仙台その3〜光のページェントのつづきだよ

仙台駅西口の真正面にある小路に入ってみた。中央通りのアーケード「ハピナ名掛丁」の一本手前の路地、政岡通りである。 アーケード街をはさんでもう一本向こうの北側にあるのが谷風通りである。

昔懐かしいミルクホールの看板があった。とは言ってもボクが生まれたころにはもう姿を消していた。ミルクホールといっても牛乳を売っていたわけではない。

ここには「名掛丁センター街」と「ジャンジャン横丁」の2つの戦後のドサクサ的な横丁が残っていたのだが、そのうち「ジャンジャン横丁」はいつのまにか姿を消してしまっていた。その名の通り、大阪新世界のジャンジャン横丁から名前をパクったという。

戦後間近に出来た「ジャンジャン横丁」とは違いこちらは1970年代に出来た比較的新しい横丁で、通りの両側にひしめいているのは個人経営の小さな飲食店が殆どだ。

どこの歓楽街もそうだが、素面で見る明るい日中の飲み屋街というのは煌々とライトを当てた厚化粧の女性を間近で見てるような気がする。

夕食や一杯引っ掛けるにはボラれる恐れのない横丁が最適である。仙台には横丁があちこちにある。今回の旅では文化横丁、壱弐参(いろは)横丁で食べて飲んだ。

「名掛丁センター街」の横丁を抜けるとハピナ名掛丁商店街に繋がっている。

商店街の名前も「ハピナ名掛丁」から「クリスロード」「マーブルロードおおまち」と次々変わっていく。定禅寺通りにある三越までこのようなアーケードが続いている。その先の仙台一の歓楽街、国分町にはアーケードがない。

街はもうクリスマス一色であった。

仙臺四郎のサンタクロース。

クリスロードの中ほどにある三瀧山不動院。

こちらが山門になる。

三瀧山不動院の山門をくぐると仲見世が軒を連ねている。お茶、お札場、甘栗、仏壇、仙臺四郎グッズを売っている。

朝の10時前に訪れたのだが、結構、参拝客が多いのには驚かされた。

三瀧山不動院の本堂。

御手洗場。

大日大聖不動明王を本尊(三瀧山不動尊)とし勧請し奉る真言宗智山派(総本山智積院・京都市東山区)に属する加持祈祷の専門寺院である。

慶応元年(1865)加藤タケ尼律師が眼病平癒を祈り三・七・二十一日の祈願をこめたその満願の前日お不動さまに供える水を汲みに出て、はからずも拾い上げたのは四寸ばかりの不動尊であった。おおいに喜び床の間にご安置申し上げていたところ突然に神がかり状態になり、種々の事を口走るようになり信徒の人々が大いに驚き種々これに訊ねてみるとそれが皆的中するので尊信大いに得るに至るというのが開山の縁起であるという。
現在は、仙台市の商業の中心地(青葉区中央二丁目・旧新伝馬町)に鎮座して、商売繁盛・家内安全をご祈願する寺院である。

二階へ上がる階段の手前に仙臺四郎がいる。

時は明治
これは、生まれながらにして
福の神となった仙台四郎なり
彼の通りたる小路、花が咲き
彼の行きたる商店繁盛す
彼の入場せる興行、
座一つとして空くことなし
ほんに仙台名物 福の神なり

二階へ上がっていくと天井にはこの寺院の紋を形どったステンドグラスがあった。

二階には十二体の十二支の守り本尊が鎮座している。
十二の干支の起源は古く殷の時代(紀元前1500から紀元前100年)に既に日を数えるのに干支が使われていた。
物を数えるのに物と指を一つずつ対応させて指折り数えるのが数の最も基本的な原理であろう。そして、日を数えるのにあたって一二三・・・の変わりに甲乙丙・・・をあてたのが十千である。
それでは十二支の方はどうであろうか。時を測る基準としたものは太陽と月であった、太陽の出入りを一日の区切りとし、月の満ち欠けの一まわり、三十日を一つの単位として一ヶ月が生まれたわけである。
そして一年を、月の満ち欠けによって十二に分けたその一つ一つの区分「支」が子丑寅・・・の十二支である。

守り本尊の周りをずらりと取り囲んでいる五百羅漢に由来する観音像。

二階から下を見る。

参拝してアーケードへ戻ることにした。

仙臺四郎は江戸時代末期〜明治三十五年頃に仙台に実在した人物で、生家は鉄砲職人だったようである。
知能障害でほとんど話せず「四郎馬鹿(シロバカ)」とよばれ毎日、町を徘徊していた。ところが彼がふらりと立ち寄る店は必ず繁盛し、彼が抱く子供は丈夫に育つということから、当時から大変な人気者だった。
このような伝説から現在でも仙台の福の神として多くの人に愛され、仙臺四郎の「お姿」を家庭で飾ると霊験があらたかなりと言う信仰がある。
明治時代には、千葉一が撮影した写真が焼き増しされて販売されていた。大正に入る頃に、仙台市内の千葉写真館が「明治福の神、仙臺四郎君と銘打ってこの写真を絵葉書に印刷し売り出した。このときから「仙臺四郎」と呼ばれるようになったのである。

次回、仙台その5 る〜ぷる仙台号で行く 『瑞鳳殿』へつづくのだ。
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仙台駅西口の真正面にある小路に入ってみた。中央通りのアーケード「ハピナ名掛丁」の一本手前の路地、政岡通りである。 アーケード街をはさんでもう一本向こうの北側にあるのが谷風通りである。

昔懐かしいミルクホールの看板があった。とは言ってもボクが生まれたころにはもう姿を消していた。ミルクホールといっても牛乳を売っていたわけではない。

ここには「名掛丁センター街」と「ジャンジャン横丁」の2つの戦後のドサクサ的な横丁が残っていたのだが、そのうち「ジャンジャン横丁」はいつのまにか姿を消してしまっていた。その名の通り、大阪新世界のジャンジャン横丁から名前をパクったという。

戦後間近に出来た「ジャンジャン横丁」とは違いこちらは1970年代に出来た比較的新しい横丁で、通りの両側にひしめいているのは個人経営の小さな飲食店が殆どだ。

どこの歓楽街もそうだが、素面で見る明るい日中の飲み屋街というのは煌々とライトを当てた厚化粧の女性を間近で見てるような気がする。

夕食や一杯引っ掛けるにはボラれる恐れのない横丁が最適である。仙台には横丁があちこちにある。今回の旅では文化横丁、壱弐参(いろは)横丁で食べて飲んだ。

「名掛丁センター街」の横丁を抜けるとハピナ名掛丁商店街に繋がっている。

商店街の名前も「ハピナ名掛丁」から「クリスロード」「マーブルロードおおまち」と次々変わっていく。定禅寺通りにある三越までこのようなアーケードが続いている。その先の仙台一の歓楽街、国分町にはアーケードがない。

街はもうクリスマス一色であった。

仙臺四郎のサンタクロース。

クリスロードの中ほどにある三瀧山不動院。

こちらが山門になる。

三瀧山不動院の山門をくぐると仲見世が軒を連ねている。お茶、お札場、甘栗、仏壇、仙臺四郎グッズを売っている。

朝の10時前に訪れたのだが、結構、参拝客が多いのには驚かされた。

三瀧山不動院の本堂。

御手洗場。

大日大聖不動明王を本尊(三瀧山不動尊)とし勧請し奉る真言宗智山派(総本山智積院・京都市東山区)に属する加持祈祷の専門寺院である。

慶応元年(1865)加藤タケ尼律師が眼病平癒を祈り三・七・二十一日の祈願をこめたその満願の前日お不動さまに供える水を汲みに出て、はからずも拾い上げたのは四寸ばかりの不動尊であった。おおいに喜び床の間にご安置申し上げていたところ突然に神がかり状態になり、種々の事を口走るようになり信徒の人々が大いに驚き種々これに訊ねてみるとそれが皆的中するので尊信大いに得るに至るというのが開山の縁起であるという。
現在は、仙台市の商業の中心地(青葉区中央二丁目・旧新伝馬町)に鎮座して、商売繁盛・家内安全をご祈願する寺院である。

二階へ上がる階段の手前に仙臺四郎がいる。

これは、生まれながらにして
福の神となった仙台四郎なり
彼の通りたる小路、花が咲き
彼の行きたる商店繁盛す
彼の入場せる興行、
座一つとして空くことなし
ほんに仙台名物 福の神なり

二階へ上がっていくと天井にはこの寺院の紋を形どったステンドグラスがあった。

二階には十二体の十二支の守り本尊が鎮座している。
十二の干支の起源は古く殷の時代(紀元前1500から紀元前100年)に既に日を数えるのに干支が使われていた。
物を数えるのに物と指を一つずつ対応させて指折り数えるのが数の最も基本的な原理であろう。そして、日を数えるのにあたって一二三・・・の変わりに甲乙丙・・・をあてたのが十千である。
それでは十二支の方はどうであろうか。時を測る基準としたものは太陽と月であった、太陽の出入りを一日の区切りとし、月の満ち欠けの一まわり、三十日を一つの単位として一ヶ月が生まれたわけである。
そして一年を、月の満ち欠けによって十二に分けたその一つ一つの区分「支」が子丑寅・・・の十二支である。

守り本尊の周りをずらりと取り囲んでいる五百羅漢に由来する観音像。

二階から下を見る。

参拝してアーケードへ戻ることにした。

仙臺四郎は江戸時代末期〜明治三十五年頃に仙台に実在した人物で、生家は鉄砲職人だったようである。
知能障害でほとんど話せず「四郎馬鹿(シロバカ)」とよばれ毎日、町を徘徊していた。ところが彼がふらりと立ち寄る店は必ず繁盛し、彼が抱く子供は丈夫に育つということから、当時から大変な人気者だった。
このような伝説から現在でも仙台の福の神として多くの人に愛され、仙臺四郎の「お姿」を家庭で飾ると霊験があらたかなりと言う信仰がある。
明治時代には、千葉一が撮影した写真が焼き増しされて販売されていた。大正に入る頃に、仙台市内の千葉写真館が「明治福の神、仙臺四郎君と銘打ってこの写真を絵葉書に印刷し売り出した。このときから「仙臺四郎」と呼ばれるようになったのである。

次回、仙台その5 る〜ぷる仙台号で行く 『瑞鳳殿』へつづくのだ。