うづまクリニックブログ

栃木県栃木市で内科・外科・小児科の病気全般の治療を行っている「うづまクリニック」のブログです。

2020年04月

雨に濡れる路上のマスク

気を付けて。善意が予想外の結果をもたらすことになります。


Yahooニュース記事より

雨に濡れる路上のマスク ポイ捨て急増、潜む感染リスク

4/21(火) 13:00配信

朝日新聞デジタル

 新型コロナウイルスの感染拡大で深刻なマスク不足が続く中、使用済みとみられるマスクが落ちているのを目にする機会が増えた。東京都内の環境ベンチャーにも、各地でごみ拾いに取り組む人たちから「マスクの割合が急増した」と報告が寄せられている。専門家は、ポイ捨てマスクに潜む感染リスクを訴える。

【写真】マスクの適切な使い方と使用後の処理方法


■植え込み、歩道、駅構内…なぜ、そこに?

 4月4日 東京都内の大手スーパー脇の歩道中央に黒いマスクが1枚。商業施設1階のエレベーター脇にも白いマスク。顔の形に沿うように丸まっていた。

 8日 都内の歩道脇の植え込みの中に白いマスクが入り込んでいた。公衆トイレの出入り口の外にも白いマスクが1枚。やはり顔の形に丸まっていた。

 9日 隅田川の橋のたもとの歩道脇に白いマスクが1枚。黒くくすんでいた。

 12日 小雨の降るJR錦糸町駅前の広場に白いマスクが路面に張り付いていた。駅構内にも白いマスクが1枚。行き交う人は避けるように歩いていた――。

 記者が4月上旬の1週間に、仕事の移動時や買い物の道中で目にしたものだ。

 ごみ拾いの状況がひと目でわかるスマホアプリを開発した環境ベンチャー「ピリカ」(東京都渋谷区)の調査では、新型コロナウイルスの感染拡大の懸念が高まった2月以降、マスクのポイ捨てをめぐる各地の投稿が急増。2月は前年比5・6倍の168件、3月は同6・8倍の176件だった。

 小嶌(こじま)不二夫代表取締役(33)は「ポイ捨てとみられるごみの中にマスクの割合が増えており、時世を感じます」とため息をつく。

 寄せられた投稿には「こんな時期なのに、マスクのポイ捨てする人がおおいのが残念です」(2月17日)▽「缶の中に吸い殻とマスクが捨ててありました。安易に捨てないで」(同月29日)▽「マスクのゴミで悲しくなります。手に渡っていない方々もいるというのに……」(4月3日)といった書き込みもあった。

■感染リスク、避けるには

 ポイ捨てされたマスクにはどんな危険が潜むのか。

 感染症に詳しい富山大付属病院感染症科の山本善裕(よしひろ)教授(感染予防医学)は「使用済みマスクにはウイルスや菌が付着し、拾った人にも感染するリスクがある。強風で飛ばされたマスクに誤って触れてしまうと接触感染の恐れがある」と指摘する。そのうえで、「落ちているマスクは自分で拾わずに行政など最寄りの専門機関に連絡し、回収してもらってほしい」と呼びかける。

朝日新聞社


世界が驚く「日本のマスク習慣」

記録に残しておかなくては。


Yahooニュース記事より

世界が驚く「日本のマスク習慣」最初に広めた意外な人物をご存知か

4/20(月) 9:01配信

現代ビジネス

マスク嫌いの欧米人も着用推奨へ

 新型コロナウイルスの影響で、俄然存在感を増したマスク。その効用を軽視していた欧米諸国も、認識を変えつつある。

【写真】新型コロナウイルス、実は「マスク着用」より先にやるべきことがある

 これまで、欧米で日本人がマスクをしていると、距離をあけられたり、タクシーに乗車拒否されたりすることが珍しくなかった。「マスクは重大な感染症にかかっている人がつけるもの」だからである。

 新型コロナウィルス発生後の2月初旬には、ニューヨークで「マスクをしたアジア人」が暴行を受けるという事件が発生した。「マスク=新型コロナウイルス感染者」という短絡的な発想からだろう。

 しばらくすると、同じくニューヨークで、今度は「アジア人なのにマスクをしていない人」たちが差別的な言葉を浴びせられたり、暴行を受けたりする事件が続発した。

 しかしここにきて、これまで「健康な人はマスクをする必要はない」「マスクに感染症予防の効果はない」としてきた世界保健機関 (WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が、マスクにも一定の感染症予防効果があるという見解を示したため、「マスク不要論」を唱えてきた各国政府も国民にマスクの着用を促すようになった。

 一般的なマスクには、直接的な飛沫感染しか予防することができないと言われているが、予防のつもりでマスクをしている無症状感染者が、他人に感染させずに済んでいるということはおおいに有りうる。

 世界的なマスク不足という課題はあるものの、今からでもマスクの効用を見直すことは、今後の感染拡大を防ぐためにも有効だろう。

明治時代、マスクといえば「黒マスク」

 もともとマスク装着率の高い日本でも、その様態は変わってきている。

 一般的な不織布マスクが品薄となったこともあり、「ピッタマスク(PITTA MASK)」というポリウレタン素材のマスクが売れている。カラーバリエーションが豊富なので、特に若い人に人気があるようだ。不織布マスク同様、ウイルスを防ぐことはできないが、花粉は防ぐことができる。

 布製の黒いマスクをつける人も若者を中心に増えている。「黒マスク」は、韓国や日本のアイドルがつけるようになり、徐々に広がった。

 「白マスク」を見慣れている人にとっては「不潔」「怖い」というイメージがあるようだが、実は日本で最初にマスクが作られた明治時代、マスクと言えば「黒マスク」だった。

 当時のマスクは、炭鉱や工場などで「防塵」を目的に使われていたため、汚れが目立たない「黒マスク」が都合がよかったとされている。

 しかし、すでに明治初期に感染症予防の目的でマスクの普及に努めた人物がいた。陸軍軍医総監だった松本順(改名前は松本良順)である。



牛乳、海水浴、マスクの普及に貢献

 松本順は順天堂の創始者、佐藤泰然の次男として生まれた。幕府奥医師松本良甫の養子となり、長崎で蘭医学を修めたあと、将軍の侍医も務めた。戊辰戦争では幕府軍とともに各地を転戦し、新撰組とも親交を深め、維新後は陸軍の軍医となり、衛生制度の確立に尽力している。

 そのドラマティックな人生は、司馬遼太郎の小説『胡蝶の夢』に詳しい。また、現在再放送されているTBSドラマ『JIN-仁-』では、主人公に協力的な医師として好意的に描かれている。

 牛乳の飲用を奨励し、海水浴の効用を説いて神奈川県大磯に海水浴場を開設した人物として知られるが、日本におけるマスク普及の始祖でもあったのだ。

 松本が陸軍軍医総監を退職した明治12(1879)年の『郵便報知』に、「レスピラートル(呼吸器)」という商品の広告が掲載されているが、これがまさに感染症予防を目的とした「黒マスク」である。

 宣伝文には、「効験は寒冒を防ぎ咳嗽(がいそう)を止め気管炎其他呼吸器諸病を防止する」とあり、現在と変わらぬ形の黒マスクをつける2人の男性が描かれている。

「マスクをかけぬ 命しらず!」

 マスクが広く世間に認知されるようになるのは、大正時代のスペイン風邪(インフルエンザ)流行当時(1918年〜)である。

 このとき率先してマスクを着用したのが、かつて松本が軍医総監を務めていた陸軍だった。警視庁もすべての警察官にマスクを着用させている。今も残る当時の写真には、白いマスクをつけた人と黒いマスクをつけた人の両方を見ることができる。

 当時、内務省が作成した「流行性感冒(インフルエンザ)」予防のための啓発ポスターには、家庭で黒マスクをつけた妻が夫を看病する様子や、混みあう電車内で黒マスクをつけている乗客たちの様子が描かれている。後者のポスターには、「恐るべし『ハヤリカゼ』の『バイキン』! マスクをかけぬ 命しらず!」という言葉が添えられている。

 その後、インフルエンザが流行するたびにマスクの需要が増え、戦後1950年代にはそれまでの布マスクに代わりガーゼマスクが、1970年代には不織布マスクが登場、その後もマスクは進化を続け、今日に至る。

 新型コロナウイルスの感染予防対策として、4月17日から「アベノマスク(布マスク2枚)」の配布が始まった。連日テレビに映る安倍首相や麻生副総理、加藤厚労相らの違和感だらけのマスク姿が、マスク着用の足枷とならないことを祈るばかりだ。

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【参考文献】
・内務省衛生局編『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』平凡社
・一般社団法人北多摩薬剤師会ウェブサイト
https://www.tpa-kitatama.jp/index.html
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田中 ひかる(歴史社会学者)


コロナ禍を機に考える定年後

50歳代になったら、次の立場(職場)のことも考えておきたいものです。


Yahooニュース記事より

60代男性が定年後に迷惑がられるのはなぜか? コロナ禍を機に考える「定年後の居場所」

4/20(月) 7:00配信

Book Bang

 定年を境に男性は、それまでの会社生活とは異なる環境変化に戸惑い、なかにはうつや認知症を引き起こしたり、病気までとは言わないまでも、怒りっぽくなったり、暴言や奇行が目立つようになったりするケースが見受けられます。それらは介護や認知症並みに地域や家庭での深刻な問題になっているのが現実です。

 定年後の問題と言えば、従来は「お金」や「健康」のことを指していましたが、最近は「居場所」「孤独」がクローズアップ。定年後の居場所のなさが、うつや引きこもり、暴言など、さまざまな問題を引き起こしています。今回のコロナ禍でも一部の高齢者による問題行動が目立ち、問題視されています。

 そこで大事なのが50代の現役のうちに、定年後のことを想定しておき、準備しておくことです。ここでは『定年を病にしない』(ウェッジ刊)より、医学博士の高田明和氏が、50代のうちに「定年後の自分」に早く向き合う必要性を事例とともに語ります。

突然の環境変化についていけない定年男性

「50代は同窓会に行ける・行けないの分岐点」
「朝食後にやることがなく、居場所に戸惑う定年男性」
「70歳まで雇用を奨励する政府、本当は50代で手放したい企業」

 このように、「50代」や「定年」をテーマにしたネット記事や雑誌の特集を目にすることが増えました。ただ、「逃げ切り世代」「お荷物社員」など批判的な内容が多いため、50代や定年男性が読めば、暗い気持ちになってしまう人は結構いるのではないでしょうか。50代の人のなかには、会社に居づらい人も少なくないかもしれません。

 また、今回のコロナ禍で日本全体が緊張感につつまれるなか、「マスクを買いだめする」「並んでいる列に割り込む」「店員に暴言を吐く」など、一部の高齢者による地域での問題行動がクローズアップされています。モラルが皆無な地域での行動に対し「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種となりそうな状況です。一方で、高齢者がなぜそのような行動に走るのかを、自分の近未来の姿に重ね合わせながら考えるきっかけにもなったのではないでしょうか。

 あるアンケートでは、50代の9割以上がなにかしらの不安を抱いていることが判明しています。これは終身雇用が崩壊し、上場企業に勤めている人でも45歳以上が一斉に人員削減の対象になりかねなかったり、「年金だけでは2000万円不足する」という金融庁の報告書が公表されたりする時代に突入したことも大きいでしょう。

 高齢社会が進む一方なので、年金の支給が75歳以上からになるのは時間の問題と見る専門家もいます。そのため近い将来、望まなくとも70歳を超えても働かなければならないのが当たり前の時代になるかもしれません。

 2018年の日本人男性の平均寿命は81・25歳と過去最高を更新していますが、日常生活を制限されることなく健康に過ごせる期間を示す「健康寿命」は、2016年の時点で男性が72・14歳と推計されています。これでは健康寿命が尽きるまで働かなくてはならない人がめずらしくなくなります。健康寿命が尽きてからの9年間の不安もあります。長生きすること自体がリスクと感じてしまう人も多いでしょう。

 定年後の主な問題といえば「お金」「健康」「生きがい」でしたが、近年では定年後の居場所のなさを感じる人が多く、「孤独」が問題視されています。実際、国や自治体も重い腰を上げて高齢者の孤独対策に取り組み始めました。孤独は世界的な問題で、イギリスでは孤独担当大臣のポストが新設されたくらいです。これは孤独がイギリスの国家経済に与える影響が年間320億ポンド(約4・9兆円)と計算されたからです。

 定年男性を待ち受ける事例としては、「意欲がわかない」「出不精になる」「自分を責める」「暴言を吐く」「焦燥感にかられる」「居場所がなく孤独を感じる」「人付き合いがうまくいかない」「家庭や地域社会で困った存在と化す」などがあります。

 定年を境に多くの人は突然の環境変化に戸惑い、人によってはうつや認知症のような病気を引き起こすことがめずらしくはありません。病気とは言わないまでも、やたらと感情的になったり、暴言や奇行が目立ったりすることが多く、介護や認知症並みに家庭や社会で深刻な問題になっているのが現実です。これでは悠々自適どころか、50代から先の人生に不安しか感じない人も多いのではないでしょうか。

 ある50代の男性は、仕事はできるのですが上司からのパワハラがひどく、部下の指導も大変なため、「休日は仕事関係者がいない他県まで足を延ばし、競馬をしてからひとりでお酒を飲むことが多い。あと2年すれば息子が大学を卒業するので、それを機に転職する。年収が大きく下がってもかまわない」と言っていました。

 また、ある定年間近の男性は、「親しい友だちはいないし、とくに趣味やしたいことがない。定年初日の朝食後、なにをしたらいいかわからないし、定年後が憂鬱だ」と言っていました。

 程度の差こそあれ、このような悩みを抱えている人は多いと思われます。ですが、現役世代の50代の人のなかには、仕事が忙しく、60歳が必ずしも退職年齢とは限らず、まだまだ「定年」のことが頭をよぎらない人や、考えている余裕のない人もいるかもしれません。ここでは私が実際に相談を受けた、定年前後の環境変化についていけなかたった男性の一例をお話します。

地域や家庭で「会社の常識」がまったく通じない

 中堅ゼネコン会社の開発事業部で部長を務めていた重治さん(61歳・仮名)は、現役時は激務ながらも仕事が好きで、取引先との接待も楽しむ毎日でした。頑固でボス肌だったため、部下が非効率なことをすると怒鳴りつけることもありましたが、部下のことを本当の弟や息子のようにも思っていて、休日にゴルフや釣りに誘うこともありました。そんな重治さんに定年退職の日が訪れます。送別会で重治さんは感極まって涙を流し、部下のなかにはもらい泣きする者もいたようです。

 定年退職後、重治さんは再就職をせずに、地域の活動に参加するようになりました。ところが、積極的に動いたり、意見を出したりしていたのですが、なんだか周りが自分を迷惑がっているように見受けられ、居心地の悪さを感じるようになったのです。どうやら、重治さんが、他の参加者が非効率なことばかりしているとイライラして声を荒げたりしていたのが原因のようで、家庭でも同様に、家族がダラダラしていると怒鳴ってしまうことがあったようです。そんな重治さんは、最近では再就職しなかった自分を後悔するようになりました。

 重治さんの場合、定年後のいまはともかく、現役時代は大成功だったといってもいいでしょう。激務でも仕事の効率化を追求し、楽しむことができたのですから幸せです。それは送別会で重治さんが感涙し、もらい泣きした部下がいたことからもあきらかです。社風もしくは「会社の常識」が重治さんに合った会社で働けたことが、かなり大きかったと思います。

 ただ、部下全員が重治さんのことを好意的に見ていたわけではないかもしれません。部下のためだとしても、怒鳴られるのがイヤだった部下もいたはずです。頑固でボス肌の上司ということだけで、受け付けない部下もいたかもしれません。プライベートを共にした部下のなかにも、重治さんが自分の出世を左右する上司だから参加した人もいたでしょう。

 意地の悪い見方かもしれませんが、これらの部下は重治さんが当たり前のように「会社の常識」としていたことに従うしかなかった可能性があります。そのため重治さんのように幸せな会社員人生を送れた人でも、定年後は「会社の常識」が通用せず、戸惑う人は少なくはありません。これは「会社の常識は世間の非常識」なところもあるからです。

 重治さんの場合、地域の活動や家族との関係がうまくいっていませんが、これらの人間関係で会社員時代と同じように効率化ばかり追求してしまうと、周りの人が楽しめないこともあるでしょう。これでは本末転倒になってしまいます。定年退職した重治さんはだれの上司でもないのです。このことに気づかなければ、定年後は戸惑うことばかりです。

 こういうことを言うと、「会社の常識は世間でも通用する」という反論も出るでしょうが、もちろん通用するところもありますが、定年後、会社は関係ありません。会社でのやり方が合わないことのほうが多いと思っておいたほうがいいでしょう。地域の活動だけでなく家族でも、まずはそこで求められる心地よさはなにかを考えてみるといいでしょう。

「会社の常識」だけが判断基準ではない

 重治さんは再就職して、ほかの会社の社風も感じてみるといいでしょう。いい勉強になるはずです。再就職でなくともアルバイトでもかまいません。定年前よりは時間に余裕があるので勤務先に慣れてきたら、あらためて地域の活動に参加してみるといいでしょう。以前よりも協調性の重要さがわかると思います。家族との関係もよくなるでしょう。

 重治さんのように会社人間だった人は、判断基準のすべてが「会社の常識」なところがあります。ところが、会社のなかでのことは世間に比べると極めて小さなことで、「会社の常識」が世間で通用しないことがあっても、なんら不思議ではありません。

 私の知り合いに金融会社に勤めていた優秀な人がいましたが、激務だったため手段を選ばず仕事で結果を出すことばかり考えて性格が歪んでしまいました。まるでカルト教団の信者みたいになってしまったのです。

 それでも専門家としてラジオに出演したり、海外に転勤したりと活躍していたのですが、定年後は独身ということもあって、実家に戻って介護士として働きだしました。50代後半から「会社の常識」に大きな疑問をもつようになったため介護士になったとのことですが、久しぶりに会うと穏やかな性格になっていて驚きました。これは極端な例ですが、重治さんも再び働くことが定年後を充実させるカギとなるのではないでしょうか。

 重治さんの事例はほんの一例に過ぎませんが、最近は環境変化に戸惑っている定年男性からの相談を数多く受けるようになりました。50代の人たちは、いまのうちからこういう事例を知り、自分の近未来の姿に重ね合わせて考えておくことが大切なのは言うまでもありません。そして、50代を定年へ向けたシフト期間と位置付けることで、早めに準備さえしておけば、定年後をそれほど恐れることはないと思います。コロナ禍で自宅にいる時間の増えた方は、ぜひ考えてみるのはいかがでしょうか。

――高田氏は脳科学・心の問題の専門家として知られ、自身もうつやHSP(敏感な気質)に悩まされ、最近はその分野での著作が注目されています。最新刊のなかでは、男性が定年を機に陥りやすい事例を紹介し、専門家の立場で前向きにアドバイスしています。50代の人が「定年後の自分」を早くから育てる必要性を感じるうえでも、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。

高田明和(医学博士)

ウェッジ 2020年4月20日 掲載

バイト代激減、学生困窮

学生さんたちも救ってほしいです。


Yahooニュース記事より

バイト代激減、学生困窮 食費1日300円でしのぐ 学費払えず退学視野

4/20(月) 6:38配信

時事通信

 新型コロナウイルスの影響で、アルバイトの出勤が減らされた大学生らが困窮している。

 学生団体が実施した緊急調査では、複数の大学生が「学費が払えず、退学を検討している」と回答。収入が激減する事態に直面した学生は「1日300円程度の食費でしのいでいる」と深刻な状況を訴えた。

 埼玉県草加市の大学4年の女性(23)はアルバイト先の飲食店の営業日が少なくなり、3月下旬ごろから勤務に入れなくなった。同月の収入は3割減だったが、「4月はこのままだとゼロになる」と嘆く。

 現在は貯金を切り崩し、食費を1日200〜300円に抑えている。買うものは菓子パンや冷凍うどんばかりで、「野菜は高いので手が届かない。トイレットペーパーなどの値段も上がり、生活に響いている」と話す。

 生活苦から両親のいる山形県への帰省を検討したが、「同居する70代の祖母に感染させるかもしれない」と断念。「妹も大学生なので両親からの援助を受けずに生活してきたが、この状態が長く続いたら相談するつもりだ」と打ち明けた。

 関西圏の大学で構成する「大学スポーツコンソーシアムKANSAI」の実態調査によると、回答した大学生約1400人のうち、4月以降にアルバイト収入が減る見通しだと答えた学生は74.8%に上った。親など家族の収入が減少するとした人も55.6%を占める。

 学生団体「高等教育無償化プロジェクト」が実施中のアンケート調査では、「アルバイトや実家の収入減で退学を考えているか」との質問に数人が「考えている」と回答した。「自営業の父の収入が8割減った。大学を辞めざるを得ないか不安」などと切実な声が寄せられている。

 奨学金問題対策全国会議共同代表の大内裕和中京大教授は「緊急事態宣言で学習塾や飲食店など、学生アルバイトが多い業種に大きな影響が出ている」と指摘。「このままだと学費が払えないまま学籍を失う人が出てくる。大学側は延納や分納など柔軟に対応するべきだ」と訴えた。 

“おくりびと”も苦悩

この機会にお葬式も簡略化する流れなのでしょう。


gooニュース記事より

新型コロナで亡くなった家族との最後の対面はなぜ許されないのか “おくりびと”も苦悩

新型コロナで亡くなった家族との最後の対面はなぜ許されないのか “おくりびと”も苦悩

志村さんの場合、「火葬場に行き、せめて骨上げをしたい」という遺族の思いも叶わなかった──

(デイリー新潮)

「感染予防のため火葬場にも行けなかった。顔を見ることも、骨を拾うこともできなかった……」

 コロナウイルスに感染して亡くなった志村けんさんの兄の知之さん(73)が、報道陣の取材に応じ、声を詰まらせた姿が記憶に新しい。実際のところ、遺体はどう扱われたのか。

「志村さんは3月29日午後11時10分に新宿区の病院で亡くなり、全身消毒が施され、納体袋に詰められて、同区内の斎場に運ばれました。そして、納体袋ごと棺に入れられて、2日後の31日午後5時過ぎには荼毘に付されたようです」

 こう教えてくれたのは、都内の中堅葬儀社社員だ。

 通常、病院で亡くなると、まず自宅か葬儀会場に運ばれるのが一般的。多くの場合、その後、死装束かお気に入りの服に着替えさせて納棺。葬儀会館で通夜と告別式を経てから、火葬場へ運ばれる。ただし、死亡後24時間以内の火葬が禁じられている上、都内では火葬の予約がなかなかとれない。早くて死亡の3、4日後なのが現状なのだ。

 ところが、「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令」が、この1月28日に急遽公布された。新型コロナウイルス感染症が、エボラ出血熱(1類感染症)、結核(2類感染症)、コレラ(3類感染症)などと同等の法律(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第30条」)扱いとなったのだ。したがって、「遺体の移動の制限・禁止」が定められ、病院から火葬場へ直行しなければならない。遺体への消毒も必至。また、必須ではないが「24時間以内の火葬」も認可されている。志村さんの遺体は、この法律に則って扱われ、一般の遺体より早いスピードで火葬されたわけだ。

「志村さんのような火葬は、特別枠です。他の会葬者との接触を避け、その日の全ての火葬が終了した後に行うよう配慮された。厚労省から火葬行政へ、遺体を非透過性納体袋に収納・密封するよう連絡文書が出ていて、ホームページにも載っています。『通常の葬儀の実施など、できる限り遺族の意向等を尊重した取り扱いを』とも書かれていますが、現実問題、遺族が納体袋を開けて故人の顔を見るのすら不可能だった」(同)

 志村さんの場合、さらに「火葬場に行き、せめて骨上げをしたい」という遺族の思いも叶わなかった。それはなぜか。

「一つは、遺族には故人と濃厚接触した人がいる可能性が高く、火葬場の職員に感染する危険があるからです。もう一つは、ものものしい防護服やゴーグルを着用した職員の姿や、徹底的に消毒するところなどを遺族が目にし、さらに悲しませるのを避けるためでしょう。火葬場から各葬儀社へ3月半ばに送付された『新型コロナウイルス感染ご遺体の対応について』の文書には、親族5人まで立ち会いが可能と記されていますが、大事をとった」(火葬場OB)

 棺が火葬炉に入る時の立ち会いも、火葬終了後の拾骨も、火葬場職員が代行した。台車や火葬炉などが厳重に消毒されたことは想像に難くない。

「透明の納体袋」を備える葬儀社も

 火葬場の調査研究、相談指導などを行う特定非営利活動法人・日本環境斎苑協会(神奈川県川崎市)主任研究員、森山雄嗣さんは、

「感染遺体の火葬依頼が来たらどうしたらいいかという問い合わせが相次いでいます。『時間帯は、最後あるいは時間外に』『遺族の立ち会いは断るほうが無難』『炉内の消毒を徹底するように』と答え、基本的には保健所の指示に従うよう伝えている。しかし、現状、自治体によって方針がまちまちです」

 と話す。神奈川県内の火葬場では、新型コロナウイルス感染遺体を、遺族が立ち会って火葬したとの報告が届いたという。

 仮に火葬に立ち会えても、納体袋に密封された故人の顔を見て「最後のお別れ」は絶対に無理なのか。透明の納体袋も作られており、神戸市が用意したほか、備える葬儀社も増えてきている。

 では、遺体と長く共に過ごすことができるエンバーミング(遺体衛生保全=血液を薬液に入れ替え、遺体を生前の元気だった頃の姿に近づける科学的な防腐施術)を施すことはできるか。

「もちろん技術的には可能です。ご遺族の気持ちを考えると、してさしあげたいのは山々ですが、私は、日本で新型コロナウイルスに感染して亡くなった外国人の方の施術を依頼され、お断りしました」

 と、エンバーマーの真保健児さん(ディーサポート社=東京都大田区)。エンバーミングは、欧米ではかなり一般的で、遺体の国際搬送に義務付けられている。「かなり悩みましたが、お断りしたのは、今はまだ遺体から自分が感染しないエビデンス(科学的根拠)がないからです」。所属する一般社団法人・日本遺体衛生保全協会(神奈川県平塚市)からも「協会として推奨しない。自粛するように」という通知が届いた。

 同協会事務局長の加藤裕二さんは、「欧米では、新型コロナ感染症で亡くなった遺体にも、防護服を着用してエンバーミングが行なわれているらしいので、日本でもできないかと、今、調査中です」

新型コロナが変えた葬儀の風景

 一方で、新型コロナウイルス蔓延下、葬式の様相も変わってきた。愛媛県松山市では、3月22日の通夜、23日の告別式で、集団感染が発生した。それ以降、消毒の徹底、スタッフのマスク・手袋着用、窓や扉を開け、椅子を可能な限り離して置くのがもはや全国標準になった。

「葬儀会館からの要請もあり、参列者10名以内のワンデイ(通夜を省き、告別式のみの葬式)を推奨し、通夜振る舞い、精進上げなどの食事の提供も取りやめている」

 と、都内の葬儀社社長。葬式のますますの小型化が急激に進んでいるのだ。では、新型コロナ感染症で亡くなった遺体を扱う依頼を受けたら、どう対応するか。

「心苦しいですが、断ります。遺体に消毒が施されているとはいえ、納体袋に入れるのは、基本的に葬儀社の役目。遺体を動かす際に口や鼻から体液が吹き出し、我々が感染しない保証はない。それに、打ち合わせ時、故人の濃厚接触者である遺族からの感染も心配。社員が感染すると、休業に追い込まれる」(同)

 苦渋の選択だろう。もっとも、「断らない」と判断し、懸命に取り組もうとする葬儀社も少なくない。

 富士見斎場株式会社(神奈川県秦野市)の石井時明代表は、

「志村けんさんの見送りが報道され、ご遺族が火葬場にご一緒できないケースが周知された。依頼者に理解を得て、志村さんと同様の形式をとって故人をお送りしたい」

 と話す。

 新型コロナウイルス感染による死者の弔いは、否応なしに始まった。それぞれの場で、模索が続いている。

井上理津子 いのうえ・りつこ
1955(昭和30)年、奈良市生れ。フリーライター。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆してきた。2010(平成22)年、長く暮らした大阪から、拠点を東京に移す。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『親を送る』『関西かくし味』『遊廓の産院から』『名物「本屋さん」をゆく』『旅情酒場をゆく』『はじまりは大阪にあり』『大阪下町酒場列伝』『すごい古書店 変な図書館』、『ポケット版 大阪名物―なにわみやげ―』『関西名物 上方みやげ』(共著)など。

デイリー新潮編集部

2020年4月19日 掲載

ごあいさつ

高齢化が進み、病気とうまく付き合いながら生活してゆくことが、より大切になってきました。また、若いうちから健康を保つ事の重要性が増してきました。

当クリニックは、内科・外科の病気全般とその周辺の病気をもった患者さんを対象とする「よろず治療院」です。特に、かかりつけ医を持ちたい、診察もお薬も一箇所で扱って欲しい、すぐに、またはゆっくり診て欲しい、家族全員を診て欲しい、等のご希望の方々には、ご満足頂けるのではないかと思っております。クリニックを知って頂くため、まずは是非とも足を運んでみて下さい。お待ちしております。

初診時には、保険証、薬や療養の手帳・育児手帳などを持参の上、御来院下さい。予約は要りませんが、予防接種を希望される方やすぐの診察を希望される方は、あらかじめ電話で空いている時間を確認されてから受診されることをお勧めします。
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