今回はこれ。
ツッコミ所満載でブログ記事にしようかな?と
予告していた件です。

ねずきち氏によれば、「盧溝橋事件が日中戦争のきっかけとなった」
という、よく教科書にも書かれているような見解は
2つの点で大ウソなのだとか。

①そもそも日中戦争なる用語はない

②当時の中国は内戦状態にあり、
統一国家なんて存在しないも同然だったのだから、
国家間の闘争を意味する戦争の語を用いるのは
歴史捏造の手口に嵌っている

というものである。

日中戦争が歴史用語ではなく、
当時の資料、文献を漁ってみても出てこない表現である
というのは確かにそのとおりだろう。
実際に盧溝橋事件の当時の呼称は北支事変である。

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それが上海の方面にまで戦火が拡大したときに
近衛内閣の閣議決定で北支事変から支那事変に変更された。
昭和12年(1937)9月2日のことである。

しかし、2番目の理由はどうだろうか?
ねずきち氏はこんなふうに述べている。


そして支那事変の勃発の昭和12年(1937年)当時、
支那には正式に国際社会で認められた公式な政府がありません。


これは明確にダウトだ。
蒋介石の南京国民政府は、いわゆる北伐を達成した年(1928)の
11月にアメリカから承認され、
イギリス、フランスもこれに追随しているのだから。
翌年、日本も承認。

※当時の日本、しかも対中強硬外交で知られる田中義一内閣が
蒋介石の国民政府を承認していたのは
この種の歴史認識にとって致命的な事実だろう


※その一方で、李承晩の大韓民国臨時政府は国際的に承認されていなかった


そして中華民国は、実態としては
国としての体を成してなかった状態にあったにせよ、
たとえその認識・解釈が妥当なものであるにせよ、
事実の問題としては当時は「国」として扱われていたし、
国際連盟の加盟国であり、またのちに日本に向けて
ポツダム宣言を発した国に名を連ねている。

以上から結論を述べると、
正確な歴史用語を使いましょうという趣旨であれば
北支事変、支那事変でも有りかと思うが、
日中戦争という表記はウソに端を発し、
歴史に詳しくない者たちに対して
日本と中華民国との間に戦争そのものがなかった
と誤解させようとする意図のものであれば、
例の人たちがいう「歴史修正主義」の誹りを
免れることはできないだろう。


※統一主権国家としての中華民国は限りなく虚像に近かった。
こんな笑い話がある。
有名な柳条湖事件が起こった日、蒋介石は湖南省の長沙にいた。
直ちに南京に戻り、全国の省のトップに
「緊急会議をやるから南京に集まってくれ」と打電した。
南京滞在中の身の安全は保障する。
往復の航空機は南京政府で手配するという破格の条件だった。
その結果・・・



誰も集まらなかった。


多くの者は回答すら寄こさなかった。
回答を寄こした者でも
自分が病気であるとか、年老いた親戚の介護で行けない
という理由が添えられていた。

典拠:『支那は生存し得るか』昭和12年(1937)9月6日 教材社
ニューヨーク・タイムス上海支局長 ハレット・アーベント
同 極東特派員 アンソニー・J・ビリンガム




★その他のツッコミ

そして支那事変の勃発の昭和12年(1937年)当時、
支那には正式に国際社会で認められた公式な政府がありません。

当時の支那には、日本が支援する南京政府、米英が支援する国民党政府、
ソ連がバックについた共産党政府の3つ以外にも、冀東防共自治政府をはじめ、
各地に自治政府が混在していました。

とてもじゃないですけれど、統一国家の体をなしていません。


米英が支援する国民党政府はいいとして、
日本が支援する南京政府とは何ぞや?
該当すると考えられるのは
中華民国維新政府(梁鴻志)だが、
これが成立したのは南京戦が終わった後の
昭和13年(1938)3月28日のことである。


参考までに昭和12年(1937)の北支情勢

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冀東防共自治政府 政務長官 殷汝耕


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冀察政務委員会 委員長 宋哲元

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山東省政府主席 韓復榘


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山西省政府主席 閻錫山


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綏遠省政府主席 傳作義

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冀(き)とは、河北省の古名。
河北省の東に位置しているから冀東防共自治政府。
察は、チャハル(察哈爾)。
河北省(冀)と察哈爾省を合わせたものが
冀察政務委員会



さて、その支那事変は、いちおうは昭和12年(1937年)7月7日の
盧溝橋事件が発端ということになっていますが、実はそうなったのは、
昭和16年の「西安事件」による蒋介石の変節を、日本側がこの当時、
十分に察知していなかったことによります。
それまで、支那国民党を率いる蒋介石は、支那国内で、
国民党と対立する支那共産党征伐に血眼になっていました。

当時、共産主義者征伐は、欧米社会を含む大きな社会問題になっており、
また支那共産党がソ連をバックに、事実上支那各地を植民地化していた
西欧諸国の追い出しを目論でいたことから、蒋介石はむしろ積極的に
英米のいいなりになって、共産党バージを繰り広げていたわけです。
このため支那共産党は、勢力を激減させ、ついにわずか三千の軍団となって
延安に逃げ込んでいたわけです。

そして、ついに「共産党にトドメを刺せる」とばかり、
延安の南方にある西安に乗り込んだ蒋介石を、満洲から追い出された
張作霖の息子の張学良が(当時は蒋介石の味方のふりをしていた)、
蒋介石を拿捕監禁し、共産党の走狗となって、日本を追い出すための戦いを
約束させられてしまっていたわけです。

ところが何も知らない日本は、ただひたすらに支那の治安維持を願って、
明治34年(1901)の北京議定書に基いて、
国際協調のもとで支那への派兵をしていたわけです。

ですから日本にしてみれば、まさか国民党が日本に牙をむくとは思わない。


これを読むかぎりでは、義和団=共産主義者であり
日本はちょうどロシア革命時のシベリア出兵のような動機で
シナ大陸に軍事的に進出したことになる。
ねずちき氏の歴史知識に「粗」があり
時系列的に前後が入り乱れる傾向があるようだ。


第二に、日本は侵略のために支那にいたのではありません。
日本が支那を侵略するために軍を駐屯していて、
それを不服とする国民党軍が、盧溝橋で日本軍に発砲したなどと、
これまたとんでもない言いがかりのような歴史を説いている人がいます。

これまた大嘘です。
日本が当時の支那に軍を派遣していたのは、
明治34(1901)年の「北京議定書(ぺきんぎていしょ)」に基づくものです。

「北京議定書」というのは、義和団事件(ぎわだんじけん)の
事件処理に関する最終的な取決めをした正式な外交文書で、
支那では辛丑条約(しんちゅうじょうやく)、欧米では「Boxer Protocol」と呼ばれます。

この議定書に参加、調印したのは、支那(清国)、英国、米国、フランス、スペイン、
オーストリア、ドイツ、ベルギー、ロシア、イタリア、オランダ、日本の12カ国です。
堂々たる国際条約です。


これもやはり、ねずきち氏の歴史知識の「粗」の例証である。
日本が天津に軍を駐留できるようになったのは、
いかにもその義和団事件の後始末の「北京議定書」によってである。
しかし、盧溝橋事件の前に長城の北に満洲国があり、そこに展開していた
別の日本軍(関東軍)についてはどう説明するのか?

こっちのほうは義和団事件も「北京議定書」も関係ない。

そもそも、ねずきち氏が義和団事件という清朝末期の民衆の排外運動が
起こった背景を正確に理解しているとは思えない。
支那(清朝)はイギリスとのアヘン戦争に敗れ、フランスにも敗れ
不平等条約を結ばされたとはいえ、
西洋列強からはまだ眠れる獅子と認識されていた。
ところが
日本との戦争に敗れるにいたって→日清戦争(1894-95)
「なんだ。眠れる獅子じゃなくて単なる肉の塊じゃないか」
と侮られるようになり、
西洋列強の
支那(清朝)に対する侵略がますます
露骨になった。
遼東半島にはロシア、山東省にはドイツの勢力がそれぞれ進出してきた。
山東省ではドイツ人のキリスト教宣教師が布教活動を始めるが、
これが民衆の間で外国に対する排外感情を生むのである→義和団

では、満洲国と別の日本軍(関東軍)はどう関係するのかというと、
義和団事件の際に満洲に出兵したロシアが
その後も撤兵しないばかりか朝鮮半島をも物色し始めたために
日本と戦争になったのである→日露戦争(1904-05)
日本はかろうじて勝利したものの、
ロシアから賠償金をせしめることができなかったために
その現物担保として遼東半島(旅順、大連)の租借権と
旅順-長春間の鉄道の経営権を得たのである。
この特殊権益を警備するという目的で
1919年に設置されたのが関東軍である。
これが北京議定書以外で日本が大陸に軍を駐留させていた理由である。

満洲国はというと、英米と結託してこの特殊権益を無効にしようとする
地元軍閥(張作霖とその御曹司)と日本との
イザコザによって生じたものである。



当時、共産主義者征伐は、欧米社会を含む大きな社会問題になっており、
また支那共産党がソ連をバックに、事実上支那各地を植民地化していた
西欧諸国の追い出しを目論でいたことから、
蒋介石はむしろ積極的に英米のいいなりになって、共産党バージを繰り広げていたわけです。



この認識も問題。
なぜなら、中国国民党もソ連との関係が深いからだ。
国民党の政府がまだ広東にあった時代、
孫文にはミハイル・ボロディンという
コミンテルンの工作員が政治顧問に就き、
また孫文の副官だった蒋介石は
ソ連の軍制の視察のためにモスクワを訪れている。
そして蒋介石は1924年に設立された
黄埔軍官学校の校長に就任している。
蒋介石の反共個人的な事情だろう(配偶者が浙江財閥の令嬢)



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「ねらわれた学園」という1970年代のジュブナイルSF小説がある。
生徒会長に就任してから不思議な力で反対者を次々に抑えつけ、
校内の風紀の乱れを取り締まるという名目でパトロール隊を組織し、
学園に一元的な管理体制を敷こうとする高見沢みちると
彼女の強権的なやり方に反発し、学園の自由を取り戻そうと
戦いを始める主人公の楠本和美と仲間たち(関耕児ほか)。
その過程において悪の首魁と思われていた高見沢みちるを
影で操る京極と名乗る少年や、
英光塾という謎の学習塾の存在が浮かびあがってくる・・

簡単にいうと、こういうストーリーなのだが、
これがどうも一般ウケするみたいで
映画に、テレビドラマに、アニメにと、これまで何度も映像化されている。

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私が観たのはテレビドラマの原田知世版で
YouTubeに上げられているのをたまたま発見した。
リアルタイムでも間違いなく視聴していたはずだが、記憶には残っていない。
この原田知世版は、非常にコメディタッチの強い作品に仕上がっている。
元凶は柳沢慎吾轟二郎で、この両人が出てくると
どんなシリアスな内容のドラマでも、
雰囲気をぶちこわして台無しにしてしまう。


さて、その第一話。ドラマの始めのほうで
怪しげな結社員ふうの衣装をまとった京極少年と高見沢みちるは
森の中でこんなセリフを吐いている。

学園は乱れている
ひとりひとりが自由や権利を主張して勝手なことをやっている
私たち選ばれた有能な人間が
何もわからない人たちを導いてやる必要がある


少数のエリートが厳格な規律によって社会を統制する
その選ばれた人間を教育機関で養成する
そして思わぬ反対者の抵抗に遭って、
たくらみは失敗に終わってしまう・・

このようなシナリオを
作者の創作のように捉えている人も多いかと思われるが、
じつは古代世界に原型となっている元ネタがあるのだ。

それがピタゴラスを開祖とするピタゴラス教団である。
※ピュタゴラスという表現のほうが原音に近いが、
認知度の高いピタゴラスに統一する

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Πυθαγόρας 前571~前497


まずピタゴラスと聞いて何を思い浮かべるだろうか?

三平方の定理
万物の根源は数である
と言った人


一般教養的な知識ではこんなものだろう。

ピタゴラスは紀元前6世紀の世界に生きた人である。
サモス島 Samos の富豪の生まれで
※ミレトス、エフェソスの向かい側にある小島
クロトン Kroton に移住し、
※イタリア半島を靴に喩えるなら、
靴底に当たる部分にあったギリシア人の植民市
移住の理由は当時のサモス島の僭主ポリュクラテスの統治を
嫌ったためといわれている

その地において一種の宗教団体、修行者の結社を組織したという。

その主な教えは輪廻転生の魂の教説である。
要約すると、人間には肉体とは別に霊魂がある。
霊魂は神的存在であり、もともと神々とともに暮らしていたが
罪に対する罰として肉体の牢獄に繋がれるようになった。
死によって霊魂は肉体から離れ、
ハデス(黄泉)において責め苦を受け、
※いまふうのデジタル表現をするならフォーマット(初期化)である
その後は空中を漂い、そして前世の罪の償いをするために
再び人間あるいは動物の体に宿り

罪の償いが済むまで未来永劫にこの呪われた循環を繰り返すという。

※タロットカードでは 運命の輪 La Roue de Fortune という寓意で
表現されている

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※ ZI:KILL というダークな世界観を持った昔の黒服系バンドに
round and fate という意味深なタイトルの曲があるが、
歌詞内容からは特に関係なさそうだ


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そこで簡素な服を着て、おしゃべりや肉食、豆食の禁止など
事細かな戒律に縛られた共同生活を送る。
※修行期間は5年
彼にいわせると清めの儀式を励行することによって
輪廻転生の呪いの輪からの救済の道を示そうとした。
これがピタゴラスの教えである。
※霊魂を洗浄するという発想

またこの教団内部では学芸が奨励された。
魂を鎮めるという理由で特に音楽は重用された。
ここで万物の根源は数である
という彼の文句とも関係してくるが
リュラ(七弦琴)という楽器があって
音の高低弦の長さが一定の比例関係にあることを
ピタゴラスは発見したのである。

2:1(オクターブ)
3:2(五度)
4:3(四度)

このことから、ピタゴラスは
この世界は根底において
数字において表現されるような量的関係、法則によって
成り立っているのではないか?
という結論に到達した。
そこで音楽と並んで数学も重んじられるようになったのである。

やがてピタゴラス教団は信徒の道徳改革に飽き足らず
しだいに政治的色彩を帯びるようになる。
音の調律、天体の規則的運行において現れているような
ハルモニア(調和)と秩序を人間社会にも求めるようになった。

個人の全体に対する絶対的服従のような政治体制を理想とした。
ポントスのヘラクレイデス(前387-前312)によって伝えられる
「3つの生活」という説がある

オリンピアの祭典に押しかけてくる有象無象には3つのタイプがいる
・競技に参加して栄冠を勝ち取ろうとする者
・そこで商売をして一儲けをたくらむ者
・これらの光景を一望しようとする者
同じように、人生においても
・名誉を愛する者
・お金を愛する者
・見物を愛する者
の3つのタイプがいる
このなかで見物=テオリア(観照)
を愛する者が最高の人間である

拝金の俗物は論外として、
活動的な英雄よりも傍観者的位置にある人間のほうが偉いという発想
Zガンダムに登場するキャラクターで例えるなら
パプテマス・シロッコみたいなタイプ

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「お前だ。いつもいつも脇から見ているだけで、人を弄んで・・」
とカミーユ・ビダンに図星を突かれているが
こういう考え方を提出した元祖はピラゴラスといわれている
これはのちのプラトンの「魂の三分説」に強く影響している

科学忍者隊ガッチャマンにおいても
現場で戦うベルク・カッツェは
ただ司令だけを出す働かない総裁Xよりも格下である


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しかし、このような考え方は民主的な党派の反感を買い、
抵抗を招く羽目になった。
結局、クロトンのピタゴラス教団の集会所は焼き討ちに遭い、
信者は散り散りになった。


その残党にフィロラオスやアルキュタスといった人たちがいたが、
その彼らと出会って大きな感化を受けたのが
当時、南イタリアやシケリア(シチリア)に遊歴に来ていた
あの有名なプラトンなのである。

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そして、プラトンもピタゴラス教団と似たようなことを始める。
彼もアテネの西北に政治指導者の育成を目的とした
学校(アカデメイア)を建設したのであった。
※ Ἀκαδημ(ε)ια アカデミー academy の語源

プラトンは多くの著作を遺しているが
それを前期、中期とそれ以降に分類すると
前期はソクラテス、中期はピタゴラス教団の影響が強く出ている。
中期の著作には『国家篇』『パイドン篇』『饗宴篇』がある。
主要テーマはイデア論である。

イデアとは何か?
漢字で表すと理想である。
真・善・美において完全かつ最高の状態にあり
しかも永久に変化することのない原型の世界である。
このイデアの世界に対して
いまのわれわれが住んでいるこの現実の世界は
生成の世界(現象の世界、影絵の世界)という。

論理的・存在論的に言えば、
イデアの世界は有=在るものであり
現象の世界は
有=在るもの非有=在らぬものの中間者
もしくは混合物
である。
したがって、この世界は偶然的で可変的で
変転常なき状態にある。

数理的に言えば、
イデアの世界はであるのに対し、現象の世界は多(雑多)である。


認識論的に言えば、
イデアの世界は理性(思惟)によって
現象の世界は感性(感覚)によって捉えることができる。
※プラトンによれば、外界から感覚によって得られる情報=経験は
有=在るもの=存在についての正しい認識を与えないという
霊魂がイデアを想起することによって
正しいに到達する
真理は外にではなく内にある
プラトンが合理論、理性主義の哲学の師匠とよばれる所以である


ごらんのとおり、プラトン哲学は二元論なのである。

人間は生まれ出ると物質世界の一部になるが、
霊魂(=理性)があるためにかつて所属していた世界を回想する。
ピタゴラス教団の教えでも述べたように霊魂は輪廻転生する。
この霊魂が転生の過程で忘れてしまったイデアを思い出すことが
認識の本分である。
この役割に最も適した者は哲学者であるから、
国家を理想的なもの=至高の善に近づけるためには
その統治機構において哲学者を首位に据えなければならない。
※少数エリート(理性)の支配
このあたりのことは『国家篇』において詳しく述べられている。

※魂の三分説

霊魂は一重のものではなく三重のものである
理性 剛毅 情欲 から成っている
理性の徳は<知恵>である
剛毅、情欲は理性の指導の下にそれぞれ<勇気>、<節制>という徳を生む
この三者の関係がうまく調和している、
すなわちお互いの分相応をわきまえている状態を正義という

四元徳 = 知恵・勇気・節制・正義

プラトンによれば国家とは大型の人間であり
人間とは小型の国家であるから
正義の人間がありうるように
正義の国家もありうるのである

正義の国家とは
理性的な人々(哲学者)が支配階級を形成し、
剛毅にあふれる人々(軍人)=防衛階級や
情欲に満ちた人(例:noie_hoie)=栄養階級は
支配階級の指導に服して
それぞれの務めを果たす(外敵と戦う、生活必需品を供給する)
国家を指すのである


ねらわれた学園 第5話 では 京極少年は
テレパシーを通じて楠本和美を
自分たちの仲間になるように説得する
そして和美に未来の世界を見せる
自分たちのやり方は
このような世界を作りたくないためだという

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このまま 何もわからず 
気まま放題の人間をのさばらせておくことを 
お前は認めるというのか?

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この世界は これ以上にないほど堕落し 
輝く未来を失うことになっても
お前は構わないというのか?

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アニメアイコンを使用する者が増えているような気がする。



















先輩格のヘサヨが、あまりにもシュールでキワモノ揃いなので
せめて第一印象だけでも良くしようという戦略なのか?
いずれにせよ、今後は彼らの動向からは目が離せない。

















 
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