MYSTIC RHYTHMS

日常雑記、音楽報告、鉄塔そして詩など

ミスティック・リズムス

多摩の古書店主が綴る日常雑記。古本屋な日々...

Heavysphere THUNDER IN THE EAST

サンダー・イン・ジ・イースト/ラウドネス order

thunderintheeast
THUNDER IN THE EAST/LOUDNESS (1985)

 すぐれた音楽作品に、バンドの出身地域や国など一切関係するものではないのだが、なぜか私は洋楽専門で、日本のバンドはほとんど聴かずに来た。十代の頃、最初に出会ったハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドがKISSであった所為、なのかもしれない。
 とは言っても、まったく日本のアーティストを聴かなかった訳ではない。多少は聴いたのだが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルと言う音楽に、力強さや迫力を強く求める傾向のある私には、どうも日本のバンドの音は、線が細くて馴染めなかった所がある。作品の完成度や個性或いは演奏技術などは、欧米のアーティストに決して引けを取るものではない事は分かっても、感覚的に馴染めなかったのだ。
 スポーツを見ていれば理解できると思うのだが、日本(或いは東アジア)の選手に比し、欧米の選手のプレイで、こんなの日本人にはできない、と思わせる様なものが多々ある。主にリストの強さなど、筋力的な部分だと思う。楽器演奏と言うのは身体を使うものなので、この筋力の違いと言うのは如実に音に現れる。特にハード・ロック/ヘヴィ・メタルの様な音楽は、基本体力勝負的な要素が強いので、この筋力の違いが音の違いとして非常に目立つ(殊にドラムやベース)。私の感じる欧米ミュージシャンと日本人ミュージシャンの音の違いは、楽器や録音機材・スタジオなどの違いによるものではなく、この「身体」の違いに起因するのではと思うのだが(まったくの私見です)、理由はどうあれ、上手いとか如何とかではなく、単純に欧米ミュージシャンの出す音は強く迫力があり、私は、如何もこうした辺りに非常に惹かれる。ので、洋楽専門となったのではなかろうかと、自己分析する次第である。

 そんな、音楽の「音」に関しては非常に欧米偏重の私だが、このバンドに関しては、まったく違和感が無い。バンドの名は、ラウドネス(意は、音の大きさ・強さ)。日本が世界に誇る、一流ロック・バンドである。おそらくは世界中どこへ行っても、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きならば、聴く聴かないは別として、まず知らぬ人はいないであろう様な、そうした存在だ。
 ラウドネスのデビューは古く、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの世界的なムーヴメントが巻き起こっていた当初の1981年(昭和56年)。もとは、レイジー(ディープ・パープルの楽曲に由来)というアイドル・バンドに所属していた、高崎晃(g)と樋口宗孝(ds)を中心に結成された。アイドル・バンドと言うと、失礼ながら、音楽的には如何なの?となりがちであるが、元々小学校の同級生やその友人たちが自ら結成したバンドで、「アイドル」は、当時非常に人気のあったイギリスのアイドル・バンド、ベイ・シティ・ローラーズの様にしたかった事務所側による後付けだ(レイジーを見出したのは、ムッシュことかまやつひろし)。メンバーは其々「スージー」「ミッシェル」「デイビー」「ファニー」「ポッキー」のニックネームを付けられ、アイドルとしてのその置かれた状況に大分戸惑ったという。実際、私も当時、お揃いの衣装と振付で演奏する彼らをテレビで何度も見たが、のちにこの中のメンバーがかなり本格的なメタル・バンドを結成したことを知り、驚いたのを覚えている。尚、レイジーのヴォーカルを務めていたのは「ドラゴンボール」で有名な、「ミッシェル」こと影山ヒロノブである。
 このレイジー解散後、「スージー」こと高崎晃と「デイビー」こと樋口宗孝が、高崎の幼馴染の山下昌良(b)と彼の推薦した二井原実(vo)と共にラウドネスを結成するのだが、高崎晃は、私の記憶が確かならば、レイジー時代からギター演奏の能力の高さは評判になっていた。

 アルバムであるが、当初より世界指向であったバンドの、本格的な海外(アメリカ)進出第一弾。前作「DISILLUSION 〜撃剣霊化〜」(1984)が当初日本語で歌われ、後に英語バージョンが出されたのとは異なり、ATCOレコードからの至上命令もあって当初より英語で歌われた。作品全体としても、前作はテクニカルで複雑な演奏・楽曲で、且つ何方かと言えば欧州的ウェット感やダークさが顕著であったのに対し、大分演奏も楽曲もシンプルで、全体にアメリカンなドライさや明るさが漂う。この辺りは、当時大人気のオジー・オズボーン・バンドの一連の作品をプロデュースしていた、プロデューサーのマックス・ノーマンの意向であったらしい。この変化に関しては、いろいろ見解はあるのであろうけれど、好みの問題は別として、これはこれで「正解」であるのではなかろうかと、個人的には思う。今回、本作同様、ラウドネスの名作とされる前作と、何方を紹介しようかと迷ったのだが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルに余り馴染みのない方々を念頭に置いた本blogでは、やはり本作の方が相応しいように感じた。前作は十分に世界レヴェルに達した作品だと思うが、何方かと言えばコアなファン向きで、本作の方がより多くのリスナーに訴えかける内容の作品ではないかと考える。実際、このアルバムはアメリカのビルボード誌のアルバム・チャートで74位にまでなった。これは日本のロック・バンドでは「快挙」とされる成績である。ちなみに、国内ではオリコン4位になり、第27回レコード大賞の最優秀アルバム賞も受賞している。純粋なメタル・アルバムが、である。これも、「快挙」。
 売れればいい、という訳ではない。チャートの順位と作品の内容は、必ずしも比例関係にある訳ではない。しかし、芸術作品として、多くのリスナーに受け入れられるという事は、やはり素晴らしいことなのである。芸術は、人々の人生を豊穣へと導くものなのだから。

 前作についても少し触れたが、前作が世界レヴェルなら、本作は世界レヴェル・オーヴァーである。少なくもこの当時―1980年代前半頃―、雨後のタケノコ的に世界中でハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドが出現し、数え切れぬほどのアルバムがリリースされていたが、其の中で本作は、同年発表のハロウィンの「WALLS OF JERICO」、イングヴェイ・マルムスティーンの「MARCHING OUT」、セルティック・フロストの「TO MEGA THERION」、アンスラックスの「SPREADING THE DISEASE」、スレイヤーの「HELL AWAITS」、そしてメガデスのデビュー作「KILLING IS MY BUSINESS... AND BUSINESS IS GOOD!」等の名作に比しても遜色なく、他からは群を抜いていると思う。少なくも、私が知る中においては、そうである。あくまでも個人的見解だが、一般的評価ともそう大きくずれてはいないのではなかろうか。楽曲、演奏、プロダクション、どれをとってもハイなレヴェルだ。特に、高崎晃のギターは格が別。完全に、世界のスーパー・ギタリストの仲間入りを果たしている。タッピングを多用したそのプレイは、基礎的な部分を含めたテクニック、そしてセンス共に群を抜き、スピードや旋律、オリジナリティなど含め、そのギタリストとしての総合力は非常に高い。多くのハード・ロック/ヘヴィ・メタル系ギタリストが、彼を高く評価した或いは彼に影響を受けたとされているのも頷けるプレイである。
 その他全般、作品の完成度は高い。まあ完成度でいえば次作「SHADOWS OF WAR」(1986)、次次作「HURRICANE EYES」(1987)の方が高くまた聴き易くもあると思うが、ロックには重要な要素である所の「荒削り」感とのバランスは本作の方が非常によいと思う。何れにしろ、ビギナーの方々にも安心してお勧めできる内容だ。強いて難を言えば、そのパワフルでドスの効いた歌唱そのものは非常に素晴らしいのだが、ヴォーカルの英語が余りに「ジャパニーズ」であることが少々気になることくらいである(他人の英語をとやかく言える私ではないが―)。英語に関しては、二井原実はレコーディング前に一人先に渡米し、相当厳しいレッスンを受け、相当に苦労したという(彼は現在非常に英語が堪能だそうです)。

 でも、こんな世界的バンドの母体となったレイジーを見出した、かまやつさんは、やはりスゴイ人だったんだなと、改めて思う。

 2019 11/18

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭
〔本作当時のメンバーは全員関西出身(高崎、二井原、山下は大阪、樋口は奈良)。旭日(あさひ)をイメージしたジャケット(上画像はアメリカ盤で日本盤と若干異なる)は、当時の彼らの心意気と内容の高さを示している様で純粋にデザインとしてインパクトがある。当時の海外ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・ファンには新鮮・斬新であったであろう。30年を経た後もこのジャケットにサインをねだられることが多いそうだ。バンドは、この後多くのメンバー・チェンジを繰り返す事となるが、現在、49歳で亡くなった樋口宗孝を除きオリジナルのメンバーで活動中 official

*レイジー:かまやつさんに見出される切っ掛けになった演奏はディープ・パープルの「BURN」(なんとYouTubeで聴ける。かまやつさんベタ褒め)であるのを見ても、彼らが当初からハード志向であったことが窺える
*ベイ・シティ・ローラーズ:スコットランド出身のロック・バンド。タータンチェックの衣装に身を包み、1970年代にポップな楽曲でワールド・ワイドにヒットを連発。日本でも大大大人気であった
*ATCOレコード:アメリカの大手アトランティック・レコードのレーベル
*タッピング奏法:ピッキングする方(右利きなら右手)の指を指板上で弦に叩き付け音を出す奏法。ジャズでは1950年代からあったそうだがロックでは1970年代以降に一般化した
*SHADOWS OF WAR:米ソ冷戦只中であったのでアメリカではアルバム・タイトルが「LIGHTNING STRIKES」に改題されたリミックス盤となった(曲名・曲順も異なる)

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

北の離れ HONG KONG

HONG KONG

 香港の民主化デモで、11日、警察官に実弾発砲された学生が、重体を脱したと13日報道された。依然重傷とは言うが、取り敢えず容体は持ち直したようだ。

 今年の春から始まった、香港の民主化・反政府デモは、8日、警察による強制排除中に駐車場から転落した学生が亡くなった辺りを境に可也破壊的・暴力的な様相を呈してきている様に見える。
 私は、「自由」であることを何よりも支持するが、何方に対しても、暴力的行為は望まない。

 香港は、1842年から1990年まで「イギリス」であった。香港の歴史にはまったく詳しくないが、中国本土とは可也異質な歴史を歩んできたのであろうことは、想像できる。その香港を、中国政府が「一国二制度」を蔑ろにし「本土化」しようとしているのであるから、反発が起きるのも無理はないと、これも想像できる。
 今回の香港市民と政府との対立も、嘗ての植民地政策の、一つの負の遺産と言えるのかもしれない。

hongkong

 何れにしろ、双方が剣を棄て、対話の席に着くことを、心から望む。

 それにしても、各国、特に我が政府は今回の弾圧に対して沈黙傾向である様に思えるが、なぜであろう。中国政府に対する忖度?なのであろうか。

2019年霜月16日

――――――――――――――――

・画像は、イラストACからのjohanさんによる

*一国二制度:香港は社会主義である中国の中で資本主義システムが継続され高度な自治権を有している

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

北の離れ 霊園夜景

霊園夜景

 「霊園夜景」と題したが、霊園は夜間立入禁止なので、正確な表現ではないかもしれない。この時期、多磨霊園閉園時間は17:30。そのギリギリの時間に訪ねたが、僅かに夕明かりの残る時間帯で、「霊園夕景」の方が、近いかもしれない。
 とは言っても、霊園内の園路(道路)は照明など一部を除き無く、自転車のライトは「点灯」にしないと路面が見えず走れない。

 しかし、この可也に暗い中、ワンコのお散歩をされている方が非常に多いのに驚く。流石にほとんどの方がご夫婦或いは親子とみられる様な二人連れで、単独の方はあまり見かけない。彼方此方、園路の上でワンコ談義をしていらっしゃりもする。

 さて、私は二つの噴水塔の夜の姿を狙っている。まだ、若干空に薄明かりが残るので、冒頭に書いた如く厳密には「夜景」と言い難いが、これより遅い時間は入れないので致し方ない。冬になれば、この時間もう真っ暗だが、その頃は寒さの問題が出て来る。霊園内は、流石に周辺より気温が低いのだ。

 まずは、大のオキニ、11区の噴水塔。


 これが建つのは墓域の中心なので、周囲に一切の灯りが無い。画像は多少明るく写っているが、実際辺りは、もっと真っ暗である。

 シンボル塔こと旧噴水塔。ここ多磨霊園を代表する、アールデコ建造物だ。


 こちらも周囲に一切の灯りが無い。大分実際の暗さに近く写っているが、空はもっと暗い。
 昨年(2018)の今頃の記事で、シンボル塔基部が掘り返されていると書いたが、それはもう、階段含めすべて元通りになっている。キレイに復元されて、発掘の跡など知りようもない。
 しかし、まだ整備の始まる気配はない。何時になったら、また中に入れるのであろう。

*多磨霊園:用語集 索引

2019年霜月15日
(取材は10月下旬)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・霊園ご訪問・ご探訪の際は、マナーを守り節度ある行動をお心がけ頂けますよう、お願い致します

・この場所は府中市多磨町、最寄り駅は西武多摩川線多磨駅です

*シンボル塔:老朽化のため現在は立入禁止。整備ののち再解放とされているが・・・

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

北の離れ ラグビーワールドカップ2019

ラグビーワールドカップ2019

 これは、調布飛行場北端、武蔵野の森公園の「展望の丘」から見た、東京スタジアム(標高39.1m)の夜景。

choufu_tokyostadium_night
「日本対南アフリカ」開始前の東京スタジアム

 これから正に、ラグビーワールドカップ2019日本大会、決勝トーナメント「日本対南アフリカ」戦、試合開始直前の姿だ。スタジアムや最寄り駅周辺は、各国のお客さんとお巡りさんとボランティアの方々がイッパイで、エライ状態になっており、撮影などできる空気ではなかった。ので、このような遠目の姿となった。
 私の立つ丘から、スタジアムまでは1.5km程の距離があるが、間にはグラウンドや滑走路しかないため、試合前パフォーマンスの音響が間近の如くに聞こえてくる。
 丘の上には、私と同じ様な考えの方がちらりほらりと立ち、スタジアムを遠望しておられる。

choufu_tokyostadium_night_a
引きの絵
手前は滑走路北端

 日本代表、四強進出はならなかったが、ベスト8は誇るべき結果であると思う。多摩には、二つもトップリーグの強豪チーム(共に府中市)があるので、結構ラグビーには親しみを感じているのだ。サイクリング途中、両チームの練習場横を通りしな、グラウンドを子細に拝見したこともある(練習には遭遇したことは無い)。ただし、ラグビーには全然詳しくない。ルールも、今回のワールドカップの試合中継で初めて覚えたものが大半だ。
 でも、ラグビーはやったことはある。高校の体育の授業で、ラグビーがあったのだ。新設校でまだ校庭が完成していなかったため、学校横の線路脇の空き地を借り、生徒たちで整備して即席のラグビー場にした。石を拾い草を抜き、ローラーを曳いて、それだけで可也の労苦である。しかも、一寸キックが逸れると線路にボールが入ってしまい大変であった。幸い東京でも大分田舎の路線で、滅多に電車は来ず勝手に入って拾ってきたが(何十年も前の話。ほんとはそんなことしちゃ絶対ダメ)。

 俄(にわか)ファン、とはどのフィールドでも良い意味で言われることは無いが、でも、「俄」の中から真のファンも生まれるのである。私なども、嘗てのハード・ロック/ヘヴィ・メタルの一大ムーヴメントの中で、結構「俄」でヘヴィ・メタル・ファンになった様な所も否めない存在だが、今ではファン歴〇十年の可也筋金入りのファンを自認する、メタルおやじだ。ラグビーの俄ファンも、馬鹿にしてはいけない、其の中にラグビーを世に根付かせる、将来の筋金入りファンが、きっと多く存在するのである。
 俄ファンを寛容に受け入れる世界にこそ、未来はあるのだ。

 それにしても、ラグビー代表チームはいい。国籍・出身地域の異なる選手たちが混然となっているのは、人類が理想とする姿の縮図ではないか。

(スプリングボックス、優勝おめでとう!でも、なんで南半球がこんなに強いの?9回のワールドカップで8回南半球のチームが優勝してるよ)

2019年霜月14日
(取材は10月下旬)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この場所(展望の丘)は三鷹市大沢、最寄り駅は西武多摩川線多磨駅です

*スプリングボックス:アフリカに生息する「スプリングボック(Antidorcas marsupialis)」(ウシ科スプリングボック属)という中型のレイヨウ(アンテロープ)に因む

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

北の離れ みんなのうた「鉄塔」

みんなのうた「鉄塔」

 マジっすか。眼をいや耳を疑った。なんと、天下のNHKさんの「みんなのうた」で「鉄塔」って。

 夜更かしが祟って、体調悪く、おばあちゃんがデイサーヴィスの疲れで眠っているを幸い、朝の用事を彼是済ませたあと、お昼近くまで部屋にこもって調べ物をしていたが、猫達がうるさいのでリヴィングに出ておやつを与え、TVをつけたら、偶々「みんなのうた」。そしていきなりタイトル「鉄塔」。思わず「マジかっ」と呟いた。シンガーソングライター、南壽(なす)あさこさんの作・歌唱だ(編曲:酒井ミキオ、K-MIX)。

 いつも、変わらず、静かに佇む鉄塔。風景の邪魔ものにされ、或いは眼中に留められず、それでも、何処(いづこ)からか来たり、何処へかと続いてゆく送電線を支え続ける鉄塔。その機能に徹した「美」。そうした存在を歌にしてくれるお方がおり、それを人気番組にとりあげてくれるNHKがいることに、素直に感激した(9月に起きた鉄塔倒壊事故の後である)。
 鉄塔風景写真家、藤村里木さんの写真も、吉田ヨシダさんのアニメーションも、共に素晴らしい。

 一鉄ヲタ(鉄塔好き)として、嬉しい限りだ。

 ちなみに、第三腕金がバランス耐張となっている農地の中の鉄塔は、只見幹線っぽいが、どうなのであろう。ヘリ巡視用プレートが左右の地線腕金にあるので、違うかもしれない。只見幹線のヘリ巡プレートは、地線腕金中央の塔体部分にあるし。少なくも、八国山下の501号(下)ではないのは確かだ。

soudentettou_tdmk501_e
只見幹線501号
(東京都東村山市)

 こちらは、郊外の住宅地と八国山緑地の狭間で、緑地のある北側を除き、周囲は住宅や学校などに囲まれている。
 映像を見ると可也周囲は田園なので、只見幹線468号の様にも見えるが(TinySlopeさん参照)。やはりヘリ巡プレートの位置が異なるので、違うな。

2019年霜月13日

――――――――――――――――

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 白3踏切

夜間鉄塔―白3踏切

 夜の、車返線起点付近。立川崖線(はけ)上を通る「いききの道」が、西武多摩川線を横切る「白3踏切」(標高42.7m)辺り。

soudentettou_krg2-shj26_night
車返線2号(標高44.0m)、境八王子線26号(標高47.1m)
西武多摩川線白3踏切から

 踏切左に見える二基は、ガントリー車返線2号と、オカサカ26号。右端に見えるのが「いききの道」。
 「いききの道」については以前書いたが、簡単に説明すると、江戸時代の古い甲州街道に相当する様な道で、大井から甲府まで続き、奥多摩から筏にして木材を運んだ筏師たちが「行き来」に使用したところから、この名称となったもの。

soudentettou_krg1-1_night
車返線1-1号(標高41.3m)、国分寺線95号(標高38.3m)
(遮断機が上がった状態で踏切上から撮影)

 線路上が車返線1-1号、左が1-乙号。1-1号左下に見える門型は国分寺線最終95号。1-乙号の建つところが車返線変電所となる。
 他は、ナイトモードだが、こちらは夜景モード。

soudentettou_krg1-1_night_a
1-1号、1-乙号と夜景

 左手に見える1-乙号は、右が1-乙1号、左が1-乙2号。画面中央付近、赤いランプが縦に二つ見えるのは、国分寺線の終着点、北多摩変電所に建つマイクロ波塔。

 ナイトモードも夜景モードも連写なので(普通数枚の連写画像を重ね合わせ一枚の画像にする)、電車が通ると下の様な状態となってしまう。

soudentettou_krg2-shj26_night_a

soudentettou_krg1-1_night_a1
電車通過

 でも、これはこれで面白い。

2019年霜月12日
(取材は10月下旬)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は府中市、最寄り駅は西武多摩川線白糸台駅です

*いききの道:こう呼ぶのは調布市から府中市の辺りまで。品川道、いかだ道などとも

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 夕暮れ時は―

夕暮れ時は―

 良い加減に、沈みかけた陽を浴びた鉄塔に出会った。

soudentettou_kbj33
国分寺線33号(標高70.1m)

 国分寺線の33号。どうも、千葉県での鉄塔倒壊事故以来、この計十八本の送電線を支える6回線国分寺線鉄塔が気になってしまう。

soudentettou_kbj33_a
33号

 18本の架空線を、もっと強調できないかとポイントを探る。

soudentettou_kbj33_b
33号

 如何であろうか。

 他のアングルも探そうかと思ったが、もう、あっという間に陽は沈んでしまう。
 鉄塔は早、色を失った。

 プレートを探し、脚元に行く。

soudentettou_kbj33_d soudentettou_kbj33_d1
33号(平成26年6月 52m)

 ふと見上げれば、架空線に囚われの、お月さま。

soudentettou_kbj33_e
33-34号間架空線と月
細い二本の線は架空地線

 身動き取れないな。

soudentettou_kbj33_e1
架空線と月

 アップ。丸い「危機の海」とその下の「豊穣の海」が見える。架空線にある節の様なふくらみは、難着雪リング

 見上げるうち、ちょっと変わったアングルを試みて見たくなった。

soudentettou_kbj33_c
33号

 面白いが、非常に不安定で見ていて気持ちも不安定になりそうだ。

soudentettou_kbj33_c1
33号

 眩暈がしそう。見て頂いている方も、ご不快かもしれない。ご勘弁を。でも、6回線計18本の架空線は分かり易いでしょう。

 先を見れば、誰そ彼の住宅街に34号。

soudentettou_kbj34
34号

 中段、多摩橋線の腕金が左右非対称だ。第1腕金右が左より少し長く、第2腕金右は左より大分長い。第3腕金は逆に右は左より大分短い。上段の国分寺線、下段の高木線は左右対称に見える。どうして、多摩橋線だけ違うのであろう?

soudentettou_kbj34_a
多摩橋線アップ

 彼方此方から、美味しそうな夕餉の匂いが漂ってくる。

 夕暮れ時は、なぜに淋しいのだろう。

2019年霜月11日
(取材は10月初旬)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は府中市北山町、最寄り駅はJR南武線谷保駅です

*架空:空に架かる、で「かくう」と読めるが、業界内では「がくう」と読むらしい
*誰そ彼:たそかれ。薄暗く人が見分けにくい夕暮れ時。のちに「たそがれ」に変化し「黄昏」が当て字された

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 公園鉄塔

公園鉄塔

 「公園鉄塔」だ。

soudentettou_mry5
村山線5号(標高96.1m)
1号からは1.5Kmほど

 公園鉄塔とは、シンプルに「公園に建つ鉄塔」のことである。私が勝手に、そう呼んでいる。

 私はこうした公園内、或いは公園に隣接した鉄塔(例えば)が好きだ。なぜと言って、周囲のお宅に気兼ねが無い、もしくは余り気兼ねせずとも取材ができる。住宅に囲まれた鉄塔に比し、気が楽だ。それに木立ちや植込みがあるので、季節感も出やすい。

higashiyamato_shinkaidoukouen
新海道公園

 公園は、「新海道公園」(東大和市)。細かい砂利或いは大粒の砂敷きの、広場的な公園で、面積がある割に遊具はたった二つしかない。

soudentettou_mry5_a
5号と滑り台

 脚元には滑り台、他はよく見かける日本宝くじ協会寄贈の、オレンジ色の三人乗り子犬型遊具「ロッキンパッピー」。

 鉄塔は残念乍らと言うか当然乍らと言うか、フェンスに囲まれているが、直下周囲は植込みや芝生などあり、雰囲気は悪くない。

soudentettou_mry5_b soudentettou_mry5_c1
5号(昭和46年3月 34m)

 大プレートが見当たらない。

 他に人も居らず、恥ずかしくないので、会長と5号のツーショットを、試みる。

soudentettou_mry5_d
5号と会長

 なかなかイイ感じにはならない。鉄塔がボケ過ぎたり、会長が日陰になったり、上手く行かない。左手で会長を持ち、右手でカメラを持ってシャッターを切るのだが、上を向きながらの体勢も結構しんどいし、陽射しも強くモニターも見にくい。幾ら恥ずかしくはないと言っても、そうそう何枚もチャレンジできない。首が痛い。

 よく見ると公園前の富士見通り向こうにも、公園が見える。行ってみよう。彼方からも、5号が見えるかもしれない。

soudentettou_mry5_c
5号

 道路を渡り振り返ると、さっき脚元では見つからなかった大プレートが見えた。

 こちらも可也広い公園。しかし新海道公園と違い、遊具は豊富な児童公園「末広第二公園」。

higashiyamato_suehirodai2kouen
末広第二公園

 5号は、辛うじて、見えた。
 「百日紅」の名があるとはいえ、流石にもう終わりかけのサルスベリの花(左)と、白から赤へと色を変えるスイフヨウ(Hibiscue mutabilis Versicolor)(右)の向こうに、何とか見えている。スイフヨウの、白く見えるのが今日咲いた花、赤いのは昨日の花。朝白く咲いて、夕方から夜にかけ赤くなるので「酔芙蓉」なのである。

2019年霜月10日
(取材は10月初め)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は東大和市南街、最寄り駅は西武拝島線東大和市駅です

*スイフヨウ:フヨウの園芸品種。フヨウは南西日本、中国、台湾の沿海地に自生

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 一つ残った

一つ残った

 前後含め近隣の只見幹線鉄塔は、軒並み最近建替えが行われたが、なぜかこの523号鉄塔は第2腕金の長い旧タイプのまま残っている。

soudentettou_tdmk523
只見幹線523号(標高83.8m)

 ヘリ巡プレートも、旧型に多い下二桁タイプ。

soudentettou_tdmk523_b
523号

 この鉄塔、他の只見幹線鉄塔に比べ、ずいぶんと色白だ。只見幹線は、特に旧タイプはそうだが緑或いは茶がかったグレーの少しダークなトーンの塗装が多いのだが。

soudentettou_tdmk523_a
523号

 少プレは、旧タイプに多い全く判読不可能なほど腐蝕したもの。特にこれは、拡大しても全然読めない。〇と#を組み合わせた様な電源開発(Jパワー)のマ旧ークと「只」の字以外、全くもって見えない。

soudentettou_tdmk523_b1 soudentettou_tdmk523_b2
523号

 ここは空き地や農地或いは市民農園が周囲に多いので、珍しく前後の鉄塔が見渡せる。

soudentettou_tdmk524_f soudentettou_tdmk522
522号(左)と524号(右)
電線が・・・

 523号だけぽつんと、旧タイプが建っているのがお分かり頂けるであろう。―あ、イヤ、よく見ると522号向こうの521号も「旧」だ。

2019年霜月9日
(取材は10月初め)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は国分寺市戸倉、最寄り駅はJR中央線国立駅or西武国分寺線恋ヶ窪駅です

*建替え:ここ数年、只見幹線を訪問すると旧型が新型に変わってしまっている或いは建替え中である例が多い(こちらこちら等)

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

Fe塔 陸橋

陸橋

 いつの間にやら、こんな立派な陸橋がJR中央線を越えていた。

soudentettou_tdmk528
国分寺陸橋
道路は新府中街道(都道17号)

 工事をしていたのは、大分前から知ってはいたが。世の変化の速き事よ。

 左手に建つ巨大鉄塔は、只見幹線。

soudentettou_tdmk528_a
只見幹線鉄塔

 528号だ。

soudentettou_tdmk528_d
528号(標高82.2m)

 陸橋は四車線もあるので、私の立つ西側からでないと、上手い具合には見えない。

 陸橋を降り、脚元に行ってみる。

soudentettou_tdmk528_b
528号

 すると、大プレート以外にも何やら随分と掲示物が多い。

soudentettou_tdmk528_d1 soudentettou_tdmk528_d2

soudentettou_tdmk528_d3 soudentettou_tdmk528_d4
528号プレート類
大プレートの向こうは古くからある内藤橋

 すぐ傍らで、長く工事が行われていた所為であろうか。
 細い道路一つ挟み、陸橋はすぐ隣だものな。

soudentettou_tdmk528_c
528号と陸橋

 そうそう、鉄塔に関しては、これが重要。

soudentettou_tdmk528_d5

 しつこい様だが、絶対昇っちゃダメ

2019年霜月8日
(取材は10月初め)

――――――――――――――――

・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この鉄塔の建つ場所は国分寺市日吉町、最寄り駅はJR中央線西国分寺駅です

*国分寺陸橋:北行き詰まりは西側は暫定的に一車線のみ開放。やがて二車線となるらしい。内藤橋で中央線を越えた内藤橋街道がこの下で奈良橋通りに変わる

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
月別アーカイブ
プロファイル 運営方針・ガイド