先週、幹部社員研修を2クラス行いました。両クラスとも
15名弱のクラスで、上位役職者と若手主任クラスが
混合で行われているクラスです。研修としては初期段階で、
「仕事に対する心構え」的なことを受講者の心の状態を
量りながらお伝えしている段階です。
この初期状態におけるメインテーマは、「素直さ」です。
素直さとは、自分が納得いかない指示や指導に対しても、
「ハイ!わかりました」と明るく返事をし、即行動に
移す姿勢を指します。
心の状態ではなく、行動姿勢であるというところが重要です。
このことについて、森信三先生の講義録のお話しが
とても印象に残っています。先生は次のように説かれています。
(ここから)
欲がないものは意気地なしか? と言う話しから、
そこで今欲を捨てるということも、実際に、身を持ってこれに
ぶち当たってみないことには、その真の意味は分からない
のです。ですから、まず実地にこれをやってみるんです。
例えば諸君が、少し遅れて食堂へ行ったために、ご飯が
足りないとしましょう。もう一杯食べないことには、
どうも腹の虫がおさまらない、というような場合、
いつものように担当者を読んで、ちょっと文句を言おうと
したのを「イヤちょうどよい機会だから、一つ我慢して
みよう」と決心して、我慢するんです。そうすると、人間の
気分というのは妙なもので、一杯いや半杯のご飯でも
その足らないことを他人のせいにしている間は、
なかなか我慢のしにくいものなのですが、心機一転して
「どの程度こらえることができるか、一つ試してみよう」と、
積極的にこれに対処するとなると、それ程でもないのです。
いわんやさらに一歩進めて、「世の中には、十分に食べられない
人間も少なくないんだから、今日は自分も一杯ひかえることに
よって、その人たちの気持ちを察してみよう。
よし!もうこれきりで、誰にも言わずに晩まで頑張ろう。」と、
こう覚悟を決めた時、諸君果たしてこれが意気地なしの道と
言うべきでしょうか。わずかにこの一例によっても
お分かりのように、人間が真に欲を捨てるということは、
意気地なしになるどころか、それこそ真に自己が
確立することであります。否、さらにそれによって、
天下幾十万の人々の心の仲間でも窺い知ろうという、
大欲に転ずることであります。すなわち、人間が真に欲を
捨てるということは、実は自己を打ち超えた大欲の立場に
たつということなのです。天下の人々の欲を思いやり、
できることなら、その人々の欲をも満たしてやろう
ということであります。 (ここまで)
私どもが研修の中で説く、主体性の原点がここにはあります。
主体性とは、単に相手を思いやるのではなく、相手の立場に
立って、自らが身を持って行動することなのです。
単なる考え方ではないのです。
文頭の2社ともの研修受講生の感想の中には、主体性に
対する前向きな思いがたくさん綴られていました。しかし、
思っても行動できなければ、その思いは日の目を浴びることは
ないのです。
そして、その行動は前に向けば向くほど、社内外のたくさんの
方々の色々な考え方に出会い、その都度、要らぬ指摘を
受けたり、時には中傷を受けることすら少なくありません。
周りを思いやって、自分が一生懸命勇気を出して行動したのに・・・。
こうやって挫折したり、心を閉ざしてしまう人のなんと多いことでしょう。
リーダーとは、そのような方々の心の傷を自分が
引き受けながら前に進む事ができる人を言うのだと、
私は思います。
政局も、経済も極めて不透明な中、日本人、武士道の原点が
試されようとしています。 では、また。
参考文献 「修身教授録」 森信三著 致知出版社