ほぼ農的ブログ

趣味と若干の実益を兼ねた豆、芋、米づくりの農業風景を上えちごの限界集落から発信する予定でしたが・・

開墾事業

oteboxさんから「ヤッホー」でもいいから時々はブログを更新せよ、とお叱りをいただきました。実は友人のササガワ君や、かつて同僚だったエリカちゃんからも同様のお叱りをいただいています。生来のズボラではありますが、叱咤に対する反応の速さも持ち合わせているので、即反応して、早速更新しようと思ったのですが、親戚の葬儀に参列するために東京に行っていたので、ワンテンポ更新が遅れてしまいました。
「ヤッホー」だけで済ますわけにもいかないので、前回ちょっと触れた「大事業」について記します。それにしても「大事業」とはちょっと大風呂敷でした。
白菜やキャベツなどの秋野菜を植えるには、自宅から車で三分の最寄りの畑では手狭になったので「新たに畑を拓こう」と、こんな話です。「なんだそんなことか」と思う人もいるでしょう。そう、そんな程度の「大事業」の話です。新たに拓こうとしている畑は、実は我が家の農地ではありません。
私の住む集落を、以前からわたしは「限界集落」と言っていましたが、ついこの間、正式に「限界集落の」認定を受けました。集落内で65歳以上の住人が過半数になると「限界集落」の認定を受けるのだそうです。わたしもその構成員です。何の気なしに使っていた「限界集落」ですが、正式に認定ということになると「なんだかね」です。
で.我が集落内には耕作放棄地があちこちに散見されます。我が家の耕作放棄地は、定期的にトラクターで耕しているので、草が伸び放題ということはないのですが、車でせいぜい5分というところではありますが、キメの細かい管理をするには、利便性に難があります。家から近い方が具合がいい。そこでわたしが目を付けた畑は最寄りのメイン圃場のすぐ近くにあるヤマザキさんの畑、というよりは荒れ地です。広さは約一反(10a)10m×10mが1aだからその10倍ということですね。借地料はタダ。借りる際にヤマザキさんからいわれたのは「石ころだらけで使い物にならん畑だよ」でした。
が、最寄りの畑のすぐそばにあって、土質が良いこの荒れ地を私はいたく気に入ってしまったのです。家族や、わが畑友、貸主のヤマザキさん、そして誰よりもう一人のわたし(umeB)など、数人の反対者の意見に抗って畑を整備することにしたのです。開墾に反対した人たちの最大の反対理由が「半端な量の石ではないから、拾いきれないぞ」と「自分の畑があるのに、何を好んで他人の農地を整備するのか」というものです。ということで、艱難辛苦はは承知の上での開墾事業です。事業開始から2カ月、来る日も来る日も石拾いの日々を重ね、コンテナで数十杯拾い集めましたが、拾っても拾っても、石は地から湧いてきて、いつまでたってもこれで終わりというところには到達しそうにありません。表面に浮いている石だけを拾い集めているのですが、トラクターで打つたびに土中にある石が表面に浮いて出ててきます。掘り起こして石を探し出すほどの気力はなくても、石が目に入るとつい拾ってしまいます。1センチ、2センチの石は無視して、5センチ以上の石だけを拾い集めているのですが、スイカ、カボチャ、トマト、キウイフルーツ大の様々の大きさの石がゴロゴロと出てきます、少々の石は作付けに支障があるわけではないので、いい加減のところで見切りをつけて作付けをすればいいのですが、なかなか見切りをつけられないのは、優柔不断の性格のせいでしょうか。しかし短い人生を石拾いだけに時間を消費するわけにはいきません。この2、3日で、優柔不断な性格を追い込み、とうとう見切りをつけて白菜、キャベツ。レタス、ブロッコリーなどの秋野菜の播種、定植に漕ぎつくことが出来ました。まだまだまだ中途半端な状態ですが、もう少し整備しました。これから美しい畑づくりを目指します。
体調はまずまずです。帯状疱疹の痛み止めも服用を中しました。原因の分からない胸と背中の痛みもここのところ和らいでいるような気がします。総じて「ご心配なく」です。
北朝鮮が物騒なものの開発に執着していて、マスコミも危機を煽り立てています。
しかしメディアはもう一方の大国の強大な核戦力に対して言及することはありません。
わたしの地域は東北電力管内ですが、テレビでは毎日、東電の「原発の安全対策」のCMが流れています。少なからずかかるCM代は電気料金に跳ね返っているはずですよね。莫大な補償もあるはずです。「よくもまあぬけぬけと」とおもいながら、不快なCMが流れるたびに目を逸らしています。トラクター

石石畑畑石

最新の診断

ウロウロしているうちに最後のブログを書いてから一カ月がたってしまいました。
私の作った最後の米で、残念ながらカメムシの被害を受け、斑点米混入のために2等米になり、30キロ当たり500円かかる斑点米選別機にかけたものを主食として、畑で採れた野菜を我が家の一級料理人が調理した野菜料理を主菜、副菜にして「あと半膳」の腹の要求をもきっぱりと拒否しながらも、アイスを何本もしゃぶってしまった結果、2キロ太ってしまったことに若干の罪悪感を抱きつつ、一カ月を過ごしてきました。畑へ日参するルーティンは欠かさず、その間に大事業(後日別記します)も、その道半ばではありますが着実に進行しています。また、夏野菜はおおむね好調であったにもかかわらず、豆類は大誤算で期待収量とは程遠い収量しか確保できそうもなく、umeブランドの「手前味噌」や「手前豆腐」の仕込みは無理っぽいようです。収穫までの残り少ない時間で、さやの中で豆が膨らんでくれることをかすかな望みとして期待はしていますが。さてどうなるでしょうか。
それはそうと、今日28日は過日撮影したCTと血液検査の結果が出る日で、2か月ぶりの診断日でした。どんな結果が出るか私には全く見当がつかかないままに病院に向かい、今診断結果を聞いて自宅へ帰ってきたところです。
さて診断結果です。
担当医の言ったとおりに記すとこうなります「肺の空洞部分は小さくなっています。このこと自体は悪いことではありませんが、なぜ小さくなっているのかは、よく解りません。懸念するようなことではないと思います。6月に一時的に上がった腫瘍マーカーの数値も平常値に戻ったし、肺内に溜っていた水もほとんどなくなっているので、肺の機能も回復しているようです」とのことでした。肺の空洞と言うのがなんであるか聞き忘れてしまい、いまいち先生の言わんとしていることをよく理解していないようです。
本音を言えば、今後の見通しとして「なかなかいい塩梅です。だいじょうぶです。この調子でしっかりと養生していきましょう」と力強く前向きな言葉をもらいたかったのですが、せいぜいが上述したようなあいまいなことしかきくことができませんでした。確定的なこと以外を言わないのが医師のセオリーなのでしょう。医師は占い師ではないですからね。
念のために私の言葉で「依然としてグレーの状態ではあるが、より濃い黒に変化したわけではなく、かと言って、より色が薄くなったというほどでもなく、宙ぶらりんの状態には違いがないが、再発の兆候がないので、治療する必要はない、ということですね」と問うたら、「はい、」そのとおりです」との返事でした。言わずもがなのどうでもよい余計なことを聞いたために、かえって分からなくなってしまいましたが、
ついでにもう一つ余計なことを聞いてみました。かつて読んだことのある近藤誠が唱える「抗がん剤や放射線は気慰みである。延命効果はあっても、最終的には死に至る」なる説の真偽を問うてみましたが「そんなことはありません。抗がん剤治療だけで長生きしている人はいくらでもいます」ということでした。もともと近藤派のわたしでしたが、きょうから、とりあえずわたしは近藤説より主治医の竹内説を信じることにします。あいまいで浅い理解力ではありますが、わたしなりに今回の診断結果をまとめると「綱渡り状態は相変わらずだが、綱の太さが少し太くなった」と勝手に解釈しています。まかり間違っても、今作付けしているキャベツや白菜を収穫できないことはないようです。11月に定植して、来春に収穫する玉ねぎを次の収穫目標にします。9月24日に予定していた、箱根での短歌の大会もキャンセルすることなく出席できそうで、ほっとしています。今後の診察予定は今回同様2カ月に一度のチェックでよいといわれましたが、どうにも2カ月の空白は長く、この2カ月の空白期間にがんが急激に勢力を拡大しないとも限らないので、以前のようにひと月ごとのチェックにしてもらえないかと希望を言ったところ、CTによる被ばくを考えると、あまり頻繁にCTを受けない方が良いということだったので、以後は月一の血液検査とレントゲンと言うことになりました。気に小さい私はこの提案に手を打つことにし、次回検査日は10月5日に決定しました。
この一カ月の間にも新聞紙上で何人かの有名人の肺がんによる訃報をしりましたが、昨日は、若い頃世話になったAさんの突然の訃報を聞き、通夜に行って来ました。肺がんだったということです。何はともあれ同病でありながら、今現在畑仕事ができるわたしの状態に感謝しつつ、思いを残し亡くなった人たちのご冥福を衷心よりお祈りいたします。

サザエと新じゃがとところてん

昨日、新じゃがを食べたくなったので、じゃがいもの試し掘りをしてみた。残念ながら、イマイチであった。収量が思うほどでなく、粒がそろわないのは、出荷するわけではないから、ヨシとして、本音を言えば、もう少し器量の良いイモになって欲しかったね。「ジャガイモのような」というと、武骨で飾り気のないさまを表すのだから、ジャガイモに器量を求めるのは、世の秩序に逆らった道理を求めているようなものではあるが、器量の悪いイモは皮をむくと歩留まりが悪く、調理に手間がかかる。自分で料理することはめったにないけれども、気にかかるのだ。掘ったのはキタアカリと男爵の一部だけだが、トウヤ、メイクイーン、インカの目覚めはどんな具合かな。退院早々の帯状疱疹のお陰で、植え込みがこの地の標準より一月以上遅くなったのが生育に影響があったみたい。周りはみな「豊作だ」といっているからね。
この前の記事でサザエの事を書いたら、今朝、近所の漁師のTさんがサザエ30個ほどを持ってきてくれた。実を言うと,Tさんも同病、入院中に相部屋になった方で、病院食で毎日味付けのしてないブロッコリーを食べた仲。予後も良く、大好きな漁師に復帰したが、豊漁の時は、市場へ持って行かずに、近所に獲物を配りまくっている欲のない人。お陰で、わたしはしんどい思いをして潜らなくても、サザエが勝手に食卓に這い上がってきてくれるさ。さてこのサザエ、まずは殻を割って刺身に、あとはつぼ焼きと何にしようかしら。
同じく夕方になったら、近所のばあさまが天草で作ったお手製の寒天を持ってきてくれた。これはところてんにしよう。
この一週間咳が止まらず、嫌な予感がしたので。病院へ行ってきた。「かぜ!」の診断であった。ジャガイモP1000362かんてん




実は浜っ子の僕



わたくしは、山あいの地で畑を耕しながら中山間地の集落に住んでいることに間違いはないが、実は浜っ子でもある。住む地は幅員10mほどの国道8号線を挟んで向こうはすぐに日本海で、さらにその向こうは佐渡、そんなところである。海抜は8Mくらい。晴れの日に見えないのはなぜだかわたしには分からないが、
雨の日にはくっきりと佐渡島が見える。冬の日本海が荒れることはご存じのとおりであるが、これからの季節、海が荒れることはほとんどなく、日がなのたりのたりの日々が続く。そんなのたりのたりの昨年の7月末、家の前の海で素潜りでサザエ獲りをして、2時間ほどの潜水で50個ほど獲った。このころはまだ自分が肺がんであることを知らず「さすが浜っ子」と自画自賛したが、実を言えば、66年の人生で数十個単位でサザエを獲ったのはこの時がは初めてのことで、山登りをしてもすぐに息が切れる。長距離走まるでダメ。ハモニカは更けてもトランペットは無理。わたしは心肺機能が劣っていて「俺の身体はサザエ獲り用にできていない」と思っていたから、サザエ獲りなどしたこともなかったのである。ところが初潜水で50個のサザエをゲットしたのだから、何ともすごい潜在能力がわたしにあったのである。意気揚々と海から上がろうとしたとき、わたしを呼び止める者がいて、振り返ると、わが八十路の畑友で、わたしのサザエの袋を見て「なかなか上手だね」とほめてくれたので、謙遜のつもりで「大したことないよ」と答えてから、彼女の袋を見たら、わたしの倍くらいに膨らんでいた。よく考えてみれば、まだ天草取りが盛んだったころこの世代はトップダイバーだったのであるから、八十路だからと言って、侮ってはいけないのである。
さらに「わたしでも50個獲れた」種明かしをすれば、漁場は岸から10Mほどの浅瀬で、水深はせいぜい1.5m。肺活量などなくても簡単に獲れるところだったのである。わたしの浜っ子ぶりはせいぜいこんなところである。ああ、もうじきサザエ獲りの季節がやってくるんだな。船

用意周到な僕

世の中何が起きるか分からない。調子がいいからと言って有頂天になってはいけない。夏野菜の生育がまこと快調である。ナス、ピーマン、キュウリ、ズッキーニが獲れだしたし、虎豆は天を衝く勢いでツルを伸ばしている。去年はこの時季にはすでに雑草の中に埋もれていた大豆も、農園主の根気強い草むしりのお陰で、こざっぱりとしたぬか床畝床ですくすく育っている。だからと言って僕は有頂天にならない。いつ何時野菜たちが調子を落として、都議会自民党のように情けない姿にならないとも限らない。荒天準備、しかるべき時に備え、用意周到な僕は、ナス、ズッキーニ、虎豆の第2陣を植えた。春先に植えた野菜たちが元気をなくして任務を放棄するかもしれないからね。そんな時、第二陣がしっかりと補完してくれるというわけだ。さらには秋野菜の準備も怠りなく。こんに
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