2017年06月26日

青の炎



ああ、気づいたら毎月一回の劇場での映画鑑賞目標を、もうできていない。なかなか新作をチョイスして映画館に足を運べなくなってる。

ぎりぎりwowowでチョイスしてじっくり観る時間を確保しようと思うけど、家で観るのはなかなか落ち着いて観れないですよね。しかも新作じゃないし。

これは、蜷川幸雄の追悼かなんかでwowowでチョイスされた一本。

「青の炎」

当時観てショックをうけた映画で、好きな1本。
嵐の二ノ宮君の演技に衝撃を受けたのかもしれないけど(笑
10年くらい前になるのかな。

6月は劇場で観たい。


uimaki1957 at 13:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 観たり読んだり系 

2017年06月25日

12年目のスタート



土曜日はフリーターユニオン福岡の組合大会だった。
われらが組合の一番の醍醐味(?)は、常に毎年新しい組合員との出会いがあることだ。
大変なこともたくさんあるが、やはり新鮮だしある意味古いものたちもリセットできる。
同じメンバーで、同じことを繰り返すことは、運動という意味を薄れさせる。ルーティン化した運動はやはり停滞でしかないように思うからだ。

新しい人間との出会いや葛藤が、運動を活性化し、次のステップを見出させてくれる。

少数でも、濃い濃い大会となり、またしても大事なことはここでは今書ききれない(笑
つくづく思うが、フリーターユニオンは、弱さ+弱さ+弱さ・・・・=強さなんだろう。+は、なかなか難しいが。

uimaki1957 at 08:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 組合活動 

2017年06月22日

ヘイト掲示



この前、勝利した団体交渉、それそのものはなんてこともなくあっけなく終了したのだけれど。
会社が指定した会議室が、それまでのところとは違って、天神のど真ん中のビルの高いところにあり、狭苦しいような廊下の行き止まりにその部屋があったのですが。
その廊下がなんともすごかった!団交よりも、その廊下に張り巡らしてあったポスターがすごくて、興味がそっちに傾いていた(笑
会社とそれらのポスターが関係あるわけではなく、その階を仕切っている会社がそうなんだろうけど。
でも、貸し会議室のあるある意味公共的なスペースにこんなんばっかはりべぐらしていいものだろうか。
いや、今はもうそういうものが公共なものになりさがっているのだろう。

以下、こういうものですが、「中国人お断り」とかも書いていました、いいのか?!



日本会議ポスター

uimaki1957 at 13:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年06月21日

「働くこと」を問い直す



たまたま図書館で手にしました。2年前くらいに発行されていました。

『「働くこと」を問い直す』岩波新書 山崎憲

ある意味、平易に「労使関係」というものが、戦後変遷してきたというようなことを書かれています。
批判的にも読めるけど、とりあえず、働くことを問い直すことが先決だという意味において、賛同!

問い直すことさえできれば、もう少しは働くことが生活を豊かにするだろうから。


uimaki1957 at 18:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 観たり読んだり系 

2017年06月19日

デート



久しぶりに築城の元牛飼いおばさんと天神でデート。
元牛飼い、まだ反基地おばさん。築城基地前で、毎月2の日に座り込みをして30年以上か?

日曜日の朝から電話で、なにごとかと思えば、「今日は共謀罪のデモがあるやろ」という、「天神まで出て行くけど」とのこと。
私はもう、「共謀罪のきょの字も関心ないんよねえ(笑)と、でも、ひろこさんが出てくるならもちろん天神までくらいお安い御用だから、行きますよ〜」とばかりに天神へでかけたのだ。

そのデモとやらが終わるころ狙って(笑)、天神警固公園へ。そして、福岡ビルの地下でお茶しました。
随分歳をとったなあとかいうことばかりを思っていましたが、案外となんにも変わっていない二人の会話に少しほっとするような、呆れるなそんな癒されるときでした。

それでも、ひろこさんの背後には、私なんぞには分からないさまざまな苦労というか生きる重みのようなものが見え隠れしていました。「孫が20歳になったんよ」などと、笑って話してたけど。

人の一人の一生が、歴史を刻むものだけど。




uimaki1957 at 12:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 『市民』運動 

2017年06月18日

労働組合の使命



土曜日は団交だった。勝利した。労働委員会の会長弁護士が顧問する会社に。

つぶやき・・・。
労働組合運動とは・・・・
金の本当の価値、そしてその金を越える生きるために大切な価値をはぐくむこと、それが労働組合運動の使命であることを世に知らしめることなのだ。

今週末は組合大会、労働者の歴史をつくる。

uimaki1957 at 11:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 組合活動 

2017年06月16日

『原発避難者の声を聞く』




『原発避難者の声を聞くー復興政策の何が問題か』
岩波ブックレット、2015年の発行。
福島原発事故から、なんともう6年以上が過ぎている。人は自然に忘却していく。
でも、それは自然とではなく、そうさせられているものだ。

忘れてはならないことは、忘れてはならないし、忘れないことで未来が決まる。

っと、このブックレットを手にしただけで、私も忘れている。

原発の再稼動へとまた踏み出そうとしている日本だが、フクシマの原発事故はなんにも終わっていない。
廃炉どころか、未だに「避難者」が多く存在し、その事故の真っ只中にまだいるということだ。



■編集部からのメッセージ

 2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島第一原発事故によって,いまなお福島県からは12万人近くの人びとが避難生活を送っています.
 福島第一原発の設置されている大熊町に隣接し,強制避難区域となった富岡町.その富岡町からの避難者たちが,2012年2月に「NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク」を立ち上げます.そして,町民たちが避難の状況について語り合うタウンミーティングを開催してきました.
 本書は,このタウンミーティングを支援してきた社会学者の著者たちが,避難者の生の声を通して,避難者が抱えている問題に向き合います.将来の見通しが立たない生活,健康被害への心配,避難者同士の軋轢など,過酷な避難の現実が浮き彫りとなります.そして,本来であれば,避難者の生活を支えるべき復興政策が,実は,避難者の要望に応えていないどころか,むしろ避難者を追い詰めることになっている実態を明らかにします.人間のための復興とはどうあるべきか.問題を分析し,具体的に提言をします.
 原発避難をめぐる復興政策の大きな問題は,それが「帰還政策」に偏っていることにあります.すなわち,除染をすることによって,放射線量を下げて避難指示を解除し,地元に住民を帰す政策ばかりが優先されています.しかし,放射線量が本当に安全な状態にまで下がるのか,また,収束作業の続く原発で再び事故がおきることはないのか,など,避難者たちの不安は募ります.しかも,帰還が前提とされているために,現在の生活は「仮の生活」とならざるを得ず,その生活がいつまで続くのか,といった日々の不安も重なります.
 原発事故から4年以上が経ち,残念ながら事故に対する風化も急速に進んでいます.それとともに,原発の再稼働を進めようとする動きも強まっています.しかし,避難者にとって,事故の爪痕は現実のものとして存在し,風化することはありません.避難者の現実に向き合い,それを自分たち社会の痛みとして引き受けること――そこからしか,真の復興は実現できないと考えます.そのためにも,避難者の生の声を伝える本書を多くの方に読んでいただければ,と思います.
(編集部 田中宏幸)

uimaki1957 at 10:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 観たり読んだり系 

2017年06月15日

愚者の歴史




「共謀罪」といわれる法律が強行採決されたらしい。マスメディアも垂れ流し報道でわざわざ速報的にやってたりもする。ここまで出来レースのようにやられると、もう白々しくて、危機感など忘れてしまう、怒りなどまったく沸いてこない。

共謀罪については、もう随分前から反対の運動もなされていただろう。そして、今なぜというのもあるが。

一言言いたくなったのは、この法律で「内心の自由」とやらが侵されるということが、まことしやかに(?)マスメディアなどで語られていることの違和感があったから。
言葉は本当に簡単に独り歩きする。

民主主義ということをちょっと言い換えたかったのかもしれない。もうちょっと危機的な感じを煽りたいのかもしれない。

さてさて、「学校現場に内心の自由を求め、君が代強制を憲法に問う裁判=ココロ裁判」というのをやっていた。提訴がすでに1996年だから20年前。事件はそのさらに10年まえだから30年前のことだ。

公教育の場で、君が代を処分をちらつかされて強制して歌わされることについて、内心の自由の侵害だという言葉を使って、裁判上主張したのが、最初にこの言葉を使ったときだ。後から、あんまり使うべきではなかったかと思ったが、まあ、当時はそのまんまじゃないかと思えたけど。

「立てば、歌っていなくても処分されない」のではないかということへの抵抗があった。
立ってしまえば、今度は歌うことを強制される、実際、歌ってるかどうかをチェックし始めたところもあった。

とはいえ、心の中で反対と思っていても処罰されるのが、内心の自由の侵害などというのは、ちょっと闘う立場から言えば、ナンセンスすぎな気がする。

とにかく、当時、処分をちらつかせて君が代を強制することを、子どもにまでやろうとして子どもの不起立を調査した教育委員会があった。これを人権侵害として救済申し立てをして弁護士会に言ったけど、調査だけなら人権侵害にはあたらないと言われたことだけは、はっきり覚えている。
そんな弁護士会が、今頃共謀罪反対ととってつけたように反対を言われてもなあ・・・・というのがおばさんの正直な気持ちだ。

闘いには、弾圧がつきものだ。
それをはねかえしてこその闘いであり、国家と向き合うことだ・・・・なんてことは今頃誰も聞いてくれないか(笑






uimaki1957 at 10:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 『市民』運動 

2017年06月12日

民生委員



今年が民生委員制度100年ということで、少しだけ話題になった。
西日本新聞の社説でとりあげられていた。たぶん、自分がひょんなことから民生委員なんぞにならなかったら、全く関心も持たなかったことだろう。
それくらい、この制度は、実態があるのかないのか、それでいてこの高齢者社会となった今、そして福祉が貧困なこの国では重要な役割を課されている面もあるような、そんな制度のように思う。

社説にも「委員の高齢化や担い手不足が年々深刻化している」と問題化している。

あきらかに制度としておかしいのは、「民生委員は民生委員法に基づく特別職の地方公務員だ。自治体の推薦を受けて厚生労働省が委嘱する」「任期は3年で交通費などを除き給与は支給されない」
「職務が増加して多忙であるのに加え、個人情報保護の壁が立ちはだかって地域活動が難しくなるなど課題が浮かんでいる」などなどである。


行政の補完物以外のなにものでもなく、かつての「地域の名士」といった影も薄れ、ほとんどが女性によることになっている。

高齢の女性でできることなど限られているし、求められることとできることは乖離しているように思う。
地域コミュニティなど存在しない今、都市におけるその分担区域は数も多く、ほとんど顔も見えない。

引き受けた方々は、みな真面目な人ばかりだろうが、できることは限られているとしなければ、ただの負担ばかりが増えるだろう。

ま、私はまだ足踏み中である。



uimaki1957 at 12:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年06月10日

fuf通信31号発行



年3回の発行をなんとか死守しています。遠くの人にもそろそろ届くころかな。
たぶんもうなかなかこういう通信もなくなったんじゃないでしょうか。
働きながら文章を書くということなんて、そうそうできることでもないし。そのことの重要性を忘れないように。

私は、相変わらずのことしか書いてないけど。
通信全体は、とても新鮮な文章があふれていますよ。




フリーターユニオン通信原稿
FUFメーデー
     街頭アピールしたり、映画を観たり、手巻き寿司食べたり
               そして、人はなぜ奴隷と化していくのか

 フリーター系インディーズメーデーを10年ほど前に全国的に開催し始めたが、大きなうねりをもたらすことなくじわっと続いている。われらがフリーターユニオン福岡も毎年何とか平日であっても5月1日開催を死守してきたが、今年はとうとう果たせず、4月30日開催となった。ゴールデンウイーク突入の天神は、10年前に比べると明らかに外国人買い物客が占めているし、地元の若者ではなく西日本各地から出てきたちょっとこじゃれた人たちばかりだ。それでも、赤旗を掲げ赤い団結シャツを着てマイクアピールをとビラ配りをするが、果たしてメーデーを知る人がこの中に何割いるのか。ちょっとネットで検索してみれば、「1886年5月1日、アメリカの合衆国カナダ職能労働組合連盟が8時間労働制を要求して行ったストライキ」「8時間は労働、8時間は休息、そして残り8時間は自分たちの自由な時間な時間のためにというメーデー誕生当初の主張」というようなことがだいたい書かれている。
 そう、メーデーは100年以上前のアメリカ発である。この日、「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」を観たが、マイケルムーアはこの映画でこのことを問うている。なぜ、人権尊重を世界で最初に掲げたアメリカが今のような社会となってしまったのかをである。マイケルが「侵略」した国は、イタリアでは有給休暇が年間8週間、昼休みは2時間たっぷり、ドイツでは休日に部下に連絡したら法律違反を言われるといった労働条件をはじめ、フィンランドの宿題のない学校教育やノルウェーの一軒家のような刑務所、フランスの給食がフレンチコースのようだったり。そこには、人を人として尊重するという当たり前の人権感覚が根付いてるだけだ。これらを提唱したのは、メーデーと同じくアメリカだったという話。
 さて、ニッポンはどうだ。マスメディアが報じる段階になるとそれは、政府も包み隠せない時点に達し、政府はアリバイ的にでも「働き方」改革などと謳うようになり、その「長時間労働」という化け物が、国家の存亡に影響を与えているということだ。それもこれもとおにわかりきったことであったが、この「化け物」は増殖するばかりでこれに止めを刺す術を誰も知らない。究極、自ら奴隷となって支配されていく構造に歯止めをかける術は何なのかという命題を抱え日々活動するフリーターユニオンである。派遣労働といった不安定な有期雇用の時給での低賃金はわかり易いが、高度経済成長期が生んだ終身雇用正規雇用のサービス残業を時給換算すれば最低賃金に限りなく近い働き方となっているだということに、多くの労働者は気づかない。
 自ら権利を獲得することからしか始まらないという100年前のメーデーに立ち返るしかない。




uimaki1957 at 12:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 組合活動