ちょんの間

[特集] 赤線・青線地帯をゆく(第二回)

●川崎、堀の内

 西口(内陸側)は工場跡地などの再開発で高層マンションの林立するようになってしまった川崎。しかし京急川崎駅のある東口(海側)は古いデパートの建ち並ぶ、変わらぬ街の姿を今も残しております。特に京急川崎駅の外れ、競馬場近くにはソープランド街としても有名な日本有数の歓楽街、堀之内があります。

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 別にソープランド街は珍しくも何ともないのですが、この一帯には未だ生き永らえているチョンの間地帯があります。2009年の夏、ニュースになるほどの大掛かりな一斉摘発が行われ、その後も県警による撲滅作戦は続いておりましたが、しぶとくもまだ生き残っております。

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 貸会議室や貸店舗の貼り紙が至るところに貼られている中、昼間から明かりを灯している場所が三軒も。
 中を覗くとにこやかなオバチャン。頑張ってます。夜になればもっと多くの場所で明かりが灯る事も想像に難くないです。
 近年ではそのほとんどが韓国人に占められ、不法就労の温床とも言われて来ました。周りをソープランドに囲まれる中、格安の娼家が軒を連ねる。

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 この街を歩いていて、ふと思った事があります。もしかして去年のちょんの間一斉摘発は、不況に喘ぐソープランドを経営する人たちが、組を通して県警に働きかけたのではないかと。相手は韓国人だし、安い値段で売春をしている訳だから、消えて欲しいと願うかも知れない。ただ、不法就労の摘発となると公安も絡んで来る訳で、一概には何とも言えませんが。

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 と、ここまでは推測でしたが、ソープランドの業者に煙たがられているのは事実です。そして一斉摘発で川崎のちょんの間も全滅との噂がネット上に流れましたが、実際に全滅したのは外国人の不法就労者のみです。そして現在、日本人の娼婦たちによる『ちょんの間』が明日をも知れない状況の中、細々と復活しつつ、あるとか無いとか……。


●墨田区、玉の井

 旧・赤線地帯としても有名なのが、東武東向島駅北側、玉の井いろは通り商店街周辺の『玉の井』という地区です。花街の面影はもうほとんど残っていませんが、狭い迷路のような路地を探検すると、それらしき建築物をちらほら目にする事ができます。

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 玉の井とは戦前より昭和33年の売春防止法施行まで賑わいをみせた私娼街で、永井荷風の小説『墨東奇騨』、滝田ゆうの漫画『寺島町奇騨』の舞台としても有名だそうです。(出典:wikipedia)

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 下の写真の建物は確かネットなどでも見た覚えがあります。路地から路地へ迷走した末に見つけた時は、感動。

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 モザイクタイルこそありませんが、構造は当時の面影を残している、いわゆるカフェー建築と呼ばれるものです。

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 この『かどや』という屋号がいかにもそれっぽい。しかし確証は無いです。

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 この、角に入り口がある造りといい、右手の微妙な出窓といい、かなり匂います。

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[特集] 赤線・青線地帯をゆく(第一回)

●新宿ゴールデン街

 今でも飲み屋街として賑わいを見せるゴールデン街ですが、かつては400人ほどの娼婦が居たという青線地帯でした。

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 赤線や青線地帯はどこもすでにその名残りを消していますが、この界隈には当時の建物が多く残されています。

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 一階がバーカウンターで二階が住居、三階が客を相手にする部屋といった構造は当時のまま。


●京成立石

 こちらも飲み屋街として一部ではファンの方も多い呑んべえ横丁。詳細ははっきりしていませんが、こちらは最初闇市マーケットとして始まり、途中赤線地帯だった時期を経て現在に至るそうです。

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 スカイツリーの建設などでノリノリの京成電鉄は押上線の高架線化計画を進めております。駅もいずれ新しくなる。それに伴い駅周辺の再開発も進む。しかしながら、何年も前から駅前再開発に対しては地元住民の猛烈な反対運動が続いており、実質この辺りの再開発計画はずっと頓挫したままだそうです。

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 昼間から暗い。ちょっと廃墟の匂いすらする。この雰囲気はタダモノじゃないです。


●横浜、黄金町~日の出町

 京浜急行で横浜から二駅、日ノ出町から黄金町にかけての線路沿いにチョンの間と呼ばれる地帯がありました。いわゆる売春小屋です

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 この黄金町は戦後、闇市とともに生まれた青線だったそうです。表向きはあくまでも『スナック(飲食店)』と言う形を取っていました。

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 しかしながら再開発の波や、2009年のみなとみらい博に伴うクリーン化、県警による一掃作戦などによってすでに壊滅してしまいました。周りには新築マンションが何棟も建ち並び、線路の高架線も補強工事中。川沿いの歩道も綺麗に整備されています。

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 2005年から2008年頃、県警による通称『バイバイ作戦』という掃討作戦で絶滅した、ここで働いていた中国、韓国系娼婦たちは、福富町界隈へと流れて行き、ストリートガールとなったと聞きます。
 そして現在では若者たちへアトリエとして開放したりして、街のイメチェンを図っておりますが、安い家賃をいい事に生活保護受給者たちが移り住んで来ているという噂も聞きます。

 黄金町から少し離れますが、現在でも歓楽街として賑わいを見せる曙町界隈には、カフェー建築の名残りなどを見つける事ができます。

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 この界隈はすでに新しい風俗店などに塗りつぶされておりますが、歩けば当時の面影も偲ばれます。下の写真はストリップ小屋。ちょうど黄金町の川を隔てた対岸にあたります。

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