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鉄路の響きを追って ~第二章~

JR九州、JR四国を完乗し、さらにその先へ・・・

25 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XL ~新宮駅―和深駅~

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そしてJR西日本の在来線で最後に残った、新宮駅から和歌山駅までの区間に乗りました。

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乗ったのは9時24分発の紀伊田辺行き普通列車、新宮駅~和歌山駅間は1978年に電化されています。

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新宮駅~三輪崎駅。昨年夏にはこの区間で高波によって土砂流出があって不通になっていました・・・

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紀伊勝浦駅~湯川駅

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湯川駅~太地駅。日本の古式捕鯨発祥の地で知られる太地町は和歌山県で最も面積が小さく、紀伊勝浦町に囲まれています。

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下里駅~紀伊浦神駅

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紀伊浦神駅~紀伊田原駅

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紀伊田原駅~古座駅

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古座駅~紀伊姫駅

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本州最南端の駅、串本駅には10時26分に到着・・・

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そして和深駅には10時45分に到着しました。
24 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXIX ~船津駅―新宮駅~

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船津駅では新宮駅を6時20分に出発した名古屋行き特急「南紀」2号の通過を待ち、7時17分に出発しました・・・

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船津駅~相賀駅

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相賀駅―尾鷲駅、相賀駅と尾鷲駅の間で、紀北町から尾鷲市へとはいります・・・

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多雨地帯として知られる尾鷲市の中心駅である尾鷲駅では7時31分から7時35分まで停車し、新宮駅を6時03分に出発した多気行き普通列車の到着を待ちました。

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尾鷲駅~大曽根浦駅

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三木里駅~賀田駅。三木里駅(みきさとえき)から三駅先の新鹿駅(あたしかえき)までの区間は紀勢本線の中で最後に開通した区間です。

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賀田駅~二木島駅。賀田駅から二木島駅の間で、尾鷲市から熊野市へと入ります・・・

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二木島駅~新鹿駅。

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新鹿駅~波出須駅。新鹿湾を望みながら走りますが、晴れていたらもっと素敵な風景が広がっていたでしょう・・・

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熊野市駅では8時20分から8時23分まで停車し、新宮駅を7時47分に出発した多気行き普通列車の到着を待ちました。この列車の終点の新宮駅まであと少しとなったけど、降ったり止んだりだった雨はこの先急に激しくなりました・・・

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そして新宮駅には8時54分に到着、これでJR東海側の紀勢本線180.2kmを完乗し、残りは和歌山駅までの200.7kmとなりました。また、JR東海の路線で未乗なのは中央本線の土岐市駅から塩尻駅までと、飯田線、身延線、御殿場線となりました。
23 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXVIII ~伊勢柏崎駅―船津駅~

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伊勢柏崎駅では熊野市駅を5時03分に出発した亀山行き普通列車の到着を待ち、6時39分に出発しました。

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伊勢柏崎駅~大内山駅。遠くに紀勢自動車道の高架橋が見えます・・・伊勢柏崎駅を出てさらに紀伊山地の内へと入り、景色は徐々に険しくなってきました。

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大内山駅~梅ヶ谷駅。山にかかる霧が幻想的です・・・

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標高190.21m、紀勢本線で最も高い所に位置している梅ヶ谷駅には6時48分に到着・・・

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梅ヶ谷駅~紀伊長島駅。梅ヶ谷駅を出て荷坂峠を越えて今度は一気に下り、大紀町から紀北町へと入ります。紀北町は東紀州と呼ばれている三重県南部への玄関口ですが、この名前の通り、かつてこの地域は紀伊国の東部で、荷坂峠は伊勢国と紀伊国の境でした。またさらに古くは現在の紀北町や尾鷲市付近までは志摩国英虞郡(あごぐん)に属しており、1582年に志摩国より紀伊国牟婁郡(むろぐん)に編入されました。

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紀伊長島駅~三野瀬駅。紀伊長島駅を出ると、熊野灘に沿って走ります・・・

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三野瀬駅~船津駅

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船津駅には7時13分に到着しました・・・
22 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXVII ~松阪駅―伊勢柏崎駅~

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4月1日は紀勢本線完乗の日、昨年春に和歌山駅から和歌山市駅まで、夏には亀山駅から多気駅まで乗り、残るは多気駅から和歌山駅までの338.4kmとなりました。紀伊山地や太平洋岸を通る風光明媚な路線なので楽しみでしたが、当日は残念ながら雨でした・・・^^;

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旅のスタートは5時20分発の新宮行き普通列車・・・

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多気駅には5時30分に到着。前日は多気駅で乗り換えましたが、今回はそのまま進みます。

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多気駅では2両増結し、4両編成となって5時44分に出発しました。

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佐奈駅~栃原駅。佐奈駅と栃原駅の間で、多気町から大台町へと入ります。

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栃原駅~川添駅

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川添駅~三瀬谷駅。雨は降ったり止んだりを繰り返していました・・・

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三瀬谷駅~滝原駅

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滝原駅~阿曽駅。滝原駅から阿曽駅の間で、大台町から大紀町へと入ります。

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阿曽駅には6時25分に到着・・・

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阿曽駅~伊勢柏崎駅

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伊勢柏崎駅には6時31分に到着しました・・・
20 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXVI ~伊勢奥津駅―松阪駅~

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乗ってきた列車は折り返し、松阪駅に向けて17時15分に出発しました・・・

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伊勢奥津駅~比津駅

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比津駅~伊勢八知駅

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伊勢八知駅~伊勢鎌倉駅、静かな山里に、春がやって来ました・・・

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伊勢鎌倉駅~伊勢竹原駅

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伊勢竹原駅~家城駅

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家城駅では17時49分から18時02分まで停車。

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松阪駅を17時18分に出発した伊勢奥津行き普通列車と列車交換し・・・

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松阪駅には18時41分に到着、旅の2日目も松阪駅で終わりました。
19 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXV ~伊勢奥津駅~

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伊勢奥津駅の開業は1935年12月5日、名松線が家城駅から延伸して来た際に開業しました。駅の標高は267.1mで三重県内のJRの駅では最も高く、三重県内の鉄道駅では2番目の高さです(最も標高が高いのは近鉄大阪線の西青山駅で309.5m)。

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駅舎は2005年2月に完成した木造駅舎、地域のコミュニティセンターと併用になっています。

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おかえりなさいの言葉が印象的です・・・

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駅舎と利用されているのは松阪側の一部ですけど、造り付けの長椅子には座布団があり、大切に使われているのを感じます。

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駅の隣にある観光案内交流施設。

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ホームは単式の1面1線、かつては単式と島式の2面3線でしたが駅舎の改築に伴って単式ホームと島式ホームの反対側の2線が撤去されました。

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かつてはYの字に分岐していた事が分かります・・・

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蒸気機関車が走っていた時代に使われていた給水塔がまだ残されています・・・

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建設当初、ここから更に鉄路は伸びて名張まで、さらには奈良までを結ぶ予定でした。もしもこの先に鉄路があったなら、どんな風景の中を走っていたのか、興味が尽きません・・・6年半をかけて復活した名松線、今後も住民の大切な足として残って欲しいです。
18 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXIV ~家城駅―伊勢奥津駅~

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乗ってきた列車は16時01分に家城駅を出発しました・・・

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家城駅(69.0m)~伊勢竹原駅

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伊勢竹原駅(85.8m)~伊勢鎌倉駅

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伊勢竹原駅から伊勢鎌倉駅までの4.3kmの間に、約58m上ります・・・

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周囲の風景がだんだん険しくなる中を、列車はゆっくりと上って行きます。

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伊勢鎌倉駅(143.7m)~伊勢八知駅

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その間も列車はずっと雲出川に寄り添って行きます。

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伊勢八知駅(170.9m)~比津駅

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険しい山の中を川に沿って行く路線と言う事で久大本線や土讃線、三江線や伯備線等を思い起こさせる名松線、よく復活できたと思うのと同時に、この険しい中で鉄路を切り拓いて行った先人の努力には頭が下がります・・・

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比津駅(231.9m)~伊勢奥津駅、列車はさらに上って行き・・・

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標高267.1m、終点の伊勢奥津駅には16時35分に到着。これで延長43.5kmの名松線を完乗しました。
17 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXIII ~家城駅~

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家城駅の開業は1931年9月11日、名松線が井関駅から延伸して来た際に終着駅として開業し、1935年12月5日に伊勢奥津駅まで延伸されました。また2004年1月25日までは、JR東海では最後となる腕木式信号機が使用されていました。2009年10月8日の台風18号がもたらした豪雨によって40ヶ所ほど路盤流出や土砂崩れが起きて名松線は全区間で運休し、10月15日には松阪~家城間が復旧、家城~伊勢奥津間はバス代行となりましたが、2016年3月26日より全線で運転が再開されました。

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駅舎は開業当初からの木造駅舎、周囲には住宅や商店がありますが駅前は舗装されておらず、駅前広場も小さいです。

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駅窓口と待合室、駅員が常駐しておりみどりの窓口もあります。

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ホームは相対式の2面2線、名松線内で唯一列車交換が可能な駅で、松阪~伊勢奥津間で運行される列車は必ず長時間停車します。下りが駅舎側の1番線、上りが反対側の2番線となりますが、不通区間の復旧に際して2番線にも出発信号機が増設されて2線共に上下双方向への入線が可能になり、当駅始発の上り6時38分、8時19分発の松阪行き普通列車は1番線、下り8時25分発の伊勢奥津行き普通列車は2番線から発車するようになりました。

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ホーム同士を結ぶ構内踏切、かつての列車交換の際にはこの構内踏切を挟んで列車が停車していましたが、不通区間の復旧に際して下りホームの松阪側が閉鎖され、列車の停車位置が伊勢奥津側に変わりました。

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上りホーム上の待合室。

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家城駅では伊勢奥津駅を15時08分に出発した松阪行き普通列車と列車交換の為に13分間停車しました・・・
16 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXII ~松阪駅―家城駅~

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松阪駅に戻ってきて、2016年3月26日に6年半ぶりに運行再開した名松線に乗りに行きました・・・名松線は松阪駅から伊勢奥津駅までを結ぶ全長43.5kmの路線で、1929年8月25日に最初の区間である松阪駅から権現前駅まで開業し、1935年12月5日に伊勢奥津駅まで開業しました。当初は奈良県の桜井と松阪を結ぶ予定であり、経由地である名張を目指して工事が始まりましたが、資金面の問題などで名張までの延伸はされずに今に至ってます。

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雲出川の渓谷美を堪能できる路線ではありますが、同時に自然災害の被害を何度も被っており、特に2009年10月の台風18号による豪雨の被害は大きく、特に被害が甚大だった家城~伊勢奥津間は廃止の話も浮上しましたが、6年半が過ぎた2016年3月26日から運行を再開しました。

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乗ったのは15時11分発の伊勢奥津行き普通列車、車両はキハ11形気動車です。全線復旧後はキハ11形気動車の他にキハ25形気動車も乗り入れています。かつては上り列車が松阪駅より紀勢本線や参宮線に乗り入れる列車もありましたが、全線復旧後は名松線内での運転となりました。

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松阪駅を出発した後は紀勢本線と同じ線路を走りますが、1km程過ぎた所で分岐します・・・

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さらに1.5km程進んだ所で紀勢本線と別れ、西へと向かいます。

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上ノ庄駅~権現前駅

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権現前駅~伊勢八太駅、権現前駅と伊勢八太駅の間で松阪市から津市へと入ります。

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一志駅~井関駅(いせぎえき)、雲出川の支流の波瀬川を渡ります・・・

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井関駅~伊勢大井駅、名松線はここで初めて雲出川と出会います。

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伊勢大井駅~伊勢川口駅

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伊勢川口駅~関ノ宮駅

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関ノ宮駅~家城駅、川上へと進むにつれて雲出川の様子も、周囲の風景も険しくなってきます。

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そして家城駅には15時48分に到着しました。
15 mai

紀伊半島巡り&JR西日本・在来線完乗へ・・・ XXXI ~徳和駅~

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徳和駅の開業は1894年12月31日、参宮鉄道が津駅から宮川駅まで開業して1年後の開業になります。

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駅舎のない無人駅です。駅前に掲げられている駅名板は当地出身の本居宣長に因んで鈴がデザインされていますが、これはかつてあった木造駅舎の入口上に掲げられていました。

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ホームは相対式の2面2線、通過列車は上下ともに2番線を通過します(右)。普通列車のみの停車で上り列車が1番線、下り列車が2番線に入線しますが、7時25分発と8時03分発の伊勢市行き普通列車は通過列車待ち合わせの為に1番線に入線します。

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2番線にある待合室。
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乗ってきた亀山行きの普通列車は14時25分に出発しました。

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徳和駅―松阪駅

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そして松阪駅には14時29分に到着しました。
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