2009年09月03日

ホテルの名前

蘇州に行ったばかりの頃、ちょっと改まった食事会(歓送迎会など)は
5つ星、4つ星級のホテルレストランでやることが多かった。
(当時は気のきいたレストランといったらそういう所しか
あんまりなかったので)

駐在員は出入りが多いので、この「ちょっと改まったお食事会」への
参加機会が、専業主婦でも結構頻繁にある。

幹事さんから、「次の会場はアスターホテルです」と連絡がくる。
(はいはい、アスターホテルね・・・)と、タクシーで行こうとすると
さあ、大変!
「アスターホテール」なんて適当に英語風に言ってみても、
蘇州の運ちゃんには通じないのだ!

まず、ホテルの中国語名を調べないといけない。

この中国語名がまたややこしくって、英語表記の音を中国の漢字の
音を借りて、そのまま名前にしてるものもあれば、全く関係ない
名前がついてる場合もある。
アスターホテルはちなみに「雅都大酒店」という。
だから「ヤードゥダージョウディエン」と言わないと通じない。
(あえてカタカナで書いてますが、もちろんちゃんと中国語ぽく
発音しないと通じません)

英語表記を中国の漢字で表している名前でも、そのまま英語風に
言ったって通じない。
例えばシェラトンホテルは、中国語名は「(呉宮)喜来登大酒店」だけど
ここへ行くには、「シェラトンホテール」ではなくて
「シーライドゥンダージョウディエン」と言わないと
わかってもらえない。

森茂診療所が入っていてタクシーで行く機会が頻繁にある
シャングリラホテルは、中国語も「香格里拉大酒店」で、
「シャングリラダージョウディエン」と言ったら通じるので助かっていた。

蘇州は観光都市なんだから、せめて5つ星、4つ星級ホテルの
英語名くらいはタクシーの運ちゃんに覚えてほしかった・・・
(まあ、タクシーに限らず、英語はほとんど通じないけどさ・・・)

ちなみに他にも・・・

グロリアプラザホテル=凱莱大酒店
              (カイライダージョウディエン)

ルネッサンスホテル=尼盛万麗酒店
             (ニィチォンワンリィジョウディエン)

ソフィテル蘇州=(玄妙)索菲特大酒店
             (スォフェイトァジョウディエン)
           
ハー めんどくさ・・・



udukikureha at 16:36|PermalinkComments(4)TrackBack(0)蘇州の生活 

2009年08月30日

おせっかいオバチャン

中国では人と人との距離が近い。
街中を歩いていると、全く知らない中国人からもよく話しかけられる。

特に子連れだと、話しかけられる確立が高くなる。

「この子薄着させすぎ!寒いからもっと着せなさいよ!」

「ほらほら、あぶないよ!ボク、気をつけて!」

「まあ、可愛い子だね〜 何歳なの〜 」
← 特にビジュアル的にかわいくなくても、
   子供=可愛いもんという認識で話しかけられる。

「男の子ばっかりかい!全部あんたが産んだの!?」

などなど・・・

日本でだったら近所で普段からよっぽど親しくしている
人でもないと、こんなにいろいろ話しかけてこないだろう。

逆にいまどき、全く知らない人から突然突っ込んだ話題を
ふられたら、ギョっとしてしまうかもしれない・・・

中国では、日本だと聞きにくいことも当たり前のように
質問される。

公園で子供を遊ばせていたら、初対面のどこかの家のアイさんに
「この子何歳?」
と子供の年を聞かれ、(ここまでは、まあいいとして)
「それで、あんたは何歳?」
と私の年まで続けて聞かれたときはビックリした。

人と人との距離間がある最近の日本に慣れてしまうと
最初はちょっとビビるけど、そういえば小さい頃は
こういうのって当たり前だったような気がする。

私がまだ小さかった1960〜70年代
道にロウ石でカカシを書いて遊んだり、ゴム段をやって
遊んでいると、よく近所のオバチャンに声をかけられた。

私らが遊んでいる傍らでは、縁台を出して将棋をやっている
町工場のご隠居。

自転車にリヤカーをくくりつけて、いろいろな物を売るオジサンも
まわってきた。
竿竹売り、風鈴売り、釣りしのぶ売り・・・
クズ屋のおじさんはまだ分銅秤を使っていて、新聞紙の重さによって
トイレットペーパーと交換してくれた。

夕方になるといつもの豆腐屋のお兄さんがラッパを吹きながら
やってきて家の近くの辻に自転車を停める。
そこへボウルを持ってよく豆腐を買いに行った。

もう最近ではほとんど見ることができなくなった懐かしい風景が
蘇州ではまだ現役だった。

中国は、来るまでは遠いわけのわからない国だったけど、
来てみたら懐かしい遠い親戚の住んでいる町という感じだった・・・

映画「20世紀少年」の中で昔のバーチャル世界に行く場面が
あったけど、まさにあんな感じ。
小さいときのどこかの街角に紛れ込んだ気分を何度も味わった・・・

帰国して一年以上過ぎ、記憶の中でかなり美化されてる
部分はあると思うけど、蘇州を思い出すと暖かい懐かしい
気持ちで胸がいっぱいになる・・・


udukikureha at 22:37|PermalinkComments(7)TrackBack(0)蘇州の生活 

2009年07月04日

冷たいものに気をつけろ!

中国では冷たい飲み物は好まれない。

漢方の教えが生活に密着していて、体を冷やすこと=良くない と
いうのが浸透しているせいなのか??

なので、ビールは普通は室温だが、ちょっと気のきいたお店だと
(外国人ぽいから冷たいのがいいのかな?)との気遣いから

「冰的吗?」(ビンダマ?:冷たいのですか?)
と聞いてくれることが多い。

夫はこれをずっと

「冰的吗?(ビンダマ?)」=「瓶的吗?(瓶ビールですか?)」
と聞いているもんだと勝手に思い込み、

「是、是(そうそう) ビンダ ビンダ!」と言っていたらしい。

ある日、町中のローカル食堂でビールを注文し、いつもと同じように
「冰的吗?(ビンダマ?)」
と聞かれたので
「ビンダ!」
答えたのにもかかわらず、出てきたのは缶ビールの冷えたやつ。
ここで初めて、
(あれ? 何でビンダ”瓶的”って言ったのに缶のが出てきたの?)
と疑問に思ったらしい。

しかし、また別のレストランで頼むと
「ビンダのビール」は瓶ビールが出てきた。
(なんだやっぱり瓶がちゃんと出てくるじゃん)

ちょっと混乱したが、瓶ビールの確立の方が高いので
ビンダ=瓶的でいいもんだと思い込んでしまった。

その後、しばらくしてから長年の間違いが発覚!
やっと「ビンダの秘密」が解けるに至った。
メデタシ、メデタシ・・・・

(瓶はそれ以前に発音はpingですから・・・・










udukikureha at 20:51|PermalinkComments(4)TrackBack(0)蘇州の生活 

2009年06月10日

優雅な太極拳!?

中国といえば太極拳。

朝もやのなか、中国人のおじちゃん、おばちゃんが
ゆっくり優雅に太極拳をやっているところがよくTVでも映されている。

私も大きな声では言えませんが、太極拳を習ってました・・・

「太極拳やってます!」というにはあまりにもおこがましいレベル
だった。
普通なら3ヶ月くらいでマスターするはずの24式が1年かかっても
終わらなかったという、おそらく先生の教えた中でも最低レベルの
生徒だったと思う・・・

先生は日本への留学経験もある武術の専門家。
7歳から武術学校に入ったというジェット・リーのような華麗な経歴の
持ち主で、およそ武術と名のつくものなら、一通りなんでもこなせる
ということだった。
日本へも、剣道という日本古来の武術も極めたいということで
留学されたそうだ。

もちろん日本語ペラペラ。
私らと冗談言うときも流暢な日本語で会話していたので、ついつい
先生が中国人ということを普段は忘れてしまい、たまーにお弟子さんや
妹さんと中国語を使っていると、
「中国語うまいなあ。あ、そういえば先生って中国の人だったっけ」
と思い出すほどだった。

他人がやっていると、優雅で簡単そう?な太極拳なんだけど
これが自分がやるとなると、動作を覚えるのが容易でない。
まして、私のような運動音痴には大変なことだった。

「頭でおぼえないで、体が自然に動くようになれば簡単だよ」
と先生は言ってくれるんだけど、それがなかなか・・・
足を覚えると手がついていけない、すべて中腰の姿勢で動くので
もものところの筋肉がフルフルと痙攣しそうになってくる・・・

先生の動作を見ながらやって、なんとなーくできた気になっていても
「はい、じゃあ見ないでやってみて」
と言われると、たちまち手も足もバラバラでヘタクソな盆踊りのように
なってしまうのである。

太極拳の前にやる準備運動も、まるでバレエのレッスンのように
片足あげて屈伸したり、体がなまりきって硬くなってる私には
ついていくのが大変だった。

先生は、一つ一つの動作も日本語で、面白くわかりやすく説明しなが
やってくれるので、他のところで別な中国人の先生について習った
経験のある人は、
「ここで習ったおかげでいままで適当にやってたのがきちんとわかって
すごくためになった」
と言っていた。

型どおりの動作をすべてできるようになると、今度は呼吸方や気の
流れを意識した動き方も習えるらしかった。
(全くそこまでいきつかなかったので、人に聞いた話)

劣等生の私のような生徒でも、太極拳をやった後はうっすら汗をかき、
何だか体がほぐれたような癒されたような気分になれたので、
型を習得し、呼吸もきちんとできるような人は、体への効果も実感できる
んだろうなあと思う。

時々先生が模範演舞(っていうのかな?)を見せてくれたが、これがまた、
まるで天人が舞っているような、うっとりと見とれてしまうような
美しい動きなのであった。

帰国してからは、太極拳から遠ざかってしまっているけど、またいつか
再開して、今度こそ24式の最後まで覚えて「気持ちいい太極拳」を
めざしたいなーと思っている。



udukikureha at 20:54|PermalinkComments(8)TrackBack(0)蘇州の生活 

ブログコンテスト最終結果

ハッ!と気がついたら一ヶ月以上放置
4月から仕事を始めたのですが、すっかりサビ付いていた資格の
サビ取りやら下調べやらで忙しく、書いている余裕がなかったのです・・・

そういえば、今日、ポストになにやら封筒が入っており、見ると
以前応募してみたブログコンテストの結果通知でありました。
結果は「佳賞」とのことで、出版社の名前の入ったボールペンを
一本いただきました。
出版社のHPを見ると、3位までが2千円の図書カード。
4位〜12位までがボールペンだったようです。
当ブログは4位でした! おしい!
投票してくださったみなさま、ありがとうございました。

http://www.nihonbungakukan.co.jp/modules/tinyd1/index.php?id=177&PHPSESSID=61b15d632cf91daaabd964be41d29663

↑ コンテスト結果発表「日本文学館」

一位も中国関係ブログ・・・
中国って興味ある人多いんですかね?

 



udukikureha at 20:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0)その他 

2009年05月04日

蘇州の幼稚園

蘇州にいた時、一番下のチビは幼稚園を二つ体験した。

一つ目はマンションの一部が幼稚園舎となっているインターナショナル幼稚園。
(上の階は普通に人が住んでいる)
最初、マンションの中に幼稚園!?と違和感を感じたが、こちらでは
結構普通らしい。
園庭はマンションの中庭のような所しかなく、外遊びは日本の園に比べて
少なかったけど、マンション内の公園にはよく連れて行って
遊ばせてくれていたようだ。

近所のお友達も何人も通っていて、何より同じ年の男の子が数人いたのが
ありがたかった。
親子とも、通い始めてすぐにお友達ができて助けられた。

一番心配だったのは言葉の問題。(自分も含めて。)
保育は英語と中国語半々くらいで行われていた。
幼稚園からくるお便りも、英語と中国語の二種類。
どっちもいまいちわからないけど、両方読むとなんとなーく書いてある
ことがわかるという感じ。
細かいところがわからない時には、語学堪能な幼稚園の先輩ママ達を
つかまえて助けてもらった。
園長先生も慣れたもので、私みたいに語学が全くダメな人には
レベルに合わせたものすごく簡単な語彙の英語を使って
身振り手振りで話をしてくれた。
(たぶん幼稚園児レベル?)
私は熱を出してお休みの電話一本するにも、台本をあらかじめ考えたり
苦労したけど、子どもは全く気にしてなかったようだ。
参観日に、朝の出欠をとられるときに、みんなと同じように
「到!(来てます!)」と手を挙げて平然と答えていたのにびっくりした。
うちの子はほとんど中国語も英語も身につかなかったけど、
時々、家で何かほしいものがあると
「要!(ちょうだい)」
いらないときは
「不要!」
もうお腹いっぱいのときは
「够了。」
などと言っていたので、少しは園でも使っていたのかも。

お迎えに行くと先生方は、今日あったこと等、いろいろお話してくれて
言葉がよく通じないながらも、子供達へのまなざしの優しさに最初の
不安もふきとんだ。

この園の園長先生は、いつもとってもオシャレなファッションだった。
日本でジャージで保育園児と一緒に雑巾がけしている保育士さんを
見慣れていた目にはすごくまぶしかった。
ジャージの保育士さんも、プロ意識に燃えてて素敵だったけど
朝、オシャレしてきれいに装った園長先生が
「Good morning!!」と園児をニコニコ迎えてくれるのも
いいもんだな〜と思った。
茶目っ気たっぷりで、ハロウィンのときもパープルのマントを羽織り
魔女に扮して陽気なダンスを披露してくれたのが懐かしい・・・・

シンガポール系のインターナショナル幼稚園だったが、(蘇州には
教育機関でシンガポール系のところが多かった)行事等は中国のと
欧米のがチャンポンで面白かった。

4月はイースター。先生がきれいに塗って隠しておいたたまごを見つけたり
たまごを使った工作をしたり。
6月は中国のこどもの日(児童節)。
他の国のママから園児全員にプレゼントがあってびっくり。
(そういう風習があるらしい)
6月は卒園パーティーもあり、年長さんは一応卒園。
(ただし、日本人学校に通う子は翌年の4月まで学校の年度が
変わらないので園に残留。もしくは早生まれの子は幼稚園の年度途中の
3月で幼稚園を中退し、日本人学校の一年生になってから卒園パーティーに
参加する。)
7月・8月はほとんど夏休み。(ただし、サマースクールがある)
9月は中秋節。夕方、園に集まって、提灯行列。
10月はハロウィン。マンション内の部屋をまわってお菓子をもらったり、
親子とも仮装パーティー。
12月はクリスマスパーティー。園児のパパが扮したサンタさんから
プレゼントをもらって楽しむ。
1月下旬は春節(中国の旧正月)パーティー。
自分の子どもが中国の歌をうたったり、踊りを踊ったりしているのが
もの珍しかった。

その他にも日本と違うのは、園児一人一人の誕生パーティーを
やってくれるんだけど、そのときケーキとプレゼントを用意するのは
誕生日を迎える子だということ。
日本ならみんなからプレゼントをもらうのに、こちらではみんなに
プレゼントをふるまうのだ。
ケーキにろうそくを灯し、「Happy Birthday to You」のメロディーで
「你的 生日 快楽〜(ニーダションリークワィラー〜):お誕生日おめでとう」
とみんなに歌ってもらって吹き消す。

親子とも幼稚園生活を楽しんでいたが、寂しいことに園児の減少で
途中で系列園に統合されることになってしまった。
統合先の園は家から遠かったので、転園させることにし、
その後は、日本語で日本風の教育をしてくれる園に通うことになった。
せっかく仲良くなったお友達とも散り散りバラバラに転園することに
なってしまったのが一番悲しかった・・・

転園先の園は日本人の先生がいて、言葉の問題も全くなく
幼稚園の内容もほとんど日本の園と大差なかった。
少し気になることがあっても今までは言葉の問題もあって、
「まあいいか」ですませていたが、連絡ノートで聞いたり、先生に
伝えたりできるようになり、その辺のストレスからは開放された。

日本風と一口には言っても、日本語絵本等の教材を集めるだけでも
先生方は大変苦労されていたようだ。
それでも、日本の行事を保育にとりいれてくれたり、よく面倒をみて
もらい有り難かった。
他のインターナショナル園に通っていて、年長さんくらいになってから
日本人学校での生活に慣れさせるために転園してくる子もいるようだった。
確かにここでの教育を受けていれば、日本人学校に入学しても
違和感を感じず、すぐなじめるだろうなと思った。

二つの園を体験したが、国や言葉の違いはあっても、先生方は
みんな子どものことを考えてくれていて、保育士さんのプロ根性には
脱帽する思いだった。
そして、子供同士はどこの国籍であってもまったく気にしないで
言葉が通じなくても楽しくやっていた。
変な偏見を植えつけてしまうのは大人の目なんだなとつくづく思ったのだった。



udukikureha at 10:23|PermalinkComments(2)TrackBack(0)蘇州の生活 

2009年04月24日

親切な人々

ある時、新しく日本から蘇州に引越ししてきた友人が家に置くカジュアルな感じの家具が欲しいというので、地元フリーペーパー誌でチェックしてあった観前街の家具屋に行ってみることにした。

その家具屋があるはずの番地のあたりを何度確認しても、その建物には
全く別な新築マンションの販売所のようなものが入っていた。
せっかく観前街まできてあきらめきれないので、その販売所の人にダメ元で
私たちの探している家具屋がどこに移転したかを聞いてみることにした。
(蘇州でカジュアルな家具を探すのは至難の業だったので、どうしても
その家具屋を探し当てたかった)

フリーペーパー誌の記事を見せて、「この店がどこに移転したか知ってたら
教えてください。」と聞いてみた。
聞かれた人はよくわからないようで、又別な人に聞いてくれた。
中国語で何か説明してくれようとしていたが、よくわからないので
英語が話せるかきいてみた。(同行した人は英語ペラペラだったので)
その人は英語も少しできる人だったんだけど、家具屋の話になるとどうも
要領をえない・・・。
どうしたもんかと思っていると、「あなた達は日本人ですか?」と聞かれた。
「そうです」と答えると、「別な事務所で働いている人で日本語ができる人がいるので、その人に電話に出てもらったらもう少しわかりやすく説明できますよ。」
というようなことを言われた。

いきなり訪れた私達に、別な事務所の人まで介して説明しようとしてくれるのは
有りがたかったけど、そこまでしてもらうのも申し訳ないので、(だいたいその
日本語のできる人というのは別な場所にいて全く関係ないのだ)
「もういいですよ〜」と言ったのだが、「遠慮しないで、ちょっと待ってくださいね」
と言って、電話をかけてくれてしまった。

その日本語のできる人もすごく親切な人だった。
突然、「日本人が今こちらに来てるから通訳してあげて」なんて仕事中に
言われたというのに、「私達の探している家具屋は以前この販売所の
あるところに入っていたが、現在はもっと園区の方に移転したこと。私達の探しているようなカジュアルな家具を探したかったら、こういうところに行って見ると
あるかもしれない。」等々丁寧に説明してくれた。

恐縮して、丁重にお礼を言ってそのマンション販売所をあとにした。
みんなニコニコして、「再見!」と言ってくれた。

結局、教えてもらった家具屋や近所の家具屋にも行って見たんだけど、
仰々しいデザインか、日本人的センスからすると微妙なデザインの家具
ばかりだったので、その日は買えずに帰った。
(友人は後で上海のイケアまで行って希望の家具を買えた。)

目的は達せられなかったけれど、見知らぬ人の親切で心がほのぼのと
暖かくなった日だった。


udukikureha at 23:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)蘇州の生活 

2009年04月22日

中国茶の楽しみ

蘇州に行く前、ジャスミン茶が好きでよく買って飲んでいた。
なんとなく気分がのらない時、ジャスミン茶の香りで癒されるような
気がしていた。
(最近、アロマテラピーを習い始めて知ったが、ジャスミンには、
 実際に気持ちが沈んで元気がでないとき、精神を高揚させて自分に
 自信を持たせてくれる効果があるそう。)

あと、中国茶といえばウーロン茶くらいしか知らず、こちらは学生時代
ウーロンハイでしたたかつぶれて以来、あんまり好きな味では無くなっていた。

夫が蘇州に度々長期出張に行くようになり、空港で中国茶をおみやげに
買ってくるようになっても、日本茶に比べて味が薄くてあんまりおいしくない
もんなんだな。と思っていた。

そんな私が蘇州に行ってしばらくしたある日、友人宅でほんのり黄色がかった
お茶をご馳走になった。
甘やかなミルクのような香気がたちのぼり、口に含むとその香気が
口から鼻の方に抜けて体にジワっと染み込んで癒されるような気分に
なった。
(こんなお茶今まで飲んだことない!)
思わず、「これいったい何のお茶なの!?」と聞いてしまった。
これが私と奶香金萱(ミルクウーロン茶)との出会いであった。
(奶は中国語で乳の意味)

ミルクウーロン茶といってミルクのような甘い香りがするけれど、
この香りは後から人工的にフレーバーを添加してつけたものではなく
元々の葉の風味なのだそうだ。

このお茶を飲んだことで、私の中国茶に対する印象はガラっと
変わってしまった。
その後、友人がお茶屋さんに買い物に連れていってくれたとき
様々なお茶を試飲させてもらって、すっかり中国茶のとりこになってしまった。

日本でよく聞く「鉄観音」も、全く別物だった。
お茶の水色は日本で飲むような濃い茶色ではなく金色をしていて、
熱いお湯で抽出したお茶からは高貴な香りがたちのぼってくる。
二煎目、三煎目と香りと味は変化していき、何度もまた違った風味を
味わうことができる。

烏龍茶の香りを「聞く」ために、専用の細長い杯(聞香杯)と
いうものもある。
工夫茶で淹れたお茶を聞香杯から茶杯にあけ、聞香杯からただよう
お茶の香を楽しむひとときは至福の時間である。

夫が空港あたりで買ってきたのと同じ緑茶も、新しい茶葉で温度も見極めて
きちんと淹れてもらうと、同じ品種とは思えないほどおいしかった。
(きっと空港のは古くて香りがとんでたんだろうなー)

中国人はみんな烏龍茶を飲んでいるもんだと思っていたが、
実は烏龍茶を日常的に飲むのは中国の南方の話で、中国全体での
お茶の消費量は緑茶が8割を占めているそうだ。
(中国語の先生も烏龍茶というのは、大人になって初めて飲んだと
言っていた。)

有名な緑茶には、龍井(ロンジン)茶、碧螺春(ビールオチュン)等があるが
どちらも蘇州の近郊でとれるお茶で、春になると一斉に新茶が売り出される。
龍井茶は比較的日本の緑茶に近い味、碧螺春は果樹の下にお茶の木を
植えるので果物の香りがするというらしいが、果物というより春草の香りが
するように感じた。
耐熱のガラスのコップに緑茶を入れると、葉っぱが浮き上がって水面が
緑の茶柱でうめつくされたようになる。
青々とした茶葉の様子が目にも美しい。
ふーっと茶葉をあちらへ吹き寄せながら、お茶を口に含むと
緑茶特有の軽い苦味と旨み、甘みに加え、春草の香りがして
春の訪れをしみじみと感じることができる。

様々な中国茶を知り、できればおいしく飲める淹れ方を教わりたいと
思っていたところ、縁あって中国茶を習えることになった。
先生は日本人の方だったので、日本語でわかりやすく楽しく
教えてくださった。
手タレさんができそうな、指が長く美しい手を優美に使って茶芸を
見せてもらうと、時間が止まり別世界に来たような感じがして、
中国茶もまた更においしく感じられるのだった。

この中国茶教室では、中国茶の種類と適した淹れ方、茶器の名前と扱い方、
等基本的なことを教えていただいた。
その中で印象に残っているのは、工夫茶の淹れ方の動作一つ一つに
ついている名称である。
たとえば、茶海というお茶の濃度を均一にするための器から、
各茶杯にお茶を注ぎ分ける仕草は、「関公巡城」(三国志の武将関羽が
城市を巡視することになぞらえている)。
聞香杯をかぶせた品茗杯をひっくり返す仕草は、「鯉魚翻身」(鯉が
身を躍らすことになぞらえている)。
こんな調子で一つ一つの動作が、漢詩のように優雅な漢字四文字で
表されているのだ。
(中国語で発音すると優雅さもひとしお♪)

その他にも、ポットからお湯を注ぐ動作も、「鳳凰三点頭」
(鳳凰が三度頭を下げるように三回に分けて茶壷にお湯を注ぐこと)
などという美しい言葉で表されている。

中国茶は種類も豊富で、上にあげた青茶(烏龍茶)、緑茶の他にも
紅茶、黄茶、白茶、黒茶(プーアール茶等)があり、その中がまた味も香りも
千差万別な茶葉に分けられている。
私には、飲んだことも見たこともないお茶がまだまだたくさんある。

私は、中国茶の世界のほんのはじっこをかじらせてもらった
だけなんだけど、その奥深さにしびれてしまったのだった・・・・

udukikureha at 01:49|PermalinkComments(4)TrackBack(0)蘇州の生活(食べ物編) 

2009年04月08日

「勝手にブログコンテスト」一次審査通過

私のヘナチョコブログを読んでくださるみなさま、
しかも、帰国しても尚、往生際わるく続けているのに未だに
見てくださっている方々、いつもありがとうございます。

この前、本屋で「公募ガイド」という冊子を買ってみました。
在宅でバイト感覚で何か応募できるものでもないかなーと
思った訳です。

その時に目についた「勝手にブログコンテスト」というのが
まだ締め切り前だったので、ちょうどブログもあることだし・・・と試しに
応募してみました。

そしたら、一次審査通過という連絡が来ました。
(ちょっとうれしい♪)

二次審査は、みなさまの暖かい一票で決まるらしいです・・・・

もし、読んでくださるみなさんの中で「面白い!」と思ってくださる方が
いましたら下記アドレスを参考に暖かい一票をお願いいたします!


↓ 日本文学館のサイトにつながります
  下から3つ目が当ブログです。

http://www.nihonbungakukan.co.jp/modules/tinyd1/index.php?id=177


udukikureha at 20:09|PermalinkComments(5)TrackBack(0)その他 

2009年04月03日

どっちが怖い?

中国に住んでいた頃、一時帰国するたびに
「中国って大変でしょう。子連れで住んでいて大丈夫なの?」
等ということをよく言われた。

日本での中国報道を見ていると、
よくも、あんな怖い国・なにがあるかわからない国に住めるもんだ。
と思われるのも無理はないと思ってしまう。

でも、実際住んでみて、日本と中国どっちが危ないんだろうかと考える・・・。

蘇州は治安はいい方だったと思う。

昼間、街中をおばちゃん一人で歩いていても、せいぜい突然物乞いの人に
缶を差し出されてギョっとするくらいで危ない思いをしたことはない。
銀行にもいつも一人でいってATMで現金を下ろしたり日本円を両替したり
していた。
バスにも一人で乗ってあちこち出掛けていた。

では全く安全かというと、なかなかそうもいかないところもある。
 
友人が道を歩いていたところ、輪ゴムで留めた札束をおとした人をみかけた。
すぐその後に走ってきた人がそれを拾った。何か変だと思ってみていると
落とした人が戻ってきて、拾った人から札束を受け取ってそのまま去って
いった。
後で、その話を別な中国人にしたらそういう時はお金を拾ってはいけないし
声をかけてもいけないと言われたそうだ。
なぜかというと、何人かグルだったりして拾ったとたん別な人が現れ、
元のお金より少ないとか因縁をつけられたり、もしくはそのスキに自分の
バッグを盗られたりするから。

バスに乗っていて、ハっと気がついた時にはカバンのチャックが開けられて
財布が無かったとか、ケータイを盗られていたとかいう事も身近で何件も
あった。(しかも私よりよっぽどしっかりした人でも)
バスや駅等人の集まる所にはスリのプロが目を光らせているので、
狙われたらよっぽど気をつけていないとやられるらしい。

私がいつもお金を下ろしていた銀行のATMでも、夜間に利用しようとした
日本人駐在員の男性が複数の犯人に襲われて怪我をしたという事件も
あった。

アイさんや、マンションの保安の人が合い鍵を勝手に作り、長期休暇で
不在のときに金目の物をごっそり盗ってドロンということもあったという。

地元のおじいちゃんが子どもを公園で遊ばせている時にちょっと目を離し、
そのスキに子どもがさらわれて行方不明になったという話もきいた。

しかし、これらは完全に避けることは無理でも、自分で注意をすれば
被害に合う確率を低くすることはできると思う。

でも日本では・・・
駅や街中で全く知らない人から切り付けられたり、同じマンションの住人に
殺されてしまったりする。
一見普通に見えて、何でもない顔で学校や会社に通っている人の中に
悪魔的なものが潜んでいる。
こういう事件は避けようが無い。自分でいくら気をつけようとしても
たまたま犯人に遭遇してしまったら事件に巻き込まれてしまう・・・。
そして、犯行に及ばないまでも心の中に闇を抱えている人は
日本の方が格段に多いような気がする。

ある中国の人に聞いた話。
「どうして日本では下着なんか泥棒する人がいるんでしょうねぇ。
他人の下着なんて汚いし、高価なものでもないでしょう?」

一般の中国の人の感覚はこういう感じなんじゃないかなと思う。
蘇州で住んでみて、金盗り目的に生きてる人以外は、まだまだ
精神的に健全な人が多いと私は感じた。


udukikureha at 06:03|PermalinkComments(4)TrackBack(0)蘇州の生活