「負けた…」
ヒザをつき、ガックリとうなだれる武藤。実質3対2のハンディキャップマッチ。人数でも、連携でも勝っていたのに、現在のROAのトップ2に退けられた。
「スイ、大丈夫ですカ?」
毒蛇の牙に捕らえられ、あえなく降参させられたスイをディアナが気遣う。サブミッションの激痛に苦悶の表情を浮かべていたスイは、沈んでいる武藤に気づき、ハッと顔を上げた。
「す、すみません……耐え切れませんでした」
これまでの武藤なら、なぜタップしたのかと厳しく責め立ててくるところだ。だが、彼女はそうはせず、静かにかぶりを横に振った。
「あなたのせいじゃない。私こそ、カットできなくてゴメン」
思いがけないフォローに、スイは意外そうにリーダーの様子をまじまじと窺う。武藤は悔しそうに唇をかみ締め、小さく呟いた。
「私たちは、まだ強くなる。ここでの負けはたいしたことじゃない。それに、収穫もあった」
「収穫……ですか?」
「…うん」
苦虫を噛み潰したような顔で頷く武藤。『収穫』、それは、必殺技のスタイルズクラッシュで、葛城をしとめ切れなかったことだ。これまで、ロープに逃げられたり、タッグ戦でカットに入られたときなどにカウント3を逃がすことはあった。だが、いくらディアナにフォールを任せたとはいえ、クリーンヒットしたスタイルズクラッシュを自力で返されるなど、夢にも思っていなかった。
葛城は、スタイルズクラッシュではフィニッシュできない可能性がある。気に入らない結論ではあるが、それでも、いつか来るであろう直接対決を前に、この事実を発見できたことは幸運だった。
(新しい技が必要になるかもしれない。確実に、あの人を沈められる技が)
落ち込んでいるディアナとスイを励まし、しっかりと胸を張らせる。これが、私たちの第一歩だ。自分に言い聞かせながら、堂々と花道を引き上げた。
勝ち名乗りを受ける葛城は、パンパンと手を叩きながら近づいてきた南を睨み、警戒して距離を置く。ハァとため息を吐いた南は肩をすくめ、一人でコーナーに上って大歓声を上げる客席を見渡した。ちなみに、美沙は誰にも気づかれることなく場外でのびている。
新進気鋭の『ジェネレーション・ネクスト』を迎え撃ち、二人だけで返り討ちにしてみせた。相性などものともしない彼女たちの圧倒的な実力に、観客たちはただ感服し、二度は見られないかもしれない豪勢なタッグチームに敬意を表した。
そんな好意的なムードの中、葛城は一人、厳しい表情を崩さず、リングアナを促し、ROAチャンピオンベルトと、マイクを受け取る。手のひらでマイクを叩き、スイッチが入っていることを確認するとともに、南の注意を引き付けた。
「あ、そういや、なんか言いたいことあるんだっけ?忘れてたわ」
軽い口調で話す南とは対照的に、葛城はどこか緊張しているように見える。南と真正面から向かい合い、ひたと目を見据え、真剣な面持ちで訊いた。
「……お前が、新日本女子に移籍すると聞いた。本当かどうか、答えろ」
一瞬、観客がシンと静まり返る。質問の意味を把握しかねているのか、さざ波のようにざわめきが起き、それがすぐにどよめきへと変わる。
南は、わずかに眉根を寄せた以外は一切のそぶりを見せず、無表情に葛城を見返す。
「今年で契約が切れるそうだな。それで、ROAを去ると。……タチの悪い冗談なんだろ?いかにもお前らしい、笑えないおふざけだ」
怒りをにじませ、葛城が話し続ける。南は身動きしない。
「答えろ……本当のことを言え。『移籍はしない』と…!」
吐き捨てた葛城は、マイクを握りしめたこぶしを、南の胸に押し付ける。視線を下げた南は押し付けられたマイクを見つめ、やがてそれを手に取った。
「………」
口を開きかけるも、その途端、周りの空気が張り詰め、南は露骨に嫌な顔を浮かべる。つまらなそうに舌打ちすると、手に持ったマイクを落とす。冷たく葛城を一瞥し、そのまま背を向けて、ロープをくぐった。
「お、おい!南!?」
どんどん小さくなる南の背に葛城が怒鳴るも、南は振り返らず、淡々と花道を下る。
「ふざけるな……南!!?」
やはり応えず、南は舞台裏に消えてしまった。
「ほ、本当なのらぎっち、南さんが移籍するって?」
バックステージに引き上げた時には、すでに南はおらず、舞台裏から試合を覗いていた優香たちに捕まってしまう。
「分かりません。だから、確かめようとしていたんです」
イライラと、言葉少なに答える葛城。と、隣にいた美沙が、ハッと思い出したように声を上げる。
「そ、そういえば……一ヵ月くらい前、新女にいる知り合いが、南さんが新女を訪問したと言っていたのです!」
「なんだと…?」葛城が、厳しい視線で美沙を睨む。「どうして黙っていた!?先に知っていれば…!」
「ヒッ……ご、ごめんなさいなのです……こんなことになるとは、思っていなかったのです!」
「落ち着いてください、早苗さん。それは八つ当たりです」
みことにたしなめられ、葛城は苛立ちながらも口を閉じる。ベルトを引っ掴むと、ほかのレスラーたちを押しのけてロッカールームへと入っていった。
「気にしないで、美沙さん。葛城さんは、ちょっと気が立っていただけだから」
慕っている先輩に一喝され、さすがにしょげてしまっている様子の美沙を気遣い、秋山がフォローする。こくんと頷く美沙だったが、今にも泣きだしてしまいそうだった。