2013年03月

2013年03月27日

ミュゼ103はもう少し。表紙の写真だけでも紹介

20130327年度末だ。ほんとうは、もう「ミュゼ103号」がお手元に届いているはずだったけど、やはりこの時期は公私ともにイベントや要望が多く、遅々として進まざるを得ない。しかし、だんだん、校了への光も見えてきている。
今回はどうかなとおそるおそるデザイナーに表紙候補の写真を見てもらった。「内容もそうだけど、季節感も大切にしたい」とデザイナー氏。取材は冬にしているわけだから、どうしても風景に緑がない。芝生も茶色だし、木々も葉っぱがない、というのが普通となる。そのなかで、「春らしい〜」とは…。とりあえず、メールで画像を送ったら、「これ!」と決めてくださった。悩んだかどうかは、わからないが、空がいっぱいみえるものとのこと。
 発行が遅れているので、問い合わせのお電話もしばしばはいって、耳が痛い。が、ここではその表紙候補(そのものじゃないけれど)を紹介して、お茶をにごしたい。

 宇部市のときわ公園の彫刻だ。風に揺られていろいろな動きをする。嬉しそうな顔に見えたり、たまらなくかわいそうになったり、揺られるのを見ているだけで、いろんな感情をさかせてくれた。さて、どんなデザインにあがってくるか、お楽しみに。

 そして、私は「校了への道」をあと数日はかかる!が、とぼとぼ歩こう。


umproyamashita at 15:57|PermalinkComments(0) 日々のもろもろ 

2013年03月17日

ミュゼ103はまだ途上。こども☆ひかりプロジェクトの公開研究会は無事に

 ずーっと、ブログ更新をしていませんでした。すみません。
 先週は、花粉症の苦しみで超満員の眼科に行くことからはじまり、家族の携帯が壊れたというのでソフトバンクのお店に行って対応を練り、契約しなおし、データをバックアップし、Iphonを変えたりなんだりとなって、3月13日の朝、「こども☆ひかりプロジェクト」の「超・実践型 公開研究会」に臨むべく福岡・太宰府、九州国立博物館に向かい、さらに翌々日は同じ研究会が東京・お台場の日本科学未来館で催されるゆえ、また参加した。「こども☆ひかりプロジェクト」の研究会は、仙台、福島からの報告がとても現場感があったし、ほかのゲストの方々の率直な話しでずいぶん中身の濃いものとなった。
 とくに、福島のこむこむ館の遠藤さんは、福島弁でとつとつといろんな事例を話されて、その内容が涙を誘っていた。すすり泣きの聞こえる研究会というのも、あまりないな。八木さんは、イブニングフォーラムのときに「関西人はいかに笑いを取るかを考えるけど、涙を流させるかは考えたことなかったわ。遠藤さんは役者や」と変な感動ぶりだった。
 また、内田洋行の武常務からは、外からもわかりやすい組織の作り方が大切ということと「被災地のこどもたちのため、だけでなく、そこに関わる大人たちが夢をもって、楽しみももって活動するということを加えたほうがよいのではないか」と、客観的でナルホドとヒラメキを得る話もいただいた。
 代表の清水文美さんはじめ、参加してくださったみなさま、ほんとうにお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。課題がはっきりと見えてきたし、共有できた時間でした。

 そういうことで、「ミュゼ103号」は合間に取り組むという日々でした。すみません。でも、亀の歩みで遅々として進んでいます。
 

umproyamashita at 17:55|PermalinkComments(0) 日々のもろもろ 

2013年03月05日

ミュゼ103は途上。とびらプロジェクトと「掘りdayはちのへ」。ネーミングは大事と、

20130305 「ミュゼ103」は、すこしずつ歩んでいます。原稿も先週より多く集まってきました。
 そういうなか、先週は都美のアートコミュニケーター「とびらプロジェクト」についてまとめていた。1月にとびラーさんたちが集まって振り返り会のようなワークショップを取材したけれど、それだけでは原稿にならないので改めてホームページでブログなどを溯ってみた。春に始まった研修、夏から実践へと踏み出していくのだけれど、気がつくのは「壁プロジェクト」とか「とびコー」(とびラー候補生)、「とびラボ」、「とびら記念日」、「青ターさん」、「とびら楽団」などなど、とにかく固有名詞がどんどん作られていくことだ。自分なりにブログから拾って時系列でまとめていったけど、どうにもわからなくなり、やっぱりもう一度、担当の伊藤達矢さんにお会いしたいとメールを差し上げた。そうしたら、お返事があって、どうもそれらが一挙に載っていると思われるパンフレットもできているとか…。ううん、とややシュンとしたけれど、ま、予習はかなりしたということで、いいか。
 それで、思ったのは、活動の盛んなときというのは、言葉が生まれるということだ。何かを生み出したいとき、何だかわかたらないものが出てくれば命名したくなるものだ。比べものにならないけど、明治維新のときに、多くの漢語が生まれた。今、ミュージアムで普通に使っている、科学、自然、美術、それに福沢諭吉が名づけたという博物館という言葉も…。それは西洋の文化がドーッと入ってきたからだけど、価値観の違うもの、まだわからない物体を自分たちの言葉に置き換えるとき、そうやって言葉がどんどん生まれる。
 とびらプロジェクトは、そのことを気づかせてくれた。ミュージアムもそういう方面から見てみるのもいいかもしれないな。

 そうそう、この前の八戸の是川縄文館の運営会議の会議録が送られてきた。それをパラパラとめくっていたら、私が八戸市埋葬文化財ニュースである「掘りdayはちのへ」というネーミングはすごくよいですねって発言をしていたことが載っていた。そうだ、やはり名づけというのは大事だ。ちなみに、その創刊号によると、「掘りdayはちのへ」は「遺跡を掘ることと休日のholidayが重なり明るい発掘調査現場がイメージされる」ということで、「皆で無理やり出し合い」決まったという。そのときの会議では「もっとも、家族としてはholidayなのに、パパは掘りdayなの?と皮肉られそうですが」と加えたような気がする。ムハハ。

 長々となってしまった。
 早く、「ミュゼ103」づくりへ戻ろう!

umproyamashita at 15:14|PermalinkComments(0) 日々のもろもろ