杉並鉄塔紀行―鎌倉橋

 杉並区立塚山公園の中核をなす敷石広場から、さらに奥へと木漏れ日の小径を行けば、池もあった。

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塚山公園の池(標高43.6m)
画像左手が住居跡

 カワセミも観られそうなイキフンだが―、この公園での観察記録があるのかどうかは不明だ。でも、前回の航空写真で見るように公園北側には神田川が流れているし、1.5kmほど北東の和田堀公園や5kmほど北西の善福寺公園では観られるので、訪れることは無くもないようにも思える(分からないが)。

 では川へと行ってみよう。公園は台地上なので、少し下って行く。途中、ハグロトンボに出会ったが、神田川で育ったのであろうか。

 塚山公園は、神田川を挟んで北東側に小さな飛び地(標高39.5m)がある。

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飛び地から

 手前に塚山橋、向こうはさっきまで居た塚山公園だ。
 左の巨大なオブジェは、私の身長(163cm)を軽く超える大きさである。これもタイトル不明だが、見るからに雫だ。基部の同心円は波紋だろう。できれば、作者やタイトルを表示して頂きたい。それ等を知れば、名も知らぬ花の名を知った時の様に、対象との距離が一気に縮むというものだ。

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塚山橋から神田川と私
おじゃまです

 私の脚元にチラ見える欄干の透かし模様も、縄文土器だ。あくまで遺跡推し、だ。

 川に沿って下流側へ100mほども行くと、公園東端付近に架かるのは、鎌倉橋であった。

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鎌倉橋

 北を見ている。画像左手が、塚山公園だ。
 なぜ東京杉並で「鎌倉」かと言えば、上画像右下隅に写る、つまり橋南詰の袂東側にある石碑をご覧あれ。

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鎌倉街道石碑(標高38.4m)

 橋上を通っているのが、鎌倉街道なのだ。

 航空写真を見てみよう。
 まず、朝日新聞社時代の写真ふたつ。

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塚山公園航空写真
1948年3月3日アメリカ軍撮影

 黄↑が鎌倉橋、そこを通る白いラインが鎌倉街道。当時から、そこそこ広い道路であった様だ。それにしても、神田川周辺はまだ水田がいっぱいだ。夏には、ホタルも舞ったのだろうな。
 水色←は和田堀線鉄塔で、左が現175号、右が現176号である。

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塚山公園航空写真
1963年6月26日国土地理院撮影

 上の15年後。神田川はまだ直線化されず小さな蛇行を繰り返しているが、水田らしきものはもう一切見えない。おそらくは地産地消されていたのであろうここのおコメは、地方の田んぼからの供給に代ってしまったというのが良く分かる。
 矢印は上と同じ。

 最後に現在の姿。

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塚山公園航空写真
2019年11月1日国土地理院撮影

 黄色と水色の矢印は上二枚と同じだが、当然と言うか、上にあった水田や畑は、もう無い。
 こう比較して写真で見ると、白↓の飛び地は神田川直線化で取り残された部分であるのが分かる。昔は現飛び地の北東側を神田川が流れているが、今は飛び地の南西側が川だ。また、公園の中核をなす池周辺などは、ほぼほぼ1963年当時の林が残っているのも分かる。

 鎌倉街道については、1823年(文政6年)刊行の「武蔵名勝図会」(植田孟縉著)に、
「上高井戸の界にあり。古の鎌倉街道にて、(中略)ここより北へは大宮八幡の大門通りをすぎて、中野村追分へ出る。それより中仙道の板橋へ行くなり。今は農夫、樵者の往来道なりて、野径の如し」
とあるという。つまりこの江戸の頃には、街道は大分廃れていたという事である。



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鎌倉橋解説板

 また橋については、同書に
「鎌倉街道ゆえ、鎌倉橋という」
と至極真っ当な説があるが、別に、扇谷上杉家(関東管領上杉家の一つ)家宰の太田道灌(1432-1486)が1457年(長禄元年)、江戸城の築城の際、鎌倉八幡宮の神霊を橋に近い下高井戸八幡神社に勧請したので、「鎌倉」と付けたという説もあるらしい。(解説板及びサイト「神田川「まる歩き」しちゃいます!!」さん参照)

 鎌倉橋から、鉄塔を望もう。

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神田川と177号
左端に178号

 見えているのは和田堀線177号、川はもちろん神田川。神田川は、この目線のずーっと先(下流)で隅田川に合する長さ約24.6kmの一級河川だ。水源は、三鷹市の井の頭池(恩賜井の頭公園)である。

 橋袂から鎌倉街道を南望すれば、和田堀線176号(左)と北堀線19号(右)が向こうに何とか確認できる。

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街道と二鉄塔

 街道とのスリー・ショットだ。街道は右手にスロープを上がり、左折して500mほど進み甲州街道に突き当たる(鎌倉街道入口交差点というのがある)。

 では、橋付近から望んだ鉄塔達へも寄ってみよう。

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2022年葉月5日
(取材は7月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します
・航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト
・参照:杉並区HP、すぎなみ学倶楽部HP、他
・当記事にある情報等は上記取材時点におけるものです
・これらの場所は東京都杉並区下高井戸、最寄り駅は京王線上北沢駅です

*武蔵名勝図会:八王子千人同心(幕府職制)、植田孟縉(もうしん)(1758-1844)が書いた多摩郡の地誌
*家宰(かさい):家長に代り家政を取り仕切る人

鉄塔に昇るのは非常に危険です。絶対にやめましょう

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