2006年01月23日

接近遭遇 3

 僕は引っ越して直ぐにツアーに出かけなければならなかった。ツアーに出ると一週間は帰らない事などざらだ。この時は確か十日ほど留守にする予定だった。
 前日に近所に挨拶をしてそれとなく「僕は恐い人じゃありまあせんよ〜」とか「色んな服そうや変な髪型の人達が出入りしますが、敵じゃないよ〜〜」とかをそれとなく伝えた。問題の隣とは未だどのようにコミュニケーションをとるか決めかねていたので後回しだ。
 僕のような職種の人間は、そう「ある程度、話せばわかる人」であると印象付ける必要がある。
 つまり、年中居たり、居なかったり、又夜起きて、昼寝たり、しているので、回覧板も集会所も不要なのだが、町内会のどぶ掃除とかは喜んでやるよ、でも夏休みの朝の体操とか盆踊りの練習とかは呼ばないでね、といった距離感を伝えるのだ。
 葛飾に住んでいた時は職業を伏せ、その辺りを軽く考えていたため、逆に収拾がつかなくなって困った。
 
 こんな感じだった。

向いのじじい「兄さんは何やってるの?」

兄さん   「あ、まあ、音楽関係といいますか。曲を書いたり、そう、、詞を書いたりして、まあ、その、、」

向いのじじい「作家さんかね?」

兄さん   「まあ、そんな、感じ、かな、、?」

向いのじじい「母さん!作家さんだって!お向かいの方!」

何処から現れたんだ!となりのおばちゃん「あら、そうじゃないかと思ってたのよ、いつも 昼間もいるものねえ。」

じじいの嫁  「じゃあ、先生じゃない!」

兄さん    「いや、、先生とかでは、、ないんだけど」

じじいの嫁  「本買わなきゃ」

じじい    「いや、こりゃ凄いや!お若いのに。」

兄さん    「いや、だから、音楽関係だってば、っていうか人の話し聞いてよ、、」


 この後僕は引っ越すまで、御近所の方から、「作家先生」と呼ばれる事になってしまった。
もちろん、何度も説明はしたのだ。ただ「俺はロックミュージシャンだ!」と叫ぶ勇気が無かったばかりにますます話しがこじれた。

 こんな感じだ。

じじいの嫁 「あ、作家先生、お出かけかい?」

作家先生  「こんにちは、出かけますが、その、、前にも言った様に、作家先生ではないので、、」

向いのじじい「でも本とか出るんだろう?」

作家先生  「雑誌とかに出る事はありますが、それはインタビューだったりするんで、、」

何処から現れたんだ!となりのおばちゃん「ほら!」

作家先生  「ほらって、、、それは僕が文章を書くわけでは無く、、」

向いのじじい「じゃあ、写真とか出るのかい?」

作家先生  「出る場合も、、」

となりのおばちゃん「モデルさんだよ」

作家先生  「いや、全然違うし、、」

向いのじじい「モデルの作家の先生だ」

作家先生  「もう、何でもいいです、、、。あなたの望む職業に僕は就きます、、、。」

 彼等の名誉のために言わせてもらえるなら、葛飾は柴又の住人達は決してふざけてこんな会話をしているわけではない。心から僕と友達になろうとした結果なのだ。
 元を正せば、僕はロックミュージシャンなんだよ〜!こんなアルバムを出しているんだよ〜!とまず最初に一声掛けていれば応援してくれた人々なのだ。
 でも、当時の僕は正直それが面倒臭かった。それを受け止める度量が無かったと言う事だ。
 何せ、僕が風邪ぎみだと一言いったために、どいつもこいつもおかゆとか氷を持って来てくれたくらいの奴等なのだから、、、、。
 当時僕はそれを「良い人パンチ」と名付けて怖がっていた。

 「良い人パンチ」はいつ放たれるか、見当が全く付かない。
 朝6時前に体操に誘われたり、、いきなり風呂屋で黙って僕の背中を流し始めたり、、「今度一度遊びに来て下さい」と言ったら、もうその日の夜に玄関前で僕の帰りを待っていたり、、勝手に家の前に花植えるし、、しかもヒマワリだし、、、。
 僕は彼等に対し一種の憧れのような思いを持ちながら、決してこの先も自分はそうならないであろうと感じていた。このことはなんとなく僕の人間としての弱点を示唆していて情けなくもあった。  

Posted by ueda_gen at 18:39Comments(4)TrackBack(0)

2006年01月17日

接近遭遇 2

 今頃、明けましておめでとう。毎年、年の初めに「今年はどうしよう〜〜」と騒いでいるうちに時間だけが過ぎて行くというパターンだが、考えてみれば別に一年をタームに活動しているわけではないので気にしても仕方が無い。でも、だからといって正月も何も関係ないや、という活動も何処か寂しい。うーんどうしよう?って今年も同じかよ!
 芭蕉という変なオッサンは奥の細道の冒頭で「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人也」と言った。このイメージは日本人の死生観にまで繋がるものだが、もう少し「楽しそう〜〜!」に行けないものかとも思うのだ。
 砂漠の住人が年中あまり変わらぬ気候の中でわざわざ断食月を発明するに至ったのは、ともすれば、淀み無く流れる時間の中に出来る事ならくさびを打ちたいという願望があったのかもしれない。
 
 話しがずれるが正月にテレビ番組の西遊記を眺めていて思ったのは、お供は結構楽しそうに生きているのに、当の三蔵法師はとっても「しんどそう〜〜!」だということだ。
 
 上田は当然今年も色々とやってみようと思う、でも眉間にしわが寄せないようにきゃーきゃー騒ぎながらやる。おつき合い下さい。(俺の眉間のしわは今やグランドキャニオンだ!)

 さて、ぼそぼそと、いや、きゃーきゃーとこの変なお話を続けよう。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

接近遭遇 2

 こちらの生活に打撃を与えなければ、僕は隣の住人が例え「市原悦子」でも「奥様は魔女」の隣のおばちゃんであろうと、かまわないはずだった。
 どんな迷惑な住人でもその問題となる行為は相手の立場から推測すると容易に想像出来る。理由がわかれば、まあ我慢も出来るし対応も考え易い。

 住人がピアノを習ってる= ピアノがうるさい=あたりまえ
 しょせん、やくざ   = 恐い人が出入りする=あたりまえ
 小さな子供がいる   = 床でドンドンやる=あたりまえ
 若いカップル     = XXXばっかり、、、=あたりまえ?
 増井朗人       = 日本語では無く、いちいちトロンボーンで会話している=あたりまえ????
 
 要は想定内だ、ここのプログの社長なら驚かない。だがミカンをお手玉しながら家の前を行き来する人の人物像はどうしても見えてこない。少し分かって来たのは隣が餌付けしているネコの数は一匹や二匹ではないと言う事だった。
 昼間、屋根のうえに瓦の様に並んでネコ達は寝ていた。10っ匹ぐらいか、、、。ネコの食べ残しを狙っているのか、さらに夕暮れにはカラスが20羽ほど集まってきてうるさい。
 新居の周りを把握しようと思って散歩に出かけてみたが、常にカラスが旋回しているのが遠くから確認できるので帰り道に迷う事は全く無かった。って恐え〜よ。  
Posted by ueda_gen at 00:19Comments(1)TrackBack(0)