2017年04月29日

浜松 浜松市地域遺産センターに行く(1日目)

CIMG6871井伊谷城跡を11:40頃、後にして次の目的地である渭伊神社に向かいました。山頂からは来た道をそのまま引き返し、歩いて行くと、喉が渇いたのですが、たいした山ではないと水を持っていきませんでした。山を下りても、お店もコンビニも自動販売機も見つけることができませんでした。地図を見ながら目的地に向かって歩いて行くと浜松市地域遺産センターが目に入り、そこであれば、きっと自動販売機があるに違いないと思い立ち寄りました。「ビンゴ!」でした。そこで水を飲んだのは勿論ですが、そこでは丁度、開館記念特別展「戦国の井伊谷」が開催中でしたので、そちらも見てきました。入場は無料でしたが、井伊直虎の生涯や戦国時代の井伊谷の様子等がわかり、非常にためになりました。水を求めて入ったのですが、お勧めの見学場所でした。  
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浜松 井伊谷城跡で御所の丸を見る(1日目)

CIMG6862井伊谷城跡の白い柱のすぐ近くには「御所の丸」と書かれた少し低めの柱を見ることができました。これは南北朝の動乱期に後醍醐天皇の皇子、宗良親王を井伊氏が迎い入れここで住んでいたことから「御所の丸」と江戸時代に呼ばれるようになったとのこと。ただ柱があるだけで昔の姿は想像できませんでした。
  
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浜松 井伊谷城跡到着(1日目)

CIMG6859井殿の塚を11:20頃、後にして井伊谷城跡に向かいました。井伊谷城跡への登山道の入口には頂上まで310mと表示され、親切にも「直虎ちゃんの杖です。ご自由にどうぞ。」と書かれ、太い木で作った沢山の杖が準備されていました。井殿の塚から歩くこと約15分、11:35頃、山頂にある井伊谷城跡に到着でした。まっぷるによれば、「標高115mの小山に築かれた城館跡。井伊氏の本拠地は井伊谷城とその山麓にあった居館に加え、最終的な詰め城である三岳城で構成されていた。現在は城山公園として整備され、土塁などの遺構を見学することができる。」とのこと。確かにお城を築くには四方の眺めがよく利く、いいところだと思いました。おかげでこの日の天気も手伝っていい景色を見ることができました。井伊谷城跡自体は写真の通り城跡の白い柱が立っているだけ少し殺風景な感じも受けました。でも、いい景色を眺めるだけで満足でした。高いところの好きな私でした。  
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2017年04月28日

浜松 井殿の塚を見る(1日目)

CIMG6849井伊共保出生の井戸を後にして、車は駐車場にそのまま置いて、歩いて井伊谷城跡に向かいました。その途中、井伊谷城跡の麓に井伊直満、直義兄弟を供養する井殿の塚を見ることができました。まっぷるによれば、「天文13(1544)年、直虎のいいなずけである亀之丞の父・井伊直満とその弟・直義は、家老によって謀反の疑いをかけられ今川義元に討ち取られた。里人はこれを憐み、館の一角にこの塚を築いたとされる。」とのこと。殿様クラスの人は乱世で生き抜くことは大変さなのだと思いました。  
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浜松 井伊共保出生の井戸を見る(1日目)

CIMG6847CIMG6846更に時計回りに回ると我々が止めた駐車場に出ました。それも過ぎて少し行ったところを左の小道に入ると左側に井伊共保出生の井戸を見ることができました。まっぷるによると、「龍潭寺の山門から南に徒歩5分ほど、のどかな田園の中に白壁に囲まれた大きな石組みの井戸がある。寛弘7(1010)年、井伊氏初代の共保がここで生まれたとの伝説が残っている。」とのこと。大河ドラマ「おんな城主 直虎」で一躍、井伊家ブームが起こり、それに乗るようにその井戸は田んぼの中に新しく建てたと思われる瓦の屋根で四方を囲んだ塀の中にありました。この井戸を見ただけでは当時の様子は想像できませんでした。  
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浜松 井伊谷宮に参拝(1日目)

CIMG6841井伊氏歴代墓所を後にして更に時計回りに回ると井伊谷宮(いいのやぐう)に出ました。まっぷるによると、「明治5(1872)年創立。動乱の南北朝時代にこの地を本拠として活躍した、後醍醐天皇の第四皇子・宗良親王を祀る。幼少の頃より和歌に秀で、和歌の道の聖と仰がれた。」とのこと。戦乱の世にあって和歌を愛する心を持っているという姿勢にあやかりたいと思い参拝しました。  
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2017年04月27日

浜松 井伊氏歴代墓所を見る(1日目)

CIMG6840龍潭寺本堂等の中の見学を終え、外に出て時計回りにに回ると開山堂の後ろ辺りに井伊氏歴代墓所を見ることができました。一番奥の背の高い2つのお墓の向かって右側が、初代宗主井伊共保(ともやす)、左側が22代宗主井伊直盛のお墓です。そして左の奥から直盛夫人、井伊直虎(次郎法師)、23代宗主井伊直親、直親夫人、24代宗主井伊直政のお墓とのこと。そして右側は井伊家歴代のお墓だそうです。大河ドラマの主人公、井伊直虎のお墓はこの墓所では写真の通り説明がなければわからないほど普通のお墓でした。大河ドラマのせいでしょうか、この墓所も多くの観光客で一杯でした。  
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浜松 龍潭寺の庭園を見る(1日目)

CIMG6832本堂の裏側に回ると綺麗なお庭を見ることができました。また、お庭をよく見ることができるように座布団が並べられそこに座って鑑賞しました。このお庭は豊臣秀吉、徳川家康に仕えた大名であり茶人でもあるそして建築家、作庭家としても名高い小堀遠州作の庭園でした。まっぷるによれば、「自然の山水の景色を写してつくられる眺めを座敷から鑑賞するもので、池泉鑑賞式庭園と呼ばれる。数多くの石組み築山全体で鶴亀が表現された庭は、四季折々の変化に富み、東海一の名園と称される。」とのこと。江戸時代から続く名園を保つ人々がいて我々も小堀遠州の作庭した名園を楽しむことができるのだと思いました。  
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浜松 井伊家御霊屋に参拝(1日目)

CIMG6823開山堂からほんの少し歩いて突き当りに井伊家御霊屋がありました。まっぷるによれば、「寛保2(1742)年建立。井伊家1000年、40代のの位牌を祀る」とのこと。また、堂内には元祖共保公、22代直盛公、24代直政公の木像も安置されていました。幕末に活躍した幕府の大老井伊直弼公もあり、静かに参拝させていただきました。
  
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2017年04月26日

浜松 開山堂を見る(1日目)

CIMG6838本堂から渡り廊下を通って突き当りに開山堂を見ることができました。開山堂はまっぷるによると「元禄15(1702)年建立。銀閣寺のような朱色の楼閣で、遠州地方に禅宗を広めた黙宗瑞淵禅師を祀る」とのこと。桜の開花を予想してきたのですが、この時は一分咲きにもならないほどの状況でした。開山堂の建物には桜の花がよく似合うような気がしましたので、少し残念な感じでした。  
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