ゴップの評価は覆る余地がありましたが、『スターダストメモリー』にしか出ないワイアット、コリニーには再評価の機会なし。

では本題に。


「ゴップは本当に有能か」

ゴップとは、『機動戦士ガンダム』に登場した連邦軍参謀本部の高官である。大将の階級を得ていることから、多くの関係作品で、参謀本部のトップとして描かれている。

かつてゴップといえば、無能の代名詞だった。その所以は、ゲーム『ギレンの野望』における能力値だ。同階級の連邦軍総司令官レビルと対照的に、ゴップは階級ばかりが高く、能力値は極端に低かった。

そのように設定された所以は、『ギレンの野望』までのゴップのイメージのためだろう。

実際のところ、『機動戦士ガンダム』の作中で、ゴップが無能であることを示す描写は皆無だ。だが、視聴者が受ける印象は、あまりよくなかったように思える。

ジャブローがジオン軍の大攻勢を受けているとき、部下が「ホワイトベース、つけられましたな」と言うと、ゴップは「ああ、永遠に厄介者だな。ホワイトベースは」と応えた。

主人公の部隊を「厄介者」と呼ぶ者に、好感を抱く視聴者はいないだろう。

更に、ゴップはホワイトベースに、星一号作戦での囮役を命じている。艦長ブライト・ノアはその命令を受けたとき、険しい表情をしており、参謀本部のホワイトベースの扱い方に不満があることはありありと見て取れる。

これらから受けるゴップの印象は、「ホワイトベースを厄介者と呼び、危険な囮役を任せる意地の悪い将軍」というものだったのだろう。容姿が、勇猛な軍人でも、冷徹な軍人でもなく、凡そ軍人とは思えぬ会社の重役風に見えたこともある。視聴者はゴップを通じて、悪しき官僚機構としての連邦軍を垣間見た。

そうしたゴップの印象が、『ギレンの野望』に反映したのだろう。逆に、ホワイトベースに呆気なく敗れ、最期の狼狽えぶりから無能な将としての印象を抱かれたコンスコンは、実力主義のドズルの腹心だったことから、むしろ有能な将軍だったとプラス補正を受け、『ギレンの野望』では比較的高い能力値を設定されている。

更に、『ギレンの野望』では、レビルがRX計画に反対するであろう連邦軍上層部を、「ジャブローのモグラ」と評していた。明確に描写されているわけではないが、能力値もあってゴップはモグラの代表格のように扱われた。

しかし、近年のガンダム作品では、ゴップはむしろ有能だったとの評価を受けている。

原作において、ホワイトベースを囮にした作戦は、結果的にシャア、コンスコンといった難敵をソロモンから引き離し、ソロモンの防衛力を著しく低下させた。このことは、ホワイトベースを囮にするというゴップの作戦が成功したことを意味している。またゴップは、「ソロモンさえ落ちればジオンも降伏するだろう」とも言っていた。そして実際にソロモン陥落後、デギン公王がギレンに無断で講和の交渉に出向いている。

『ジ・オリジン』では戦前戦中を通じて連邦軍のトップとして君臨し、RX計画を主導したのもゴップだった。レビルが死亡した後は総司令官として星一号作戦を引き継ぎ、政府の反対を押し切ってワッケインをア・バオア・クー攻略の司令官に任じた。

漫画『MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でも、戦後のゴップはグリプス戦役、第一次ネオ・ジオン紛争という混乱した連邦内の政治状況を強かに生き延びたと描写されている。

こうして、無能だったゴップの評価は180度転換したのである。

だが、筆者はこの動きに行き過ぎを感じる。

そもそもゴップを有能たらしめているホワイトベースの囮作戦だが、ゴップが立案したという描写はない。ゴップがしたことは、ブライト・ノアに作戦を説明しただけなのだ。そもそも参謀本部議長が、一戦艦の艦長に自ら作戦を説明することがありえないのだが、そこはアニメである。

参謀本部議長、あるいは総長といえば、最高司令官である国家元首の軍事顧問である。アメリカの統合参謀本部議長は、大統領の軍事顧問であるし、大日本帝国時代の陸軍参謀総長は天皇の統帥権の下、軍令を司っていた。

だが、参謀本部のトップが作戦全てを立案するわけではない。そもそも参謀本部という組織は、作戦立案はもちろん、他にも平時の実戦部隊の調整、軍需物資の管理、敵性国家の情報収集など、戦争・戦闘に関連するあらゆる業務が集中しているのだ。更にそこに、参謀本部という組織の予算を管理する事務部門が存在する。そこのトップに求められているのは、作戦立案能力ではなく、組織管理能力である。
 
多くの場合、作戦の立案・計画は、作戦部の下にある作戦課の仕事だ。地球連邦軍は常々、巨大官僚組織であることが強調されている。そのことを考えれば、参謀本部のトップが自ら作戦を立案・計画したとは考え難い。

例として、太平洋戦争の初戦、日本海軍による真珠湾攻撃を挙げよう。太平洋戦争前夜、連合艦隊司令長官・山本五十六は、米海軍太平洋艦隊の根拠地ハワイ・オアフ島の真珠湾基地への航空攻撃を思いついた。それを相談され、研究を命じられたのは、第十一航空艦隊参謀長・大西瀧次郎少将だった。その大西から相談を受けて原案となる計画を立てたのは第一航空戦隊航空参謀の源田実中佐。源田案を基に作成された大西の作戦計画は、山本から連合艦隊先任参謀・黒島亀人に渡り、黒島以下参謀たちが具体的な作戦を計画。さらに海軍軍令部がこれに許可を出す。そこから更に実施部隊となる第一航空艦隊が実行計画を立案する。

真珠湾攻撃すら発想から実行に至るまで、多くの軍人たちが関わっているのだ。真珠湾攻撃と言えば山本五十六、山本五十六と言えば真珠湾攻撃、と言えるほどではあるが、山本が全計画を立てたわけではない。通常の軍隊組織では、参謀本部の立てる作戦の実務は作戦部作戦課である。師団や艦隊においても、作戦を立案するのは参謀長ではなく、その下にいる作戦担当の参謀なのである。

さて、ホワイトベースの囮作戦だが、これは星一号作戦の一部に過ぎない。しかも囮部隊になったのはホワイトベースだけではない(それが後付けか筆者は覚えていない)。

ホワイトベース囮作戦を含めた星一号作戦を細部まで立案したのは、連邦軍参謀本部の作戦部乃至作戦課の参謀たちだったのではないだろうか。

参謀たちの立てたホワイトベース囮作戦を、ゴップは命令しただけだったと、筆者は思えてならない。

実際の歴史を見てもよくあることだが、その時代に起きた変化や偉業は、一人、あるいは少数の人々によって起こされ、その功績も罪もそうした人々に集中しがちである。これは偏に、その人々がその時代で最も目立ったためだ。

ゴップ有能論にも同じことがいえる。ホワイトベース囮作戦に関わったと明確に描写されたのは、作戦を説明したゴップだけで、実際に立案した人物は描かれていない。ゆえに、ゴップが立案した、囮作戦の成功はゴップの功績、と見られるのは仕方のないことだ。

ゴップが優れた戦争指導者のように描かれた要因は、『ギレンの野望』における無能な描写に対する反発であろう。これも歴史によくあることで、歴史上の人物には、常に再評価の機会がある。だがそれは、えてして極端なものだ。長く無能と断じられてきた人が一躍に稀代の名将になり、名将が一気に例を見ぬ愚将になることもある。

例を挙げれば暇がないが、ゴップもまた、極端な再評価にさらされているのだろう。描写が少なかった分、いくらでも掘り下げることが出来る。ゴップが再び無能になることはない。

だが、少々深読みし過ぎではないかと思えるのだ。そもそも無能なイメージも、描写が少ないことから発生したものだ。その少ない描写から無能と断じるのは軽率だが、逆に有能だったと持ち上げるには、まさに描写が少ない。立てた作戦が成功したというのも、ゴップが立てたと示すものはない。

思うに、ゴップの存在は、レビルという「前線の将軍」に対応する「後方の将軍」を体現するものだったのではないだろうか。軍人というよりは、大企業の重役に見えるゴップの容姿、発言も、参謀本部上層部のイメージを伝えるものだったと思える。

そう考えれば、ゴップ無能論は、連邦軍上層部全体を無能と断じていたとも見える。実際、『ギレンの野望』における連邦軍は、階級は高いが能力値は低い将軍たちが揃っている(コリニー、ワイアットなど。政治値があれば二人とも高そうだが)。一方で、有能論も連邦軍上層部の戦略が正しかったと逆説的に評価した結果だと言える。その過程で、全功績がゴップのものとなり、現在のゴップ像へと帰結したのではないか。