AliensAteMyBuick
2007年02月21日
Aliens Ate My Buick/Thomas Dolby
本作『Aliens Ate My Buick』は、1988年に発表されたトーマス・ドルビー [ Thomas Dolby ] のソロ名義のオリジナル・アルバムとしては通算3枚目にあたる作品です。
84年発表の前作『The Flat Earth(邦題:地平球)』から本作までの3年半もの間、彼のオリジナル・アルバムの発表はなかったのですが、この間にトーマスはとんでもない数のセッションをこなしています。
まずは、84年3月から6ヶ月にも渡るワールド・ツアーを行い、85年初頭のグラミー賞ではスティーヴィー・ワンダー、ハービー・ハンコック、ハワード・ジョーンズとの共演、その一方で、以前から動いていたドルビーズ・キューブ [ Dolby's Cube ] でシングル「May The Cube Be With You(邦題:キューブは貴方と共に)」をリリース、また、映画「ハワード・ザ・ダック」のサントラ制作、ミュージカル「Fever Pitch」のスコアの作曲、デヴィッド・ボウイのライヴへの参加、そして、坂本龍一とのコラボ・シングル「Field Work」のリリース、プロデューサーとしては、ジョニ・ミッチェルの『Dog Eat Dog』や、プリファブ・スプラウトの『Steve McQueen』などを手掛けています。
85年のグラミー賞でのライヴ映像
「May The Cube Be With You」のプロモ映像
映画「Howard the Duck」のエンディング映像
翌86年には、ケン・ラッセル監督の映画『ゴシック』のサントラ制作、さらに、この中からスクリーミン・ロード・バイロンというユニットを組み「The Devil is an Englishman」というシングルをリリース。
87年になって、新年早々アメリカL.A.に移住し、ロスト・トイ・ピープル [ The Lost Toy People ] というバンドを率いてウエスト・コーストでライヴ・ツアー、その後、やっと本作のレコーディングを開始するのですが、それも、プリファブ・スプラウトの『From Langley Park to Memphis(邦題:ラングレー・パークからの挨拶状)』のプロデュースと並行する形で行われているのです。
なんというタフな仕事ぶりなのでしょう。
この間で、トーマス・ドルビーの名前が表に出てきたのはドルビーズ・キューブのシングルと、坂本龍一とのコラボ・シングル、そして、スクリーミン・ロード・パイロンのシングルという単発ものユニットのシングルだけ(個人名義でのリリースがない)だっただけに、非常に影が薄くなってしまっていました。
そこで、やっとソロ名義で発表したのが本作『Aliens Ate My Buick』というわけなのですが、この作品に当時の私は大きく期待を裏切られました。しかも、良い方にです。
まるで、エド・ウッド監督のB級SF映画のポスターのようなジャケット(もしくはマーズ・アタックでしょうか)の本作に、テクノ・ポップ的なものを期待していた私の耳に飛び込んで来たのは、なぜか、ビッグ・ジャズ・バンド風の渋い楽曲。
アルバムを通して聴いてみたところで、「She Blinded Me With Science(邦題:彼女はサイエンス)」や「Hyperactive」「Field Work」のような電子楽器を多用した無機質なサウンドは見当たりません。
ジャズやソウル、ファンク、レゲエなどをトーマス・ドルビーなりの調理法で料理した大人なポップなんです。
「She Blinded Me With Science」のプロモ映像
「Hyperactive」のプロモ映像
「Field Work」のプロモ映像
しかし、当然、あのトーマス・ドルビーの歌声は変わることはなく、良く聴けば、随所に散りばめられた効果的なシンセの音色も発見することもできます。
また、ジョージ・クリントンのカバー「Hot Souce」なんてのが収録されているあたりも心憎い選曲ですね。
いやあ、実にカッコいいアルバムです。
ちなみに、本作からはこの「Hot Souce」と「Airhead」がシングルカットされ、「Airhead」は米ダンスチャートで6位にまで上がったそうです。
「Airhead」のプロモ映像
昨年のライヴでの「Airhead」の映像
なお、本作は、トーマス・ドルビー プラス ロスト・トイ・ピープルという名義になっていますが、まぎれもなくトーマス・ドルビーの3rdアルバムです。
しかし、当時は「彼女はサイエンス」におけるシンセサイザーなどの最先端の機材を操る科学者的なイメージがまだまだ根強く残っていたのでしょうか、セールスはかなり悪かったようです。
考えてみればトーマス・ドルビーは、バグルスの前身、ブルース・ウーリー&カメラクラブから、リーナ・ラヴィッチ、ジョン・アーマトレイディング、フォリナー、デフ・レパード、トンプソン・ツインズ、マルコム・マクラレン、デヴィッド・ボウイ、ジョニ・ミッチェル、プリファブ・スプラウトなど数々の作品やライヴで、ジャンルを問わず活動してきたわけで、大ヒットした「彼女はサイエンス」にみられるテクノ・ポップ的な楽曲は彼の音楽的バリエーションのほんの一部に過ぎなかったのかも知れません。
今になって聴いてみれば、1stアルバム『The Golden Age of Wireless(邦題:光と物体)』や2ndアルバム『The Flat Earth(邦題:地平球)』、その後のシングルなどでも、当時のシンセの音に隠れてこういった幅広いジャンルのエッセンスを感じ取ることができます。
本作発表の後はあまり表に出るような活動はしておらず、ソロ名義では92年発表の『Astronauts & Heretics』、94年発表のCGアニメによるビデオ作品及びそのサントラ『Gate to the Mind's Eye』、また、裏方として数々のアーチストの作品やツアーに参加しています。
数年前からは、携帯の着信音を専門に制作、販売する会社レトロ・リングトーン社を設立し、その傍ら、ネット経由でソロ名義の新作のダウンロード販売なども行っているようです。
詳しくは ThomasDolby.com をご覧になってみて下さい。(もちろん英語ですが、トーマス自身のブログもありますよ。)
本作は、1stや2ndのように当時を懐かしむことは出来ないんですが、当時の流行の音色に染まりきっていない分、古くささを感じずに聴くことができますし、今から20年前の作品とは思えないほど新鮮な感覚を持っていると思います。
今でも充分に通用する作品ですので、「彼女はサイエンス」しかご存じないという方にはぜひ聴いていただきたいと思います。
なお、このCDにはドルビーズ・キューブの「May The Cube Be With You(邦題:キューブは貴方と共に)」が収録されており、リーナ・ラヴィッチやジョージ・クリントンのゲスト・ボーカルを聴くことができますよ。
/BLマスター