うづまクリニックブログ

栃木県栃木市で内科・外科・小児科の病気全般の治療を行っている「うづまクリニック」のブログです。

時事ネタ

「カビが一斉に繁殖する」

カビは困ります。

Yahooニュース記事より

「カビが一斉に繁殖する」雨続きに注意すべき"秋カビ" ホームセンターで買える対策グッズと今できる予防策とは=静岡市

配信

静岡放送(SBS)

静岡放送

静岡放送

1000人殺して一人前?

内容が凄いです。

Yahooニュース記事より

1000人殺して一人前?ヤブ医者だらけだった江戸時代の医療事情とは

草の実堂

画像:『解体新書』の翻訳で知られる杉田玄白は医学と漢学を修めている public domain

現代社会には、資格を持っていなければ就くことのできない仕事がある。

その中でも、特に取得が難しい資格として一般的に知られているのが医師資格だろう。

医者になるには、医科大学や大学医学部などで6年間の医学教育を受けた後、医師国家試験に合格して医師免許を取得する必要がある。さらに診療に従事するには、その後2年以上の臨床研修を受けなければならない。

しかし、医者という仕事そのものの歴史は非常に古い。

画像 : コス島のヒポクラテス public domain

紀元前5〜4世紀ごろの古代ギリシャでは、ヒポクラテスとその学派が病気を呪術や迷信だけで捉えるのではなく、患者の症状や経過を観察する医学を発展させた。

日本の医学も古くから中国医学の強い影響を受けてきた。

平安時代には、律令制度のもとで医療や薬の調合を担当する「典薬寮」という役所が置かれ、その中には「医師」という官職も定められていた。それほど日本における医師の歴史も古い。

現在につながる医師国家試験が導入されたのは第二次世界大戦後だが、日本で近代的な医師資格制度への転換が始まったのは1874年(明治7年)に「医制」が公布されてからである。

翌1875年(明治8年)から医師開業試験が始まり、その後、全国統一の試験制度や医師免許制度が整えられていった。

つまり、それ以前の日本では、現在のような医師免許を持っていなくても医者になることができたのである。

髪を結うのが面倒だから医者に転職?

画像:『解体新書』の翻訳で知られる杉田玄白は医学と漢学を修めている public domain

前述のとおり、日本で医師が資格による許可制へと移行したのは明治以降のことで、それ以前は医師として開業するための全国共通の資格は必要なかった。

新たに医者を目指す者は、医師のもとで学んだり、医学書を読んだりして知識と経験を身につけていたが、どこまで学べば医者になれるという統一された基準はなかったのである。

「千人殺さなければ一人前の医者とは言えない」といった物騒な言葉まで伝えられているほど、実際の診療経験が重視された時代でもあった。

しかし、それもあくまで一人前の医者としてやっていくための話である。
極端にいえば、ただ町医者を名乗るだけなら資格も試験も必要なく「医者だ」と名乗れば医者として開業することができたのだ。

当時の医者には剃髪する者も多かったため「髪を結うのが面倒になったから医者になる」といった、現代では考えられないような理由で医者に転じる町人もいたという。

また、江戸では一つの職業に生涯とどまらず、さまざまな仕事を渡り歩く者も珍しくなかった。

医者をやめて幇間(ほうかん・宴席などで客を楽しませる芸人)や易者、坊主などになり、その後また医者に戻るといった者もいた。

医者の中には名字帯刀を許される者もおり、医師という肩書きに社会的な魅力があったことも確かだ。
その一方で、資格によって医師の能力を保証する制度がなかったため、十分な知識や経験を持たない、いわゆる藪医者も存在した。

とはいえ、医者を名乗れば誰でも患者が集まり、安定して仕事ができたわけではない。
知識も経験も乏しい医者は患者から敬遠され、腕の良い医者には評判を聞きつけた患者が集まった。
本当に医者として身を立てるためには、やはり優れた医師のもとで医学を学び、何年も修行を積む必要があったのである。

医者の中でも別格の存在だったのが、将軍やその家族の診療を担う幕府の医官たちである。
そこまで出世するには医学の知識や実績はもちろん、将軍の身近に仕えるにふさわしい教養も求められた。

このように十分な医学知識を持たない藪医者から、将軍の診療を任される名医まで、江戸時代の医者の実力には極めて大きな差があったのである。

医療保険もない江戸時代、庶民はどう病気を治したのか

画像:『七十一番職人歌合』三十四番に描かれた室町時代の薬師(くすし) public domain

もう一つ、当時の医療で現代と大きく異なるのが、医療保険が存在しなかったことである。

現代の日本では国民皆保険制度が整備されており、原則としてすべての国民が公的医療保険に加入している。
医療機関で支払う自己負担の割合も定められており、1カ月の窓口負担が一定額を超えた場合には、超過分の払い戻しを受けられる高額療養費制度もある。

当然ながら、江戸時代にはこのような仕組みは存在しなかった。
医師への支払いには「薬礼」「薬代」などがあり、現代の診療報酬のような全国統一の料金体系もなかったため、治療にかかる費用は医師や治療内容によって大きく異なっていた。

そのため庶民は、まず食養生や薬草、灸など身近な方法で病気や怪我に対処することも多かった。
灸には艾(もぐさ)を使うため、江戸では艾を売り歩く商人の姿も見られたという。
また、市販薬も広く流通しており、店舗だけでなく行商人から少量の薬を買うこともできた。

こうした民間療法や市販薬で対処する一方、必要に応じて医師の診察を受ける人もいたが、誰もが同じように医療を受けられたわけではなく、収入や住んでいる地域によって医師へのかかりやすさには大きな差があった。

そうした中、貧しく治療を受けることが難しい人々を救済した代表的な施設が、歴史の教科書でもおなじみの「小石川養生所」である。

画像:小石川養生所で使用されていた井戸 ZCU CC BY-SA 3.0

小石川養生所は、8代将軍徳川吉宗が町医者・小川笙船の提案を受け入れ、1722年(享保7年)に小石川薬園内へ開設した施療施設だった。

当初の定員は40人だったが、翌年には100人規模へ拡張され、貧しい病人を無料で受け入れている。

もっとも開設当初から庶民に歓迎されたわけではなく、「薬の効能を試すため人体実験をされる」といった風評が広まり、患者がなかなか集まらなかったという。

その後は入所基準を緩和し、利用者を増やしながら幕末まで貧民医療を担い続けた。

1722年から1859年までに小石川養生所へ入所した患者は3万2282人にのぼり、そのうち1万6502人が全快したと記録されている。

現代の病院とは設備も医療水準も大きく異なるが、医療保険のない時代に、貧しい人々が無償で治療を受けられる数少ない施設だったのである。

参考文献:
江戸文化歴史検定協会『江戸文化歴史検定公式テキスト中級編 江戸諸国萬案内』
杉浦日向子『一日江戸人』水戸 計『お江戸はつらいよ』
坂井建雄ほか「我が国の医学教育・医師資格付与制度の歴史的変遷と医学校の発展過程」『医学教育』41巻5号、2010年
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

口蹄疫ウイルス初確認

ドラマの「大空港」が放映されていましたが、入国審査がうまく機能することを願います。

Yahooニュース記事より

感染性ある口蹄疫ウイルス初確認 新千歳空港検疫でヤギの生肉から

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共同通信

「幸福度が上がり続ける人」の特徴

お金と幸福感。人それぞれ。引用がしっかりしているので、残しておきます。

Yahooニュース記事より

「年収700万円で幸福は頭打ち」は大間違いだった…3万3000人最新調査で判明「幸福度が上がり続ける人」の特徴

配信

プレジデントオンライン
■2021年の大規模調査で消えた「頭打ち」  ところが、その後、この話には続きが出てきます。2021年に、スマートフォンを使ってリアルタイムで気分を測る、大規模な同様の調査が発表されました(※2)。  参加者に日常生活の途中で何度も通知を送り、「いまこの瞬間、どれくらい気分がいいか」を答えてもらう方法で、集まった回答は3万3000人以上から約170万件にのぼりました。  2010年の研究が「昨日どうだったか」を振り返って答える形式だったのに対し、こちらは「いまどう感じているか」をその場で答える形式です。  結果は、2010年の有名な結論とは違っていました。なんと年収が高い水準を超えても、感情的幸福感は上がり続けていたのです。頭打ちは見られませんでした。  では2010年の研究は間違っていたのかというと、そうではありません。2023年には、カーネマンも加わった共同研究が発表されました(※3)。  結論は、どちらか一方の完全勝利ではありませんでした。見つかったのは、人によってお金の効き方が違う、ということでした。  平均的に見ると、収入が高いほど日々の気分も上がり続けます。けれど、もともとの幸福度が低い人たち、だいたい下位15〜20%くらいの人たちでは、ある収入水準で気分の改善が頭打ちになる傾向がありました。  一方で、幸福度が中くらい以上の人たちでは、収入が増えるほど気分も上がり続けました。  つまり、2023年時点での統合的な見方は、「お金は、気分に効く。ただし、誰にでも同じように効くわけではない」ということになります。 ■お金だけでは解決しにくい苦しみ  生活の不安が強いとき、収入が増えることは大きな助けになります。家賃の心配が減り、急な出費に怯えなくてよくなり、嫌な仕事を断る余地が生まれます。  お金は、人生の選択肢を増やします。しかし、慢性的な落ち込み、孤独、喪失感、強いストレス、人間関係の傷つき。そうしたものは、ある水準以上のお金では消えにくいのです。  だから、「もっと稼げば、この気分は全部よくなるはず」と考えると、少し危ういのです。お金で解決できる苦しみと、お金だけでは解決しにくい苦しみがある。この区別を持つことが、とても大事です。  加えて、お金にはもう1つの罠があります。比較です。次のプロスペクト理論の「価値関数」では、人は金額を絶対値で評価するのではなく、「参照点」からの差分として評価すると考えます。  年収800万円でも、周囲がみんな400万円なら「自分はかなり恵まれている」と感じ、周囲がみんな1500万円なら、同じ800万円でも急に足りないように感じます。数字は同じでも、参照点が変わると、意味が変わるのです。  しかも参照点はすぐに更新されます。年収が上がった直後はうれしくても、しばらくするとその金額が「普通」になり、次は少し上の人が気になり始めます。  SNSは、この参照点をさらに不安定にします。誰かの昇進、転職、海外出張、立派な肩書きが、毎日のように流れてきます。しかも、そこに出てくるのは、その人の人生のハイライトだけです。  こちらは自分の疲れた日常を抱えながら、相手の編集済みの成功と比較してしまう。これで気分が沈まないほうが、難しいのです。  ※2 Killingsworth, M. A. (2021). Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year.Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(4), e2016976118.  ※3 Killingsworth, M. A., Kahneman, D., & Mellers, B. (2023). Income and emotional well-being: A conflictresolved. Proceedings of the National Academy of Sciences, 120(10), e2208661120.

精神科医、起業家 物部 真一郎

同じ年齢なのに老後に雲泥の差がでる

認知的柔軟性、ですか。

Yahooニュース記事より

同じ年齢なのに老後に雲泥の差がでる…体力でも記憶力でもない50代以降、急速に衰える"能力"の正体

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プレジデントオンライン
■新しい一歩が重くなる理由  前頭葉、特に前頭前野は、計画する、切り替える、抑制する、複数の選択肢を比較する、未来の報酬を見積もる、といった働きに関わっていると言われている。  言ってみれば、前頭葉は人生の編集長のようなものだ。  何を残すか。何をやめるか。何を変えるか。どこに新しい負荷をかけるか。どの人間関係を深め、どの予定を手放すか。  そういう判断に関わっている。  人生後半に必要なのは、まさにこの力だと思う。  後半戦の戦い方を組み直すには、まず「今までのやり方」を一度横に置かなければならない。これまでの勝ちパターンを全部捨てる必要はない。でも、それを絶対視したままでは、次の戦い方は見えてこない。  もちろん、前頭葉が少し衰えたからといって、すぐに何かができなくなるわけではない。  先に触れたように、その前頭葉が衰えると、新しいことへの一歩は重くなりやすい。  若い頃なら、「面白そうだからやってみよう」で済んだことが、年齢を重ねると、「面倒だな」「今さら失敗したくない」「自分には必要ない」になりやすい。  これは気合いの問題だけではない。脳の処理コストの問題でもある。  だから人生後半で大事なのは、若い頃のようにがむしゃらに頑張ることではない。自分の前頭葉と感情を、閉じさせないことだ。  そのために重要になるのが、「認知的柔軟性」という力である。 ■変化を面倒に感じたら、危険なサイン  「認知的柔軟性」という言葉がある。  これは僕の造語ではない。心理学や認知科学で使われている言葉だ。難しく聞こえるけれど、要するに、状況が変わったときに考え方や行動を切り替える力のことだ。  予定通りにいかなかったとき、別のやり方を試せるか。自分の思い込みを一度横に置けるか。若い人や違う価値観の人の話を、いったん最後まで聞けるか。  これが、人生後半ではかなり大事になる。  認知的柔軟性は、単に頭がいいということとは違う。  これまでのやり方が通用しなくなったときに、別の方法を試す。予定通りにいかなかったときに、やり方を変える。自分の思い込みを一度横に置く。  それができる人は、年齢を重ねても固まらない。  人生後半で本当に守るべきなのは、この認知的柔軟性ではないかと思う。  なぜなら、後半戦の戦い方を組み直すというのは、言い換えれば、認知的柔軟性を使うことだからだ。  前半戦でうまくいった方法を、全部捨てる必要はない。むしろ、経験は人生後半の大きな武器になる。ただし、経験をそのまま固定してしまうと、それは武器ではなく壁になる。  これまでの自分を活かしながら、必要なところだけ変える。守るものと、手放すものを見極める。慣れた場所に安住せず、新しい小さな負荷を入れる。  それが、脳のレベルで見た後半戦の準備なのだと思う。

レバレッジコンサルティング代表取締役社長 本田 直之

ごあいさつ

高齢化が進み、病気とうまく付き合いながら生活してゆくことが、より大切になってきました。また、若いうちから健康を保つ事の重要性が増してきました。

当クリニックは、内科・外科の病気全般とその周辺の病気をもった患者さんを対象とする「よろず治療院」です。特に、かかりつけ医を持ちたい、診察もお薬も一箇所で扱って欲しい、すぐに、またはゆっくり診て欲しい、家族全員を診て欲しい、等のご希望の方々には、ご満足頂けるのではないかと思っております。クリニックを知って頂くため、まずは是非とも足を運んでみて下さい。お待ちしております。

初診時には、保険証、薬や療養の手帳・育児手帳などを持参の上、御来院下さい。予約は要りませんが、予防接種を希望される方やすぐの診察を希望される方は、あらかじめ電話で空いている時間を確認されてから受診されることをお勧めします。
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