Ring Of Angels〜葛城早苗の物語〜

レッスルエンジェルスを題材にしたプロレス文ブログです。アメプロ好きにしか分からないネタも混じりますが、無害です。

6-4

第6部4章 「ジェネレーション・ネクストvs.葛城・美沙・南」その9

「負けた…」
 ヒザをつき、ガックリとうなだれる武藤。実質3対2のハンディキャップマッチ。人数でも、連携でも勝っていたのに、現在のROAのトップ2に退けられた。
「スイ、大丈夫ですカ?」
 毒蛇の牙に捕らえられ、あえなく降参させられたスイをディアナが気遣う。サブミッションの激痛に苦悶の表情を浮かべていたスイは、沈んでいる武藤に気づき、ハッと顔を上げた。
「す、すみません……耐え切れませんでした」
 これまでの武藤なら、なぜタップしたのかと厳しく責め立ててくるところだ。だが、彼女はそうはせず、静かにかぶりを横に振った。
「あなたのせいじゃない。私こそ、カットできなくてゴメン」
 思いがけないフォローに、スイは意外そうにリーダーの様子をまじまじと窺う。武藤は悔しそうに唇をかみ締め、小さく呟いた。
「私たちは、まだ強くなる。ここでの負けはたいしたことじゃない。それに、収穫もあった」
「収穫……ですか?」
「…うん」
 苦虫を噛み潰したような顔で頷く武藤。『収穫』、それは、必殺技のスタイルズクラッシュで、葛城をしとめ切れなかったことだ。これまで、ロープに逃げられたり、タッグ戦でカットに入られたときなどにカウント3を逃がすことはあった。だが、いくらディアナにフォールを任せたとはいえ、クリーンヒットしたスタイルズクラッシュを自力で返されるなど、夢にも思っていなかった。
 葛城は、スタイルズクラッシュではフィニッシュできない可能性がある。気に入らない結論ではあるが、それでも、いつか来るであろう直接対決を前に、この事実を発見できたことは幸運だった。
(新しい技が必要になるかもしれない。確実に、あの人を沈められる技が)
 落ち込んでいるディアナとスイを励まし、しっかりと胸を張らせる。これが、私たちの第一歩だ。自分に言い聞かせながら、堂々と花道を引き上げた。


 勝ち名乗りを受ける葛城は、パンパンと手を叩きながら近づいてきた南を睨み、警戒して距離を置く。ハァとため息を吐いた南は肩をすくめ、一人でコーナーに上って大歓声を上げる客席を見渡した。ちなみに、美沙は誰にも気づかれることなく場外でのびている。
 新進気鋭の『ジェネレーション・ネクスト』を迎え撃ち、二人だけで返り討ちにしてみせた。相性などものともしない彼女たちの圧倒的な実力に、観客たちはただ感服し、二度は見られないかもしれない豪勢なタッグチームに敬意を表した。
 そんな好意的なムードの中、葛城は一人、厳しい表情を崩さず、リングアナを促し、ROAチャンピオンベルトと、マイクを受け取る。手のひらでマイクを叩き、スイッチが入っていることを確認するとともに、南の注意を引き付けた。
「あ、そういや、なんか言いたいことあるんだっけ?忘れてたわ」
 軽い口調で話す南とは対照的に、葛城はどこか緊張しているように見える。南と真正面から向かい合い、ひたと目を見据え、真剣な面持ちで訊いた。
「……お前が、新日本女子に移籍すると聞いた。本当かどうか、答えろ」
 一瞬、観客がシンと静まり返る。質問の意味を把握しかねているのか、さざ波のようにざわめきが起き、それがすぐにどよめきへと変わる。
 南は、わずかに眉根を寄せた以外は一切のそぶりを見せず、無表情に葛城を見返す。
「今年で契約が切れるそうだな。それで、ROAを去ると。……タチの悪い冗談なんだろ?いかにもお前らしい、笑えないおふざけだ」
 怒りをにじませ、葛城が話し続ける。南は身動きしない。
「答えろ……本当のことを言え。『移籍はしない』と…!」
 吐き捨てた葛城は、マイクを握りしめたこぶしを、南の胸に押し付ける。視線を下げた南は押し付けられたマイクを見つめ、やがてそれを手に取った。
「………」
 口を開きかけるも、その途端、周りの空気が張り詰め、南は露骨に嫌な顔を浮かべる。つまらなそうに舌打ちすると、手に持ったマイクを落とす。冷たく葛城を一瞥し、そのまま背を向けて、ロープをくぐった。
「お、おい!南!?」
 どんどん小さくなる南の背に葛城が怒鳴るも、南は振り返らず、淡々と花道を下る。
「ふざけるな……南!!?」
 やはり応えず、南は舞台裏に消えてしまった。


「ほ、本当なのらぎっち、南さんが移籍するって?」
 バックステージに引き上げた時には、すでに南はおらず、舞台裏から試合を覗いていた優香たちに捕まってしまう。
「分かりません。だから、確かめようとしていたんです」
 イライラと、言葉少なに答える葛城。と、隣にいた美沙が、ハッと思い出したように声を上げる。
「そ、そういえば……一ヵ月くらい前、新女にいる知り合いが、南さんが新女を訪問したと言っていたのです!」
「なんだと…?」葛城が、厳しい視線で美沙を睨む。「どうして黙っていた!?先に知っていれば…!」
「ヒッ……ご、ごめんなさいなのです……こんなことになるとは、思っていなかったのです!」
「落ち着いてください、早苗さん。それは八つ当たりです」
 みことにたしなめられ、葛城は苛立ちながらも口を閉じる。ベルトを引っ掴むと、ほかのレスラーたちを押しのけてロッカールームへと入っていった。
「気にしないで、美沙さん。葛城さんは、ちょっと気が立っていただけだから」
 慕っている先輩に一喝され、さすがにしょげてしまっている様子の美沙を気遣い、秋山がフォローする。こくんと頷く美沙だったが、今にも泣きだしてしまいそうだった。


第6部4章 「ジェネレーション・ネクストvs.葛城・美沙・南」その8

「出るわ」
 武藤はスイを制し、ディアナとタッチを交わす。大ダメージを負い、倒れたままの葛城を引き起こすと、強烈なソバットを腹部に打ち込んだ。
「がっ…!」
 腹を折って悶える間にさらにもう一発。耐え切れず片膝をついてしまう葛城だったが、気合で立ち上がると、お返しにミドルキックを叩き込む。
「あぐっ!?」
 痛烈な一撃に武藤は怯むが、負けられないとばかりに再びソバットを繰り出す。それを受けた葛城も、さらに強烈な蹴りを見舞う。
「ぐう…ぅ…!」
 一瞬、武藤の動きが止まる。機を逃すかと、葛城はさらにミドルキックを連発し、形勢を逆転していく。二発、三発。たちまち武藤の胸が赤く染まり、力尽きた若き天才はガクンとヒザから崩れる。
――止めたか。そう思った瞬間、武藤がはじかれたように飛び上がると、『ペイレイ』の名を取るオーバーヘッドキックを葛城の後頭部に炸裂させる。
「がぁっ!?」
 死角からの攻撃に前のめりに倒れこむ葛城。武藤はすぐさま起き上がると、二発目のスタイルズクラッシュを狙って葛城を抱えるが、
「させるかっ!」
 葛城がショルダースルーでカウンターを喰らわせる。追撃にはいかず、倒れこむようにエプロンの南と交代した。
「くっ…!」
 毒蛇の気配に慌てて身構える武藤だったが、南は構わずクローズラインで薙ぎ伏せる。さらに起き上がりかけたところに、ステップキックで顔面を蹴り飛ばした。
「――ッ!?」
「めぐみさん!」
 リーダーの苦戦に、たまらずスイがロープをくぐる。掌底で顎をかち上げようとするも、かわした南がトーキックを打ち込み、DDTでカウンターを喰らわせる。さらにエプロンにいたディアナにエルボーを喰らわせて場外に叩き落とすと、頭を振りながら立ち上がろうとしていた武藤を、背後からチキンウイングフェイスロックで捕獲する。
「ウグァッ…!?」
 とっさにロープに腕を伸ばすも、あと一歩のところで届かない。どころか、無理に態勢を崩したことにより、その隙を狙われる。
「――ッ!?」
 ロックはそのまま、ジャーマンスープレックスのように後ろに反り投げられ、後頭部を強打する武藤。両肩をマットにつけているため、カウントが数えられる。
「ワン……ツー……ス…!」
「めぐみサン!」
 すんでのところでディアナがカットに入る。舌打ちする南は意識朦朧の武藤を引っ張り起こし、コーナーに振る。
「デヤアアァアッ!!」
 武藤が大きく咆哮し、薄れる意識に喝を入れる。コーナーを蹴ってバック宙し南の背後に着地すると、頭を捕まえリバースDDTを決めた。
 力を使い果たした武藤は、カバーにはいかずにスイとタッチを交わしてエプロンに下がる。飛び込んできたスイは、一目散に倒れた南に駆け寄り、必殺技の草薙流兜落とし・裏式を試みる。
「甘いわ!」
 だが、それまで疲労していたように見えた南がいきなり身をひるがえし、ドロップトゥーホールドで引っかけると、即座にSTFを完成させる。
「きゃああぁっ!?」
 ひどい痛みにスイは必死に這いずり、ロープに近づいていく。やっとの思いでボトムロープを掴むも、南はなかなか放そうとしない。
「ロープブレイクだ!ワン……ツー……スリー…」
 カウント5ぎりぎりまで利用する気か、だがその時、ディアナがリングに入ると、セカンドロープの下をくぐる低空式の619でSTFを仕掛けている南の顔面に蹴りを叩き込んだ。
「グアアッ!?」
 不意打ちに反応できず、南はまともに蹴り飛ばされる。技を放ったディアナはスイを救出できたかとエプロンでホッと安堵するが、
「ハァッ!」
 復活していた葛城が、ロープ越しのローキックで彼女の足を払って、反対側のロープに走る。尻餅をつき、エプロンに腰掛けるようになっていたディアナの背に、強烈なサッカーボールキックを蹴り込んだ。
「キャウンッ!?」
 場外に突き落とされ、勢い余ってフェンスに激突するディアナ。それを追い、葛城も場外に出る。フロアに足をついた途端、ダンダンとマットを蹴る音と、観客たちの息をのむ気配を察し、葛城はとっさに顔を上げる。視界を赤い何かが覆いつくし、場外フロアにねじ伏せられた。
「アアァアッ!!」
 立ち上がりながら、大きく吠えたのは武藤。トップロープ越えのトペコンヒーロで体ごとぶち当たったのだ。並々ならぬ彼女の気迫に、歓声とブーイングが入り混じる。
 一方、リング上の南は、頭を押さえつつよろよろと立ち上がると、自コーナーにもたれかかる。そこには、試合開始直後からダウンし、存在もほとんど忘れかけていた美沙がいまだに寝転がっている。
「起きなさい……このエセ魔法使い…!」
「ん……んにゃ…ハッ、み、南さん!お助けなのです!」
 エプロンパイルドライバーがトラウマになっているのか、意識を取り戻した美沙がワタワタ逃げようとするも、首根っこを掴んで無理やり拘束する。
「一度くらい、役に立ちなさい」
「な、何を……ひえええぇ!?」
「えっ……キャッ!?」
 美沙を引きずった南は、彼女を空中に放り投げる。落下点には武藤がおり、敵を派手に巻き込みながら、美沙が場外に墜落する。
「さ、惨々なのです〜〜!!」
 まるで事故現場のような有様を見下ろし、フンと鼻ぐむ南。急に背後に手がかけられ、前を振り向かせられる。
「隙あり!」
 参戦権を持つスイが、南を捉える。先ほど不発に終わった草薙流兜落とし・裏式をもう一度狙う。が、
「あんたがね」
 冷静に、後頭部にエルボーをかます南。敵が怯んだところにトーキックを打ち込んで身をかがませると、パイルドライバーでマットに突き刺す。うつ伏せに倒れたスイの背中にのしかかると、チキンウイングフェイスロック+STFのネオサザンクロスロックで、容赦なく締め上げる。
「きゃああぁあぁあっ!!」
 泣き叫ぶような悲鳴を上げるスイ。こらえようとするが、ほんの数秒であえなくマットを叩いた。
「ただいまの試合の勝者、南利美・葛城早苗・ウィッチ美沙!!」
 ゴングとともに勝ち名乗りのアナウンスが流れる。ジェネレーション・ネクストの挑戦を、団体最凶の毒蛇が力尽くでねじ伏せた。

第6部4章 「ジェネレーション・ネクストvs.葛城・美沙・南」その7

 過去をさかのぼれば、武藤のデビュー戦の相手を務めたのが葛城だった。その時は、何もできずに一方的に打ちのめされた。だが、それから四年が立ち、ROA王者も経験した今、あの時と同じようにはいかない。
 緊張の糸が張り詰める中、両者が警戒しながら手を伸ばす。ファーストコンタクトになるかと思われた瞬間、葛城がローキックを打ち込む。至近距離からの一発だったが、武藤はその類まれな反射神経を発揮し、ジャンプして攻撃をいなす。それどころか、空中から右足を振りぬき、延髄切りを狙う。
「…ッ!」
 とっさに頭を下げてかわす葛城。マットに落ちる武藤めがけてサッカーボールキックを放つ。武藤は仰向けに寝転んでかろうじて回避すると、ハンドスプリングで飛び起き、サッと間合いを離した。
「すごい…!」
 まるで数分の出来事が圧縮されたような短くも濃密な激突に、スイは思わず感嘆の溜息をもらす。葛城も武藤も平静を装っているが、一瞬たりとも油断できない緊迫感に、精神的にかなり消耗しているはずだ。
 拍手が起こる中、再び二人が近づいていく。今度はがっつりと四つに組み合い、力比べに入る。爆弾を抱える肩が傷んだか、葛城は顔をしかめるとずるずると後退し、ロープ際まで追いつめられる。
「ロープブレイク!ワン……ツー…」
 素直に従うかと見せかけ、武藤は葛城の顔面にエルボーを喰らわせる。怯んだすきにロープに振ると、ドロップキックをかまそうと宙に跳ぶ。
「くっ…!」
 感づいた葛城はロープを掴み、その場に踏みとどまる。だが、武藤もそれを読んでいたか、ドロップキックの体勢からさらに回転すると、宙返りに切り替え、見事に両足で着地してみせる。さらには技を失敗したかと無防備に近づいてきた葛城を、スピニングヒールキックで迎撃した。
「ぐあっ!?」
 もんどりうって倒れる葛城をカバー。カウント2で返されるものの、攻勢を保つことに成功し、ひとまず満足する。コーナーに下がり、スイと交代すると、彼女を導き仰向けに横たわる葛城の傍に立たせる。
「ハッ!」
 両手で足場を作って補助してやり、スイにその場跳びのムーンサルトプレスを打たせる。もう一度カウント2まで追い込むも、葛城はまたも敗北を拒否する。
 参戦権を手にしたスイは葛城を引き起こしてコーナーにもたれかけさせると、自分は対角線上に距離を置く。
「ハアアアァッ!」
 気合一閃、姉譲りの串刺し式掌底で葛城の顎を打ち抜く。
「ガハッ…!?」
 強くかち上げられ、思わずトップロープから滑り落ちそうになる葛城。一発でも十分な威力だったが、彼女の粘り強さを承知しているスイはもう一度先ほどの位置に戻り、さらに力を込めた掌底を叩き込む。今度は悲鳴も上げず、ふらりと前のめりに倒れこむ葛城を裏返すと、足を抱えてフォールに入る。
「ワン……ツー…!」
 カウント2でも跳ね返す気配はない。と、それまで大人しくしていた南がリングに入り、スイの後頭部にストンピングを見舞い、強引にカットした。
「きゃっ…」
「いつまでもやられてるんじゃないわよ。いい加減、反撃しなさい」
 最低限の援護だけで、すぐにエプロンに帰る南。スイはむぅと口をとがらせるが、気を取り直しディアナとタッチする。リングインするや否や、ディアナはフラフラの葛城に駆け寄ると、飛びついてヘッドシザースを決め、ロープ中段に引っ掛ける。
「619!」
 そう叫ぶと反対側のロープで反動をつけ、もたれる葛城を狙って必殺技を繰り出す。
「葛城!!」
 南の檄のおかげではないだろうが、葛城はとっさにロープから飛びのき、619を回避する。逃がすまいと走り寄ってきたディアナの懐に潜り込むと、ミリタリープレスのように真上に打ち上げ、
「シュッ!」
 落下してくるタイミングに合わせて鳩尾を蹴りぬく。
「ウグゥッ!?」
 あまりの衝撃に、腹を押さえてうずくまるディアナ。一方の葛城も様々な技を立て続けに喰らったダメージか、バッタリ倒れこんでしまう。しばらく動けなかったものの、大歓声の中、コーナーパッドをバンバン叩き、早く交代しろと苛立っている南に向かって這いずっていく。
 あと数十センチまで近づいて行ったその時、突然リングを横切った武藤がエプロンサイドの南を突き飛ばす。
「あぐっ!?」
 落下し、フェンスに激突した南は顔色を変え、武藤に襲いかかろうとリングに滑り込むが、混乱を避けようとしたレフェリーが身を挺して介入を阻む。その隙、武藤は葛城をリング中央まで引っ張ると、パイルドライバーのように体を持ち上げ、そして、
「ガッ……!?」
 必殺技のスタイルズクラッシュで叩きつける。勝利を欲するがゆえのなりふり構わぬ行動にブーイングが起きるが、武藤は構わず、素早くエプロンに下がると、いまだに苦しんでいるディアナを「カバーして!」と急き立てる。
「ハ…グッ…」
 見るからに辛そうなディアナだったが、チームのために鞭打って体引きずる。うつ伏せの葛城をひっくり返すと、片腕を胸の上に乗せる。
「ワン……ツー……ス…!」
 乱入に気づいていないレフェリーが素直にカウントを数える。3つ目が入る寸前、本能に突き動かされるかのように葛城の肩がわずかに上がった。
「ウソ…!?」
 技からカバーまでタイムラグがあったとはいえ、フィニッシャーのスタイルズクラッシュは完璧に決まったはず。それでも、葛城を仕留めきれない。
 さすがの武藤も動揺を隠せず、呆然と立ち尽くす。
「ディアナさん、交代です!」
 スイの声にびくんと体を震わせる武藤。そうだ、まだ試合は続いているのだ。ショックを受けている余裕はない。
 そう言い聞かせながらも、心臓が鷲掴みにされたような不安を、彼女は自覚していた。

第6部4章 「ジェネレーション・ネクストvs.葛城・美沙・南」その6

「フッ…!」
 南を引き起こした武藤は、その場で回転し、鋭いソバットを腹のど真ん中に打ち込む。体を折る南をロープに振ると、打点の高いドロップキックでダウンを奪う。高い跳躍からニードロップを打ち込み、すぐに足を抱える。
「ワン……ツー…!」
 ぎりぎりで返す南。武藤は間をおかず、グラウンドのスリーパーで身動きを封じる。
(くっ……葛城!カットに来なさい!)
 声は出せないので、身振りでパートナーを呼び込む、だが、葛城はトップロープにもたれかかったまま、仏頂面でこちらを眺めている。
 協力してやる気はない。自力で何とかしろということか。
(あのバカ……無理に交代させられたくらいで根に持ってんじゃないわよ)
 もちろん、葛城はそれくらいで試合を投げ出すような無責任なレスラーではない。南なら自力で脱出できると分かっているからこそ、不本意なタッチの腹いせに助けに入らないだけだ。
(仕方ないわね…)
 首がさらに閉まるのを覚悟で無理やり起き上がると、腹にエルボーを打ち込みながらロープを掴む。背中を押してロックを外すと、ロープの反動で帰ってきたところにクローズラインをかます。
「っ…」
 直撃する直前で頭を下げてかわす武藤。反対側のロープでとどまると、毒蛇と真正面から睨み合う。
「…フッ」
 と、わずかに武藤の口角が上がる。怪訝に眉をひそめる南だったが、不意に後ろから突き飛ばされ、喘ぎながらセカンドロープに激突した。
 先ほどロープに振られた際、気づかれないようにディアナが武藤の背を叩いて交代していた。そうとは知らない南が背を向けている隙に背後に忍び寄り、ドロップキックで蹴り飛ばしたのだ。
「いきまス!」
 絶好のポジションに、619を狙って駆け出す。気配を察したか、南は慌てて転がると、ボトムロープの下から場外に逃げだした。
 必殺技が不発に終わり、観客たちがブーイングを上げる。フンと鼻を鳴らして距離を置く南だったが、突然、罵声が大歓声に代わり、驚いて顔を上げる。
「デヤアアアァッ!」
 619を回避されたディアナだったが、すぐさまエプロンに位置を変えると、トップロープからラ・ケブラーダで宙に飛び出していた。
「ぐうっ!?」
 見上げるほどの高みからのムーンサルトアタックで押しつぶされ、さすがの南も悲鳴を上げて倒れる。芸術的な一撃に、観客は大声でディアナを称えた。
「カバーでス!」
 抑えにかかるもカウントは2。ならばとサーフボードストレッチで固め、じわじわと体力を奪いにかかる。
「あぐっ……うぅ…」
 ディアナの捨て身の攻撃がよほど効いたか、珍しく南が苦しげに呻く。追い込んだかと勝機を見出しかけたディアナだったが、いきなりとてつもない威力で背中を痛打され、思わずロックを放してしまう。
「キャウッ!?」
「お、おい!下がりなさい、葛城!」
 レフェリーの警告通り、ROA王者がリングに入り、技をかけていたディアナの背を無造作に蹴り付けたのだ。葛城はその言葉を無視し、さらに蹴りを見舞おうと足を振り上げる。
「ワワッ…!」
 慌てて横に逃げるディアナ。勢いのついた足は止まらず、先ほどまで目標物のあった場所を越え、尻餅をついていた南の背中に突き刺さった。
「――ッ!?」
「あ…」
 予想外の一撃に、南は芋虫のようにリングを転がり痛みをこらえている。普段なら因果応報だと溜飲を下げるところだが、今回ばかりは立場が違う。
「……悪い」
 ぼそりと呟きエプロンに戻ろうとするが、立ち上がった南がその肩をグイッと掴んだ。
「あんた、わざとやったんじゃないの?ふざけんじゃないわよ」
「だから『悪い』って言ってるだろ?だいたい、お前が苦戦してるから助けに入ってやったんだろ?」
 語気荒く返した葛城は、南の腕を振り払い、負けじと顔を突き付ける。団体で最も相性の悪い二人は、やはり共闘は不可能なのか。
 ディアナはそろそろと南の死角に回り込むと、突き飛ばして葛城と激突させる。
「うわッ!?」「うくっ!?」
 両者の悲鳴が交錯し、葛城が場外に転がり落ちる。よろめく南の股から手を差し入れ、スクールボーイで丸め込んだ。
「ワン……ツー…!」
 間一髪、フォールを跳ね返す南。さらに攻め込もうとディアナがロープに走る。
「甘い!」
 とっさに態勢を立て直した南は、カウンターでフロントスープレックスを喰らわせる。蓄積したダメージは大きかったものの、どうにか立ち上がると、エプロンに立つ葛城のもとに歩み寄る。
「………」
 無言で手を差し出す葛城。南はため息をついて肩をすくめると、何の前振りもなしに、パートナーの横顔に張り手を見舞った。
「パンッ」という小気味いい音が響き、葛城の頬が見る見るうちに紅くなる。
「……ッ!」
 しばし殴られた姿勢のまま固まっていた葛城が、怒りに目を見開いて南に詰め寄る。慌てて止めに入るレフェリー越しに冷たい視線を送っていた南は、何食わぬ顔でロープをくぐり、ハエでも追い払うようにしっしと手を振った。
(この野郎…!)
 葛城はこめかみに青筋を浮かべながら、やっとの思いで南から視線を引き剥がす。一方、ジェネレーション・ネクスト側は参戦権を持つディアナがそのまま迎え撃とうとするが、彼女を制するように場外から声がかかった。
「…私がいく」
 自ら交代を求めたのは武藤めぐみ。ジェネレーション・ネクスト結成以来、初めて葛城とリングで対峙した。

第6部4章 「ジェネレーション・ネクストvs.葛城・美沙・南」その5

「ハァッ!」
「キャウッ!?」
 葛城が繰り出した強烈なミドルキックをかろうじてガードするも、衝撃が腕を突きぬけ胴に突き刺さり、体がわずかに浮き上がる。思わず立ち止まりかけるも、すぐさま次の一撃が放たれ、慌てて後転で距離を離す。肩のケガを抱えてもその足技に衰えは見られず、空を切り裂く蹴りに、冷や汗を拭って構え直す。
 今度はそろそろと、一度目のコンタクトよりも慎重に手を伸ばす。指が触れる刹那、瞬時に身をかがめて低空ドロップキックで足を払う。
「くっ…!?」
 葛城がひざまずいたところに走ると、ハリケーンラナで飛び掛かり、DDTのように頭からマットに突き刺す。
「グアッ!?」
 頭を押さえて倒れる葛城の足を抱えるも、カウントは2。すぐに引き起こすと、スイとタッチを交わす。二人がかりでロープに振り、ダブルのアームホイップで投げつけた。
 新たに参戦権を持ったスイがカバーし、再びカウント2。うつ伏せに転がすと、脇固めで腕を締め上げる。
「グウゥッ!?」
 それほど力を入れていないにもかかわらず、大きく苦悶する葛城にたじろぐスイ。忘れていたが、葛城は引退を迫られるほどの肩の負傷を抱えているのだ。
「あ……」
 思わずロックを緩めようとするスイだったが、「スイ!」と、武藤から厳しい声が飛ぶ。そうだ、これは真剣勝負なのだから、攻めを緩めるわけにはいかない。
(ごめんなさい…)
 激痛を味わっているだろう葛城に心の中で詫びながら、さらに強く絞る。脂汗を流しつつ、葛城は歯を食いしばってロープに逃げた。
「ロープブレイク!」
「は、はい!」
 律儀にカウントが数えられる前に腕を離すスイを、武藤は舌打ちして見つめる。案の定、葛城はその隙に態勢を整え、彼女をヘッドロックで捕まえた。
「いたっ…!?」
 こめかみに走る鈍い痛みにスイは顔をしかめて悶える。ヒザをついて立ち上がり、いったんロープまで移動してから、反動を利用してどうにか引きはがす。カウンターを決めようと構えた瞬間、背後から強襲され、悲鳴を上げて崩れてしまう。
「南!?余計な手を出すな!」
「何よ、助けてあげたんだから感謝しなさいよ」
 先ほどロープに押し込んだとき、ブラインドタッチを交わしていたのか、交代した南がニヤリと笑ってリングに入っている。不本意なタッチに葛城は唇を噛みつつ、レフェリーに促されてエプロンに帰った。
「草薙スイ……あんたとやるのは初めてかしら?私が南利美よ。よろしく」
 言いながら、南はストンピングをスイの胸元に浴びせる。悲鳴を上げる敵を冷たく見下ろし、さらにもう一発。次いで何発もダメ押ししていく。踏みしだかれるたびにスイはびくんと身を震わせ、南はサディスティックな笑みを深める。
「どうしたの?転げ回ってるだけじゃ勝てないわよ」
 ひょっとすると武藤以上の大器かというスイだが、まだデビュー一年足らずで、『毒蛇』相手では分が悪い。いいように嬲られる相棒の姿に武藤はいらいらとエプロンを歩く。
「あくっ……がっ…!」
 喉を踏みつけられ、足をばたつかせてもがくスイ。チョーク攻撃の反則カウントが数えられ、南は動じることなく4まで粘って解放してやる。ゴホゴホと咳き込むスイを跨いで立つと、首をかしげて幼さの残る彼女の顔を覗き見る。
「あんたも、姉もいまいちね。草薙流ってこんなもんなの?」
「……っ!」
 自分だけではなく、みことや家族への侮辱に、スイはキッと表情を引き締める。もがいて身を起こすと、鼻を突き付けて南と対峙する。
「今の言葉……撤回してください!」
「ふん、実力行使でやってみれば?」
 頭に血が上り、スイは団体最凶の毒蛇と向かい合っているにもかかわらず、一歩も引かずに睨み合う。大きく息を吸い込み、気合を入れると、空を切り裂くような掌底を放つ。完全に捉えたかに見えた一撃だったが、直撃する刹那、南はわずかに顔をよじり、紙一重でかわしていた。
「へぇ、やればできるじゃない」
 頬のすぐ横にスイの右腕がある状態で、南は涼しげに笑む。一瞬驚愕するスイだったが、すぐに我にかえり、二撃目を放つ。しかし今度も寸前で回避され、しかもカウンターでサブミッションを喰らいそうになり、慌てて身を離した。
(この人……怖い)
 実際に肌を合わせるのは初めてだが、普段のビッグマウスが口先だけでないことはわかる。だが、それ以上に感じるのは彼女の禍々しい雰囲気だった。彼女と同じリングには、一秒たりとも長くいたくはない。そう感じさせる気配が、彼女にはある。
(ですが……これを乗り越えれば、成長できる)
 心配げに身を乗り出しかけている武藤を振り返り、身振りで任せてくださいと伝える。深呼吸をして気を落ち着かせると、あらためて南と向かい合った。
「いい顔ね。そう、それでいいわ」
 心なしか、口調が柔らかくなったような気がする。しかし気を緩めることはなく、じりじりと間合いを調整する。
「テヤッ!」
 再び掌底。今度も、南はするりと身をかわし、腕を捕まえようと手を伸ばしてくる。
「隙あり!」
 一度は掴まれるものの、瞬時に身をひるがえして切り返すと、脇の下に両腕を捉え、閂スープレックスでぶっこ抜いた。
「ぐうっ…!」
 したたかに腰を打ちけた南は痛みに呻き声を漏らす。強敵に一太刀を浴びせたスイは、緊張のあまり荒い呼吸を繰り返し、汗びっしょりの額をぬぐった。
「スイ、交代して」
「あ、はい!」
 ぼぉっとしていたところに声をかけられ、ハッと我にかえってコーナーに戻る。
「す、すみません…」
『気を抜くな』とどやされるかと思い、スイはおずおずと手を伸ばして武藤とタッチする。リングインしたリーダーはちらりと彼女を見やり、ポンと肩に手を置いた。
「よくやったわ。しばらく休んでて」
 驚き、顔を上げるスイ。すでに武藤は背中を向け、倒れた南の様子を窺っている。ふとディアナを見ると、彼女は可笑しそうに、ニッコリとほほ笑んだ。
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