Yahooニュース記事より
なぜ冬は亡くなる人が増えるのか、実は謎だらけ なんと一年中気温が変わらないハワイでも
ウイルスは有力な候補、だが未解明の小さな変化が多数存在か
クリスマスやバレンタインデーなどがある冬は華やかな季節だが、命を落とす人が最も多い季節でもある。これは世界的に見られる謎の多い現象で、「冬季超過死亡(EWM)」と呼ばれている。 ギャラリー:蘇生を願い、人体を冷凍保存する人々 写真16点 例えば、英国家統計局(ONS)によれば、イングランドとウェールズでは2021年から2022年にかけての冬(12〜3月)、死者数がほかの季節の平均より1万3000人多かった。米疾病対策センター(CDC)によれば、米国では2011〜2016年、冬の死者数はほかの季節より8〜12%多かった(編注:日本では厚生労働省の2014年人口動態統計に基づき、12〜3月は4〜11月に比べて死者数が17.5%多いという調査結果がある)。 「このような死亡者数の周期性は世界中で見られます」と米ボストン大学の公衆衛生学教授パトリック・キニー氏は話す。この傾向は南北の両半球で記録されているうえ、緯度が低い冬がより暖かい地域でも見られる。北半球に暮らす私たちは今、短い昼と長い夜に耐えているところだが、冬の何が死者数を増やすのだろう? これらは科学者にとっても数十年来の疑問であり、完全な答えはまだ得られていない。この答えは重要だ。なぜなら冬に増える死亡はおそらく、適切な政策介入によって防げるからだ。しかし、それにはまず、人が冬に亡くなる主な理由を正確に知る必要がある。 冬に死者が増える明白な要因が1つある。季節性ウイルスだ。理由は諸説あるものの、インフルエンザのようなウイルスには強い季節性があり、冬にピークを迎える。年によって異なるが、冬季超過死亡の多く、ときには約半数が、ウイルスによるものだ。 しかし、ウイルスだけで全体を説明することはできない。答えの一部は心臓にあるようだ。
なぜ寒さは心臓に悪いのか?
ウイルス感染以外にも、科学者たちは別のよくある死因に手掛かりを見いだしている。「冬季超過死亡の半数が(脳卒中、心臓発作などの)心血管疾患によるものです」と米ワシントン大学の国際保健学教授クリスティー・エビ氏は話す。「パターンとしてはそうです。問題は、なぜそうなるのかです」 その答えを探すために、まずは気温が循環器系に与える影響について調べる価値がありそうだと考える研究者たちもいる。原因が寒さにある場合、住宅の断熱や暖房費の補助が命を救うかもしれない。英ロンドン病院医科大学の生理学者ウィリアム・キーティングは1970〜80年代にかけて、低温が人体の機能に悪影響を与えるかどうかを研究した。 キーティングは被験者を毛布で暖めたり、ファンで冷やしたりする実験を行った。その結果、ファンで冷やされている6時間で、熱を逃がさないように皮膚表面の血管が収縮し、ほかの血管に血液が集中していった。また、冷やされている被験者は血球どうしが集まりやすくなり、血圧は暖められている被験者より高くなった。 温度によるこうしたストレスは、血栓ができたり血管が破裂したりする原因になる可能性があり、心血管疾患による死亡の増加の説明になるかもしれない(実際、米心臓協会は同様の説明を使って、雪かきに注意するよう呼び掛けている)。 キーティングはまた、これらの生理学的な発見が現実の世界の傾向とどう関連しているかについても疑問を抱いた。冬の寒さが厳しいほうが死者数は多いのか、という疑問だ。 キーティングらはヨーロッパを対象に、イタリアのパレルモ(冬の平均気温は約15℃)のような暖かい地域とフィンランド北部(冬の平均気温はマイナス2℃台)のような寒い地域のデータを比較した。その結果、冬季超過死亡に関しては、とても寒い国ととても暖かい国との間に大きな違いはないことがわかった。 これは必ずしも、寒さにさらされると心臓に危険が及ぶという研究結果と矛盾するものではない。寒い地域の人々は十分な暖房、優れた断熱、外出時の防寒など、寒さへの備えができているため、暖かい地域と違いがないのではないかとキーティングらは分析している。一方、暖かい地域に暮らす人々は、家が冷えやすく暖をとる手段も少ないため、寒さの影響を受けやすいのだろう。 これは興味深い考察だ。このような考え方は、後の英国の政策にも影響を与えた可能性が高い。 2000年代初頭、住宅の断熱や暖房の設置を助成した「ウォーム・フロント」プログラムはその一例だ。2008年に発表された英シェフィールド・ハーラム大学の研究では、このプログラムと高齢者の死亡率の低下との関連性が示された。 キーティングの研究が始まってから、英国では住環境が改善し、暖房にかかるコストが下がった。また、寒さと冬季超過死亡の相関関係も薄れてきていると英グロスタシャー大学の環境コンサルタント兼客員研究員フィリップ・スタッドン氏は話す。 氏は人の健康と環境の変化について研究しており、2014年の論文で両者の関連性を指摘している。少なくともかつての英国では実際、気温と死者数に何らかの関連性があったと氏は考えている。しかし、それがすべてではなさそうだ。
気温だけでは説明できない
ここ10年、話を複雑にするような観察結果が発表されている。寒さは冬季超過死亡の主な要因ではないかもしれない。少なくとも、全世界でそうとは限らない。 「米国ハワイ州のホノルルは本当に暖かく、年間を通じて気温の変化がありません」と前置きしたうえで、「それにもかかわらず、冬は夏に比べて死者数が10〜15%増えます。なぜでしょう?」と問い掛ける。何かがおかしいとキニー氏は感じた。暖房がないことが原因のすべてではないはずだ。 キニー氏らは2015年に学術誌「Environmental Research Letters」に発表した論文で、ウイルスや寒さ以外にも、季節的な原因があることを示した。 確かに冬に起こる変化では気温の低下が目立つが、しくみが未解明なまま死者数を増やしている小さな変化がいくつもありそうだ。 冬は多くの場所で日照時間が短くなる。同時に、体内で合成されるビタミンDの量も減る。ほかの季節より多く食べたり、いつもと違うものを食べたりする人もいるだろう。冬に運動をやめる人や飲酒量が増える人もいるだろう。 空気が変わる可能性さえある。世界のいくつかの地域では、冬になると大気汚染が悪化する。大気汚染がそれほど問題でない地域でも、屋内の湿度が大幅に変化することがある。 「冬になると、さまざまなことが変化します」とエビ氏は言う。特に屋内で多くの時間を過ごす文化の場合、気温はあまり重要ではない。 これらの季節的な要因はさらに調査する価値があるとエビ氏は考えている。気温に関わるもの以外にも、冬季超過死亡と関連する生理学的な変化があるかもしれない。 「私は米国のシアトル在住で、冬は皆、冬眠します」とエビ氏は笑う。「冬にはさまざまな変化が起きますが、それらを検証した論文は見たことがありません。今も待っているところです」
文=Veronique Greenwood/訳=米井香織