BEST

2007年01月08日

Best of Bowie/David Bowie

Best of Bowie

デヴィッド・ボウイ [ David Bowie ] は 1947年1月8日生まれ。
そうです、今日で60歳、還暦を迎えるんですよ。

そこで、今日はベスト盤の紹介ついでに、デヴィッド・ボウイの作品について書いてみたいと思います。

本作は一番新しいベスト盤で、以前紹介したDVD『Best of Bowie』と同時に発売された2枚組のもの。
内容的には各発売国によってまちまちなのですが、この英国盤が楽曲数も多く、彼の作品を発表順に収録しており、非常に分かりやすい構成となっていますので、これから聴こうという方にも、レコードは全て持っているという方にもお勧めできるお得なアルバムです。


デヴィッド・ボウイの本名はデヴィッド・ロバート・ジョーンズ [ David Robert Jones ] 、10代後半からキング・ビーズ [ The King Bees ] 、マニッシュ・ボーイズ [ The Mannish Boys ] 、ロワー・サード [ The Lower Third ] 等のバンドに在籍し、デヴィッド・ジョーンズとして活動するも、モンキーズのデヴィッド・ジョーンズと名前がカブることからデヴィッド・ボウイと改名したそうです。

バンドとしては一向にヒットに恵まれず、見切りをつけたボウイは67年6月に1stアルバム『David Bowie』でソロ・デビューを果すのですが、やはり殆ど反響はありませんでした。
この頃、舞踏家リンゼイ・ケンプに弟子入りし、パントマイムなど後のステージングの基礎を学んでいます。

しかし、69年7月に発表したシングル「Space Oddity」が、ちょうどアポロ11号の月面着陸で世界中が沸き返っていた影響で全英チャート6位となる大ヒット。
続いて発表されたアルバム『Space Oddity』もアルバムチャートで17位となり、ようやく日の目を見ることとなります。

「Space Oddity (original version)」のプロモ映像

その後『The Man Who Sold the World(邦題:世界を売った男)』(1971年)『Hunky Dory』(1971年)などの意欲作を発表し、その人気を保ちますが、彼をスーパースターにまで持ち上げたのは何と言っても 72年に発表した『Ziggy Stardust』でしょう。
今でもこの作品を最高傑作と支持するファンも多く、グラム系の派手な衣装やメイクと共に、そのコンセプチャルなアルバムは熱狂的に迎えられました。
この頃は、山本寛斎の衣装が多く使われているのが日本人としては誇らしいことです。

翌73年には『Aladdin Sane』『Pinups』などのジギー路線(グラム指向)の作品が続けざまに発表され、初の来日公演も行われています。
ちなみに、ボウイは極度の飛行機嫌いだったらしく、船で来日しシベリア鉄道で帰っているそうです。
しかし、自らが作り上げ一人歩きしだした『ジギー』の呪縛から逃れることができずに、ツアー最終日には一度ライブ活動からの引退を宣言しています。(すぐにまたやりましたけど・・・)

当時の「Ziggy Stardust」のライヴ映像

さらに翌74年には『Diamond Dogs』を発表、以降はアメリカのソウル・ミュージックに傾倒するようになり、『Young Americans 』(1975年)『Station to Station』(1976年)
そして、ジョン・レノンとの共作シングル「Fame」で初の全米チャート1位を獲得します。

78年の東京での「Fame」のライヴ映像

この頃はボウイの薬物依存が深刻になり、リハビリの意味と新たな音楽制作のためにドイツのベルリンで隠居生活(?)を始めるようになります。

そこで制作されたのが、ブライアン・イーノが制作に加わった、いわゆるベルリン3部作の『Low』(1977年)『Heroes』(1977年)『Lodger』(1979年)で、シンセサイザーなどの電子楽器がふんだんに使われた非常にアート志向の強い作品です。
この3部作はこれ以降の80年代ニューウェーヴと呼ばれるアーチストに多大な影響を与えており、個人的な感覚としてはこのブログの主旨である80's UK New Waveにとって非常に重要度の高い作品であると感じています。

78年の「Heroes」のライヴ映像

80年代に入り、キング・クリムゾンのロバート・フリップも参加した、私にとっての最高傑作『Scary Monsters』を発表、これに収録された過去の楽曲をいきなり根本から覆す内容(宇宙へ行ったトム少佐は実はジャンキーの妄想だったという内容)のシングル「Ashes to Ashes」は英国のみならず、ヨーロッパ各地で1位となる快挙を成し遂げました。

「Ashes to ashes」のプロモ映像

83年には長年所属したRCAと別れを告げ、高額な契約金で新たにEMIと契約し、ボウイのキャリアで最高のヒットとなった『Let's Dance』を発表、同年にはグラム時代を知らないファン層までも取り込んだ大規模なワールド・ツアー「シリアス・ムーンライト・ツアー」も行われました。
しかし、いきなりの商業的ポップ路線の作品であったために初期のファン層からは評判が悪く、以降の80年代の作品『Tonight』(1984年)『Never Let Me Down』(1987年)では徐々に人気が下降、同時にボウイの音楽制作にかける意欲も薄くなっているような気がします。
また、80年代は音楽よりも、俳優活動の方に重きを置いたのか、オフ・ブロードウェイの舞台「エレファント・マン」や、映画「クリスチーネ F 」「ハンガー」「戦場のメリークリスマス」「眠れぬ夜のために」「ビギナーズ」「ラビリンス/魔王の迷宮」「最後の誘惑」など多数の作品に出演しています。

89年になって、リハビリの意味か、シンセサイザー・サウンドから離れ、ストレートなロック指向のティン・マシーン [ Tin Machine ] というバンドを結成し、『Tin Machine』(1989年)『Tin Machine II』(1991年)を発表しますが定着することなく解散。

Tin Machine「Goodbye Mr Ed」のライヴ映像

その後、過去の曲の総決算的なツアー「サウンド&ヴィジョン・ツアー」が行われ、過去の曲を封印すると宣言。(今でもやってますけど・・・)

以降は、ナイル・ロジャースを迎えてのファンク要素を盛り込んだ『Black Tie White Noise』(1993年)、BBCのドラマのサントラとなった『The Buddha of Suburbia』(1993年)、イーノと再びタッグを組み、架空の映画のサントラというテーマのもとに制作されたコンセプチャル・アルバム『Outside』(1995年)、ドラムン・ベースの要素を取り込み新しい音楽に果敢に挑んだ『Earthling』(1997年)、自分自身を見つめ直し新たに生まれ変わった『Hours』(1999年)、再びトニー・ヴィスコンティーとタッグを組んだ『Heathen』(2002年)、同じくヴィスコンティープロデュースの元制作された『Reality』(2003年)を発表し、現在に至ります。

過去の作品をモチーフにしたCM映像
Reality Tourのライヴ映像


還暦を迎え、サラリーマンなら定年退職となるところですが、ボウイ様はこれからも第一線で活躍されることと思います。

まだまだ、彼から学ぶことは多そうですね。

ひとまずはお誕生日、そして還暦おめでとうございます。
これからもかっこいいオヤジぶりを発揮し、後に続く我々の良いお手本となっていただくことを心よりお願いします。
/BLマスター

uknw80 at 18:32|PermalinkComments(6)TrackBack(3)

2006年07月01日

The Best of Sade

SADE best

ナイジェリア人の父とイギリス人の母を持つシャーデー・アデュ。
SADEという名前から1人のソロアーチストとしてとらえられがちなのですが、実は、Sade Adu(vo)、Andrew Hale(key)、Stuart Mattenwman(g、sax)、Paul S Denman(b)という4人からなる立派なバンドなのです。

1984年に「Diamond Life」という今でも色あることない歴史的傑作をひっさげてデビューしたSADEは、そのエキゾチックな顔立ちとアンニュイなセクシーボイス、またブラックミュージックでもジャズでもAORでもない独特の大人っぽい楽曲で一躍メジャーアーチストの仲間入りを果たしました。
当時、おしゃれに敏感なDCブランドを身にまとった若者たち(懐かし〜い!)が一家に一枚持っていたのがその「ダイアモンド・ライフ」ではないでしょうか。

今回、まず1枚を紹介するにあたって、この「The Best of Sade」と「Diamond Life」で悩んだのですが、シャーデーの場合「Smooth Operator」「Your Love Is King」「Sweetest Taboo」「No Ordinary Love」「Kiss of Life」「Pearls」などのシングルカット曲もすばらしく、まずはベスト盤の紹介となりました。

バックの演奏に関してはかなりの腕前だと感じるものの、シャーデーのボーカルの音域は決して広いわけでもないし、歌唱力に優れているわけでもないと思うのです。
しかし、何か人を引きつける魔力が彼女の歌にはにはあって、脱力系のソウルというか、ニューウェイヴというか、決して出しゃばることないエロティズムのようなものを感じます。

それは、最近のエレクトロニクスの音がふんだんに使われたアルバムにおいても変わることなく、20年以上もの間シャーデー・ワールドを守り続けているのです。

もちろん、バックのサウンドは時代に合わせて進化し続けているわけですが、出しゃばっていないにもかかわらず妙に存在感があるためか、このベスト盤全体のカラーがまとまっているのは彼女のそんな歌声のおかげかも知れません。

何曲かしか知らないという方は、アマゾンで全曲試聴できますので、ぜひこの機会に彼女のアンニュイな歌声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
/BLマスター

uknw80 at 20:55|PermalinkComments(4)TrackBack(3)

2006年06月26日

Greatest Hits/THE CURE

Cure best
キュアーというバンドは大変長い間活動しているのですが、活動停止期間が非常に多く、そのたびに解散という言葉が飛び交うので、まるで「オオカミが出るぞ〜っ」的な感覚で、解散話を誰も信じなくなりました。
一昨年にリリースした「本当の解散アルバム」の発表の時ですら誰も驚く人もなく、地味なラスト・アルバムとなってしまったのではないでしょうか?

実は76年に、当時アートスクールの学生であったロバート・スミスを中心に、すでにイージー・キュアーという名前でキュアーの母体をつくっていますので、一昨年の解散が今度こそ本当だとするなら28年もの間活動していることになります。
そんな彼ら(正式メンバーで残っているのはロバート・スミスただ独りですが・・・)の人気を不動のものとしたのはロバート・スミスのスージー&ザ・バンシーズへのギタリストとしての一時的参加であったことは有名でしょう。
その後は音楽的な幅も広がり、屈折したポップ感と、高く不安定なボーカル、イギリスのインディーズ的な陰影のある独自のサウンドで私たちを魅了してくれました。

このベストアルバムは2001年に発表したもので、デビューしてから2000年までの実にキュアーらしいメジャーな曲をまとめてあるので、キュアーを知るには最適なアルバムと言えます。
ただし、輸入盤と国内盤は内容が異なっているため、個人的に大好きな「キャタピラー」が入っていることと、収録曲の多さで国内盤を紹介させていただきました。
/BLマスター


uknw80 at 19:14|PermalinkComments(7)TrackBack(0)
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