2008年02月

2008年02月08日

最高齢の五輪選手誕生へ/66歳の法華津寛さん

 最高齢の五輪選手誕生へ/66歳の法華津寛さん


 北京五輪の馬場馬術団体で日本が1964年以来44年ぶりの出場が決定的となり、法華津寛(66)さんが日本五輪史上最年長での五輪出場を果たします。法華津さんは23歳だった64年東京五輪(障害飛越)以来、44年ぶりの出場となります。

 法華津寛さん おめでとうございます。
オリンピックでのご活躍を心より御祈念いたします。

 法華津という姓は大変珍しく、ルーツを調べてみると愛媛県宇和島市吉田町にあることがわかりました。

ミ☆「法華津」という名のルーツ
 報道で見ると東京都出身の法華津さんですが、珍しい姓のルーツは、伊予吉田(愛媛)にあります。現在、法華津七城として知られ石垣などが残る法華津本城は、法華津湾に面して半島状に突き出した丘陵にありました。法華津氏は、西園寺氏十五将の一人。また、標高436メートルの法華津峠は宇和島市(旧吉田町)と西予市(旧宇和町)との市境をなす峠で、風光明媚な宇和海国立公園の名所として知られます。

法華津寛(ほけつ・ひろし=馬場馬術)
1941(昭和16)年3月28日、東京都出身、66歳。12歳で馬術を始め、慶大に進学。64年東京五輪の障害飛越で40位。その後に馬場馬術に転向。五輪再挑戦を決意した03年からドイツ在住。

法華津寛 氏は、父に極洋社長をつとめた法華津孝太(ほけつこうた)氏、祖父に吉田町出身で南亜公司社長、南洋協会長として日本の南方政策に影響を与えた法華津孝治(ほけつこうじ)氏を持つ。



umanose8818 at 23:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

佐竹英一 一木に込めた祈り 開設しました

 佐竹英一は明治36年 愛媛県北宇和郡吉田町(現宇和島市吉田町)に生まれました。昭和5年に中央大学法学部卒業後、彫刻家 加藤正秋 先生に師事しました。 その後は作品の創作を続け、多くの展覧会に出品し賞を受けます。
 昭和33年頃より愛媛県展の審査員を務め県展理事・愛媛県美術会名誉会員などを歴任しました。
 愛媛県久万高原町には「不動尊」の作品を残しています。
一木に込めた祈り
佐竹英一 一木に込めた祈り

umanose8818 at 21:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)