デヴィッドシルヴィアン
2009年08月14日
Ember Glance : The Permanence of Memory/David Sylvian and Russell Mills
今日紹介する『Ember Glance : The Permanence of Memory(邦題:エンバー・グランス〜永遠なる記憶〜)』という作品は、1990年に東京品川の寺田倉庫F号倉庫で行われたデヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] とラッセル・ミルズ [ Russell Mills ] による同名のインスタレーション展をCD付き作品集という形でまとめた作品です。
実は、ラッセル・ミルズという名前はこれまで何度も当ブログに登場しているのですが(殆どシルヴィアン絡みですが…笑)、今日はまず、彼をご存知ない方のために簡単に紹介しておきたいと思います。
ラッセル・ミルズは英国ヨークシャー出身の現代美術系の芸術家。
大別すれば、いわゆる抽象画と呼ばれるジャンルの画家になるのでしょうが、彼の作品の多くは塗料で描かれた作品の中に、金属片やワイヤー、布、石、砂、鏡、木片、植物、動物の皮、骨、鳥の羽根などが組み合わされており、どちらかと言えばオブジェや彫刻に近いものです。
インスタレーション展ではさらに立体感が増し、これに動きのある照明や浮遊感のある音楽が組み合わされることで、有機的な要素が増幅され、異空間にトリップしたような摩訶不思議な錯覚に陥ります。
このような作品展をマルチメディア・インスタレーションと呼ぶそうですが、使われている素材に自然のものが多いせいか、ランド・アートやアース・ワークとよばれるジャンルの大規模な作品を小さく切り取ってコラージュしたような作風にも感じます。
いずれにしても唯一無二な作風ですので、彼の作品をご覧になられたことのある方なら、すぐにラッセル・ミルズのものであることがわかるはずです。
また、1980年代からは、彼自身が楽器を演奏するミュージシャンでもあるためか、ブライアン・イーノ [ Brian Eno ] とのインスタレーションや、ワイヤー [ Wire ] のグラハム・ルイス [ Graham Lewis ] と [ Bruce Gilbert ] のライヴでステージ・セットをデザインするなど、ミュージシャンとの親交を深め、数多くのアーチストのレコードやCDのカバー・アートも手がけています。
これまでに手がけた主なCDのカバーアートは、ハロルド・バッド [ Harold Budd ] &ブライアン・イーノ [ Brian Eno ] の『The Pearl』、ハロルド・バッドのソロでは『Lovely Thunder』、ロジャー・イーノ[ Roger Eno ] の『Voices』、マイケル・ブルック [ Michael Brook ] の『Hybrid』、ナイン・インチ・ネイルズ [ Nine Inch Nails ] の『The Downward Spiral』、マイケル・ナイマン [ Michael Nyman ] の『Decay Music』などなど…。
中でもデヴィッド・シルヴィアンとのお付き合いは長く、84年に発表したジャパン [ Japan ] の解散後のベスト盤的な内容の2枚組アルバム『Exorcising Ghosts』を始めとして、86年の2ndアルバム『Gone to Earth』、87年に発表したシルヴィアンの詩集『Trophies』、88年のワールド・ツアー『In Praise of Shamans』のステージ・セットと照明、及び、宣材やパンフレット、89年のCD5枚組ボックス・セット『Weather Box』、90年の共同インスタレーション展『Ember Glance』と今回紹介の同名のCD付き作品集、91年の『Rain Tree Crow』、前回紹介した94年のシルヴィアン&フリップのライヴ・アルバム『Damage』、99年のソロ『Dead Bees on a Cake』など、数多くの作品に関わってきました。
言い換えれば、坂本龍一、藤井ユカなどと同じく、ジャパン解散後のシルヴィアン(ヴァージン在籍時代)を支えてきた重要人物の1人であると言えます。
今のところ、『Blemish』以降のシルヴィアン作品(サマディ・サウンド以降)にはラッセル・ミルズのクレジットを見かけませんが、恐らく今後も何らかの形で関わってくることでしょう。
さて、『Ember Glance : The Permanence of Memory』の内容ですが、先述の通り、基本的には同名のインスタレーション展の回顧録的な作品であると言えます。
しかし、単純に同展をふりかえるだけの内容ではなく、それまでのシルヴィアンとのコラボ録や、デザイン段階でのスケッチ、インスタレーション展の会場では見ることのできなかったメイキング的な写真、アングルやライティングを変えた作品自体の写真、客入れ後の会場の写真なども時系列に沿って取り上げられているので、シルヴィアンやミルズのファンに限らず、インスタレーションに関心を持っておられる方や、個展、作品展を計画しておられる方などにも興味深くご覧頂けることでしょう。
(ただし、文章は、武満徹氏のコメント以外は全文英文のみ、日本版は原文を日本語訳したライナーノーツっぽいパンフレットが封入されています。)
また、この作品集に加えて、会場で流れていたシルヴィアン制作の音源「The Beekeeper's Apprentice」(30分を超える大作)と「Epiphany」の2曲が同梱されているので、これを聴きながら作品集を見ることで、実際のインスタレーション展の雰囲気を少しばかり味わうことができると思います。
サウンド的にはホルガー・シューカイ [ Holger Czukay ] との共作『Plight & Premonition』や『Flax + Mutability』あたりに通じるいわゆるニューエイジっぽい楽曲ですが、クレジットによれば、本作はパーカッションにフランク・ペリー [ Frank Perry ] が参加している以外、すべてシルヴィアン自身による演奏のようです。
ホルガー・シューカイとのコラボが本作の前年と前々年のことですから、見方を変えれば、このコラボでシューカイから学んだ方法論をシルヴィアンなりに具体化した作品と読み取ることもできますね。
とはいえ、そもそもがラッセル・ミルズの作品ありきの音源であるため、シューカイとのコラボをさらに抽象的にしたような曲調で、もちろん、ポップス・フォーマットの楽曲ではありません。
ま、好き嫌いのはっきり分かれる楽曲だと思いますが、個人的には気に入っており、間接照明のみの薄暗い部屋でお酒を飲みながら少し大きめの音量で楽しんだりしております。
ちなみに、本作は数量限定で発売されたため、現在、新品で販売しているところはほとんどありません。
中古に関してもやや品薄で、それなりのプレミアがついていることが多いのですが(当時の日本盤の価格は7千円弱だったように記憶しています)、同梱された音源に関しては、99年にシルヴィアンのソロ名義で発表された『Approaching Silence(邦題:アプローチング・サイレンス)』に2曲とも収録されておりますので、音だけでもいいから聴いてみたいと思われた方はそちらを手に入れる方がお得かも知れません。
なお、『Approaching Silence』には『Ember Glance』収録の2曲の他に、「Approaching Silence」(38分強もあります)という曲が収録されているのですが、クレジットから判断するに、94年のロバート・フリップ [ Robert Fripp ] との共同インスタレーション展『Redemption』でのみ販売された(今や超入手困難な)カセットに収録されていた同名の楽曲ではないかと思われます。
実は私、シルヴィアン関連の作品で持っていないのが唯一このカセットだけでして、実際にこの2曲を聴き比べることができなかったのですが、雑誌「レコード・コレクターズ 2004年1月号」の田山三樹氏の記事によれば2曲は別ものとのことですので、ひょっとするとフリップの音のみを残してリレコーディングされたものなのかも知れません。
いずれにせよ、3曲中2曲が30分を超える大作ですので、この手のサウンドがお好きな方はぜひご一聴下さい。
最後になりましたが、ラッセル・ミルズはソロ名義で『Undark:Pearl + Umbra』(1999)、『Undark One:Strange Familiar』(2000) と2枚のアルバムを発表しているんですよ。
この2枚には、デヴィッド・シルヴィアン、ハロルド・バッド、ブライアン・イーノ、ロジャー・イーノ、マイケル・ブルック、ピーター・ガブリエル [ Peter Gabriel ] 、ビル・ラズウェル [ Bill Laswell ] 、エクトル・ザズー [ Hector Zazou ] 、コクトー・ツインズ [ Cocteau Twins ] のロビン・ガスリー [ Robin Guthrie ] 、エコー&ザ・バニーメン [ Echo & the Bunnymen ] のイアン・マッカロク [ Ian McCullough ] 、U2のエッジ [ Edge ] など、これまで彼と関わってきた著名アーチストが名を連ねており、シルヴィアンはそれぞれのアルバムに1曲づつボーカルで参加しています。
もちろん、メインストリーム系のわかりやすいサウンドではありませんが、顔ぶれからも想像できるように、バラエティーに富んだなかなか面白いアルバムですので、興味を持たれた方はこちらもご一聴下さい。
しかし、80年代〜90年代のシルヴィアン作品は、それまでにブライアン・イーノと関わったアーチストを起用することが多いですね。
もちろん、シルヴィアンはイーノをリスペクトしているはずですが、ニューエイジ系の作品に限って言えば、同じアーチストを起用していてもそれぞれの個性が反映されているため、単なる焼き直しやモノマネ作品にはなっていません。
似たメンツで作っている作品を聴き比べてみると、それぞれ気持ちの良い浮遊感を持っているものの、個人的には、イーノ作品に無重力の空間に浮かんだ水滴のような透明感、シルヴィアン作品に晩秋の深い森のような良い意味で枯れた(乾いた)透明感を感じるのです。
場所でイメージするなら、イーノ作品が宇宙、シルヴィアン作品が秋のヨーロッパ、といったところでしょうか(あくまでも個人的に感じるイメージです…笑)。
ま、この手の音楽に興味のない方からすれば、どれも同じようなお化け屋敷の効果音でしかないのかも知れませんが…(笑)。
残念ながら、まだシルヴィアンとイーノの直接のコラボ作品は実現していませんが(オムニバス的なアルバムでそれぞれ曲を提供していたりはします。)、できればそろそろ2人の共作、もしくは競作を聴いてみたいものです。
/BLマスター
2008年03月08日
Weatherbox/David Sylvian
一昔前、活動歴の長いアーチストのアルバムを数枚1パックにした、いわゆる「限定ボックス・セット」をリリースするのが流行りましたよね。
当時の「ボックス・セット」というのは、LPレコードが全盛だった時代の作品をCD化して、何らかのオマケをつけてセット売りしたものがほとんどなので、言ってみれば、コレクターズ・アイテム的なものだったわけなんですが、それでも熱狂的なファンにしてみれば嬉しいリリースでした(金銭的には問題ですが…笑)。
恐らく、こういったセットを購入するファンの方(私も含めて)は、レコードで既に持っている作品も、CD化された時に買い直していることが多いため、音源としてダブらせてしまっていると思うのですが、自分の大好きなアーチストの作品だけは特別ですよね。
ファンというのは、たった数曲の未発表曲やパッケージ違い、予約特典のポスターやブックレットなどに心を奪われてしまうものですから…(笑)。
そのアーチストに興味のない方からすれば、なんという無駄遣い…と、あきれてしまうことでしょうが、ファン心理ってそんなものなんですよね。
今日紹介するのは、私の崇拝するデヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] の1989年発表のボックス・セット『Weatherbox(邦題:ウェザーボックス)』です。
内容的には、それまでのシルヴィアンのソロ名義の音源、『Brilliant Trees』(1984年)、『Alchemy: An Index of Possibilities(邦題:錬金術)』(1985年)、『Gone To Earth(当時の邦題:遙かなる大地へ)[ 2枚組 ] 』(1986年)、『Secrets Of The Beehive』(1987年)という作品を5枚のCDに収め、58ページからなるスペシャル・ブックレットと共に豪華なボックスに封入したもの。
特に目新しい楽曲やバージョン違いが追加されているわけでもないので、音源的には魅力はなかったのですが、『Alchemy: An Index of Possibilities』に関してはこれが初CD化でした。
本作が発表されるまで『Alchemy: An Index of Possibilities』は限定カセットか、12inchシングルでしか聴くことができませんでしたので、初めてノイズのないクリアな音質で聴くことができたことが嬉しかったのを覚えています。
ただし、本作に含まれる『Alchemy』には、シングルのみで発表された「POP SONG」(1989年)のカップリング曲だった前衛っぽいアンビエント作品「The Stigma Of Childhood (Kin)」と「A Brief Conversation Ending In Divorce」が追加されていますので、現在アマゾンで購入できる『Alchemy: An Index of Possibilities』や、カセットのみで限定発売された時とは内容が異なっています。
しかし、それ以外のディスクに関しては発表年のオリジナル盤と全く同じ内容で、追加曲はおろか、リマスタリングやリアレンジなども一切施されていないようです。
では、何が魅力なのでしょう。
まず、1枚づつ別の柄がCDケース自体にシルク・スクリーン印刷されており、トータルなアート作品となっていること。
ちなみに、このボックス・セットのデザインは、シルヴィアンとのインスタレーションを行ったことでも知られるラッセル・ミルズ [ Rusell Mils ] とデイヴ・コッペンホール [ Dave Coppenhall ] によるもので、シルク印刷やボックスの組み立てを見る限り、恐らく、かなりの手作業が必要だったことが想像できます。
また、スペシャル・ブックレットに関しては、各楽曲のクレジットが一度に確認できると共に、この年までのソロワークの全てを記したカタログ的なページが付属しており、ラッセル・ミルズのアートと一緒に楽しめます。
ただし、写真に関してはモノクロのが2枚だけですし、歌詞も一切載っていませんので、このあたりを重視される方にはおすすめできません。
ブックレットに挟まっているポスターのようなものも、ラッセル・ミルズらしいデザインは施されているものの、シルヴィアン作品の年表的なものなので、飾って楽しむようなものではありません。
つまり、外見上はデヴィッド・シルヴィアンとのコラボレーションによるラッセル・ミルズの立体作品的なものと考えていただいたら良いかと思うのです。
そして、中身に関しては、最もレコード(もしくはカセット)のミックスに近い状態で楽しめるCDと言うことができるでしょう。
シルヴィアンの意図していないボーナス・トラックが含まれていない分、本来あるべき形の一つの作品として聴くことができるのです。
ファン心理としては微妙なところですが(笑)、シルヴィアン自身のオフィシャル・アルバムには本来収録されていないはずの「Forbidden Colours(邦題:禁じられた色彩)」(戦場のメリー・クリスマスのテーマのボーカル入りバージョン)などが追加されているのはレコード会社側の売るための仕掛け的なものであり、作品としては蛇足ですからね。
つまり、音的な意味では、本作が、シルヴィアン自身の意図していた形の音源といえるわけです。
ところで、本作に付属のブックレットの表紙に「Tree」「Stone」「Earth」「Water」「Light」という5つの意味深なワードが書かれています。
それぞれのディスクのケースにシルク印刷された図柄と照らし合わせてみると、「Brilliant Trees=Tree」「Alchemy=Stone」「Gone To Earth=Earth」「Gone To Earth instrumental=Water」「Secrets Of The Beehive=Light」と解釈することができるのですが、このコンセプトが後付けでないとすれば「Brilliant Trees」制作までの間に、すでにここまでの作品の構想は完成していたことになります。
確かに、これらをテーマとして各アルバムを制作していたとしても何ら不思議ではないのですが、そうなるとカセットや2枚組などの変則的な発表の仕方をとったのはおかしいですよね。
そこで、私なりに考えてみたのですが、それぞれの作品自体は発表ごとに完結、しかし、それらの作品をひとつにまとめる際に、5枚で一つの作品として楽しめるようそれぞれのディスクにサブ・テーマを作り、全体に『Weatherbox』という名称をつけた。
映画に置き換えれば、それぞれ監督、出演者の違う一話完結のショート・ムービーをまとめたオムニバス映画に、別の大テーマがあるようなもので、すべてを見終わった後に初めて大テーマを解釈できるような構造になっているのかも知れません。
そう考えると…、いやはや、壮大な作品です。
最後に、アマゾンでは紹介されていませんでしたので、全ての収録曲を紹介しておきます。
なお、曲タイトルにアンダーラインの入ったものは、いつものようにYouTube映像(イメージ映像を含む)をリンクしてありますので、よろしければご一緒にご覧くださいませ。
Disc 1 『Brilliant Trees』
1. Pulling Punches (5:01)
2. Ink In The Well (4:29)
3. Nostalgia (5:39)
4. Red Guitar (5:07)
5. Weathered Wall (5:40)
6. Backwaters (4:49)
7. Brilliant Trees (8:35)
Disc 2 『Alchemy』
1. Words With The Shaman (Songs From The Tree Tops) Pt. 1 Ancient Evening (5:14)
2. Words With The Shaman (Songs From The Tree Tops) Pt. 2 Incantation (3:28)
3. Words With The Shaman (Songs From The Tree Tops) Pt. 3 Awakening (5:16)
4. The Stigma Of Childhood (Kin) (8:28)
5. A Brief Conversation Ending In Divorce (3:28)
6. Steel Cathedrals (3:28)
Disc 3 『Gone To Earth』
1. Taking The Veil (4:40)
2. Laughter And Forgetting (2:40)
3. Before The Bullfight (9:45)
4. Gone To Earth (3:01)
5. Wave (9:13)
6. Riverman (4:53)
7. Silver Moon (6:07)
Disc 4 『Gone To Earth instrumental』
1. The Healing Place (5:27)
2. Answered Prayers (3:09)
3. Where The Railroad Meets The Sea (2:51)
4. The Wooden Cross (4:59)
5. Silver Moon Over Sleeping Steeples (2:21)
6. Camp Fire: Coyote Country (3:50)
7. A Bird Of Prey Vanishes Into A Bright Blue Cloudless Sky (3:15)
8. Home (4:30)
9. Sunlight Seen Through Towering Trees (2:59)
10. Upon This Earth (6:24)
Disc 5 『Secrets Of The Beehive』
1. September (1:17)
2. The Boy With The Gun (5:18)
3. Maria (2:50)
4. Orpheus (4:48)
5. The Devil's Own (3:11)
6. When Poets Dreamed Of Angels (4:45)
7. Mother And Child (3:12)
8. Let The Happiness In (5:33)
9. Waterfront (3:22)
なお、本作の日本盤は、ヴァージンU.K.で発表された作品に日本でシールを貼付けただけですので、内容的には輸入盤であり、シールと予約特典だったポスター以外、何ら違いはなく、日本語解説やライナーノーツなども追加されていませんでした(U.S.盤も同じのはずです)。
そんなわけで、初めてデヴィッド・シルヴィアンを聴こうという方や、ベスト盤的な作品をお探しの方には向かない作品ですが、よりシルヴィアンを理解したい方や、熱狂的なファンの方にはおすすめします。
/BLマスター
2008年02月23日
Secrets of the Beehive/David Sylvian
今年もこの日がやってまいりました。
今日、2月23日は私の崇拝するデヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] の誕生日。
彼は1958年生まれですので、今日でなんと50歳になったというわけなんですよ。
いや〜、めでたいことです。
そこで、今日は、彼の最高傑作との誉れも高い1987年発表のアルバム『Secrets Of The Beehive』をもう一度紹介させていただきたいと思います。
さて、まずは、なぜ、本作がシルヴィアンの最高傑作と言われているのでしょう?
実は、以前、ホルガー・シューカイ [ Holger Czukay ] とのコラボ作品『Plight and Premonition』を紹介した際にも書いたのですが、シルヴィアンの作品は、ソロになってから本作まで、インストものと歌ものが真二つに分かれているんですよ。
ソロとしての1stにあたる『Brilliant Trees』が歌もので、ほぼ同時に録られたカセット作品『Alchemy: An Index of Possibilities(邦題:錬金術)』がインスト、2ndアルバム『Gone To Earth(邦題:遥かなる大地へ)』は歌もの1枚とインストもの1枚による2枚組、そして3rdアルバムにあたる本作『Secrets Of The Beehive』が歌もので、本作と並行して制作されたホルガー・シューカイとのコラボ作品『Plight and Premonition』、さらに、その続編となる『Flux + Mutability』がインストもの、というように完全に分けられているのです。
ちなみに、『Flux + Mutability』以降の彼の作品は、インストものと歌ものが1枚のアルバムに共存しています(編集盤やイベント用に作られた特殊な作品を除いて)。
では、なぜ真二つに分ける必要があったのでしょうか?
『Brilliant Trees』の制作時のインタビューを読むと、参加ミュージシャンと一緒に即興的なセッションを行いながら作曲が行われていたらしく、膨大なアウト・テイク(ボツ・テイク)が生まれたそうなんです。
『錬金術』は、そんな中で生まれたアウト・テイクが基盤になっているため、悪く言えばリサイクル的な作品とも言えるんですが、これがなかなか気持ちよくて、評判が評判を呼び、後に通常盤としてCD化されています。
また、『錬金術』の翌年に発表された『Gone To Earth』においても、やはり、大半の曲が参加ミュージシャン(特にロバート・フリップ [ Robert Fripp ] )との即興的なセッションによって作曲が行われているようなのですが、ここでのインスト曲は、歌もののアウト・テイク的な曲の断片をリサイクルしたものばかりではなく、最初からインストものとして制作された曲も多いようです。
つまり、ここまではスタジオに入ってからのクセのあるミュージシャンとのセッションによって偶発的に生まれた曲に肉付けを施すことによって歌ものが制作され、その過程で付加的にインストものが生まれたとみることができるわけです。
しかし、本作『Secrets Of The Beehive』の制作時には、この作曲方法はとられていません。
スタジオに入る前にしっかりとした作曲作業を行い、ほとんど出来上がった状態のデモテープを準備、その上で、頭の中で出来上がっている曲のイメージに必要なアーチストをリストアップして招き、スタジオで肉付けが行われたそうなのです。
要するに、ほとんどのパートのフレーズは、スタジオに入るまでの間にシルヴィアンの頭の中で出来上がっており、参加ミュージシャンはそれをほぼ忠実に再現したということですね。
とはいえ、頭の中のイメージを完成させるには、彼が招いたミュージシャンの個性的なプレイは必要不可欠だったわけで、決してシルヴィアンの独壇場だったわけではありません。
そういう意味では、最もソロ・アルバムらしい作品とも言えるでしょう。
それをふまえた上で本作を聴き直すと、それまでのアルバムの曲よりもシンプルで、ひとつひとつの楽器の音がしっかりと引き立っているのがよくわかります。
特に、アコースティック・ギターや生ピアノ、ウッド・ベースの音が美しく、空間処理に関しても非常にナチュラルなイメージが残るのではないでしょうか。
この中にあっては、デヴィッド・トーン [ David Torn ] のエフェクティヴでトリッキーなギター・プレイでさえオーガニックな雰囲気に感じ取れてしまいます。
また、これまで多用されてきた電子楽器系の音色は、どちらかと言えばアコースティック楽器を引き立てるための脇役に回っており、浮遊感のある独特のパッド系のシンセ音までもがストリングスの一部であるかのような錯覚に陥るのです。
逆に言えば、ボーカルとメロディー・ラインに重きを置いた、ボーカリストのソロらしい作りになっているのでしょうね。
もちろん、歌詞に関してもすばらしく、繊細で芸術家肌のシルヴィアンらしさを感じさせてくれます。
恐らく、歌詞もスタジオに入るまでに完璧に仕上がっていたのでしょう。
ヒットソングによくある言葉遊び的な歌詞ではなく、悪く言えば、小難しい文学的な詩のような歌詞なのです。
つまり、本作は、シルヴィアンの歌と詩に重点をおいた、最もパーソナルな歌ものアルバムなのです。
デヴィッド・シルヴィアンの最高傑作と言われるのも頷けますね。
もちろん、彼を崇拝する私にとっても特別な作品で、これまで43年間生きてきた中で最も聴き込んだアルバムであり、恐らくこの先もずっと聴き続けるアルバムが本作なのです。
前回紹介したときの焼き直しになりますが、まず、プロローグ的なピアノの短い曲「September」から始まり、メランコリックなギターとストリングスが美しい「The Boy with the Gun」、夢幻的で静かな「Maria」、落ち着いたジャズ調の曲の中に静寂を感じる名曲「Orpheus」、暗いながらも叙情的な「The Devil's Own」と流れて行く様は、芸術的な映画を観ているかのような印象を抱きます。
そして、レコードで言えばB面に入って、一曲目が、スパニッシュ寄りなアコースティックギターの音が印象に残る名曲「When Poets Dreamed of Angels」、フリージャズ的な要素を含みながらもヴォーカリゼーションのすばらしさに酔うことの出来る「Mother and Child」、第一弾シングルとなり、どこかマイルス・デイヴィスの「スケッチ・オブ・スペイン」を彷彿させる「Lets the Happiness in」、ストリングスアレンジがすばらしく、エピローグ的でアルバムの最後を飾るにふさわしい「Waterfront」と完璧なまでの構成力でまとめあげられています。
「September」をテーマにした映像作品
「The Boy With the Gun & Orpheus」のライヴ映像
「Maria」のライヴ映像
「Orpheus」のプロモ映像
「When Poets Dreamed Of Angels」のライヴ映像
「Mother And Child」のライヴ映像
なお、この後、ボーナス・トラックとして現行盤では「Promise(The Cult Of Eurydice)」、最初にCD化された時は「Forbidden Colours(邦題:禁じられた色彩)」(「戦場のメリークリスマス」のボーカル入りバージョン)が追加されていますが、作品としては「Waterfront」で完結していますので、誤解の無きようお願い致します。
ところで、本作のアウト・テイクには「Ride」というすばらしい曲があります。
「Ride」のライヴ映像
以前紹介した『Everything and Nothing』というヴァージン時代の総まとめ的なアルバムにのみ収録されているのですが、それぞれのメンバーの個性がよく出たポップな曲で(シルヴィアン作品としてはポップという意味です)、シルヴィアン入門曲としてもちょうど良いバランス感覚を持っています。
そんなにすばらしい曲なら、なぜ、本作に収録しなかったのかと疑問に思う方もおられると思いますが、いざ、どの曲と入れ替えるのか、どの位置に挿入するのか、と考えてみると確かに難しいところがあります。
言い換えれば、こんな名曲を捨ててまでアルバムの完成度にこだわったシルヴィアンに拍手を贈りたいのです。
デヴィッド・シルヴィアンに興味を持たれた方は、とにかく本作を聴いてみてください。
この記事を最後まで読んでくださった方なら、間違いなく手に入れて損はしないはずですよ。
/BLマスター
2007年09月19日
Flux + Mutability/David Sylvian & Holger Czukay
先日、デヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] とホルガー・シューカイ [ Holger Czukay ] のコラボレーション・アルバム『Plight & Premonition』を紹介したばかりですが、今日はこの2人による続編的コラボ作品『Flux + Mutability』を紹介したいと思います。
本作『Flux + Mutability』は、基本的に前作『Plight & Premonition』の延長線上にあり、前回と同じく「現代アート系の個展会場で流れていればバッチリ」のアンビエント感溢れる音響作品で、悪く言えば、印象的なメロディーや起承転結のない、難解なイメージのサウンド・アートです。
収録曲数も、前作と同じく「Flux (a big, bright, colourful world) (直訳すれば「流動」)」と、「Mutability (a new beginning is in the offing)(直訳すれば「無常」)」という2曲で、それぞれ16分57秒、21分00秒という、やはり長尺のインスト作品なので、シルヴィアンのボーカル目当てで聴くには不向きなアルバムです。
『Plight & Premonition』は、シューカイがシルヴィアンのソロに参加したことにより、自然発生的に生まれたプロジェクトでしたので、個人的には、手探りで方法論を模索しつつ完成にこぎつけた、まさしく実験的なイメージを抱くのですが、本作『Flux + Mutability』は、前作で培った方法論の元で計画的に制作されているようで、完成度やまとまりの点ではこちらのほうが上回っているように感じます。
とはいえ、前作『Plight & Premonition』の未完成がゆえの緊張感や実験性は、それぞれのコアなファンにとって非常に面白いところであり、決して本作『Flux + Mutability』よりも劣っているという意味ではありません。
しかし、一般的に見れば、間違いなく本作の方が聴きやすいと思います。
前作との大きな違いは、「Flux」の方にパーカッションやギターなどが加わり、曲として聴きやすくなったことが挙げられるでしょう。
パーカッションに関してはシルヴィアンのソロ『Brilliant Trees』に収録のタイトル曲「Brilliant Trees」のエンディング部分、ギターに関してはシューカイの『Movies』に収録された「Persian Love」のギターを彷彿させる心地良さがあり、シルヴィアンのシンセ、シューカイの短波ラジオなど、それぞれ独特の音色と混じり合いながら絶え間なく変化を続ける様は、まさしく「Flux(流動)」というタイトルにピッタリな気がします。
逆に「Mutability」の方は、シルヴィアンのソロ『Gone To Earth』のインスト盤の方に収録されているアンビエント作品の尺を延ばしたかのような楽曲で、フワ〜とした浮遊感のある音色がそれぞれ干渉しあう、ノンビートでシンプルな構造のアンビエント作品です。
ブライアン・イーノ [ Brian Eno ] のアンビエント作品に似た要素も多分にありますが、どこかオーガニックで枯れた感じがするのはシルヴィアンならではの味なのかも知れませんね。
参加アーチストは、シルヴィアン、シューカイに加えて、前作でも名を連ねているヤキ・リーベツァイト[ Jaki Liebezeit ] 、同じくカン [ Can ] 人脈のミヒャエル・カローリ [ Michael Karoli ] 、ミチ [ Michi ] 、そして、シューカイの師匠であるカールハインツ・シュトックハウゼン [ Karlheinz Stockhausen ] の息子、マルクス・シュトックハウゼン [ Markus Stockhausen ] がクレジットされています。
また、前作ではシューカイが単独でプロデュースとミックスを行っていたのですが、本作は2人が共同で行っているようで、前作よりも「シルヴィアンっぽさ」が前面に出た作りとなっています。
これは恐らく、シューカイのミックス技法をシルヴィアンが自分なりに解釈、吸収し、オリジナルとして完成させた現れなのではないでしょうか。
ひょっとすると、シューカイはシルヴィアンの成長具合を温かい目で見守りながらサポートしていたのかも知れません。
前回のスターウォーズの例えで言うなら、ルークが「惑星ダゴバ」でフォースをコントロールする修行を終え、再び戦いに戻るシーンですね(笑)。
本作以降のシルヴィアン作品は、フォースを身に付けたおかげか(笑)、インプロヴィゼーション的な要素が多分に加わり、現代音楽度が高くなったように感じられるはずです。
つまり、録音スタジオに入るまでの間に作り込まれた音を再現するようなシーケンサー的な録音法ではなく、録音スタジオに入ってから個々のメンバーの個性が合わさることによって生まれた即興性を大切にした録音法に変わったような気がするのです。
この変化により、作曲方法自体も変化したのか、本作以降はインストものと歌ものの垣根がなくなっているのです。
試しに、本作の2年後に発表されたレイン・トゥリー・クロウ [ Rain Tree Crow ] を聴いてみて下さい。
頻繁に聴こえてくる短波ラジオの演奏は、明らかにシューカイから影響を受けたものであり、ライヴの際に生では再現の難しいインプロヴィゼーション的なフレーズが増えていることに気がつかれると思います。
さらに、シルヴィアン主導のオリジナル・アルバムの中でインストものと歌ものが1枚の盤に混在するようになったのは、このレイン・トゥリー・クロウが初めてなのです(ライヴ盤、編集盤、ボーナストラックを除く)。
さすがに、ロバート・フリップ [ Robert Fripp ] との共作『The First Day』だけは別物に感じますが、その後の『Dead Bees on a Cake』『Blemish』、ナイン・ホーセズの『Snow Borne Sorrow』などでも、『Plight & Premonition』と『Flux + Mutability』で生まれた手法が活かされているのは明らかです。
そう言う意味で、この2枚のホルガー・シューカイとのコラボ作品は、デヴィッド・シルヴィアンを語る上で非常に重要な意味を持つ作品なのです。
90年以降のシルヴィアン作品がお好きな方はもちろんのこと、これから最近の作品を聴いてみようという方にも、ぜひ一度は聴いていただきたいと思います。
インストものは苦手という方には少々辛い作品なのかも知れませんが、本作前後のアルバムがお気に入りの方なら、きっと楽しめるはずですよ。
/BLマスター
2007年09月11日
Plight & Premonition/David Sylvian & Holger Czukay
元カン [ Can ] のホルガー・シューカイ [ Holger Czukay ] と元ジャパン [ Japan ] のデヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] の関係は、スター・ウォーズで言うところのヨーダとルーク・スカイウォーカーの関係に似ているような気がします(笑)。
ヨーダがルークにフォースを伝授したのと同じように、シューカイはシルヴィアンに短波ラジオという楽器の使い方を伝授したのです。
私が推察するに(いや、本当に勝手な想像なんですが…)、シルヴィアンは1stソロ・アルバム『Brilliant Trees』(1984年)で、かねてから興味を持っていたアート・ロックの師匠達を招き、ジャパンという枠組みを離れた自らの音楽的な可能性を模索していたんだと思うんです。
とはいえ、『Brilliant Trees』は、元ジャパンのボーカリストのソロ一作目であり、リスナーやヴァージンから求められているものはあくまでも歌もの中心のアルバム。
それでもシルヴィアンは自らの好奇心を抑えることができなかったのでしょう、『Brilliant Trees』のセッション中に産まれたインストものの楽曲に手を加え、さらに別の師匠や友人の力を借りて、限定ものの実験的なカセット作品『Alchemy : An Index Of Possibilities(邦題:錬金術)』(1985年)を発表しました。
マスターテープの音質的な問題もあったのですが、セールスの見込めない実験的なインスト作品であるにも関わらず、数量限定のカセット作品として発売することでヴァージン側も納得、無事、インスト作品を発表するアーチストとしても船出することができたのです。
ちなみに、意外にも『Alchemy : An Index Of Possibilities』は好評だったようで、89年発表の限定ボックス・セット『Weather Box』でCD化されて以来、通常盤としてもCD化されています。
翌年、86年には、さらにこの延長線上で『Gone To Earth』という作品を発表しているのですが、このアルバムは歌もの1枚とインストもの1枚という変則的な内容で、シルヴィアンにとって、歌ものとインストものが別のベクトルにあることを指し示しているような気がしました。
その後、1987年に、シルヴィアン自身が「完璧な絵画に近い」と表現するほど完成度の高い作品『Secrets Of The Beehive』を発表し、歌ものアルバムとしての理想的な形を完成させたのです。
なお、『Secrets Of The Beehive』の発表後、ソロとしては初の大々的なワールド・ツアーが行われておりますので、そんなところからも彼自身の納得具合を感じ取れるような気がします。
しかし、シルヴィアンにとっての興味の対象はもちろん歌ものだけではありません。
『Gone To Earth』の完成後から、『Secrets Of The Beehive』の制作と並行して、彼の音楽的師匠の一人であるホルガー・シューカイと共に実験的コラボレーションが進められていたのです。
今思えば、この頃は、歌ものとインストものを全く別のプロジェクトで制作することで、彼なりの音楽的バランスをとっていたのかも知れません。
そのプロジェクトというのが、今日紹介するシルヴィアンとシューカイのコラボレーション・アルバム『Plight & Premonition』なのです。
実は、本作は86年〜87年に録音されているのですが、それぞれの所属レコード会社の契約上の問題から一旦お蔵入りになりかけ、88年にやっと発表までこぎつけた作品で、本来なら『Secrets Of The Beehive』と発表順が逆になっていたのかも知れません。
内容の方はタイトルが示す通り「Plight (The Spiralling Of Winter Ghosts) (直訳すれば「苦境」)」と「Premonition (Giant Empty Iron Vessel)(直訳すれば「前兆」)」という、たった2曲が収録されているのみ、それぞれ18分27秒、16分24秒という長尺の曲で、LPレコードでは片面に一曲づつ収録されています。
都合上「曲」という表現をしましたが、実際は印象的なメロディーやコード展開はほとんどなく、起承転結もない、緩やかな音の変化を楽しむ音響作品とでも言うべきアルバムです。
1曲目の「Plight」は『Gone To Earth』完成後の86年2月に、単身ドイツに渡ったシルヴィアンが、シューカイ、同じく元カンのヤキ・リーベツァイト[ Jaki Liebezeit ] 、カール・リッピガウス [ Karl Lippergaus ] らとインプロヴィゼーション(即興演奏)を行い、後日、シューカイが編集及びミキシング処理して完成させたそうです。
2曲目の「Premonition」の方はその翌年2月に、シルヴィアンとシューカイの2人だけで録音されているのですが、ダビング編集などの加工をほとんどすることなく発表しているせいか、若干、ナチュラルな風合いで、「Plight」よりも明るめなイメージがあります。
ちなみに、シルヴィアン曰く『「Premonition」の方が自分自身に近い』とのことで、ラッセル・ミルズ [ Russell Mills ] とのインスタレーションの際に制作された『Ember Glance』に似たランドスケープ的なアンビエント感を感じることができます。
わかりやすく言えば、どちらも現代アート系の個展会場で流れていればバッチリの音響作品で、シルヴィアンのインスト作品からメロディー的なフレーズを無くした状態で尺を延ばし、その上にシューカイ独特の短波ラジオの演奏(?)とコラージュを乗せ、さらにシューカイがミックスとプロデュースを行った作品、という説明ができます。
恐らく、一般的には、難解でおもしろくない音楽と捉えられてしまうかも知れませんが、この2人の音楽を知る方には非常に刺激的で興味深い音楽的な実験として楽しんでいただけると思います。
言い換えれば、メインストリーム系の音楽を好んで聴いておられる方にとっては、音を楽しむ「音楽」ではなく、音の学問という意味で「音学」、それぞれをよく知る方にとっては、2人の個性を感じさせる音がぶつかり、融合している様を楽しむことの出来る面白い「音楽」と感じ取れるのではないでしょうか。
本作は、ホルガー・シューカイの単独プロデュース(ミックスも単独)で、シューカイの人脈と思われるアーチストが参加しているため、どちらかというとシューカイのイメージが強いように思われがちですが、バックのブライアン・イーノ [ Brian Eno ] のアンビエント作品にも通ずる、浮遊感のあるシンセサイザーの使い方はモロにシルヴィアン作品の音であり、共同名義ならではの両者のバランスのとれた作品であると思います。
しかし、別の見方をすれば、冒頭で書いたように、ヨーダがルークにフォースを伝授しているかのように、シューカイがシルヴィアンにマンツーマンで短波ラジオの演奏を伝授している「惑星ダゴバ」的な作品でもあるのです。
シューカイ師匠のお茶目さは、どこかヨーダにも似たところはあるのですが(笑)、シュトックハウゼンから学んだフォース、いや、短波ラジオ演奏を自分なりに解釈し、アート・ロックの中に大胆に組み込んだ御大であるわけですから、まさしくヨーダのような師匠的風格も兼ね備えているわけです(無理矢理ですが…)。
この翌年に、ほぼ同様のコンセプトでパーカッションを加味して制作された続編的作品『Flux + Mutability』が発表され、それ以降、シルヴィアンはシューカイ師匠から独り立ちし、自らフォース、いや、短波ラジオを演奏するようになりましたので、そういう意味では、シルヴィアンの音楽的な魅力をより広げた修行の場的な存在の作品ということができると思います。
少々、小難しい印象を持たれるかも知れませんが、シルヴィアン、シューカイ、それぞれの音楽をこよなく愛す方にはもちろんのこと、イーノ系のアンビエントものがお好きな方、現代アート系の個展に流す音楽をお探しの方、瞑想に使う音楽をお探しの方などにもぜひ聴いていただきたい作品です。
さすがに、こういった音響作品だけに、YouTubeでも関連映像を発見することはできませんでしたが、一応、アマゾンで試聴することは可能です。
ただ、15分以上という長尺のインスト曲を30秒ほど聴いても参考にはならないような気もしますので、そのあたりはご了承下さいませ。
また、2002年に発表されたヴァージン時代のインスト作品のベスト盤的アルバム『Camphor』の中に「Plight」のショート・バージョンが、同じくデジパック仕様のUK限定盤『Camphor (+Bonus CD)』に付属していたボーナス・ディスクに「Premonition」のショート・バージョンと、別バーションの「Plight」が収録されていますので、興味を持たれた方は比較されるのも面白いと思います。
ところで、シルヴィアンのソロ名義の来日公演が近づいてきましたね。
今回のライヴは、スティーヴ・ジャンセン [ Steve Jansen ] 、キース・ロウ [ Keith Low ] 、ComboPianoの渡邊琢磨を迎えて、ナイン・ホーセズ [ Nine Horses ] の曲を中心に演奏されるのだとか…。
まだチケットは残っているそうなので、観に行きたい方はお早めにお買い求め下さいね。
/BLマスター
2007年05月28日
OIL ON CANVAS/JAPAN
本作は、1982年に行われたジャパン [ Japan ] の解散ツアーとなった「Sons of Pioneer Tour」の(英国ハマースミス・オデオンでの)模様を収めた、ジャパン唯一のオフィシャル・ライヴ盤です。
このツアーの武道館公演(12月8日)では、アンコールで、シルヴィアンの盟友、坂本龍一&矢野顕子(当時は夫婦ですね)や、スティーヴの師匠(?)、高橋幸宏氏がゲスト参加し、当時、坂本龍一氏がDJを務めた「サウンド・ストリート」というFM番組で枠を拡大して放送されました。
ちなみに、ジャパンとしての最後のライヴはこの年の12月16日の名古屋公演で、その模様を収録した、なぜかジャケットに大きく海老の絵が描かれた『Yebi』というタイトルの2枚組みのブート盤LPがあって、たまに聴いてみたりします(笑)。
しかし、音質的にはさすがにオフィシャル、本作に勝るものは存在しません。
ブート盤や、FMで放送されたもののような「うるさすぎる黄色い歓声」がほとんど入っていないため、楽曲に集中して聴くことができるのも魅力ですね。
特に、日本公演での黄色い歓声はものすごいですから、よほどの忍耐がなくては楽曲に集中できません。
収録曲は、実際のライヴの演奏曲から「Alien」や「European Son」などが数曲省かれているものの、ほぼ曲順通りで、それに3曲の小曲を付け加えることによって、単なるライヴ盤ではない、一つの作品として完成させています。
ただし、プロローグ的な役割の「Oil on Canvas」、エピローグ的な「Temple of Dawn」は良しとしても、CD化されて1枚ものの作品となってしまった今となっては、LPの1枚目と2枚目のつなぎ的な役割を持つ「Voices Raised in Welcome, Hands Held in Prayer」は意味がないように思います。
楽曲自体はガムラン風で、決して悪くはないのですが、あのやきこさん(矢野顕子さんの別名。笑)の存在感がスゴすぎて、CDで通して聴くには、あまりにも違和感があり過ぎます。
この3曲の小曲を除けば全12曲となるのですが、うち、7曲が『TIN DRUM(邦題:錻力の太鼓)』、4曲が『Gentlemen Take Polaroids(邦題:孤独な影)』、1曲が『Quiet Life(邦題:クワイエット・ライフ)』からの楽曲となっており、1st、2nd
からの楽曲は一切含まれておりません。
実際のライヴでも、初期2枚からの楽曲は演奏されていないのですが、『Quiet Life』の発表までの間にシングルと編集盤でのみ発表された「European Son」と「Life in Tokyo」(武道館公演のアンコール)だけはアレンジを変えて演奏されています。(原曲の方は、『The Very Best of JAPAN』などのベスト盤に収録されています。)
言うなれば、電子楽器中心の音作りに転身してからの曲目を『Tin Drum』をメインに見せてくれたライヴということになりますね。
自動演奏部分(恐らくマルチ・トラック・テープ)と生演奏が見事に組み合わさっているところも面白いところですが、オリエンタルな味付けが施された『Tin Drum』からの曲と、ヨーロッパ的な『Gentlemen Take Polaroids』『Quiet Llife』からの曲が同居しているにも関わらず、全体を通して聴いても違和感をほとんど感じないところも大きな見どころです。
これは、『Gentlemen Take Polaoids』に収録されていた、エリック・サティーのような楽曲「Night Porter」の、ピアノ部分がマリンバに変更されるなど、非常に『Tin Drum』寄りなアレンジが施されており、他の楽曲に関しても同様に、全体的なトーンを合わせる工夫をしていますので、違和感がなくて当然なのかも知れません。
逆に言えば、そういう細かいところにまで工夫を凝らしているのがジャパンなのです。
このツアーの合間に出演したTV番組での「Night Porter」のライヴ映像
多くのヴィジュアル系バンドのボーカルに影響を与えた デヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] のファルセットまじりの独特な歌唱法はもちろんのこと、スティーヴ・ジャンセン [ Steve Jansen ] の完璧なまでにジャスト・タイミングなドラミングと、それに絡むミック・カーン [ Mick Karn ] のクセの強い、歌うような変態フレットレス・ベース、さらにリチャード・バルビエリ [ Richard Barbieri ] の奏でるオーバーハイムの霧のかかったような空間的な音色や、プロフェット5を極限まで駆使した金属的な音色のシンセサイザーの音色、そしてツアー・サポートを務める土屋昌巳のエイドリアン・ブリューばりの個性的な変態ギター。
(この時の土屋氏のストラトと同じく、ブリューもストラトのボディーの塗装を剥がした状態で弾いていますね。こうすると、ギター・ケースの中の乾燥剤の威力が増して、乾いた音がでるんだとか!?)
それぞれの個性がこの時点で完全に開花しており、まさに、どこをとってみてもジャパンというバンドの完成形と言えるのではないでしょうか。
デビュー当時に、ミーハー・バンドというレッテルを貼られたバンドが、ほんの4年少々という短い期間でここまで成長を遂げるとは、誰も想像できなかったことと思います。
かつての私がそうであったように、今でも「中身のないミーハーお化粧バンド」という認識のもとに誤解を受けることの多いジャパンですが、この完成形の姿から黄色い歓声を除けば立派な音響芸術系のバンドだったことがわかっていただけると思うのです。
同名の本作のビデオ版『Oil on Canvas』(現在はDVD作品『The Very Best Of JAPAN』に同時収録されています。)に関しても、やはり、単なるライヴ・ビデオではなく、『Tin Drum』のコンセプトに合わせたオリエンタルな映像が挿入されたり、その映像とバランスを取るためにライヴ映像にフィルターがかけられたりしており、そんなところにも彼らのこだわりを感じさせてくれます。
ただ、ファンの間では、ライヴ映像以外は必要なく、もう少しクリアですっきりした画像で見たかったという意見が多いのも事実ですが・・・。
以下が、そのビデオ『Oil on Canvas』からの映像です。
念のため断っておきますが、このミック・カーンの動きは電動ではなく、自身で動いています(笑)。
「Sons Of Pioneers」
「Gentlemen Take Polaroids」
「Swing」
「Visions Of China」
「Ghosts」
「Still Life In Mobile Homes」
「Methods Of Dance」
「The Art Of Parties」
「Canton」
この作品を最後にジャパンは解散、シルヴィアンはファルセットまじりの独特な歌唱法や、お化粧、前面だけをブロンドに染めた髪型(いわゆる「デビちゃんカステラ」ですね。笑)をやめ、まさに仙人的な音楽と芸術を中心にしたソロ活動を展開、スティーヴはリチャードと組み、ミックもソロに重点を置いた活動へとシフトしています。
以降、91年にレイン・トゥリー・クロウ [ Rain Tree Crow ] という、ジャパンとは別名義で事実上の再結成をしていますが、シルヴィアンのジャパン時代の歌唱法や、ミックらしい変態ベース・フレーズが無いという点、電子楽器を多用しながらもアコースティック・ライクな音作りをしている点などを考えると、明らかにジャパンとは別物、どちらかと言えば、シルヴィアンのソロの延長線上にある作品でした。
ヴァージンの望むジャパン名義での再結成盤を拒否して、別名義にしたのも頷けます。
Rain Tree Crow「Blackwater」のプロモ映像
シルヴィアンを神と崇める私としては、本格的な再結成ライヴを観たいという気持ちもないことはないのですが、それだけはやめて欲しいという気持ちの方が大きく、出来ることならタイムマシンで1982年に戻ってもう一度じっくり観てみたいと思っています。
ま、そうは言っていても、万が一再結成されることがあれば、間違いなく観に行ってしまうのですが・・・(笑)。
なお、『Tin Drum』のプロデュースはスティーヴ・ナイ [ Steve Nye ] が担当しているのですが、『Quiet Life』『Gentlemen Take Polaroids』でプロデュースを担当していたジョン・パンター [ John Punter ] が、ツアーに同行するライヴ・エンジニアに転向していたため、そのまま引き継いで、メンバーと共同で本作のプロデュースを行っています。
決してノリノリのご機嫌なライヴではありませんが、ジャパンのファンの方は当然のこと、誤解して食わず嫌いだった方にこそ聴いていただきたい芸術的な作品です。
未聴の方は、上のYouTube映像の他、アマゾンでも全曲試聴可能ですので、まずはさらっとでも聴いてみて下さい。
/BLマスター
2007年04月19日
Alchemy: An Index of Possibilities/David Sylvian
本作『Alchemy: An Index of Possibilities(邦題:錬金術)』は、1985年に英国でシリアルナンバー入りの限定版のカセットのみという変則的な形でリリースされた、デヴィッド・シルヴィアン初のオール・インスト(歌なし)アルバムです。
当時のカセットに収録されていた曲順は下記の通り。
Side A
1. Words With the Shaman(邦題:シャーマンの言葉)
Pt. 1 Ancient Evening(邦題:遠い夕暮れ)
Pt. 2 Incantation(邦題:呪文)
Pt. 3 Awakening(邦題:目覚め)
2. Preparations for a Journey(邦題:旅の準備)
Side B
1. Steel Cathedrals(邦題:鋼鉄の大聖堂)
この後「Words With the Shaman」の3曲を収録したアナログの12inchシングルが発売され、さらに、89年に発表された限定5枚組ボックス・セット『Weatherbox』の中の1枚として初CD化、その後、通常盤のCDでも発売されるようになりました。
今日紹介しているCDは、その中でも最も最近リリースされたデジタル・リマスター盤で、89年に発表されたシングル「Pop Song」のカップリング曲であった「The Stigma Of Childhood (Kin)」と「A Brief Conversation Ending In Divorce」を追加収録したちょっとお得なアルバムです。
ちなみに『Weatherbox』の『Alchemy』でもこの2曲が追加されていましたが、「Preparations for a Journey」は省かれていました。
「Words With the Shaman」の3曲は、出音的に見ても『Brilliant Trees』のセッションの延長線上にあり、参加しているメンツも、ジョン・ハッセル [ Jon Hassell ] (Tp)、ホルガー・シューカイ [ Holger Czukay ] (Radio)、スティーヴ・ジャンセン [ Steve Jansen ] (D,Per,Key) など共通のアーチストが多く、新たに元ブランドX [ Brand X ] のパーシー・ジョーンズ [ Percy Jones ] (B) が加わり、ナイジェル・ウォーカー [ Nigel Walker ] のエンジニアリングとプロデュース(シルヴィアンとの共同名義)により制作されています。
恐らくは『Brilliant Trees』の制作時に新たな作品の構想が芽生え、同時進行の形で具体化した作品なのではないかと思いますが、それにしても気持ちの良い楽曲です。
ボーカルがない分、代わりにジョン・ハッセルの特徴的な電子トランペットの音色が主旋律的な役割をしており、雅楽的なリズム音と、広い空間を感じさせてくれるパッド系のシンセ(フワ〜っとした音のことです)の音、そして、最近で言えばディープ・フォレスト [ Deep Forest ] などで聴くことも出来る未開地の民謡のようなプリミティブな歌のコラージュ、これら全てが不思議な呪術的魅力をかもし出しており、決して難解ではない一風変わったヒーリング・ミュージックとなってくれます。
特に私が気に入っているのが、「Ancient Evening」から「Incantation」にメドレーのように変化する部分なのですが、この気持ちのよさは一度聴いていただかなくては伝わりにくいのかも知れません。
この3曲のうち、特に前2曲に関しては、シルヴィアンとハッセルの競作と言っても過言ではないでしょう。
次の「Preparations for a Journey」という曲は、同名のシルヴィアンのビデオ作品(邦題:美しき予兆)のタイトル曲として制作されたもので、ビデオの中ではこの後に続く「Woman at the Well」というドラマティックなインスト曲の前奏部分として使われており、エフェクティヴなギターの奏でる音がどこか尺八の音階的で、「和」なイメージの残る実験的な曲です。
なお、この曲に関しては小野誠彦(オノ・セイゲン)がエンジニアリングを担当しています。
本作に追加収録された次の楽曲「Stigma of Chilhood (Kin)」と「Brief Conversation Ending in Divorce」に関しては、かなり実験的な要素が強く、抽象的な現代音楽とも取れますので、ひょっとすると難解な音楽と捉えられるかも知れません。
はっきりとした主旋律が存在しないからなのかも知れませんが、見方を変えればかなりアバンギャルドな楽曲です。
私としては、未だにオフィシャルではCD化されていない「Woman at the Well」を追加収録して欲しかったところですが、今後もこの曲のCD化は期待薄のようです。
最後の「Steel Cathedrals」は、映像作家の山口ヤスユキ氏との共作である、同名の環境ビデオのサントラで、ゆったりとした時間軸の中を、徐々に個性のある音がぶつかり合って行く様が非常にエキサイティングな楽曲です。
「Steel Cathedrals」の映像1
「Steel Cathedrals」の映像2
この曲には、1stアルバム『Brilliant Trees』にも参加した坂本龍一や、スティーヴ・ジャンセン、ホルガー・シューカイ、ケニー・ウィーラー [ Kenny Wheeler ] に加えて、ジャパン [ Japan ] のラストツアーでサポートを務めた土屋昌巳、さらに2ndアルバム『Gone to Earth』で重要な役どころを担うロバート・フリップ [ Robert Fripp ] までもが参加しており、『Brilliant Trees』と『Gone to Earth』の間のミッシング・リンクを埋めるような楽曲となっています。
恐らく、フリップと土屋昌巳が競演したのはこの時が最初で最後なのかも知れません。(同時に録音したわけではなさそうですが・・・)
楽曲自体が静かなためか、それぞれの個性派アーチストの出す音がはっきりと認識でき、下手をすれば散漫な作品になってしまいそうなところを、シルヴィアン作品という枠でひとつにまとめ上げているところはお見事です。
ちなみに、この曲は小野誠彦、ナイジェル・ウォーカー、スティーヴ・ナイ [ Steve Nye ] がそれぞれ東京とロンドンでマスターテープをやりとりすることで録音とミックスが行われており、大切なマスターテープの音質劣化を招く結果になってしまったそうです。
現代ならウェブ上のデータのやり取りで済んでしまうので、考えられないトラブルですね。
初回発売をカセットテープのみにしたのは、この音質の悪さをマスキングするための苦肉の策だったようですが、今回のデジタル・リマスター盤では録音技術の進化により、そんな音質の悪さをほとんど感じさせないクリアな仕上がりになっています。
カセット作品とCDの音質を比べるのは無意味なのかも知れませんが、その音質の差はかなりのもので、霧のベールに包まれたようなイメージだった「Steel Cathedrals」の音は、くっきりと輪郭が浮き立ちシャープなイメージに、また、元々音質のクリアだった「Words With the Shaman」ですら、ステレオ感が向上し、音像の幅が広がっていることがよくわかります。
なお、ビデオ『Steel Cathedrals』は単独作品としては日本で発売されておらず、『Preparations for a Journey(邦題:美しき予兆)』に同時収録する形で発売されました。
とはいえ、残念なことに、未だにどちらもDVD化されておりません。
本作『Alchemy: An Index of Possibilities』は、元々、上記のように「寄せ集め」的な側面をもった作品で、コンセプチュアルな作品ではありません。
ある意味で、この頃のシルヴィアンのインスト曲を集めたベスト盤的な作品なので、2曲を追加したことは大正解と言えます。
しかし、できれば、既発売の作品のリイシューよりも、こういった入手困難な作品のCD化、DVD化をお願いしたいところです。
最近のシルヴィアンのインストものはどうも小難しいイメージの楽曲が多いのですが、本作に限って言えば、非常に聴きやすく暖かいイメージを持っています。
アマゾンで全曲試聴できますので、インストものだからと毛嫌いせず、一度お聴きになってみてはいかがでしょう。
/BLマスター
2007年02月23日
Snow Borne Sorrow/Nine Horses
本日、2月23日は私の崇拝するデヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] の誕生日。
彼は1958年生まれですので、今日で49歳(来年50歳!)になるわけですね。
そんなわけで、今日はシルヴィアンの作品で何か象徴的なアルバムを紹介したいと思ったのですが、彼に関してはすでに今までかなりの記事を書いてしまいました。
そこで、今日は「80's UK New Wave」の枠をちょっとだけ離れ、80年代に活躍したアーチストの歴史と近況をお知らせする意味で、彼の新バンド、ナイン・ホーセズ [ Nine Horses ] のアルバムを紹介させていただきます。
デヴィッド・シルヴィアンは49年前の今日、イギリス・ケント州のベッケンハイムで生まれました。
ちなみに本名はデヴィッド・アラン・バット [ David Alan Batt ] 。
私が、「BAR LOG」の方でIDに使っている「davidbatt」はここからきているわけです。
1976年に実弟のスティーヴ・ジャンセン [ Steve Jansen ] 、ミック・カーン [ Mick Karn ] 、リチャード・バルビエリ [ Richard Barbieri ] 、ロブ・ディーン [ Rob Dean ] と、ジャパン [ Japan ] を結成し、『Adolescent Sex(邦題:果てしなき反抗)』(1978)、『Obscure Alternatives(邦題:苦悩の旋律)』(1978)、『Quiet Life』(1979)、『Gentlemen Take Polaroids(邦題:孤独な影)』(1980)、『Tin Drum(邦題:錻力の太鼓)』(1981)、『Oil on Canvas(Live Album)』(1983)などを発表し、1982年12月、名古屋公演を最後に惜しまれつつ解散、後に一度だけレイン・トゥリー・クロウ [ Rain Tree Crow ] (1991)という名義で事実上再結成されましたが、アルバム1枚の発表で終わってしまいました。
解散後はソロとして『Brilliant Trees』(1984)、『Alchemy: An Index Of Possibilities(邦題:錬金術)』(当時はカセット作品でした)(1985)、『Gone to Earth(邦題:遥かなる大地へ)』(1986)、『Secrets of the Beehive』(1987)、『Dead Bees on a Cake』(1999)、『Approaching Silence』(2000)、『Everything and Nothing』(未発表曲、ニューレコーディングなどを含む歌もののベスト盤的なもの)(2000)、『Camphor』(リマスターを含むインストルメンタル作品のベスト盤的なもの)(2002)などを発表しています。
また、ソロとは別に、坂本龍一とのコラボシングル「Bomboo Houses」(1982)、「Forbidden Colours(邦題:禁じられた色彩)」(1983)、「TAINAIKAIKI II(邦題:体内回帰)」(1992)、「WORLD CITIZEN」(2003) の他、地雷ゼロキャンペーンのチャリティー曲「ZERO LANDMINE」(N.M.L.)(2001) にも参加。
「World Citizen」のレコーディング映像
「Zero Landmine」のプロモ映像
他にも、元カン [ CAN ] のホルガー・シューカイ [ Holger Czukey ] とのコラボアルバム『Plight and Premonition』(1988) や『Flux + Mutability』(1989) 、キング・キリムゾン [ King Crimzon ] のロバート・フリップ [ Robert Fripp ] とのコラボアルバム『The First day』(1993) を始めとして、サンディー&ザ・サンセッツ [ Sandii & The Sunsetz ] や、矢野顕子、プロパガンダ [ Propaganda ] 、ヴァージニア・アストレイ [ Virginia Astley ] 、ラッセル・ミルズ [ Rassell Mills ] 、エクトル・ザズー [ Hector Zazou ] 、ブロンド・レッドヘッド [ Blonde Redhead ] 、ツイーカー [ Tweaker ] 、フェネス [ Fennesz ] らの作品や、アニメ「MONSTER」オリジナルサウンドトラックなどにも参加しています。
約10分弱のジャパン〜デヴィッド・シルヴィアンのソロの歴史を追ったドキュメンタリー映像
↑ ちょっと恥ずかしい映像もありますが、これはぜひご覧下さい。
2003年には自らサマディーサウンド [ Samadhisound ] というレーベルを立ち上げ、かなりインプロヴィゼーション(即興)的なサウンドをメインとした少し難解な作品『Blemish』(2003) をデレク・ベイリー [ Derek Bailey ] やフェネスらと制作しました。
さらに翌年には『Blemish』を様々なアーチストのリミックスにより再構築した『The Good Son vs. The Only Daughter: Blemish Remixes』を発表。
本作『Snow Borne Sorrow』は、2005年にシルヴィアンと実弟スティーヴ・ジャンセン、それに、アトム・ハートとのフランジャーでも知られ、『Blemish Remixes』にも参加したケルンのエレクトロニカ系のアーチスト、バーント・フリードマン [ Burnt Friedman ] によって 2005年に結成された新ユニットの1stアルバムで、最近のシルヴィアンらしい音を満載した比較的聴きやすい作品です。
Nine Horses「Atom And Cell」のプロモ映像
「Snow Borne Sorrow」のレコーディング・ドキュメンタリー映像
一般的に見れば決してポップな作品ではありませんが、ソロになってからの彼の作品を聴いたことのあるかたなら安心して聴けるアルバムと言えるでしょう。
全体的なイメージとしては、エレクトロニカやジャズのエッセンスを散りばめた今風なアレンジが施されているのですが、スティーヴのドラム(ループかな?)も含め、これまでのシルヴィアンのソロ作品に通ずるアコースティック感を感じさせてくれる作品です。
ジャパン時代や、初期ソロとまではいきませんが、『Secrets of the Beehive』や、シングル「Pop Song」あたりにトロニカ風のスパイスを加えたような雰囲気と言えばわかっていただけるでしょうか。
しかし、クレジットに目を通すと、(ソロ名義ではなく)さすがに新ユニットを名乗っているだけあって、シルヴィアンが単独で作曲した曲はなく、すべてスティーヴかバーント、どちらかとの共同名義。
それもそのはず、元々このユニットはシルヴィアンとスティーヴ、シルヴィアンとバーントでそれぞれ進行していたユニットが合体して生まれたそうで、それらの楽曲をもう一度リアレンジすることで一つの作品としてまとめ上げています。
さらに本作には多彩なゲスト陣が参加しており、これもまた見逃せない要素の一つでしょう。
まずは、シルヴィアン作品ではおなじみの坂本龍一を始め、シルヴィアンのソロ・ライヴにも参加したベーシスト、キース・ロウ [ Keith Lowe ] 、ウィスパー・ボイス系のスウェーデン人ボーカリスト、スティーナ・ノルデンスタム [ Stina Nordenstam ] 、スティーヴが連れてきたというサックスとフルート担当のセオ・トラヴィス [ Theo Travis ] 、ノルウェーのスーパーサイレント [ Supersilent ] のトランぺッター、アルヴェ・ヘンリクセン [ Arve Henriksen ] などなど、個性の強い演奏や歌で彩りを添えています。
シルヴィアンのソロ作品は小難しい、と考えておられる方にも、『Brilliant Trees』『Secrets of the Beehive』と並んで聴きやすい作品だと思いますのでおすすめですよ。
また、昨年、このナイン・ホーセズで新曲を含むミニ・アルバム『Money for All』が発売されており、こちらも実に良い雰囲気なので、本作を聴いて気に入ったという方はこちらもどうぞ。
あと、彼の参加した作品などについて詳しくお知りになりたい方は、当ブログの右サイドバーに「デヴィッド・シルヴィアン関連作品」という特集ページを作りましたのであわせてご覧下さいませ。
何はともあれ、今日はデヴィッド・シルヴィアンのお誕生日!
今夜はシルヴィアンの曲を流しまくって、彼の大好きだった「たい焼き」でも食べながら、シルヴィアン・ナイトとしましょう。
デヴィッド、お誕生日おめでとう!
/BLマスター
2007年01月30日
The First Day/David Sylvian & Robert Fripp
本作『The First Day』は、93年に発表された元ジャパン [ JAPAN ] のフロントマン、デヴィッド・シルヴィアン [ David Sylvian ] と、キング・クリムゾン [ King Crimson ] のフロントマン、ロバート・フリップ [ Robert Fripp ] の共同名義の作品。
ちなみに、本作制作時はキング・クリムゾンも2度目の解散中で、厳密に言えば、この時点では元キング・クリムゾンということになります。
そもそもの彼らの出会いは、85年のシルヴィアンのカセット作品『Alchemy: An Index of Possibilities(邦題:錬金術)』(現在はCD化されています)、86年の2ndアルバム『Gone to Earth』にフリップ氏が参加したことに始まります。
ちなみに、この2つの作品は85年に録音されたもので、同じ時期に制作されたものだそうです。
このアルバムで、フィリップはほぼ全編でフリッパートロニクス(フリップの言うところの自身が開発したギター×ディレイなどのエフェクトによる装置のことですが、ま、エフェクティブなギターと思って下さって結構かと思います)を弾いており、また数曲で作曲にも関与、それ以降は何らかの形で共同作業を行おうという意向をお互いに表明していました。
フィリッパートロニクスのデモ演奏の映像
その後、キング・クリムゾンの再々結成を思い立ったフリップは、シルヴィアンを新ボーカルとして迎えた新生クリムゾンを想定し、シルヴィアンにラブコールするも断られ、代わりに、対等な関係で別ユニットとして実現したのがこの シルヴィアン・フィリップ だったのです。
もし、このユニットの存在がなく、新生クリムゾンのボーカリストがシルヴィアンだったらどういうことになっていたのでしょう。
私の知る限り、クリムゾンのコアなファンの方はジャパンというバンドをミーハー視しておられる方が多く、逆に、ジャパンの初期のファン層はクリムゾンというバンドを小難しく感じている、もしくは、シルヴィアンのコアなファンは叙情的でポエティックなイメージがありプログレ指向なクリムゾンとは結びつかない、という感覚を持っておられ、そういう意味では、ミス・マッチなイメージがあって当然です。
恐らく、双方のファンからは受け入れられず、自由に演れなくなったシルヴィアンはほどなく脱退、そして、またしてもクリムゾンの解散という構図が私の頭の中には浮かびました。
これは、初期ジャパンのミーハーなイメージを引きずったものであり、もし、シルヴィアンのデビューがソロになってからの『Brilliant Trees』であったなら、もう少し話は違っていたのかも知れませんが・・・。
しかし、本作『The First Day』は、結果的にフリップが意図したところのシルヴィアンを迎えた新生クリムゾンとでもいうべき内容となっており、両者の個性が巧く融合された非常に興味深い作品となっています。
シルヴィアンサイドから見れば非常にポップで技巧的であり、クリムゾンサイドから見れば叙情的で有機的な楽曲となっているように感じるのです。
本作が、クリムゾン名義でもシルヴィアンのソロ名義でもないところが違和感のないところで、セールス的な話は別として、作品としてはかなり成功していると思います。
「Jean The Birdman」のプロモ映像
ところで、この作品、実は面白い作曲法がとられているんですよ。
通常であれば、作曲→リハーサル→録音→アルバム発売→ライヴツアー 、となるところを、作曲&リハーサル→ライヴツアー→録音→アルバム発売→ライヴツアーという順になっています。
つまり、一度目のシルヴィアン・フリップのツアーではまだ実験的な状態で行われており、その後、本作が制作されてから、改めて本格的なツアーが行われました。
一度目のツアーは92年初頭に、シルヴィアンとフリップ、そしてその後新生クリムゾンに加入したトレイ・ガン [ Trey Gun ] というトリオで(すなわちドラムレスで)行われており、その後、ピーター・ガブリエルの作品やツアーにも長く参加しているドラマー、ジェリー・マロッタ [ Jerry Marotta ] や、シルヴィアンの元嫁のイングリッド・シャヴェス [ Ingrid Chaves ] 、デヴィッド・ボットリル [ David Bottrill ] 、マーク・アンダーソン [ Marc Anderson ] などを迎えて本作が制作されました。
ちなみに、トレイ・ガンは、フリップ主催のギタリスト・セミナー「ギター・クラフト」の生徒だった人。
これ以降の新生クリムゾンを始め、フリップの関連した作品にはかなり顔を出している、言わばフィリップの右腕的なアーチストで、大きな指板にギターとベースの弦を張ってハンマリング奏法(指で弦を叩く)で弾くという楽器、チャップマン・スティック(左の写真)の奏者です。
二度目のツアーは、93年後半に、一度目の3人に加えて、シルヴィアンの作品やツアーにも参加しているエフェクティブでトリッキーなギターで有名なマイケル・ブルック [ Michael Brook ] 、マロッタがピーター・ガブリエルのツアーに参加していたため、なぜか代役ドラマーに西海岸系のスタジオ・ミュージシャン、パット・マステロット [ Pat Mastelotto ] を迎えて行われました。
なお、この模様はフリップ・バージョンである『Damage: Live』、シルヴィアン・バージョンである『Damage』という2枚のライヴアルバムと、『ライヴ・イン・ジャパン』というライヴ・ビデオとして、オフィシャルで発表されています。
「God's Monkey」のライヴ映像
「Blinding Light Of Heaven」のライヴ映像
「Damage」のライヴ映像
これらのライヴ作品には、本作『The First Day』には収録されなかった楽曲や、シルヴィアンの『Gone to Earth』で共作した楽曲なども含まれており、ファンにとってはかなり面白いものとなっています。
興味を持たれた方は、本作とあわせてこちらのライヴ作品も聴いてみられてはいかがでしょう。
/BLマスター
2006年12月08日
Forbidden Colours/Ryuichi Sakamaoto+David Sylvian
12月に入って街はすっかりクリスマス・ムードが高まってきましたね。
私にとって、クリスマス・ソングと言えば、この曲は欠かせません。
そうです、デヴィッド・シルヴィアンと坂本龍一の共作「フォービドゥン・カラーズ(邦題:禁じられた色彩)」です。
この曲は、もともと映画「戦場のメリークリスマス」のエンドロールで流す予定で作られたものらしいのですが、早い話が、かの有名な「戦場のメリークリスマス」のボーカル入りバージョンというわけなんです。
結局、映画の中では一切使われず、それでもサントラ『Merry Christmas, Mr. Lawrence(邦題:戦場のメリー・クリスマス)』(1983年)の一番最後に収録されました。
この1曲に関しては、デヴィッド・シルヴィアン、坂本龍一それぞれのアルバムやシングル、ベスト盤、映画のテーマ曲ばかりを集めたコンピや、癒しがテーマのコンピなど、数々のレコードやCDに収録されているのですが、ブート盤以外のオフィシャルな音源としては3バージョン存在し、以前それらについて「Forbidden Colours/David Sylvian」として記事を書かせて頂きました。
今日紹介するCDは、そのうちの2バージョンと、同じく二人の82年の共作でシングルとしても発表した「Bomboo Music」と「Bomboo Houses」の計4曲を収録したマキシ・シングルで、Bomboo~を買い損なった方や、歌入りの戦メリだけが欲しいという方にとっては最適のCDです。
1曲目の「Forbidden Colours」は、映画のサントラに収録されていたバージョンで、一番良く知られているバージョンでしょう。
基本的に「戦場のメリークリスマスのテーマ」と同じ音やアレンジですが、シルヴィアンの詩に曲の尺を合わせたのか、後半部分の構成が若干変更されて長くなっています。
音色的にはかなりクラシック寄りのオーケストラ的なアレンジが施されているのですが、実はほとんどがプロフェット5というアナログ・シンセの音によるもだそうで驚かされてしまいます。
なお、このバージョンは、シルヴィアンにとって記念すべきジャパン解散後初の録音物です。
「Forbidden Colours」のプロモ映像
4曲目の「Forbidden Colours」は、シルヴィアンのソロとしての1stアルバム『 Brilliant Trees 』(84年)の制作時に録音されたもので、シングル「Red Guitar」のB面に収録されました。
このバージョンは、もちろん坂本龍一が生ピアノを弾いており、シルヴィアンの実弟スティーヴ・ジャンセンの生ドラムと相まって、かなりアコースティック感が増しています。
ストリングスに関しては、生のオケに加えて、やはりプロフェット5の音をミックスして使用されているようで、音の輪郭はこちらの方がくっきりして非常にクリアなイメージが残ります。
あと、ボーカルが入るところで、あの印象的なメロディーラインが入っていなかったり、あの拍子木のようなパーカッションの音がスナッピーを抜いたスネアの音になっているなど、構成的に始めから歌ものとしてアレンジされているため、シルヴィアンの歌もこちらの方が引立っているような気がします。
ちなみにこちらのバージョンは、「Acoustic Version」もしくは「Version2」と呼ばれるもので、シルヴィアン・フリークの間では「デビ・バージョン」と呼ばれています。
そして、2曲目の「Bomboo Houses」と、3曲目の「Bomboo Music」は、まさしく当時の坂本龍一とシルヴィアンの個性がうまくミックスされた楽曲で、2人の愛機であったプロフェット5がやはりこちらでも大活躍しており、これまたスティーヴ・ジャンセンの手数の多いジャストビートでテクニカルなドラムも堪能できます。
個人的な感想としては、坂本龍一の『音楽図鑑』と、ジャパンの『Tin Drum(邦題:錻力の太鼓)』を足したような楽曲です。
このシングルは、当時、7inchとロングバージョンの12inchが発売され(日本盤は7inchのみ)、両A面という扱いで発表され、坂本龍一の写真の方に「Bomboo Houses」、シルヴィアンの写真の方に「Bomboo Music」と書かれていました。
「Bomboo Music」が基本的に歌ものであるのに対し、「Bomboo Houses」はインストが主体で、坂本龍一の語りが途中に入り最後の方に短いシルヴィアンの歌が入りますので、このジャケットの表記の意味もおのずと理解できますね。
そんなわけで、今年のクリスマスから、「Forbidden Colours」をあなたのクリスマス・ソング集にも加えてみてはいかがでしょう。
/BLマスター