ほぼ農的ブログ

趣味と若干の実益を兼ねた豆、芋、米づくりの農業風景を上えちごの限界集落から発信する予定でしたが・・

もうじき春だあ♪

この冬、たっぷりと降り積もった雪は、チョロチョロと小さな水音をたてながら溶け始めているのだが、フキノトウはまだ雪の下である。例年なら、沿岸部に積もる雪の量は、豪雪地・上えちごにあっても、けっして多くはないが、今年に限って言えば、山地と変わりないほどの大雪で、連日の除雪作業でシンドい目にあって、除雪作業の大変さを、豪雪地の芯から少し外れているわれらは、今更ながらに知ったのである。しかし、極度に落ちた俺の「活性」は除雪で汗を流したおかげで元へ戻った。
秋に収穫して、冬用にと貯蔵してあった野菜が底を尽いたうえに、野菜高騰の折もあり、「雪を掘って、大根を、できればキャベツ、ハクサイも収穫すべし」の命が妻からくだり、畑へ出かけてみたが、「まだ雪が多すぎて、掘り出すのは無理だ」と報告したところ、「じゃあ、わたしも行く」と言い始めたので、午後からは二人で手いでがずに「雪下野菜掘り」に出かけたのであるが、ハクサイ、キャベツは、雪に覆われた畑のどこに植えてあったか分からなくなり、ダイコンだけ雪を掘り上げて収穫してきた。多分もうじきだろうが(あと一週間?十日?)、畑の雪がみんな消えたら、本当の春がやってくる。雪下ダイコンP1010279そしたら、遊び人から農夫へとモード変換をしなければならないが、どうも俺の畑仕事はひとよりワンテンポ、いや、ツーテンポ、いや、スリーテンポ遅い。結果、キャベツやハクサイが巻かないまま冬を迎えたり、マメにP1010269-001花は咲いても実が付かなかったりと、間抜けなことになってしまうのだ。そこで俺は考えた。野菜作り・今年のワンテーマは「ひとの二歩先を歩こう」にした。さてこれから、春作の準備を始める。ワクワクするぞ。
😸父さんと母さんは、けっこう熱心にオリンピックを観ていたようだけれど、あたしは猫だから、旗を振り回すオリンピックに興味はない。でも、退屈だから、父さん母さんに付き合って、あたしもチラ観していたら、カッコいいお兄さんを見つけた。「髪の毛をもっと整えれば、好感度上がるのに」と思いながら見ていたスノーボードの平野選手だ。テレビの「平野さんは銀メダルを獲ったのに、どうして笑わないのですか」の質問に、いかにも「つまんねえ質問してんなあ」という表情を浮かべながら、「笑うのは苦手だから」とニコリともせずに答えたり、「オリンピックで銀メダル獲ったからと言ってどうってことないっす。ほかにも大会はいっぱいあるから」と言ったりと、質問者に媚びずに答えた答え方がわれらネコ属と通ずるものがあって、カッコよかったなあ。このカッコよさはネコ属にしかわかんないいだろうな。
「お手」もせず「お座り」もせず「待て」もせずネコ科ネコ属イエネコたちは

それはそうと、「最近、食欲がなく、身体がダルい」と母さんに訴えたら、西脇動物病院に連れて行ってくれた。酒も飲まないのにあたしはどうも肝臓を病んでいるらしい。でも処方してもらった薬があまりにも苦いものだから、呑まないで逃げ回っていた。死んでもいいからぜったい薬は呑まないときめていたんだけど、結局、父さんの力技に屈して、いまはイヤイヤ薬を呑んでいる。で、体調も戻りつつある。うみねこ
マ

マリモ代筆

PC
😸このまま父さん任せにしていると、ブログの更新がいつになるか分からないので、父さんがその気になるまで、あたしがブログを書くことにした。あたしはマリモ、年齢不詳、ただいま風邪気味のメス猫である。日ごろから口うるさい母さんは、ブログなんかろくに読んでもいないのに、「短くてもいいから何か書いたら」と父さんにハッパをかけているのだけれど、なんだかんだと言い訳ばっかの父さんは、いっこうにパソコンに向かおうとしない。いや、パソコンに向かうのはちゃんと向かうのだけれど、最後まで記事を書き上げる根気、集中力がなく、途中で投げ出して「井上ひさしだって遅筆だったんだぜ」とエラそーに言い、さらに、「俺は今活性がさがっているから、生きているだけで精いっぱいなんだ」と訳の判らぬことを言う。年明けのころから右胸や背中の痛みが強くなってきて「痛い、痛い」を連発して、病院からもらった痛み止めを常用するようになり、「再発だ!再発だ!」と騒いでも、母さんはちっとも取り合わないし、寝込むほどにQOLが下がったわけでもなく、あたしには、単なる無気力病にしか見えず、そもそもが無趣味な父さんは、畑仕事のできないこの時季はなんにもやることがなく、「食う寝る」だけの生活で、世の中のためになることや、生産的なことは何もせず、無駄に基礎代謝をするだけで、これを称して父さんは「活性が下がった」といっているのだ。川
とはいっても、終日トローンと死んだ目つきで過ごしているのも事実で、あたしの目からも、「活性下がり」は重症のようにも見える。本当にじきに死ぬのかもしれないな、と思ったところに、一月半ばにドカ雪。さすがの父さんも必死の除雪。雪に埋もれている買って早々にドアをへこましてしまった軽トラの救出に汗を流す。家の前だって大変だ。ばあちゃんのデイホームのお迎えの車のスペースを確保せねばならぬ。うつろな目つきも一挙に吊り上がり、「俺、肺病やみだからすぐに息切れがするんだよな」と言っても、誰も聞いてくれないから、仕方なしに川までエッチラオッチラと排雪作業。鮭の上る川も雪で埋もれた。あたしは出窓で高みの見物。
ホットミルクで一息入れた父さんは、「俺、活性上がったかも」と「活性上がり宣言」だ。そして何を想ったか父さんは「俺、週末に東京へ行って、青春の軌跡をなぞってくる。二泊三日だ」と突然言い出し、箱根から一人で帰ってきたことに自信を持ったようで「東京なんてスイスイさ」と、頻尿の薬を携えて、カッコよく出掛けて行った。(この項つづく)・・とここまではひと月前の話。話が長くなりそうなので、ここで時系列をひっくり返す。
😸2月19日、三カ月ぶりの診断日、前日から父さんは「6:4でクロだね。もしシロと言われても、俺は医者を信用しない。」と盛んに言って予防線を張っている。雪がひと段落したとたんに「ちょっと活性が落ち気味」だと言っていた父さんも、女子500Mの小平選手の優勝に大騒ぎ、高揚の気分を引きずって父さんと母さんが上越病院へこの間の検査の結果を聞きに出かけて行った。
雪の軽トラ
😸病院から帰ってきた父さんは診断の結果を友達に知らせたり、この間東京へ行ったとき姪のお誕生会に飛び入り参加して世話になった妹に「俺は医者を信用してないんだけど、シロだってよ。そんなはずないのだけどな。マーカーも画像も問題ないってよ」と報告していた。久し振りなんだから、隠れていないで父さんもひとこと位言ったらどうよ。
ご無沙汰すまぬ。

がん宣告記念日

明日は私の「がん宣告記念日」です。早いもので、がんの宣告を受けてから1年が経ちましたが、正直に言えば、「5年生存率20%」といわれている「ステージⅢB」の診断が下された時点で、ほぼ年単位で生きつづけることはあきらめたのですが、私が思うより人間の身体はしぶとい。1年たった今も、普通に畑仕事なんかをしながら、ちゃんと生きています。儲けものです。
がんに病み己が身体の危うさと強さ脆さと不可思議を識る
次の検診日、2月19日まであと約2カ月ありますが、その間何事もないことを願っています。
それにしても、甘やかすと際限のない食欲が、今の私の最強の敵です。
レジ横の豆大福とあんまんと栗まんじゅうとああ!ようかんも

秋湿りを嘆いているうちに、季節は移ろい、雪がちらつき、
畑はうっすらと雪化粧。いよいよ畑仕舞いの季節がやってきました。やり残しの仕事もあるにはあるが、雪には適わぬから、じたばたせずに鍬も仕舞うことにします。最後の仕事として、タクアン用の大根を収穫して干しました。雪干し大根
門徒ではありますが、クリスマス間に合うように漬け込むつもりです。クリスマスケーキにはタクアンが良く似合います。
そういえば3年ほど前にこんな歌を詠みました。

初出しの沢庵食めば豊穣に小糠のかほる聖夜の宴
続きを読む

秋進む

まずは、13日の検診の結果について。判定は「セーフ」であった。
予後のチェックのため、退院後はツキイチで画像診断や血液(特に腫瘍マーカーの)検査を受けていたが、特に懸念される兆候もないことから、途中からは「二カ月ごとでいい」と言われたが、右胸や背中に痛みを感じることがあったため、小心者の私は「二カ月の間にステージが一挙に進んだらどうしよう」との不安から、主治医に願い出て,再びひと月ごとの検診に戻してもらっていた。しかし、13日の検診で「原発がんの右肺の空洞もだんだんと小さくなってきていること」「転移がんの左リンパ節にもそれらしい影が見当たらないこと」「腫瘍マーカーの数値も基準値以下で安定していること」と理由をあげて「次回からは3ヵ月ごとの検診でいいでしょう」と主治医から告げられた。状態が好転したというよりは「退院後の9カ月が比較的安定した経過をたどっているので、今後急激に悪化することはないだろう」との診たてによる措置のようだ。さらに主治医が言ったのは、今の状態は、安全圏に逃げ込んだというわけではありません。一応の目安としての5年を経過するまではあらゆる可能性を含む不安定な状態が続くと考えた方がいいです。肺がんの場合は5年を過ぎたからと言って安心はできませんが、まずは5年を目指しましょう」必ずしも安心のできる話が聴けたわけではないが、まずは、少しばかり前進したと考えてもいいようである。
再発にビクビクしながら生活するのもばかばかしいので、畑仕事ももう少し先を見据えた長期的な計画に基づいた作業もするつもりでいる。その第一弾として、きょうは少し遠回りの畑へのアプローチをショートカットするために土手に杭を打って階段をつくってみた。これで大幅に時間の節約ができる。10秒くらいだけどね。雪が降る前に、畑での冬越え野菜のソラマメやエンドウ豆、イチゴの定植をしなければなりません。豆類とイチゴは今年の作はほぼ全滅状態だったので、捲土重来を期して、気合を入れて植えよう。獲れたてのソラマメのほくほく感は、なんとも魅力的で、牛乳とともに一気に胃へ流し込むんだぞ。どうだ、美味そうだろう。体力もつけなければね。ナイスデイ




居間の西方の窓越しに見える景色。この岬(鳥が首岬)を回った向こう側で事件が起きた。子供のころからのころから「海岸に漂着した不審物には手を触れるな」と言われ続けていた。
P1000671-001
私が生まれる2年前の出来事であるから、まだサンフランシスコ条約が結ばれていない時代で、リアルタイムではこの事件を知らないが、今ならこんなに犠牲者は出なかっただろうに。P1000290続きを読む

家にいて、猫とじゃれあっているだけなら、季節を感じることもないが、野や山へ出かけると、ここかしこ、どこを眺めてみても、秋が転がっている。野山は新緑の季節も好いが、風情とともに実りの多い秋はなおさら好い。

マリ
ブロッコリー

「出されたものは食べ残すことなく、すべて食べつくす」がわたしの食卓心得の第一条であったが、その禁を破り、大量に食い残したのが、「安い時期に大量に買い入れて冷凍保存している」との噂があり、ほぼ毎日院食に添えられていた無味の茹でブロッコリーである。生まれながらにして性の合わなかったブロッコリーであるうえに、抗がん剤で食欲が失せていた私にとっては、トラウマにもなりかねないほどの強烈なブロッコリー体験であったため、許されるものなら、退院後はブロッコリーとの関わりを断って余生を送りたい、と願っていたが、しかし、「選り好みせずまんべんなく野菜をつくるべし」を野菜づくり心得の第一条としていたので、つくるだけなら問題ないだろうと、収穫しても「食うもんか」と思いつつキャベツの横の畝にブロッコリーを10株植えた。ところが運の悪いことに、ものの本によれば、ブロッコリーは免疫力を上げる食材として第一に挙げられているから、収穫してくれば、当然のごとく食卓に上り、相方から「食べろ、食べろ」と強要される。しょうがないからわたしは目をつぶって無理やり胃へ送り込むことになる。ところがどうだ。「収穫の適期を過ぎて花蕾が黄変し始めている虫食いだらけの」のブロッコリーが、意外と食えるのである。否、うまいのである。かと言って、念のために申し添えれば、我が家のシェフが手の込んだ極上の料理を提供してくれたわけではなく、院とおなじく「ゆでて食いやすい大きさに切り分けてドレッシングをかけた」だけのブロッコリーであるから、これはひとえに、謙遜気味に言っても、食材の勝利である、と言わなければならない。見てくれはともかくわたしの野菜はなんだかんだいっても、うまいのである。さあ、うなずけ、マリモ。
今度の月曜日は8回目の検診の結果が出るだ。何事もなく通過したい関門である。まだソラマメを植えなきゃならないしね。続きを読む
プロフィール

umetec1951

カテゴリ別アーカイブ