Yahooニュース記事より
ヘルパーが来てくれない【介護の「今」】
「ご希望の時間は、他の方の利用が多く、ご希望に添えないそうなんです」 東京の下町に住む家族介護者の女性(54歳)は、ケアマネジャーからそう告げられ、肩を落とした。女性は、働きながら介護をする「ビジネスケアラー」だ。
◇「仕事が続けられない」
父親はすでに他界し、夫とは離婚、子どもはなく、母親と2人暮らしだ。その母親が脳梗塞で倒れた。後遺症で歩行や日常生活の動作に介助が欠かせない。介護休暇は間もなく上限に達する。介護保険の訪問介護の希望時間が確保できなければ、今まで通りの仕事を続けられないかもしれない。ケアマネジャーからは、自費ヘルパーの利用を勧められた。しかし、父親が残した借金の返済もあり、家計に余裕はない。女性は途方に暮れた。
◇ヘルパー不足
「介護の社会化」を目指して2000年に始まった介護保険制度だが、介護を支える人材の不足、中でもヘルパー不足が深刻だ。 公益財団法人介護労働安定センターの「介護労働実態調査」によると、訪問介護員(ヘルパー)が「大いに不足」「不足」とした事業所は、調査対象の58.1%を占めている(2024年度調査)。 ちなみに「大いに不足」とした事業所は、29.8%で、2009年度には9.8%だったから15年間で3倍に増えた。 ヘルパー不足の最大の理由は「採用が困難である」で、86.6%に上る(2020年同調査)。ヘルパーの高齢化も追い打ちをかける。 加えて、2024年度の介護報酬改定では訪問介護の基本報酬が2%以上引き下げられた。 人員不足、高齢化、経営環境の悪化などを理由に、休廃業する訪問介護事業所も増えている。
◇在宅介護現場の悲鳴
冒頭に紹介した、希望する時間にヘルパーが利用できないということの他にも、現場からはさまざまな悲鳴が聞こえてくる。
「新規の利用に応じてくれない」
「人員が確保できるまで一時中断させてほしいと言われた」
「利用回数が制限された」
「利用時間が短縮された」
「時間がかかる通院の付き添いができなくなった」
「2人体制のサービスが組めず、入浴介助ができなくなった」
「介護度の軽い要支援者を対象にしたヘルパーが見つからない」
「(介護報酬が安価な)家事を行う生活援助が敬遠される」
「認知症が重く(手間がかかるからとの理由で)やんわりと断られた」
「担当が目まぐるしく変わり、ヘルパーによってサービスの質の差が大きい」
「新しいヘルパーにサービス内容の引き継ぎができていない」
◇在宅介護サービスの3本柱
2000年4月に介護保険が始まる以前から、ヘルパー(訪問)、デイサービス(通所)、ショートステイ(宿泊)は、在宅介護サービスの3本柱と言われていた。現状においてもこの3本柱は、利用者数が多い。訪問、通所、宿泊を一つの事業所で提供する小規模多機能型居宅介護(小多機)も2006年に創設されたが、その利用者数は訪問介護(ヘルパーによる訪問サービス)の10分の1にも及ばない(厚生労働省「2023度介護給費等実態統計の概況」)。 その訪問介護がヘルパー不足で痛んでいる。そこには、介護保険制度創設から続く構造的な問題が起因していると考える。
◇経営母体は民間企業が圧倒
介護保険のスタートで、行政が介護サービス利用の可否や内容を決める「措置」から、利用者自身がサービスを選ぶ「契約」へと舵が切られた。 介護保険以前は、ヘルパー派遣事業は、市区町村の直営か社会福祉協議会への委託が多かった。ところが、介護保険のスタートと同時に訪問介護の需要増大が見込まれ、供給量を増やすために、ヘルパー派遣事業を民間企業に開放した。大手・中小の民間企業が一気に参入。介護保険の保険者である市区町村は、介護保険の審査や給付の主体となるため、競争の中立性の確保の観点から、ヘルパー派遣事業から撤退した。いわゆる「行政ヘルパー」は地方公務員であり、人件費削減の側面も大きかった。民間などの参入が見込めない過疎地域などで行政が訪問介護事業所を開設しているケースもあるが、2023年10月1日現在、その割合は0.1%にすぎない。一方、営利法人(民間企業)は72.2%、社会福祉法人(社協を含む)は14.4%となっている(厚労省「介護サービス施設・事業所調査」)。
◇登録ヘルパーを積極活用
民間企業は経営効率を重視し、経営リスクを最小限に抑制する。そこで積極的に活用したのが、登録ヘルパーだ。
登録ヘルパーとは、希望する日時やエリアを訪問介護事業所に登録して、その範囲で仕事を受ける雇用形態だ。
登録ヘルパーの活用には、採用の間口を広げやすい、訪問に入った分だけ賃金を支払う仕組みにできるため固定費が抑えられる、需要のピークに合わせてヘルパーを配置できるなどの企業側のメリットがあった。ヘルパー側から見ても、「生活に合わせて働ける自由さ」が強みだった。
◇ヘルパー側の実感
しかし、現場は甘くなかった。訪問の間の移動や待機が賃金に乗りにくい。需要の多い朝夕に仕事が偏り、収入が日によって大きく揺れる。利用者の体調や家族の都合で当日のキャンセルも珍しくなく、収入に直接響くなどの課題に直面した。 孤立しやすい働き方も課題だった。直行・直帰が基本で、集合研修や同行OJTの機会は断続的。重度要介護者の支援内容を一人で判断しなければならない場面もあり、責任の重さと処遇のギャップを痛感することもしばしばだった。正規雇用のヘルパーに比べて福利厚生が薄く、長く続けるほど将来像が描きにくいという不安も募った。
◇制度の変遷が及ぼす働きにくさ
介護保険制度の変遷もヘルパーの働きにくさに拍車を掛けた。 まず、身体介護と家事援助(後に生活援助)の報酬の格差だった。同じヘルパーが援助を行っても、家事援助は身体介護の半分程度の報酬にとどまった。 2006年には「介護予防」「自立支援」を介護保険制度が前面に打ち出し、現場の自由裁量が認められづらくなった。「困っているのに助けられない」というヘルパーの嘆きが多くなったのはこの頃だ。さらに、翌07年には介護大手の「コムスン問題」が起こった。介護報酬の「不正受給」「指定基準違反」が発覚し、コムスンは撤退。全国の介護現場への監督・点検が強化され、自由裁量の余地はますます狭まった。 2010年代に入ると訪問介護事業所と同一法人への高齢者住宅(高専賃のちにサ高住)の囲い込みが問題視され、連続した長時間のサービスが提供できなくなっていった。 2015年には、要支援の訪問介護が市町村の総合事業へ移行。自治体格差が広がった。
◇「できる行為」拡大、処遇改善も
一方で、今までグレーとされてきた軟こうの塗布や一包化薬の内服介助などが2005年で「医行為ではない」と明確化され、その後も医療行為に該当しない行為の考え方がアップデートされている。半面、一定の研修や医療職との連携が必要なものもあり、例えば「たんの吸引が行えるヘルパーさんは、現場にはほとんどいません」という声も聞こえてくる。 ヘルパーなどの介護職の賃上げにつなげるための「介護職員処遇改善」の交付金や加算も2009年から繰り返し制度化されている。しかし、人員不足の解消にはなかなかつながらない。 2025年4月からは、外国人介護人材が訪問系サービスに条件付きで従事できるようになった。 さまざまな要因がつくりだしているヘルパー不足。その喫緊な解決が介護保険制度の掲げる「介護の社会化」のためには必須だ。(了) 佐賀由彦(さが・よしひこ) 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

