parapluie

Welcome to 「palapluie」!! [palapluie] means umbrella in french. I'm happy for your coming. Thank you***

かなり久しぶりの日記です。
気がつけば季節はもう夏へと巡っています。

ここのところ、私の中をずっとぐるぐるしていること、
「私の使命って何だろう。」
高校を卒業するまでは表現の世界に身を置くことこそが、
私の最初の使命だと思って県外へ出て一人で、
表現の場に出て行ったりしたけど、
それは全部「私の使命」とは違っていた。
明確にそれが分かったそのときから、
それをずっと探し続けているのに、
ここ数ヶ月はかなり焦っている。
何のために生まれてきたのか、
この世界で何をすべきなのか、
この命は何を意図してこの地上に降ろされたのか、
それが私にだんだんと近づいているのを感じる。
目には見えないし音も声もないけど、確かに感じる。
砂漠でずっと長い間彷徨っていた人が、
遠くに蜃気楼じゃないオアシスを視界に発見して、
そちらのほうに息をあげながら向かうような、そんな感覚。
ネットの中や本の中や誰かの中や目に見えるものの中に、
それを探しているけどおそらく辿りつけないだろう。
きっとそれは自分の中から湧き上がるか、
あるいは天からまさに降っておりてくるものなのだ、と思う。
世界と宇宙の時間と、私の中の時間がカチッと出会う、
「運命の衝突」はきっと近いだろう。
祈るようにその時を全身全霊で迎えよう。

昔から、ときどき、
「私はまだサナギなのだ。」と感じる。
子どものころは、まわりの子たちがピアノやお習字を習って、
遅くまでテレビを見たり塾に通ったり、
自分よりも知識をどんどんつけていって、
知っている世界を日に日に広げていって、
少しずつ少しずつ社会的に大人的に成長していくのを感じた。
大人(そう言われる年齢)になってからは、
周りの人たちが色んな人間関係を持っていて、
所有物を増やして、お酒を飲んでキスをして知らない音楽を聴いて、
仕事や趣味の時間を充実させて、自分の世界を社会に広げている。
そんな個々の拡散を見て、自分の世界に目を下ろすと、
とても小さくて、生き物の気配のない外とは遮断された無機質なところが、
大部分を占めているのを見る。
昔からどうも外側に自分を拡げていくのが得意じゃなくて、
よっぽど気に入ったものじゃないかぎり自分の内側には入れたくないから、
趣味や好きなものもあまり増えなくて、世間的なことにもややうといところがある。
そんな自分が決して嫌いではないし、これが私自身なのだと受け入れているけど、
外側の個々の膨張を見ていると、取り残されてしまったような気持ちにも時々なる。
みんなが自分を外に拡げているのに行き先や方向が未だに定まらない、
でも中途半端な思いで先を決めたくはないからもう少しあたためておきたい。
いつでもどんなときも自分らしさや自分のテンポを持ち続けることは難しいし、孤独でもある。
それが正しいかどうかはわからないけど、
私はこれが私の選ぶ生き方だと信じ続けよう。
私は私のテンポでしかきっと生きられない。
中途半端じゃない自分の芯を持ち続けていよう。
そうしたらいつかきっと時は満ちて、サナギから孵る。
その時にそこにいる私はこの宇宙のどこにもいない私になっていよう。




(歌詞)
有効期限(リミット)までまだ間に合うぜ僕が手にしたone-way ticket
胸に秘めた不満も 不安も さて置いてRide!Ride!Ride!

何が起こるのか知らせないのが天使のエチケット
君にしたって本能に翻弄されるのも悪くないんじゃない?

Oh...I'm talking about Lovin'

君がいれば僕の周りの雑草も薔薇色の世界
吹雪の日も暖房とレインコート 使わないで暖をとっていたい

何とかロスタイムまで持ちこんで1対1のPK
力まないで何度もファインゴール
振り向いてど真ん中を狙え!

Oh...I'm talking about Lovin'

君は運命の人って思ったりして 思い違いかなって迷ったりして
大きなシーソーの上で右往左往する
Friend じゃ辛いけどThe END になるくらいなら
慌てなくていいや。。。
また明日
また明日

Oh...I'm talking about Lovin'
君は運命の人って思ったりして 間違いないよって念を押したりして
大きなスクランブルで立ち往生する
もし縁遠くなたって未練たらしくしちゃいそうで
なんだか怖いから。。。
また明日
また明日

有効期限までそう時間もないぜone-way ticket
伝えたいのはONE WORD
ONE WORD...

Oh...I like you. I love you.

風がひんやりと肌を冷やす中、
川辺や神社では木がピンク色に色づき、
桜の季節がかえってきたことを知らせる。
ひんやりと寒い春でも自然は季節を進める、
時間は確実に世界のすみずみまで平等に流れるんだと感じた。

このまえ、「片付け祭り」をしました。
「片付け祭り」とは、
自分の持ち物の全てをひとつひとつ手にとり、
ときめくものだけを自分の持ち物として選ぶ片付けです。
自分の持ち物の全てを、
床に広げてひとつひとつ手にとって感じ、選んでいく。
私は自分の持ち物は人並みよりも少ないほうだと思っていたのに、
床に広がった自分のものたち(特に衣服類)の多さに驚き、
ひとつずつ手に取る一瞬ごとにそのものに対する感情が、
思い出されるように浮かんでくる。
私が選んだものたちと、そうじゃないものたちの、
それぞれの山を見て思った。
「ああ、私は自分で思った以上にものを大切にしていなかったんだな。」と。
「片づけ祭り」のきっかけは友人2人が勧めてくれた本がきっかけだった。
その本にも同じようなことが書いてあったけど、
人は一度にたくさんの人を全く同じように愛せないのとおなじで、
たくさんのものを全て愛おしく大切にはできないのだと感じた。
私がときめくものとして選んだものたちの量は、
元来持っていたものたちの5分の1ほどになった。
選ばなかったものたちは私が今まで本当の意味で大切にできなかったもので、
本当にものを大切にするとは、どういうことなのか私に教えてくれた気がした。
一枚の服、一冊の本、一通の手紙、ひとつの情報、
ひとつひとつに感情や役割や思い出が宿っているから、
手放す時も、手元に残す時も大切にしたい、
そして自分のものとして使うものには愛情をもって触れていこうと思った。
「片付け祭り」を終えてからは一度も散らかっていない、
いつもときめくものたちだけに囲まれた自分の部屋が本当に大切になった。
一時期、自分の部屋にいるのが息苦しくも感じたことがあったのに、
片付けを終えたあとの清らかな雰囲気があたたかく感じられて、
心が休まるようなほっと安心するような部屋になった。
きれいになった部屋を今度は徐々に自分のときめく部屋にしていこうと、
今は思っていて、ベッドのシーツやカーテンや、間接照明を新調して、
初めて自分の理想の部屋作りをするのにわくわくしています。
この先私のものとして迎えるものはこの手で幸せに使います。

このページのトップヘ