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 関帝廟通りの西側にある地久門。




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 中華街大通りから中山路を下ると関帝廟が見えてくる。



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牌楼(門)
 地表より約12メートルの高さにそびえ立つ關帝廟の入口。細かな木彫の彫刻には金箔が施され、屋根の上には龍が鎮座している。




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 日本が開国して横浜の港が開かれたのは、幕末の1859年。多くの中国人が商人や職人として横浜を訪れ、外国人居留地(現山下町)で暮らすようになる。それからわずか数年後の1862年、一人の中国人が関羽の木像を抱いて、現在の地にささやかな祠を開いたといわれている。これが横浜の関帝廟の始まりである。
 故郷を離れての暮らしには不安が募る。関羽の祠は日々の暮らしの安寧や商売繁盛を願う華僑の心の拠りどころとなっていく。1871年、華僑たちの募金によって、本格的な関帝廟が建立された。その後、三度の消失を経て、1990年(平成2年)8月14日、今ある第四代関帝廟の開廟式が開かれた。




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 石獅(狛犬)
 原石を台湾から輸入し、鎌倉の石匠によって彫られた守護獅子。1986年の第三代関帝廟が火災により焼失した後、焼け跡から掘り出され、関帝廟を見守っている。




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 どちらの獅子も口を開けている。




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 関帝廟は、関帝(関羽)を祀る廟。孔子を祀る孔子廟(文廟)に対比させて、武廟(ぶびょう)とも呼ぶ。
 西暦160年ごろに実在した中国の武将「関羽」を神格化したもので、その信義を重んじた人柄から商売の神様として世界中で祀られている。右には関羽の義子「関平将軍」、左は部将「周蒼将軍」の二神明像も祀られている。




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 祈福消災解厄祈安大法會
 廟、個人の厄払いが終わり、中華街の各牌楼、希望店舗を炎と獅子舞で厄を祓う神事が行われる。毎年、この神事が終わると、関帝誕を迎えることとなる。


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 謝々大家。


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