うづまクリニックブログ

栃木県栃木市で内科・外科・小児科の病気全般の治療を行っている「うづまクリニック」のブログです。

「緑内障」から学んだこと

年齢の節目には目を診てもらいましょう、とお話しています。

gooニュース記事より

1月に手術 生島ヒロシさんが「緑内障」から学んだこと

1月に手術 生島ヒロシさんが「緑内障」から学んだこと

生島ヒロシさん(C)日刊ゲンダイ

(日刊ゲンダイDIGITAL)

「これは大変だ。眼圧がすごく上がっている」

 そう医師に言われたのが、今年の1月。五輪前の韓国から帰国したら、右目の眼圧だけが32〜33丕硲腓砲覆辰討い燭里任后0貳姪な正常値は10〜21と言われていますから、だいぶ危険な数値です。それで、2月16日に「緑内障」の手術をしました。

 そもそも2〜3年前から南青山アイクリニックで「右の眼圧が高めですね」と言われ、眼圧を下げる点眼薬を処方されていたのです。その時の眼圧は左14、右19ぐらい。確かに時々、目がシバシバして急に涙があふれてしまうことがあり、おかしいなとは思っていました。でも痛くもかゆくもないし、ちゃんと見えていたので眼圧が高いと言われてもどういうことなのかわかっていませんでした。なので点眼薬はさしたり、ささなかったり……。自分的には「良い加減」の意味の「いい加減」でやっていました(笑い)。

 緑内障は、眼球内の水分がうまく排出されないことで眼圧が上がり、眼球の内側から視神経を圧迫して壊死させてしまう病気です。一度死んだ神経は回復しないので、なるべく早い段階で眼圧を下げ進行させないことが大事なんです。それなのに、ずっとそんないい加減なさし方をして、韓国には点眼薬すら持っていきませんでしたから、それがいけなかった。

 医師から「これは大変だ」と言われて左右片目ずつ視野を確かめてみると、右だけちょっと視野が狭くて、左目では見える天井の辺りが黒ずんで見えたんです。両手で目を覆ってみると右目だけ硬いのがわかり、眼圧の違いを肌で実感しました。

 すぐに緑内障専門の医師である芝大介先生にバトンタッチされ、「切開手術をしましょう」という話になりました。67歳にして生まれて初めての手術です。まだそれほど不自由していませんでしたが、「火事はボヤのうちに消せ」というのが持論なので、手術することにしました。

 手術は一般的な「線維柱帯切開術の中の落屑緑内障の術式」でしたが、「スーチャートラベクロトミー眼内法」というちょっと珍しい方法の手術とのことでした。眼球の内側からすべての操作をするもので、低侵襲な上に、強い眼圧下降が特徴だそうです。

 実は緑内障にもいろいろな種類があって、ボクの場合は落屑というちりのようなものが目の中に生じ、それが水の流れを妨げて眼圧を上げてしまうタイプだったようです。遺伝性もあるみたいですが、原因ははっきりしません。とにかく、その緑内障に適した手術とのことでした。

■「年齢のわりに見た目が若い」と言われ

 手術は日帰りで2時間程度。正味は15分ぐらいでしょうか。術後に休んでいる時間が長かっただけです。局所麻酔ですから意識はあるし、目は開けたままなので「メスが入る瞬間が見えちゃうのかな」という恐怖はありましたが、それは見えないんですね(笑い)。麻酔で痛みも一切ありませんでした。しかも、翌日の受診時にはもう眼帯を外されてビックリ。金曜日に手術して、日曜日には眼帯なしで仕事してました(笑い)。

 寝るときは無意識に触らないために3〜4日プロテクターをするよう指導されますが、シャンプーや洗顔はもう普通にしてもいいようなことを言われ、逆にちゅうちょしました。しばらくはゴーグルをしてシャンプーしていましたね(笑い)。

 術後の見え方はどうかというと、黒く見えてた部分がグレーになった感じがします。白内障は手術でよく見えるようになると聞きますが、緑内障ではそれはないようです。ただ、不快感がなくなり、疲れが半減した気がします。右の眼圧は9〜10まで下がり、左目より低くなりました。

 今回学んだのは、遺伝的な要素があると、突然病気のスイッチが入ってしまうものなんだということです。普段から健康を意識してチェックしていましたが、「年齢のわりに見た目が若い」とか言われて調子に乗っていたところがあるんで、負荷をかけすぎないようにしないといけないと思いました。あと、医師に言われたことは守らないとね(笑い)。

 ボクの好きな言葉に「ふたつよいこと、さてないものよ」という臨床心理学者・河合隼雄氏の言葉があります。何かを得るためには何かを我慢することも必要だということです。あれもこれもは体が追いつかないんだと思い知りました。

 手術してみて「あ、このくらいで済むんだ」と思ったので、緑内障の手術をすべきか悩んでいる人がいたら「やった方がいいですよ」とお伝えしたいです。

(聞き手・松永詠美子)

▽いくしま・ひろし 1950年、宮城県生まれ。1976年、TBSに入社し、ラジオを振り出しにアナウンサーとして活躍する。89年に独立して芸能マネジメント会社「生島企画室」を設立。早朝のTBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食・一直線」など多数のレギュラー番組を担当。

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ごあいさつ

高齢化が進み、病気とうまく付き合いながら生活してゆくことが、より大切になってきました。また、若いうちから健康を保つ事の重要性が増してきました。

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