◆劇場版アイドルマスターが現段階(上映開始から考えると約10か月)でも
 一部で上映が続けられ、舞台挨拶も「これで最後だ」といいつつ、ついに
 シンガポールまで行ってしまいました(笑)
 我々からしても本当に「とんでもない事態」であって。
 アニメ映画なんて普通3か月もやったら万々歳ですよ。
 それでいて、年末年始まで上映があるという事まで決まってしまいました(厚木→池袋)
 おそるべし、輝きの向こう側。

 でも、何回みても心に響くものがあるんですよね。
 だからこそ、アイマスPは「やってればいつでも観に現れる」。
 何回でも涙しちゃう。
 プロデューサーだからと言っても、飽きれば行きませんからね。
 ブルーレイだって出たわけだし。ビデオマスター版は音響を劇場カスタム
 してあるようですが、ほぼ一緒ですし。

 なのに足を運んでしまう。

 なぜ。ここまで「気持ち」が続くのか。

 アニメ・アイドルマスターは「家族の物語」であると、スタッフの方もおっしゃって
 いましたが、個人的には現実世界の9年間と、この「家族となってからの時間」はもう
 ほぼ同じものになってしまっています。…独り身だし(しくしく

 …過去にも何度も書きましたが、ほんと紆余曲折ありました。
 その過程は、アニメ、劇場版のシナリオとどこかオーバーラップするんですよ。
 見ていて、「ああ、この苦境は」「ああ、この盛り上がりは」→「あの辺だな」と。
 錦織監督のこだわりかどうかは、知る由もないかもですが。
 アニメ〜劇場版を観る事で、まるでアイマスのすべてが詰まっているようにも
 感じられるから、観に行ってしまう気がします。
 思い出補正がもう大連鎖。「個人的には」とはもう言えないですw

 閑話休題。

 アイマスそのものの予備知識のない状態で劇場版を観た、という方々のコメント
 (感想)を見る機会が最近たまたまあったのですが、やっぱりどこか「よくわからない」
 という内容でした。
 少なくとも、アニメ全話を観る機会を持ってから、劇場版は見たほうが良かったと
 思いますが、映画だから観るという層もいます。そのままTV版に戻ってもらうのも
 ありなんですけどね。

 以前にも書きましたが、劇場版は我々の長年蓄積してきた「思い出ボム」がどんどん
 誘爆連鎖していく内容であって、それがPのリピートに繋がっていると思うんですよ。
 何度も何度も思い出が爆発してしまう。経験値の高いPならなおさらではないかなと。
 元々アニメのほうも、ゲームからの思い出があると倍楽しめると思うので…。
 いちげんさんお断りというわけではありませんが、やはり「振り返れる思い出ボム」
 があれば超楽しめる作品になっているのは間違いないです。

 何回みても「初めて見ます」と言う某有名Pがおられますがw
 そういうことなんじゃないでしょうか。そういう「快感」があるんですよ。
 なので、「何も知らずに観る」のはもったいないかな、と思います。


◆というわけで、あらためて内容にふれましょうか。
 今更ですが、「盛大にネタバレ」ですので、「続きを読む」にて。
★「天海春香は、"アイドルマスターそのもの"である」

 アニメを26話まで観たみなさんもお判りの通り、アニメアイドルマスターは大きく見れば
 「天海春香の物語」です。
 その中に、前半は美希、後半は竜宮と千早、そしてジュピターの物語が重要なポイント
 として織り込まれました。
 すべて「舞台袖ですれ違う」演出で、その「バトンタッチ」が行われていき、最後に
 千早からアンカーとして春香にバトンが手渡された時、物語はそれまで「個別の話がなかった」
 春香は、「そうか全25話が春香の物語なんだ」と気づかされます。
 そしてその流れは、劇場版で「リーダー」となることで「完成」するものでした。
 
 どうして天海春香がリーダーであるべきだったのか。

 それは一番難しい存在である「普通の女の子」だったから。
 一番難しい、「ニュートラルな立ち位置だったから」にほかなりません。
 
 765プロの面々は、基本的にどこかがとがっていて、そういう意味合いでは
 かなりきれいに属性が分離しています。
 かなり計算されているなと、今更ながら感じますが。まさに「基本」です。
 なので、春香以外の物語は、どうしてもリーダーとなる娘に引っ張られる部分が
 強く出てしまう。
 その辺のさじ加減は「アイマスSP」「シャイニーフェスタ」でも模索していた
 ようにも思います。

 アーケード時代なんかは「普通すぎて没個性アイドル」なんて揶揄されたものですが、
 中村さんの頑張りもあり、長い年月をかけて「天海春香」という「普通の女の子」の
 形は作られてきました。
 (※黒春香とかは、ある意味同人としての悪ふざけ、という部分が強いですが)

 そういう経緯もあるからか、「トップアイドルとして最高峰の賞の受賞」ですらも、
 自分のおかげでなく、みんなが協力してくれたからだ、と「一歩ひいてしまう」キャラに
 なってきた。いまだにこんな「目立った個性もなく普通の私が」とどこかで考えている
 のかもしれず。 

 どこも尖らない「普通」の娘。私が一番とは言わない「ニュートラル属性」。
 そして時間をかけて築かれたキャラの魂としての「芯が通っている」
 ならば、チームを引っ張るに適しているのは確かと言えます。
 ニュートラルでありどこにでも動かせて、一番しっかりしている。

 そう、いつのまにか、春香は765プロの「基本中の基本」になっていたんです。

 つまり彼女はアニメの中で、「アイドルマスター」という作品の象徴となりました。
 だからこそ、劇場版での「アリーナでの春香の独白」は、アイマス自体の歴史と、
 その続いてきた方向性(ベクトル)と重なっていくのではないか。


 「私は、天海春香(アイドルマスター)だから」
 「“今”というものは、過去の何一つ欠けても成立はしない」
 「“今”までのすべてをもって、変わらないモノを持ちつつ変化して、
  未来へと進んでいきたい」


 TVアニメの時、プロデューサーは大怪我の身ながら、伝えました。

 「誰かが一人でも欠けたらダメで、みんなが揃ってこそ765プロは無敵だ」

 この時の意味はあくまで「団結」の意味合いが強かったと思うんですよね。
 すべてのピースがかっちりはまってこそ完成するのだと。

 劇場版で、プロデューサーは合宿の時に伝えました。

 「未来は、今の延長上にある。今を大切に、悔いの無いように」

 ここで、春香は気づいていた。「みんなといっしょに!」の本当の意味を。

 春香は、今まで過ごしてきた約2年半分の時間(※)で得てきたものは、すべてかけがえのない
 酸いも甘いも含めて全部、欠けてはならないものであると気づいたんです。
 (※デビュー後半年+Pが入って1年間(アニメ)+劇場版約半年強)

 だからこそあの場で、今を後悔することなく未来へ進んでいくには、「過去も
 全部未来へと持っていく必要がある」と言いたかったのでしょう。

 ただ、プロデューサーの言葉にそのまましたがっていたわけじゃないんですよね。
 今までの経験から来る、「アイドルマスターとして本当に必要だったもの」は、
 酸いも甘いも何もかもすべて。「今」を形作るには必要なものであったということ
 なんです。

 志保が言うようにモチベーションを保てなくなった「可奈を切る」事は誰もが考えるし、
 やるならいとも簡単にできてしまうし、効率がいいことでしょう。
 だけど、それでは「今までのアイドルマスター」が大きく破綻してしまうことになる。
 「過去」も「今」も「未来」も、すべては繋がっているのだから。

 だからこそ。

 天海春香は、劇場版のモチーフとなった7thライブの表題「みんなといっしょに!」を
 守りきることに徹したのでしょう。


 余談ですが。
 アリーナの春香の独白の中で、順番に各アイドルの名前を呼びますが、わずかに
 間をあけて言う

 「プロデューサーさん。」

 の言葉は、おそらく、輝き(スクリーン)の向こう側の我々にも向けられたものです。
 応援を続けてきてくれた、すべてのみんなに。
 欠けてはいけない、マスターピースだから。


◆劇場版では、TV本編でサブとして前面に出た(ちょっとへんな言い回しですが)メンバーも
 あらたな局面を支える重要なピースとしてかかわります。
 「すべて、かけてはならないM@STERPIECE」です。

 プロデューサー。

 あくまでも、春香たちが未来に進むための「道しるべ」としての役割を果たしました。
 名前はないし、素性も謎のままですが、アニメの彼女たちにはなくてはならない存在です。
 視聴者としての我々も「プロデューサー」ではありますが、我々から見ても彼は一つの目標
 とも言える存在にもなるためには、「謎」である必要がありました。
 でも不思議とツッコみたくならないんですよね。
 スタッフの方々もキャラづくりに相当苦労されたようですが、よくここまでと思います。

 ゲーム版のプロデューサーも、どこかおバカで抜けていて、朴念仁で、とややお調子もの
 的なところがあって、キャラクターとしての確固たるもの、が設定されていませんでした。
 ただ、ものすごく頼りないキャラではあり(苦笑)、こちら側でよく補完したものです。
 だからこそ我々がロールプレイングできる余地があったのですが、アニメのPはかなりの
 「いいお父さん」で居続けたので、ちょっと妬けますが、憧れの存在になりました。
 彼がいたからこその、今の「765プロは大切な家族」が成り立ったのだと思います。

 エンディングラストで出発からどのくらい経ったかわかりませんが、765プロに帰ってくる
 カットがあります。あれは「これで終わりではなく、未来に続く」という意味があります。
 錦織作品としての765プロ、また観る機会がありますように。

 美希。

 おそらく、765プロメンバーの中でも、現状1、2を争う人気を誇るアイドルのはずです。
 ステージ上でも一番キラキラしていたい。その心が一番強い娘。
 ですが、そのキラキラを教えてくれたPに対する「大好きな心」は、リーダーに選ばれ
 なかったことで少し揺らいでしまう部分もあった。
 もちろん、選ばれなかった理由も、気づいていたはずです。
 美希は直感で動いているところもありますが、かなり賢い娘です。

 だけど「自分のやれることをしっかりとやる」ということは揺らがせなかった。
 それは春香へのライバル心でもあったでしょう。
 ただ、ライバルである春香は可奈の件でふらふらになっていたのに対して、そして自分にも
 言い聞かせるように「自分のやれることをやるの」と、春香に伝えたのでしょう。
 春香には、美希には無いものがある。今はそれを動かさなくてはいけない。
 ライバルとして、そういう喝を入れたのです。リーダーとしては認めるけど、「確固たる
 ものを持って、今の不安に立ち向かえ」と。それが出来るパワーを、美希にはないその
 パワーを出してくれ、と。

 千早。

 アニメ後半で過去と向き合うことが出来たおかげで、非常に落ち着いた状態になりました。
 もう完全に覚醒したといって良いでしょう。チアキングに「三十路の落ち着き」と
 いわれていましたがw

 劇場版では、あくまでも春香のかたわらにいて、微笑んでいます。
 あの一番つらかった時に、支えてくれたのは765プロ全員ではあるけども、
 「一番のお節介」だった春香は、千早にとって親友以上のかけがえのない存在となりました。
 今度は私が春香を支える番であると、いつでも考えている事でしょう。
 それを言葉に出さない、口数が少ないのも彼女特有の「不器用さ」です。

 カメラという趣味を持ったのも、今まで周りにいたものに気づかなかった過去の自分への
 決別の意味もあるのでしょう。
 千早はおそらく、母親との関係を一歩進めたことで、春香よりも前に立つ存在になったのかも
 しれません。今まで引っ張ってきてくれた春香に対する恩返しの意味でも、春香をひっぱる
 存在にへと進んでいった。
 エンディングカットにある「しおり」は、「これからもつづく」の意味でもあります。
 千早は、さらなる高みへと今でも進んでいるのです。

 伊織。

 アニメやゲームでは、「2」以降竜宮小町のリーダーとして先んじてトップアイドルへの道を
 進んだはずでした。
 しかし、美希はぐんぐん伸びてくるわ、春香はいつのまにかすごく大きな存在になっているわ
 千早は海外進出を目の前に控えるわと、仲間内でも物凄いライバルに囲まれている状況に
 なってきていました。
 (※劇場版冒頭の社長の説明の時の表情に注目)
 劇場版でも美希に対してはライバル心ビンビンだし、周りにトゲトゲしている志保に、過去の
 自分に似た部分を感じたのか、近づいてみたりしていたりします。
 ただ、「リーダーとして」は、765プロで一番先輩です。だからこそ、春香がつらい選択を
 迫られているときに助け船を出した。

 「竜宮小町として、先に道を走った時にもしこのまま他の仲間を置き去りにしてしまったら」
 そう思う不安も、今までにあったのかもしれない。だからこそ、志保にはああいう事をいって
 ほしくはなかった。

 1stライブの時に、そういう不安は無くなったと思うのですが、負けん気の強い性格の持ち主と
 しては「常にライバル心は持ち続けたい」のだと思います。

 律子。

 錦織監督が律子がステージに立たない、ということについて若林さんに頭を下げに行った、とは
 有名なエピソードですが、律子は当然「Pがハリウッド研修のため不在になる期間がある」と
 劇場版冒頭から知っています。
 Pからのアリーナライブの発表の時、ひとりフクザツな表情をしていたのは、それが原因。
 アニメ後半でPが大怪我をし、「自分を見つめなおすいい機会になった」と最終話で言いますが、
 18話で一時的な復帰を経験した後も、描かれない部分で何度かステージに立つ事も
 あったのでしょう。
 しかし、Pという大黒柱が期間未定で欠けてしまうとなると、その間ひとりで
 律子も認める敏腕Pの代わりを務めなければならない。
 ならば、ステージに立つ余裕はどうしても見いだせない立ち位置となったわけです。
 
 765プロが家族というならば、Pが父親、律子は長女というところでしょうか。
 リーダーともまた違う、全体を観る立場に徹するとしたのは、あくまでもアイドルとしてより
 別の立場での支える役へと成長しなければいけなかったわけですよね。
 その結果が、エンディングに見せた竜宮小町に続く「響、やよい、真美」の新ユニット結成に
 つながっていくのでしょう。
 そして、Pが帰ってきたのち、再びアイドルとして舞台に立つこともあるのかもしれません。

 ジュピター。

 元々は、本人たちは知らずの部分でもありましたが、765プロを潰すために送り込まれた
 過去があります。黒井社長のやり方に納得がいかず、結果961プロをやめ、いちから
 やり直し中(といいつつ結構な速さで復活している)の3人ですが、(もう315プロにいるかは不明)

 悩んでいた春香と出会った際に「お前からの挑戦状を受けてやる(チケット頂戴★)」という
 ハッパをかけていきます。
 冬馬にとっては「2回目」。前回はチケットを自ら渡したが、今回はその逆をお願いすることで
 「ライバルとして認めているから、頑張れよ」という不器用な優しさを表現していた。
 今じゃかなり差をあけられたので、追いついてやるという宣戦布告でもあったりしますが。
 現実ではsideMとしても「後追い」の立場でもあります。
 (…もう少し頑張ってほしいところもありますが)
 そして、アリーナライブでおそらく本当に765プロのファンになったのかもしれません。
 追いつけ追い越せのライバル心もあるけども、本当の意味で「好敵手(とも)」となったのかも。

 ミリオンスターズ(になる予定?)の娘たち。

 今回、765プロとして成熟したメンバーに対して「後輩」を作ることでのステップアップを
 はかるために呼び出された、経験も浅い「候補生」たち。
 一応「ミリオンライブ!」からの「スターシステム的立場」での登場となったため、
 ミリオンライブ内の言動から比べるとだいぶ「弱め」ではありますが、根っこは同じです。
 高木社長が「どうかな〜」と濁らせて真意を語りませんでしたが、要するに人間、
 後輩が出来ることで色々と「教える」ために「学ぶことが一気に増える」もので、
 「人間としての成長」は「後輩や自分たち以外の人に教える」事で進んでいくのは
 間違いありません。

 今作の立ち位置としては、あくまでも「オールスターズのステップアップ要員」では
 ありますが、彼女たちは「オールスターズの過去を思い出させる」存在でもあります。
 今はまだまだ未熟であっても、これからミリオンスターズとして、今回のオールスターズの
 ように、大きく羽ばたいていく可能性を秘めている、という事でもあるのです。
 尺の都合上、いろいろとカットされた部分があるそうなので、コミック0巻のように、補完
 シナリオが今後出てくる事に期待したいです。

 そして、渋谷凛。

 アイドルマスターワールドでは、すべて「つながっている」という意味合いと、
 おそらく「オールスターズはここまでやったし、まだまだ行くから、シンデレラもライバル
 として次のアニメで頑張って」というハッパかけの意味合いもあるカットだと思います。
 1月から新たな物語のメインとして「動く」彼女が見れますが、果たしてどうなるか。


◆「10年先はどうなっているんだろうな」

 自分も、正直なところアイドルマスターが10年も続くなんて思いもしませんでした。
 5thライブの頃には、本当に「終わる」と思っていたんです。
 しかし、色々ありましたがアイマス2につながり。アニメになり。劇場版にまでなった。
 そしてワンフォーオールという、新しい流れもできた。

 「輝きの向こう側には、さらなる輝きが待っている」 

 さらなる新しいステップは、いよいよ来年でしょう。

 ただ、「一筋縄ではいかない」のがアイドルマスターです。

 ワンフォーオールの先に何が待ち受けているのか。
 不安と期待と。
 でも、これからもオールスターズは応援していかなきゃな、と改めて思うのです。