ほぼ農的ブログ

趣味と若干の実益を兼ねた豆、芋、米づくりの農業風景を上えちごの限界集落から発信する予定でしたが・・

御礼

更新の安定しない気まぐれなブログの中から昨日の記事を見つけてくださり、たくさんのメールやコメントをいただきました。ありがとうございました。今もなお病状は綱渡りの状態で、グレーゾーンにとどまっていることに変わりなく、少しも楽観できないのですが、これからもちびりちびりと命を繋いで先へ進んでいきたいと考えています。主治医が「体重の増えることは気にせずに、大いに食べてよい」と言うのは、栄養を摂って免疫力を高めろ、ということだとおもっています。このありがたい言葉に素直に従い、ストイックに接してきた食欲の手綱を緩めることにしました。夕食後に菓子パンを食べてしまいました。甘いものが食いたかったのです。
一昨日、入院に備えてブックオフで100円文庫をしこたま仕入れてきましたが、予想が外れ、病室で読むことことはなくなったので、農的生活の合間に読むことにしました。

農的生活さらに継続

5月1日以来ひと月ぶりの診断を受け、今自宅へ帰ってきました。ひと月前に主治医に言われたことを要約すると「4月のCTには写っていなかった影が原発巣のあった右肺に写っている。水も溜まっているようだ。左の肺にも同じような影があり、どちらもがんの影だと思うが、はっきりと断定するには、ひと月後にもう一度CTを撮って画像を分析しないと分からない」「両肺にがんがあると手術はできないので、治療法としては免疫療法が考えられる」というものでした。そして今日の診断です。
「左の肺の影は放射線照射の跡が影となって写っていたものであり、がんではないようだ。右肺の影もがんと断定するほどの根拠が見いだせないので、ひと月後(今月末)にもう一度CTを撮って画像を分析しないと、はっきりとがんが再発したとは言えない。右肺の水は少し増えたようだが、腫瘍マーカーの数値は基準値以下で、小さい数値を維持したままである」
つまり今回の診断内容も
がん細胞は主治医が思う(期待する)ほど活発に増殖活動をしなかったためクロと断定するほどの根拠がCT画像には認められなかったようで、結論はさらにひと月後に持ち越しとなり、相変わらず俺の将来を予想する何らの結論もしめされず、宙ぶらりんの状態がもう一カ月続くことになります。気持ちの上ではすっきりしないといえば、そうなのでありますが、今日の診断は、歓迎すべき診断内容であったといってもいいようです。次回の診断日は7月3日で、それまではさらに「農的生活」を続けていい、と主治医から言われました。これでとりあえずナスもトマトもピーマンもキュウリも自分の手で収穫できることになりました。サツマイモやネギや大豆の収穫がどうなるかはまだはっきりと分かりませんが、私の未知の未来は少し姿を現してくれました。今日の診断内容は結論が先延ばしになっただけのことなのかもしれませんが、素直に喜びたいと思います。願わくば、このままがん細胞がなりを潜めたまであってほしいと思っています。昨日の俺の予想は見事に外れ、皆様に心配をかけてしまいました。さて、明日はトマトの雨よけの準備をしたいと思っています。

ほぼ農的生活

寒い!ここ数日寒い日が続いていて、この寒さがいけないのか、格段に良くなったはずの帯状疱疹がぶり返して、ピリピリと疼く。そうして、明日はやっとこさひと月ぶりの診断日がやってくる。悲観的な診たてが打ち出される可能性が強いにもかかわらず、冗談でもなんでもなく、俺はこの日を指折り数えて待っていた。5月1日の診断ですでにがんの再発を告げられていて、今日までのひと月の間、何の投薬も治療も受けていなかったのだから、がんはさらに進行している、と考えるのが普通であろう。しかし、それにしてはどういうわけか、体調はすこぶる良く、問題なく農作業もでき、いつもの春と変わりなく、せっせせっせと野菜苗を植え、一カ月の間ほぼ農的生活を貫き通すことができたが、気持ちは何とも中途半端で、先が見通せない中での農作業であった。退院直後に見舞われた帯状疱疹は、明らかに免疫力が落ちたための出来事だったが、今は回復して本来の免疫力が回復したような気がする。肺がんの中でも扁平上皮がんは小細胞がんに比べると抗がん剤や放射線が効きにくく、一回目がたとえ効いても、がんに耐性ができるので、2回目は効きずらくなることから、再発がんはリスクが高くなるのが通説だそうで、ほかの治療法を選択しなければならないようである。それがどんな治療法であるかは、明日を待たなければ分からない。俺は今、一週間後、一カ月後、いったいどこでどんなふうに生活しているのかが分らない。どんな診たてが出ようと受け入れなければならないが、それがたとえ芳しくない診たてであったにしても、今後の方向性が見い出るだけでも気持ちはすっきりする。明日よ早く来い。結局トマトの雨よけは張ることが出来なかった。雨よけがなくてもトマトは育つ。

「ビールも飲めぬのに

俺の畑へ偵察に来た友人がソラマメを見て「ビールも飲めぬのにソラマメをつくっているのか」と問うてきた。ビールを飲めなきゃソラマメをつくっちゃいけないのか。
ソラマメはビールテイストのノンアル飲料やお手製の梅酒の炭酸割りや牛乳のアテにだってなるのだぞ。
大豆200に虎豆も300蒔いた。俺の畑は豆だらけだ。秋には豊作の豆に埋もれるのだ。
埋もれるものはまだあるぜ。ほとんどがもらった苗にしろ、ナス16本、カボチャ12本、キュウリ12本にネギ250本、ジャガイモ10kにサツマイモ50本、葉物では、キャベツとブロッコリー合わせて30?サニーレタス50?ピーマン、パプリカ、カグラナンバン、マンガンジ、トウガラシ合わせて約20本、ピーマン大好きだからな。モロヘイヤ、オクラ、バジル、こんにゃく芋、アスパラガス、らっきょうも植えたぞ。これで夏野菜もやっとほとんどを植え終わったというもんだ。あとはせいぜいトマトが10本。畑はいくらでもあるんだ。
それにしても、豊作だったら獲れた野菜の始末どうするんだ。八十路の畑友のばあさんたちの伝統文化=野菜の作りすぎ、をしっかり俺も継承しているようだ。母ちゃん頼んだぞ。俺は植えるだけだ。入院していて、うちにいないかもしれぬが、その時は許せ。今年は量を控えるはずだったのにね。たくさん獲れたら、たまちゃん、ろっこさん、あっこさん、送ってやるからね。待ってておくれ。そうだ、秋にはブドウ、キウイ。ブルーベリー、イチジクも。イイネ、イイネ。


100年の田を閉じる

例年なら畑だけでなく田んぼの仕事もしなければならない季節ですが、遊びでやっている畑に比べると、田んぼの仕事はそれなりに重圧もかかり、今の私には無理だと判断して、今年から田んぼはすべてひとの手に委ねることにしました。100年以上続いたume家のコメづくりは私の代で幕を閉じることになります。来年からは買ったコメを食べなければなりません。ume家始まって以来のことです。職業欄に農業と書くことも出来なくなりました。弟から引き継いで、たった三年間のコメづくりでしたが、人様は当たり前に獲る一等米をカメムシ被害のために、結局は一度も獲れずにコメづくりを止めなければならないのは、至極心残りです。
午後から所要があったので、朝のうちに大豆の種まきをしました。カラスにほじくられる心配をしながら、直播することにしました。友達からもらった何百粒もの種をすべて蒔いたので、順調に育てば、大収穫になるはずです。自家製の味噌や豆腐を作ってみたいと考えています。せっかく去年蕎麦打ちの講習を受けたので、ソバも撒く予定でしたが、ものになりそうもないので、止めることにしました。余った畑が何反もありますが、すべてをつくるのは無理のようです。

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