2017年08月19日

長崎(寺町) 晧台寺仁王門を見る(3日目:最終日)

CIMG9209CIMG9210CIMG9211晧台寺大仏殿から左に行くと門の両側に仁王様を従えた仁王門を見ることができました。朱色が少し剥げかかって薄くなっている門の姿が、貫禄のある古さを表しているようでした。聞くところによるとこの仁王門は長崎県で最古の門とのこと。道理で格式があるように見えました。  
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長崎(寺町) 晧台寺大仏殿を見る(3日目:最終日)

CIMG9203晧台寺の山門をくぐってまっすぐ行くと正面に大仏殿を見ることができました。長崎では唯一の大仏様で当寺5世の住職・逆流禎順(ぎゃくりゅうていじゅん)が延宝5年(1677)に造ったとのこと。それにしても赤い大仏様はなかなか見ることができません。第二次世界大戦時に多くのお寺で金属物を供出させられた中にあって、よくぞ御無事で残ったものだと思いました。それもその筈、長崎の貴重な歴史を語る上でなくてはならないものだからだと思いました。
  
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長崎(寺町) 晧台寺到着、山門を見る(3日目:最終日)

CIMG9202寺町通りを少し歩くと晧台寺(こうたいじ)に09:35頃、到着でした。説明書きによれば、「当時の小曽根家墓所内には、亀山社中の近藤長次郎と海援隊士小曾根英四郎が葬られています。近藤長次郎は、坂本龍馬が組織した亀山社中の一員として、慶応元年(1865)、長州藩のための軍艦・武器購入に活躍しましたが、隊規違反の罪を問われて翌年1月14日に小曽根邸で切腹しました。碑銘「梅花書屋墓」は、龍馬筆とも言われています。また、小曽根英四郎(1841~1890)は長崎上人・小曽根乾堂の弟で、龍馬の活躍に支援を惜しまず、海援隊の簿籌官(会計官)としても活躍しました。」とのこと。これには肝心の晧台寺自身のことが書かれていなかったので、パンフレットで調べました。それによると晧台寺は、「長崎三大寺のひとつで、長崎で唯一大仏さまが鎮座し、境内の幼稚園に通う子どもたちを優しく見守っています。広大な墓域には、長崎の豪商・小曽根家の墓地や亀山社中の一員だった近藤長次郎の墓、楠本タキ・イネの墓、オランダ商館長ドゥーフの息子・道富丈吉の墓などが点在しています。」とのこと。写真にあるような山門をくぐって晧台寺の見学開始でした。  
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2017年08月18日

長崎(寺町) 萬順製菓を見る(3日目:最終日)

CIMG9199CIMG9247更に寺町通りを歩いていくと長崎の創業120余年(明治17年(1884)創業) を誇る老舗の中華菓子店・萬順製菓がありました。この店の御菓子は長崎市内の多くの場所で販売されているとのこと。中に入ってみるといろいろな珍しいお菓子を販売していました。その中でも写真右にある「よりより」というお菓子が有名でしたのでゲット。「よりより」は、その名の通り生地をよりよりと巻いて油で揚げたようなものでした。一口サイズで食べやすく、しかもおいしかったです。食べると癖になりそうでした。  
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長崎(寺町) 料亭一力を見る(3日目:最終日)

CIMG9195興福寺を後にして寺町通りを晧台寺に向け歩いているといかにも雰囲気のある洒落た料亭を見ることができました。「料亭一力」というそうです。「料亭一力」は長崎の料亭の中では一番歴史が古く、文化10年(1813)創業という200年以上の歴史を誇る老舗の料亭とのこと。我々がたまたまここを通りましたが、早朝のため、まだ営業時間になっていませんでした。営業時間だとしても、敷居が高くてなかなか入れそうな雰囲気ではありませんでした。坂本龍馬がこの料亭を利用したかどうかはわかりませんが、幕末、明治、大正等、多くの志士、文化人がこの料亭に訪れたとか。私には縁のない「料亭一力」を見ながら更に寺町通りを歩いて行きました。  
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長崎(寺町) 中島聖堂遺構大学門を見る(3日目:最終日)

CIMG9177また、興福寺境内では中島聖堂遺構大学門を見ることができました。パンフレットによれば、「儒者向井元升の流れをくむ聖堂。学舎の門で正徳元年(1711)に竣成。昭和34年保存のため興福寺に移築。」とのこと。それにしても、この中島聖堂遺構大学門うぃはじめ旧唐人屋敷門、三江会所門といい、門ばかりを他の場所からここに移築しており、興福寺の度量の深さが見て取れるようでした。  
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2017年08月17日

長崎(寺町) 豚返しの敷居を見る(3日目:最終日)

CIMG9171三江会所門のところでは豚返しの敷居を見ることができました。放し飼いの豚が敷地内に入らないようにするため、敷居が高くなっているとのこと。わからないでここを通るとつい下の板につまづきそうになってしまいます。つまづいたらとんだ災難というのでしょうか?  
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長崎(寺町) 興福寺三江会所門を見る(3日目:最終日)

CIMG9169興福寺境内では三江会所門(さんこうかいしょもん)を見ることができました。パンフレットによれば、「江南・浙江・江西三省出身者が明治初期に設立した集会所。原爆で大破し門だけ遺存。」とのこと。昔は興福寺境内に三江祠堂を建て三江出身者の霊を祀っていたとのこと。中国の江南・浙江・江西三省出身者の団結力の高さを感じました。
  
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長崎(寺町) 興福寺庫裡で休憩(3日目:最終日)

CIMG9166CIMG9164興福寺庫裡で庭を鑑賞しながらお茶とお菓子を味わいました。庭のツツジ、紫陽花、睡蓮を見ながら味わうお茶とお菓子はまた格別のものがありました。ここで俳人か詩人であれば、一句詠むところでしょうが、芸がないのでこの雰囲気を堪能するだけでした。ここでエネルギーを蓄えて更に見学再開でした。  
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2017年08月16日

長崎(寺町) 興福寺庫裡の入口でけつ魚を見る(3日目:最終日)

CIMG9157崇福寺でも見ることができたのですが、興福寺庫裡の入口でもけつ魚というものを見ることができました。説明書きによれば、「正式の名称は飯梆僧(はんほうそう)達の飯時を告げるために叩く板の魚です。この魚板は全国の禅寺にあるものの中の最優秀作といわれます。けつ魚は揚子江にいるまぼろしの魚といわれています。この魚板が雄左奥のが雌でこのように雄雌一対でかかっているのは珍しく、また何百年もの間叩かれたのであの様に腹部が凹んでおります。叩くとコーンコーンと案外遠方まできこえます。」とのこと。この中国式の魚板は興福寺のトレードマークとなっているようです。でも、見るだけで叩くのは遠慮しました。  
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