4月1日。早朝の駐輪場。着慣れない背広を着た、見るからに社会人1年生が
緊張した面持ちで自転車を預けると、足早に駅に向かって歩いて行きました。
その何とも初々しい姿に思わず、「頑張れ、社会人1年生!!」と心の中で
エールを送ったのですが、今朝の新聞によると、春に「仕事を通じて
かなえたい夢があるか」と新入社員に質問したら7割がyesと答えたそうですが、
秋に同じ質問をしたら50.7%まで減少したそうです。それと同じように
「入社した会社に一生勤めたいか」と質問したところ、春は6割、秋には3割と
半減していたそうです。そして、一人の新入社員の採用に、企業も学生も
大変な手間暇を費やしながら若い力を望んでいる企業側の期待と若者の思いが
かみ合わず、新人の何割かが半年で夢や希望を失うのは「勿体ないでは」と
いうのです。
上田学園では話に来れば相談には乗りますが、他の学校のように就職の世話も、
大学進学の世話も基本的には、しません。卒業後のことは学生の聖域。
教師が口出しするべきではないと考えているからです。そのため、どの先生達も
口出しはしませんし、またする必要もない場合が多いのです。
3年間を学園で過ごした学生達は、卒業のころには自分で自分の進路を決めて
行きますし、決められるようになっています。それでも時には、はなはだしい
勘違いをする学生がいて、そんな学生にはちょっと厳しいアドバイスをすることは、
あります。
あるとき、卒業していく学生に質問してみました「どんな会社に就職したいの?」
と。その質問に対する学生の答えは「自分のやりたいことをやらせてくれて、
お金も充分くれる会社」とニコニコしながら答えておりました。
思わず笑ってしまいました「そんな会社があるなら、私も行きたい」と言いながら。
そしてこれはマズイと思いました。
自分に合った会社や自分のやりたいことをやらせてくれる会社や、考えた通りの給料
をくれる会社など絶対ありえないですし、あっても仕事が出来ない新入社員には
100%そんなチャンスは回ってこないはずです。それを社会人1年生になる前に本人
が自覚しなければいけないと考え、「どうしたらいいだろうか?」と悩みました。
卒業式が終わり、いよいよ就活が始まりました。その就活が彼に事実を突き付けて
くれました。考え違いを理解させてくれました。
就職活動が始まった当初は、大手企業2社の入社試験の3次までこぎつけて
おりましたが、私たち教師は「落ちれ!落ちれ!!」と願っておりました。それは
これで合格し、社会人1年生を始めても、理想通りにならないことが起こると、
会社を転々とする癖がつくと思ったからです。
一生懸命働き、ステップアップのために次の会社に転職するならいいのですが、
仕事も出来ないで文句ばかりいい、転職を始めるとその繰り返しに歯止めが
利かなくなると思ったからです。だから就活に失敗するたびに内心「よくぞ、
落ちました。おめでとう!!」と拍手をしておりました。但し、失敗してしょげて
帰ってくると、しっかり話を聞き、そして応援しましたが。
学園の授業を通して鍛えられていた彼は、あるとき位から落ちてもその中に
楽しみを見つけ、また自分の勘違いを少しずつ理解していけるようになりました。
就活だからこそ普段は入れない企業の訪問が叶い、就活だからこそ普段会えない
企業の方々に会え、お話をさせて頂ける。その回数が増えるに従い、この会社は
外で言われているような会社ではなく、ちょっと「マズイ!!」とか、こんな方が
社員ならこの会社は「いい」とか、だんだん分かるようになってきたそうです。
そして就職。
苦労して勝ち取った仕事。自分の足で階段を一段一段のぼるように大切に大切に
結果を出して行きました。
暑い夏の日も、寒い冬の日も、営業を担当していた彼は一度も文句も不満も言い
ませんでした。むしろ、学園で学んだことを生かし営業日誌をきちんとつけ、
お客様の言葉を拾い、それを企画書にして提出し続けていきました。そして係長に
なり、3年間思い切り働いたのでと次のステップに進んで行きました。
夢や希望を持って入社してくる新入社員が、半年で夢や希望を失うのは本当に
もったいないと思いますし、企業にとっても大変な損失になると思います。
しかし、夢や希望は与えられるものではなく、自分で作っていくものです。
不満があるなら、自分の考えと違っていたなら、それを自分が調整し、自分が
自分の夢に近づけられるよう努力をすることの方が、自分にあった会社を探して
転職を繰り返すより、理想や夢を実現する一番の近道だと思います。また、そう
学園生には教えて行きたいと考えております。それを実践していた先生が学園には
いらっしゃったから、なおさらのことです。
ある大手証券会社の常務だった先生は、新入社員の時から3年間くらいは自分の
考えていた会社と違うという思いで、会社の不満、上司の悪口など言い続けていた
そうです。でも、ある時こんなに不満ばかり言っても何も変わらない。変えるため
には自分が偉くなって変えていくのが一番の近道と考え、それ以来一切会社の不満や
悪口を言ったことがなかったそうです。そして本当に努力し、その努力が夢を
実現させたようです。
4月1日。今年の学園には新卒者がおりませんでしたから「今日から社会人1年生」
はおりません。しかし、どんな状況の中でも、どんな状態の中でも、自分で自分の
夢の実現に向かって突き進める勇気と知恵と力強さを持った将来の社会人1年生を、
また春学期から育てて行きたいと考えております。