29日米軍撮影
斜めに横切るのが現在の旧早稲田通り

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北多摩線111号周辺航空写真
2017年(平成29年)8月23日国土地理院撮影
右上の緑地(現在公園)は1948年にも写っている

 上はWW2終戦三年後の頃(戦前の1941年写真とほとんど変わらない)、下はその69年後の姿。二枚何れも、画像ほぼ中心が111号(1941年の方の番号は不明)。鉄塔の場所は変わらないが、周囲の環境変化はものスゴイ。でも、昔の畦道がそのまま、今も生活道路として残っているのも見られ、面白い。
 1948年画像の旧早稲田通り、こんな道を、自転車で走ってみたい。

 最後に、ぞろ目番号についてだが、ヘヴィ・メタリックな「ザ・ナンバー・オブ・ザ・ビースト」、「666号」鉄塔はどこぞに無いかと調べたら、あった。黒部幹線だ。でも、秩父(埼玉県)かあ。遠いなあ。
 然し遠いとは言っても、100kmは無いので、ロードバイクで行けない距離ではない。トレーニングを積み重ねて行けば、何時かツーリング可能かもしれない。それに、電車を使って輪行(行程の一部で列車や船に自転車と乗ること。自転車は車輪を外しバッグに入れれば無料となる場合が多い)と言う手もあるし。一つ、先の楽しみにしようかな。

 7に続く

2018年長月11日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区東大泉、最寄り駅は西武新宿線武蔵関駅です

航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト。なお二枚の写真は向きを併せる為角度を加工しました

*国立代々木競技場第二体育館:昭和39年(1964)9月竣功。収容4,037名、建築面積3,872平方m。東京オリンピックのバスケ会場で、今も主にバスケに使用。一本の主柱(第一体育館は二本)により屋根が吊り下げられている構造で内部に柱がない
*F-111:1967年運用開始。実質的には攻撃機・爆撃機でそうした機体としては非常に優れていたと評価されている
*紀伊:大和型戦艦第四番艦(二番艦は武蔵、三番艦は信濃(空母に変更))。その名については諸説あるが「紀伊」とされることが多いらしい
*111歳:王は分解して一十一、皇は分解して再構築すると百十一、川はそのまま111だから
*ダイハツ:元の社名は「発動機製造株式会社」。大阪の会社なので「大発(だいはつ)」となったとか

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Fe塔 アツイ街を行く 5―非対称

アツイ街を行く 5―非対称

 112号(標高52.0m)は、二つの生活道路が交わる角に建つ。

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北多摩線112号(昭和60年5月 51m)

 直下南側は、その角が少し削られ若干スペースがあり、近隣の方が自動車を洗車しておられた。
 その邪魔をせぬよう見上げていると、何やら違和感。
 あれ、地線腕金が・・・、

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112号地線腕金

左右非対称だ。左の腕金は三角形だが、右の腕金は四角形で長さは左の半分も無い様。

 近すぎて良く見えないので、鉄塔南にある、特別支援学校「旭出学園」横の道路へ入り、引きで見る。

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離れて112号

 地線腕金のみが、左右非対称。送電線腕金はすべて左右対称の様だ。
 然しよく見ると、地線腕金が長い方(1号線)の送電線腕金は架線位置は腕金先端部だが、地線腕金が短い方(2号線)は架線位置が腕金中央付近になっており、先端にはジャンパー線支持の縦碍子連が設置されている。

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112号腕金ズームアップ

 確かに、ほんの僅かだけ、112号で架空線(がくうせん。送電線の事)はやや西寄りに曲がってはいるが、それがこの左右非対称の理由であろうか。
 航空写真で見ると、

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北多摩線112号付近航空写真
2017年(平成29年)8月23日国土地理院撮影

架空線は、旭出学園の南北に細長い駐車場のピッタリ真上を通っている。
 上の赤い屋根の辺りが112号で、斜めに走る白い二本の線が架空線。画面中央、左右の長方形の建物に挟まれた斜めの黒く細長い部分が学園の駐車場。架空線とピッタリ嵌っていませんか?偶然とは、考え難い。
 もしかして、この駐車場の幅に合わせる為に、左右架空線の間隔を狭めたのであろうか。架空線直下は、建造物の高さなどの建築制限があったりするので、可能性としては無いこともないかもしれないが、駐車場の方が後から架空線下に合わせて作られたのかもしれないし―。
 分からん。不明也。

 6に続く

2018年長月10日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区東大泉、最寄り駅は西武池袋線保谷駅です

航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト

*旭出学園:昭和25年(1950)目白に開園。昭和37年(1962)現在地大泉東町に移転

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Fe塔 アツイ街を行く 4―白子川起点

アツイ街を行く 4―白子川起点

 井頭公園東側に沿う白子川の遊歩道からは、前回の1941年の航空写真にも写っていた畑の、その向こうに、南へと連なる若番側鉄塔列が望める。

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白子川沿いから北多摩線113号から110号

 次の113号へ向かう。と言っても、113号(標高46.1m)は公園南端部のすぐ南に建ち、目と鼻の先である。

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北多摩線113号(昭和60年5月 53m)

 鉄塔直下北側は、白子川上流起点とされている。

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白子川上流起点
奥方向が井頭公園

 白子川は、ここから始まり、北東に向かって流れる、延長約10劼旅喟鄂綏楼豕蕾論遏0柄亜武蔵野線の記事で触れた黒目川と同様、板橋区の新河岸川に合流する。
 ただ、白子川はここが起点という事だが、この南西側には、113号下を通って暗渠部が続いており、「新川」と呼ばれる主に西東京市を流れる上流部が更にある様だ。
 一説によると、ここ南大泉など含む、嘗ての大泉村(明治24年(1891)発足)の「大泉」は、白子川の旧名である「小井戸川(おいどがわ)」と、その源流であるところの井頭池(現井頭公園)、つまり「泉」を合体させた「小泉(おいずみ)」から変わったものだそうだ(「こいずみ」と紛らわしいからとか(Wikipediaより))。

 「起点」看板の手前は「七福橋」。ここから南が暗渠の新川である。
 にしてもこの看板、少々残念なコンディションである。

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上流起点看板

 お稲荷様を想起させる色合いの所為か、若干ブキミな感じがしないでもない。失礼な言い方で申し訳ないが、私は子供の頃、お稲荷様の赤い鳥居と白いキツネがとてもコワかったのだ。
 少し以前の写真を他のサイトさんで拝見すると、この看板、字体(筆跡)はほぼ同じだが、色はブルーで五角形の屋根型である。地元の何方かの、手作りであろう様に思われる。「白子川源流・水辺の会」の方々であろうか。

 112号に向かいながら、113号を振り返る。

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113号

 巨大で且つ道路際に建つので、少し離れてやっと、全貌が掴める。
 114号115号とは異なり、「首あり型」。耐張型がこのタイプとなるのも、中富線と同様である。ただ矢張り、頭(地線腕金)は小さく(短く)、上体は細く、全体に繊細痩躯であることは、中富線とは、少々異なるところではある。

 5に続く

2018年長月9日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区南大泉、最寄り駅は西武池袋線保谷駅です

*白子川:旧名は小井戸川。さらに上流の西東京市(旧保谷市)では新川と呼ばれる。「白子川源流・水辺の会」は源流域周辺の保全・回復、フィールド調査・学習活動等を行っている地元の環境活動団体
*新河岸川(しんかしがわ):埼玉県南部から流れ北区で隅田川に合流する全長約26劼琉豕蕾論遏8気量召脇眄遒世、正保4年(1647)に川越城主松平信綱により舟運が開かれ河岸(船着場)が作られて「新河岸川」となった

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 アツイ街を行く 3―井頭のヤナギ

アツイ街を行く 3―井頭のヤナギ

 115号と共に戸田線を越す白い巨人は、114号(標高48.7m)。

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北多摩線114号

 上段が北多摩線、下段が吉武線だ。

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 小さな頭(地線腕金)とスレンダーな上半身、115号と同型である(と思う)。

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南面から114号

 この114号東側、少し下った場所に、練馬区立大泉井頭公園(標高44.6m)がある。

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大泉井頭公園
左手は井頭橋

 よく似た名前の有名な公園が吉祥寺にあるが、彼方は「井の頭(いのかしら)」。此方は「の」は無く且つ濁り「いがしら」である。
 公園入り口脇に立つ、鬱蒼と茂る二株の古木は、区天然記念物のマルバヤナギ(Salix chaenomeloides)。

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「井頭のヤナギ」標柱

 白子川上流域の湧き水である井頭池の水辺に生息したもので、高さは8.8mと6.2m、と説明にある。「ねりまの名木」にも指定されている様だが、高さは左程ではなくとも、曲がりくねる幹・枝の重量感、その佇まい、「名木」に相応しい存在感である。
 丁度114号が望めるので、その枝と、名の通り丸っこいその葉越しの絵を。

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井頭のヤナギと114号

 上に「白子川」の名が出てきたが、公園はその白子川(一級河川)の起点に位置し、公園内、白子川の源流ともなる湧水部分は親水的作りになっている。夏休み中の週末であるこの日、捕虫網など持った子供や親子連れの姿が多かった。

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井頭公園湧水部

 右手奥が「井頭のヤナギ」。嘗てはこの公園自体が、白子川上流域の湧き水「井頭池」であったそうだ。

 湧水部対岸から、公園越しに114号と115号を遠望。

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井頭公園と114号、115号

 何となく気に入ったので、この公園を中心に、例によって古い航空写真に残る過去の姿と、現在の姿とを比較してみた。

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北多摩線114号周辺航空写真
1941年(昭和16年)7月27日陸軍撮影

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北多摩線114号周辺航空写真
2017年(平成29年)8月23日国土地理院撮影

 2017年を見ると、公園は「公園」らしい姿となっているが、農地・緑地の多い公園東側(画像で右側)エリアだけ、1941年と余り大きく変化していないのが分かる。周辺は、全く別世界の様な変貌ぶりだが。
 2017年で、公園西側(画像で左側)に縦斜めに北多摩線が走り、上から115号、114号そして113号と三基の鉄塔が並んでいるのが分かるが、1941年でも、それとほぼ同位置に可也大きそうな鉄塔が三基見えている。これも北多摩線の様だ。パイセン鉄塔サイトさんによると、従来の群馬幹線から、片山開閉所(現武蔵野変電所)―川崎変電所間が昭和15年(1940)つまり前年に建替え独立し、北多摩線となったらしい。
 つまり1941年写真に姿を残すこれは、北多摩線が群馬幹線から独立して一年後の姿、独立ほやほやの姿ということだ。

 4に続く

2018年長月7日
(取材は8月中旬)

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・取材に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は練馬区南大泉、最寄り駅は西武池袋線保谷駅です

・北多摩線の歴史ついては、「送電鉄塔見聞録」さんの「歴史ある幹線鉄塔」を参考とさせて頂きました

航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト。なお二枚の写真は向きを併せる為角度を加工しました

*井頭公園:昭和40年(1965)開園
*マルバヤナギ:ヤナギ科ヤナギ属の落葉高木。東北以南から九州、朝鮮半島、中国中部以南の湿地に分布。雌雄異株。一般に長細いものが多いヤナギの葉とはだいぶ異なる丸みのある
*群馬幹線:大正11年(1922)に金井水力発電所(群馬県渋川市)―川崎変電所間に開設。北多摩線は独立後分割され、現在は千歳変電所までとなっている

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)
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