本当なんですか?確認のしようもない気がします。

gooニュース記事より

悲しいと涙が出るのは「たまたま」だった?

悲しいと涙が出るのは「たまたま」だった?

大人は思いつかないような、子どもの素朴な疑問や不思議。子どもの頃から、納得できる答えが得られないままになっていること。そんな質問に、テレビやラジオなどでも活躍する明治大学教授の石川幹人(まさと)さんがお答えします。ジャンルを問わず、答えが見つからない質問をお寄せください!(https://publications.asahi.com/kodomo_gimon/)。採用された方には、本連載にて石川幹人さんが、どこまでもまじめに、おこたえします(撮影/写真部・掛祥葉子)

(AERA dot.)

「人間は進化したら何になるの?」
「どうして、“わたし”は“わたし”なの?」

 発想豊かな子どもの疑問に大学教授が本気で答える連載「子どもの疑問に学者が本気で答えます」。子どもに聞かれて答えられなかった疑問でも、幼い頃からずっと疑問に思っていることでも、何でもぜひお寄せください。明治大学教授の石川幹人さんが、答えてくれますよ。第7回の質問は「なんで悲しいと涙があふれるのですか?」です。

*  *  *
【Q】なんで悲しいと涙があふれるのですか?

【A】涙は、あなたが悲しい気持ちであることを伝えるサイン

 あなたが家で飼っている犬のことを誰かに話すとき、どのようにしたら「犬だ」と伝えられるでしょうか。私たちには言葉という便利なものがあるので、日本語では「イヌ」と言い、英語では「dog」と言えば伝達できますね。では、まだ言葉がない時代はどうだったでしょうか。きっと、犬の鳴き声やしぐさをまねて、ジェスチャーで伝えていたでしょう。

 さて、悲しみはどのように伝えるのでしょうか。考えてみると、悲しいという感情は、心の内側の体験であって、その体験そのものを直接、ほかの人に感じとってもらうことはできないですよね。あなたが、家の犬について想像している内容そのものを、他人が直接知りえないのと同様ですね。しかし、悲しみの手がかりが身体で表現されていると、犬を表わすジェスチャーと同じように、悲しみを伝えることができるのです。その大きな手がかりとなったのが、涙です。

 まず、ひとりで悲しみにくれているときに、自然と涙が流れてくる体験をします。すると、このように悲しいときには涙が流れるのだな、とわかります。つぎに、誰かが涙を流しているのを見ます。するとこんどは、あの人は「自分と同じような悲しい体験をしているのだな」とわかります。

 これはたんに「わかる」だけでなく、「感じる」のです。脳にはミラーニューロン(鏡のような働きをする神経細胞)というものが見つかっていて、人の様子を見ただけで、その人と同じような気持ちになる仕組みがあることが知られています。たとえば、食事をしている人を見れば、自分が食事をしているときと同様の脳の働きが起き、食欲が増すのです。

 つまり、次のように、涙を介して悲しみが伝達されています。

「誰かが悲しみを感じて涙を流す」→「その涙を私が見る」→(ミラーニューロン)→「私が悲しくなる」→「その人の悲しみが理解できる」

 では、なぜ他人の悲しみがわかる必要があったのでしょうか。それは、人類が狩猟採集時代に、助け合って暮らしていたからです。困って悲しみにくれる人がいたら、周りの人々が助ける、助けた人がつぎに困ったらまた周りの人が助けるという関係が、100人くらいの集団内で、ずっとくり返されていたのです。この協力行動が、アフリカの過酷な草原で生き続けることを可能にしました。だから私たちにも、悲しみを伝えて周りの人に助けを求める行動が身についているのです。

 涙が悲しみの表明にふさわしい理由がもうひとつあります。涙を意図的に流すことが比較的難しいことです。それにより、困ったふりをして周りの人の援助をひき出す「ウソ泣き」をある程度防止できます。

 こうして、特定の人との協力を長く続ける、家族や村のような小集団においては、現代でも「涙を流す」行為は助け合いの重要な手がかりとなっているのです。かりに、俳優のような「ウソ泣き名人」がいても、その小集団ではすぐにボロが出るでしょう。

 ところが、現代の文明社会における集団は必ずしも、助け合いの協力集団ばかりではありません。人口が増えて人々が流動化し、固定した人々だけの密な集団は減っているのです。そのため、困って助けを求めても、周りの人が助けてくれないということは、めずらしくありません。そればかりか、悲しみの表明は「弱さのアピール」にもなってしまいます。それにつけこんで、利用しようとする人々が寄ってくることもあります。「悲しくても涙を見せるな」という、身を守るための教えさえあります。

 以上のように現代では、周囲の状況をよくみたうえで涙を見せる必要性が生じています。しかし、実際のところ、それは簡単ではありません。また、涙を我慢しつづけるとストレスがたまるので、ときには、ひとりで映画を見て泣くなどの工夫も必要なのです。

 最後に、なぜ悲しみと涙が結びついたのかに触れましょう。それは、なぜ犬は英語で「dog」なのかを問うのと似ていて、若干の経緯はあるにしても「たまたま」なのです。悲しいと涙が出る人がたまたま生まれ、その人の子孫一族に広まり、集団の助け合いに有効であり、また「ウソ泣き」もやりにくい。だから、その集団が密な協力を成功させたのです。世界中の人々は皆、10万年くらい前にアフリカに存在した特定の集団の子孫であることが、遺伝情報の解析でわかっています。悲しみと涙の連動は、その祖先集団から遺伝的にひき継がれているのです。

 悲しいと涙が出るのは、生物進化で身についた人間特有の行動です。ウミガメは浜辺に産卵するとき涙を流しますが、砂で目が傷つくのを避けるためでしょう。ウミガメが産卵に苦しんでいるなどと、人間の事情を当てはめて考えるのはナンセンスなのです。

【今回の結論】涙によって悲しみを伝えることが、昔の過酷な環境での集団生活を支えてきた。現代では、その機能は薄れつつあるが、悲しみと涙の連動そのものは健在