体調不良をおしての家事、仕事。

一日中、目眩との闘いであり、家の中を壁伝いに歩いている状態です。
そういう状況ではありますが
まずは、仕事を続けていられることに感謝。

現在、自宅にて英語添削の仕事に従事しておりますが
自身の体調に合わせてスケジュールを組むことができますので
今の私にとりましては大変有り難いことでもあります。

病にあっても、仕事、または地域の役職を通して
社会に参加することが出来る。

このことが、どれほど自身に活力を与えてくれることでしょう。



今日は、高等部の時に読んでおりました「指導の泉」について。
著者は和泉覚氏。


著作権のこともありますので要約を書くことに致しますが


「信心しているあの人が交通事故にあった、火事になったといって
 自分が退転してしまう人がいる」

「火事になったあと、どうなるかが大切である」
「火事にはあったけれど以前よりも立派な家に住めるようになったのか
  それとも住むところさえなくなり悲惨な状況となっているのか」

「信心していく途上において、いろんなことがでてくるけれども
 全て変毒為薬していくことが出来る」

「縁に紛動されず、全てを善知識として捉えていくべきである」



30年以上も昔に読んだ「指導の泉」が
今になって胸によみがえります。

当時 時間のない中、僅かな隙を見つけて読んでおりました。
その御指導が、いざという時に思い起こされるのです。



今の私の願いは、再発せずに生き存えること。

主治医からは再発する可能性の高いことを言われておりますが
それでも、長生きし、健康になり、

同じく病に苦しむ人に
「私は再発せずに長生きできた!だからあなたも大丈夫だよ!」と
伝えたいのです。

独りで苦しむその背中を「大丈夫だよ」とさすってあげたい。



5年生存率20パーセント。
10年生存率ともなりますと、さらにその数字は低くなることでしょう。

それでも、もしも生き存えることが出来たとしたら、
そして、その姿を示すことが
今の私の使命ではないかと思うのです。