ねこた通信

会社員から医療従事者に転職しました。快食・快眠・快便。食欲・睡眠欲・性欲。栄養・運動・休養など人間の基本を楽しく書きたい。元一般人から見た医療現場の不思議と健康に役立ちそうなこと・助産のこと・日々思うことなどをぼちぼち更新。

痛くはないけど、患者です

昨年のことですが、私が患者になった時の話です。詳しくはこちら

趣味のランニングで右足がおかしくなった私は整形外科を受診しました。

最初は腰のレントゲン。(おかしいのは右膝だけど・・・。)そのあと診察。いろいろ靭帯の動きをみて異常なし。右の腸脛靭帯がおかしいようで痛くないけど平地は足をひきずって歩くという奇妙な症状に医師は困った様子。
医師)腰のMRIをとりましょう。
私)え、おかしいのは膝ですけど。
医師)神経は腰からでてるからね。
ということでMRIをとることに。

MRIの結果は、
医師)どこも神経を圧迫してるとこはないねえ~整形的には原因はわかりません。痛いんでしょ?
私)いいえ、痛くありません。
ますます困った様子の医師。
医師)もしかしたら重病かもしれないよ。ハム(HAM・HTLV-11関連脊髄症)とか。
おどかす医師。
医師)脳神経内科に紹介状を書きましょう。
ということで脳神経内科に行くことになりました。

予約制ですが、3時間近く待ちました。問診(HAMを疑う)と神経学的な診察のあと、
医師)異常はないですね。こんな症状はみたことありません。詳しい採血と頭部MRIと筋電図をとりましょう。
私)筋電図って痛いですか。
医師)女の人はがまんできますよ。
ということで採血を済ませ、別な日に新たな検査が組まれました。

最初の受診からここまで2か月かかりました。私の休みや予約の都合もありますが,病院の受診がこんなにサクサクいかないとは。私は気分が悪いわけでもどこか痛いわけでもないのでいいのですが、受診って大変だな~と思いました。

家に帰ってから考えました。頭部MRIと筋電図。MRIはもうとりたくない。筋電図なんて無理。なんで痛くもなく日常生活では何の不自由もないのに、電極刺されて電気ビリビリ流されなきゃいかんのだ、そんな趣味はない。

私は診察を断る旨、病院に電話をかけました。

                            つづく

看護師昨今

ねこたです。まだ看護師続けています。

48歳で就職した病院もはや6年目に入りました。相変わらず助産師はしていませんが、そんなことはもうどうでもよいくらい忙しくて朝は7時に家をでて夜は23時過ぎに帰宅。翌日また7時に家を出る・・・こともあります。

7時に家をでるのは引っ越ししたためで仕事のせいではないです。いつもではないですが帰宅が23時すぎになるのは仕事のせいです。┐(´д`)┌ 平均して21時前後に帰宅してますかね。

家のローンを完済するまで元気でいられるか不安はありますが、死亡時は払わなくてよくなるので安心。中途半端が一番困ります。ローン完済後(老後)も元気でいられるよう貯金と貯筋にはげまなくてはと思っています。

4月からテレビで「白衣の戦士」という番組が始まりました。「ナースのお仕事」みたいになるかな~と楽しみに見ています。

主人公が「熱血白衣の天使」を見てあこがれたとこか私と一緒だ~(見てた年齢は全然違うが)、そうそう今はワンピースじゃなくてパンツスタイルだよね~天使とは程遠い作業服姿だよと画面に話しかける私。

手指消毒のボトルやらなにやら入れ込んだポシェットを腰につけてるとこも今風ですが一つん?と思ったのが採血の練習場面。真空管じゃなくシリンジ(注射器)でやってるのは今風ではないなと。

針差し事故防止のためシリンジから採血管に移さなくてよい採血のやり方が(真空管)あるのですが、そこはドラマなのでシリンジ採血のほうが絵になると思ったのかも。

私はシリンジ採血のほうが好きです。真空管はするのもされるのも苦手です。血管が細い人の真空管採血は難しいし、されたときは針を抜くときにず~んとする感じが嫌なんですよ。

うちにも新人がやってきました。私も練習台になりまーす。(´・ω・`)

働けど働けど年金ふえない 

最近、気づいたことがあります。

私は、高校を卒業してから産後1年間(2回)をのぞいてずっと働いてきました。国民年金は収入のない時期にもきちんと支払いました。納税は国民の義務ですからね。納めていないのは一月だけ。9月入社の会社に8月途中から勤務したとき8月から保険はかけると言ったのにかけてなかった一月だけ。日本年金機構にアクセスして初めて知りました。

支払い続けて321カ月。26年間。(2011年2月現在)

これだけ払ったのに。

10万に満たないパートの収入から厚生年金・国民年金を14年間支払った私の母の年金額のほうが2011年現在の私の年金額より多いとはどういうこと?

今まで自分の年金の額だけみていましたが、こうして収入額とかけた年数を比較してみるとひどいと思います。

母が仕事をやめて18年くらいになります。その前の14年間のお金の価値ってそんなに違うものでしょうか。いったいどんな計算をしたらこうなるのでしょう。誰のために年金かけているんでしょうかね。

65歳からもらえるのかも怪しいです。こうなったらいつまでも生きて年金もらってやる~と思いますが、その前に一月暮らしていけない年金額なんですよね。

母もそうですが、幸い大工だった父が残してくれた小さいボロ家があるので家賃がいらず何とか生活できています。お金に苦労してきた母に年をとってまで苦労させたくないので就職してから今まで援助を続けています。

私は子どもに心配かけたくないからず~と働いているのに~これじゃ老後が思いやられますな。

リタイアしたらあれもして~これもして~と思わないほうがよさそう。リタイアできそうにないですもん。やとってくれる施設があるかぎり働き続けなくてはいけないようです。(;´д`)ゞ続きを読む

はっきり言ってみました

もんもんとした気持ちを整理した翌日、偶然?にも書いたことをほぼそのまま病棟師長に話すことができました。雑談的な感じでしたが少し気持ちがすっきりしました。

きっかけは、私と同じように名札に助産師と書いていない同僚がいるのを知ったこと。お昼休みに師長とその人と3人でお弁当を食べていました。

その同僚は「面接のとき助産師で、て言われてたんだけど入ってみたら婦人科だった。あはは。」と、さっぱりした人となのでこんな感じ。

話した結果、名札に助産師と入れるようになったのはここ最近のこと・名札に助産師と入れるなら給料体系がかわるので助産師業務をすること・助産師を産科、婦人科に分けるのは本人の意向を聞いていること・inanekoさんは看護部長から産科チームには入れなくていいからと言われたこと、やる気があるならやってもいいことがわかりました。

う~ん。ここで「やります、やらせてください。」と言えればこんなに悩まないのさ。

一番言いたかったことは「助産師やらない人もいるじゃないかい。その人たちもお給料は助産師でしょ。なのに私は看護師でやとってずるい。お金はいらないから名札だけちょうだい。」なんだけど、ここまでは言ってません。

でも話したことで助産師をやるか・やらせてもらえるかは、わからないけどいつでも復帰できるよう準備はしておこうという気持ちになることができました。

せっかく産科のある、閉鎖になることはおそらくないと思われるB病院にきたのですからここで引き下がってなるものか~とぼうぼうに燃えてきました。

ぼうぼうに燃えだした理由がもう一つ。

お昼休みのあと、用事で病棟にやってきたA病院でも同僚だった看護師に「なんで助産師やらんと~。」とおしりを叩かれ、さらに師長に「使ってやってくださいよ~。」と言ってもらったことです。

この看護師は最初に就職した産婦人科でお産した人で、入院のとき私が採血したんですよね。何年か後に同僚となり尊敬する看護師の一人なんです。

定年までの10年を今のまま平和に過ごすか、時間とお金と労力をかけてまた気苦労の絶えない助産師をやるのか。

5月のカレンダーに『あらゆるものは心を主とし心によってつくりだされる。』~ダンマパダ~と書いてあります。

すべては自分の心にかかっているということですね。

はっきり言わないと損をします

前の記事からもう一年たってしまいました。B病院はやめずに続いています。

2014年2月に新築の病棟が完成し、引っ越しました。今年の2月に病棟編成があり、希望をだして念願だった産婦人科病棟に移ることができました。産科チームではなく婦人科チームです。新生児の顔を見るだけでもいいと思って。

思ってたんですが。やっぱり胸がざわざわします。

私の名札には看護部・nekota konekoと書いてあります。助産師には看護部の下に(助産師)とあります。

面接のとき看護部長から産婦人科でなくていいのか聞かれました。私は「お産は2つの命を預かるので今の私には無理です。」と言って慣れた整形外科病棟に入れてもらいました。

これは「病院のシステムに慣れてから産婦人科に行きたい。」という思いがあっての言葉でした。B病院に移ったのも産婦人科があればこそ。(産婦人科がなくても行ったかもしれないけど。)

名札に助産師となくても今までは気になりませんでした。

でも今は気になります。婦人科チームに助産師もいるからです。産科チームに看護師だけの人はいません。オール助産師です。また他の部署にも助産師がいます。これらの人達の名札は助産師と入っています。

ん~ん。おかしい。と考えて、はっとしました。

面接のとき、この人はもう助産師で働く気はないと思われたんじゃなかろうかと。じゃ看護師でやとえばいいよね。助産師持ってるけど働かないなら助産師の給料じゃなく看護師の給料でやとえるじゃない。

あぁ、私って・・・。ばか・・・。自信がないばかりに自分の評価を下げるようなことを言ってしまいました。

病院側で産科以外に配属している場合は助産師の給料を払うけどそうじゃない私に払う必要はないと。私は看護師でやとわれていることに今頃気がつきがっくりきています。

そして、別に私が助産師に復帰しなくても看護師してる若い助産師は何人もいるし、これからだって、入ってくる。覚えの悪い中年の私にわざわざ時間と人手をかける必要はなく機会がまわってくる可能性はないことにも気づきさらにがっかり。定年まで10年しかありませんから。

一人でお産につく自信はないといいつつ助産師できるかも~新人みたいに教えてくれるかも~なんてお気楽に考えてたんですね。

2月に産婦人科に移動した時のうきうきした気持ちはすっかりなくなり、どよ~んとしています。整形外科も私と一緒に産婦人科病棟に移動しているのでおばあちゃん達とのお話のほうが楽しくて。年齢の若い婦人科の人と接するのはなんかこわい。なに話していいかわからない。

はっきり言うべきでした。病院のシステムに慣れるまで整形外科で働かせてください、新病院がすべて完成したら(2016年夏)産婦人科に移動させてくださいと。

「助産師」の名札は手にしたい。それが私のステータスシンボルなので。そうでないと産婦人科に移動した意味がないし、いる必要もありません。

どうしたものか、もんもんとしているinanekoでした。
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