天空の城出石城と城下町

2023年10月30日

鶉野飛行場跡

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前記事の竹田城、朝から登ったんで午後が丸々残っており、
ならばと南へ車を飛ばし、加西市の「soraかさい」へ。
ここには何がいるかというと、



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おおー、紫電改。
レプリカですけど、圧倒される存在感。
あこがれた主翼の20mm機銃×2。


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ここは旧海軍・鶉野(うずらの)飛行場の跡地にある施設で、
紫電改の組立工場もあったことに由来するんですね、
ちなみに、「うずらの」を「うれしの」と混同して
友人に笑われたのは秘密です。


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2階のデッキから、全体を見下ろせるようになってます。


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コクピットのレプリカもありました。

そしてもう1機、紫電改の写真にチラチラ写ってたのが、

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九七式艦上攻撃機です。
ただし、真珠湾攻撃の記録映像で有名な三号艦攻(一二型)ではなく
一号艦攻(一一型)なんですね。
このずんぐりしたカウルが特徴です。


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戦争も末期に、一線を退いた一号艦攻を練習機として使ったそう。
その後、戦局の悪化で、その練習機も特攻隊へ。
800kg爆弾を抱いているのは、それを再現したものでした。


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ここの2機とも、制作したのは日本立体。
先日茨城空港で見てきた飛燕と同じ会社です。
貴重な作り手さんがいて、ありがたい限り。



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そして、soraかさいを出れば
延々と続く滑走路跡。
こんな風に残ってるのって、とても貴重だと思います。


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当時の飛行場の敷地って、相当広かったんですね。
ポツポツと関連遺構が残っていて、
上の写真は対空機銃座。

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25mm三連装機銃のレプリカが展示してありました。
映画「男たちの大和」で使われたものだそう。
実際にあったのは連装機銃だそうです。


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草地の中にあったのは巨大防空壕跡。
当時は発電機が置いてあったようですが、
今は特攻に関するミニシアターとして使われていました。

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近くで見てみると、この形からすると掩体壕?
掩体壕の入り口を塞いで作ったんじゃないかな。


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他には、非公式展示ですが無蓋掩体壕もあります。
土塁の簡素な掩体壕に、米国産のテキサン練習機が微笑ましい。
パラソルの下で地元のおっちゃんが待っていて、
1コインで操縦席に乗せて写真を撮ってくれるようです。


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それは丁重にお断りしましたが、おっちゃんたち、
気にする風もなく、いっぱい話してくれました。
こんな土手じゃ低すぎて、爆弾の破片も防げないと思ったのですが
昔は地面のレベルが一段低かったそうです。
子供の頃には、こんな掩体壕が何十か所も残っていたそう。


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すぐ近くの草むらにも対空機銃座の跡がありました。
おっちゃんによれば、さっきの三連装機銃のレプリカは
最初ここに展示してあったそうです。
加西市があっちへ移してしまったんだそうで、
なんかゴニョゴニョ言ってました。。

戦闘機だけでなく、当時の基地のスケール感も味わえて
非常に面白かったんですが、
おっちゃんの機銃座を見に草むらに近づいた時、
側溝にはまって膝下が泥まみれになり、
げんなりして帰ったのは、これもここだけの秘密です。


★soraかさい
 兵庫県加西市



umanoshiri at 23:59│Comments(0) プラモ世代 | 

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