日曜日早朝、自宅のインターフォンがなった。引きこもり4年目に
なる27歳の息子さんとお母様のお二人。近所の方のご紹介だとかで、
学園ではなく自宅にいらしてくださったのだ。

 

既婚者の兄と結婚が決まっている弟の間で、あと数年で30歳に
なることや父親が定年になることで、焦り出したのだと言う。
「一番焦っていることは、何ですか?」という問いに、彼は
「分かりません」と言う。なんだか分からないけれど、総てに
焦っているし、それをどう解決していいか分らないと言うのです。
だから家に閉じこもって考えていると言うのです。

 

3人兄弟の真ん中で、勉強はソコソコ出来たが、優秀な兄弟の間で
小さいときからテストの結果から始まって、色々なことで祖母と
父親に叱責されることが多かったそうです。そのうえ、対人関係が
うまく作れず、学校でも一人でいることが多かったそうです。

 

友達がいないのは淋しいので一生懸命努力したこともあるそうですが、
友達を作ろうとすると気疲れして、かえって友達が出来なくなったと
いうのです。それからはなるべく何も考えないように、何も感じない
ようにしてきたそうです。

 

小さいときの思い出を聞くと、家族と一緒にいても常に疎外感が
あったこと。いつも叱責されていたこと。叱責されると頭が真っ白に
なったこと。そんな自分が大嫌いだったこと。中高一貫校だったので、
新しい自分にリセットしたくても、皆が自分の昔を知っているので、
出来なかったこと。

 

大学へ入ったときは、「これで新しい自分になれる」と心からホッと
したこと。しかしコミュニケーションがうまく取れず、学校は何とか
卒業したものの、ほとんど授業には出ていなかったこと。大学には全く
思い出がないこと。

 

授業を「面白い!」と思ったことがなかったこと。他の学生と同じ
ように就職活動はしたけれど、自分に合う会社が探せなかったので就職
しなかったこと。祖母は相変わらず小言を言うが、父親は全く自分に
興味を示さなくなったこと。でも、そんな今の状態が自分にとって
一番合っていて「楽です」と、話してくれました。

 

彼の話を聴いていて思いました。他と接しているからこそ、他を通して
自分の問題を客観視できるのに、他を遮断して家に閉じこもって考えて
いるだけでは、解決出来るものも解決できないと。

 

問題の原因を知ることより、考えているつもり。解決しようと努力して
いるつもり。原因を探っているつもり。「~のつもり」になって時間が
過ぎるのを待っているほうが、本人には楽なのでしょうが、それは今だけ。
単に問題の先送りをしているだけ。問題の先送りをすればするほど
世間の風が冷たくなることを、誰かが気づかせてあげなければと。

 

現実の社会でしか生きられない私たちだからこそ、現実の社会と上手に
折り合いをつけてさっさと前進したほうが、「~のつもり」をしている
より、よほど楽しく生きられると思うのですが。

 

問題を解決する第一歩は、今の自分を認めることでしょう。今起こって
いることを全部認めることからスタートして、はじめて問題の解決まで
こぎつけられるのに、「でも」とか「親は」とか「兄弟は」とか、問題を
他人の所為にしているだけでは無駄な時間だけが過ぎていき、何の解決
にも繋がらないと思うのですが

 

4年間自分の中に閉じこもっていたのです。出てくるのは大変なことで
しょう。でも、良いところも嫌なところも過去は全部自分のものなのです。
誰のものでもないのです。だからこそ、しっかりそれを受け止めることで
今しなければいけないことが見えてくるのだと思います。それが出来て
始めて、将来の目標が見えてくるのだと思うのです。

 

 

上田学園では最近「分かりません」と「おまかせします」が禁句になり
ました。勿論、分からないことは「分かりません」と言っていいのですが、
何も考えず即決で「分かりません」は禁句なのです。それと同じように、
自分で考えずに安易に「お任せします」は禁句なのです。きちんと考え、
「こういう理由でお任せします」は大いに賛成なのです。「分かりません」
「お任せします」とその場だけの返事をしても、責任のない返事からは
何も生まれず、次のステップに進むこともできないからです。

 

学園は3年制です。3年間という決められた時間の中で、考え方を学び、
実行し、反省し、また挑戦する。それが次のステップに自然につながり
卒業して行くのです。

 

過ぎていく時間の早さにはいつも驚かされています。そのうえ、
昨日起きたことが今日起きても、昨日とは違い、昨日は過去なのです。
過去に今日を積み上げて毎日が過ぎていきます。何もしない過去には未来を
積み上げていくことは不可能です。だからこそ、問題解決の一番の近道は、
どんなに辛くても今の自分を認め、現実を直視し、それから逃げず
その次の手を考えて行動することでしょう。

 

頭と体の“筋トレ不足”が、問題解決まで辿り着けない理由なのではと思える
ほど、世事に疎く、自分の問題を他人事のように話す引きこもり4年目の彼。

 

そんな彼の話に耳を傾けながら、親になるって「どういうことなのだろうか?」。
子供を愛するって「どういうことなのだろうか?」。自分の人生を作るって
「どういうことなのだろうか?」。夢を持つって「どういうことなのだろうか?」。
人も含め、生き物には生きられるリミットがあることに彼は気付いているの
だろうか。「自分が納得するときまで動きたくないんです。このままで
いいんです」と、問題の先送りを公言してやまない彼と、そんな彼に小さく
相槌を打つお母様を見ながら、改めて色々考えさせられた日曜日の朝でした。