2012年02月07日
Karasuma三条卒業
最高の営業でした。
2012年2月6日月曜日、和民を卒業しました。

平日の初めにも関わらず、いろんな人が来てくださって。
感謝感謝です。
和民は「世界中で一番ありがとうを集める集団である」ことを目標にしています。2月6日は日本の和民で、僕が最もありがとうをみんなから頂いて、かつ、僕が最もありがとうを発した営業だったと確信しています。
声をかけてきてくださったお客様も、陸上関係者の皆さんが多く、改めて、和民でも、そして和民の営業自体でも、自分を構成している大部分を知ることとなりました。
和民で色んなことを学びました。接客はもちろん、お金の大切さや、仕事の中での人間関係の重要性。
その中でも一番感じているのが、やはり実行力です。
売るなら売る、守るなら守る、そういった営業の目標に向かって動くには、人間関係から一人一人のスキルまですべてが必要になります。その為に、個々人が努力を重ねるしかゴールへの道はありません。
出会うべくして出会う人、すなわち、学校の友達や両親、家族といった、根本的に繋がりを持った上での人間関係とアルバイトでの人間関係は大きく違います。
和民での出会いは、自分から求めていかなくてはいけないし、たかだがアルバイトなので人間関係が機能不全になれば辞めればいい。けれど、辞めなかったのは出会いが全て新鮮で、学びそのものだったからです。
僕を採用し、和民の全てを教えてくださった西澤課長、常に課題を見つけさせてくれた中野さんには一生頭があがりません。
みんなが自分の目標に向かっていたり、そして、人それぞれバイトに対する意識も違うし、社員も十人十色、そんなみんなが一つになるには、「ありがとう」を集める事を求め続けることです。
とか硬いことばっか言ってますが、遊びも飲みも部活の息抜きも、馬鹿できたんも和民です。学生生活らしいことできた。
ありがとうございました。
メンバーのみんなに感謝。ほんまにほんまにほんまにほんまにありがとうございました。

2012年2月6日月曜日、和民を卒業しました。

平日の初めにも関わらず、いろんな人が来てくださって。
感謝感謝です。
和民は「世界中で一番ありがとうを集める集団である」ことを目標にしています。2月6日は日本の和民で、僕が最もありがとうをみんなから頂いて、かつ、僕が最もありがとうを発した営業だったと確信しています。
声をかけてきてくださったお客様も、陸上関係者の皆さんが多く、改めて、和民でも、そして和民の営業自体でも、自分を構成している大部分を知ることとなりました。
和民で色んなことを学びました。接客はもちろん、お金の大切さや、仕事の中での人間関係の重要性。
その中でも一番感じているのが、やはり実行力です。
売るなら売る、守るなら守る、そういった営業の目標に向かって動くには、人間関係から一人一人のスキルまですべてが必要になります。その為に、個々人が努力を重ねるしかゴールへの道はありません。
出会うべくして出会う人、すなわち、学校の友達や両親、家族といった、根本的に繋がりを持った上での人間関係とアルバイトでの人間関係は大きく違います。
和民での出会いは、自分から求めていかなくてはいけないし、たかだがアルバイトなので人間関係が機能不全になれば辞めればいい。けれど、辞めなかったのは出会いが全て新鮮で、学びそのものだったからです。
僕を採用し、和民の全てを教えてくださった西澤課長、常に課題を見つけさせてくれた中野さんには一生頭があがりません。
みんなが自分の目標に向かっていたり、そして、人それぞれバイトに対する意識も違うし、社員も十人十色、そんなみんなが一つになるには、「ありがとう」を集める事を求め続けることです。
とか硬いことばっか言ってますが、遊びも飲みも部活の息抜きも、馬鹿できたんも和民です。学生生活らしいことできた。
ありがとうございました。
メンバーのみんなに感謝。ほんまにほんまにほんまにほんまにありがとうございました。

2012年01月21日
ツールかゴールか
今日は高校の友達と遊んできた。
中国に留学してた子と海外旅行大好きなクラス一緒やった子と三人。
留学話や旅行話、そして、就活の話。
留学の話で理解したけど、語学としての手段がゴールになると向上心とか上昇志向は生まれへん!って。
なるほどね、最近思ってたこととどんぴしゃやったもんで、心にきたわ。
英語苦手とも言ってられへん状況やし、やろう。自分の仕事の範囲がそれで狭まることがあれば、それは損であるわなぁ。
努力も才能。
中国に留学してた子と海外旅行大好きなクラス一緒やった子と三人。
留学話や旅行話、そして、就活の話。
留学の話で理解したけど、語学としての手段がゴールになると向上心とか上昇志向は生まれへん!って。
なるほどね、最近思ってたこととどんぴしゃやったもんで、心にきたわ。
英語苦手とも言ってられへん状況やし、やろう。自分の仕事の範囲がそれで狭まることがあれば、それは損であるわなぁ。
努力も才能。
2012年01月18日
2012年01月13日
卒論週間
もうパソコンが嫌いになりそうです。
現在1万6千文字で、あとちょっと手直しして提出かな。
今日中には終わりそうです。
さて、レスキューの10陣の動画が完成!
作ってくれたのは、レスキューの後輩、女の子二人!
パソコンとか使いこなせる女の子って珍しいですね。あれ、考えが古いんかな笑
http://www.youtube.com/watch?v=e38Z32v-kzg&feature=youtu.be
なぜか、ハイパーリンクができないので、直貼りしてます。URLをコピー&ペーストで視聴してください。
現在1万6千文字で、あとちょっと手直しして提出かな。
今日中には終わりそうです。
さて、レスキューの10陣の動画が完成!
作ってくれたのは、レスキューの後輩、女の子二人!
パソコンとか使いこなせる女の子って珍しいですね。あれ、考えが古いんかな笑
http://www.youtube.com/watch?v=e38Z32v-kzg&feature=youtu.be
なぜか、ハイパーリンクができないので、直貼りしてます。URLをコピー&ペーストで視聴してください。
2012年01月02日
震災は流行か。
あけましておめでとうございます。
そんなこんなで2012年になりました。
2011年も色々ありましたなぁ。。。。
5月の関西インカレまではほんとに忙殺されてた。ワタミの源泉徴収見て、びっくり。1回や2回のときより収入が4分の3くらいになってたからねぇ。しかも、後半戦怒涛のシフトでバイトイにインしてたのに、結果がそういうことになるとはねぇ。
けれども、この一年間が無かったら、人脈も、出会いも、仕事に対する考え方も全くちゃうかったと思うんです。成長って言葉はおこがましくて口にし辛いけど、成長したような気がする。
そして、震災。こんなに自分がボランティアに携わることになるとは。って同期のキャプテンが言ってたけど、まさに僕もそう。
僕の中では、ボランティアって、もっと偽善的なものだと思ってたくらいやからね。
あの規模の震災を見て、あの規模の受難をして、初めて気づいた大ばか者です。実際ボランティアの作業は、一対一くらいのミクロなもので、そういったものに惹かれているなら、この震災以外のボランティアに対しても積極的であるべきやと思うし、今ならどんなボランティアに対しても、自分の時間と資金力さえさえあれば無限にいけるなぁ。
震災に関して。
震災後の、あの無力感みたいなものが、今でも僕らの世代に満ちている。くすぶっている。
ボランティアに行っても、募金してみても、なくならないようなね。
僕は発生した問題に対しては、常に前向きに取り組むことを心がけています。
後悔や反省よりも、今の問題をどうやってクリアしていくかを考えることが効率いいと思っているからです。
けど、無力感は消えませんね。
だからといって福島や津波に対して悲観や投げやりに考えたりもしていません。
この無力感とはきっと付き合っていかねばならないけど、自分の生活や自分自身の気持ちも大事にしてあげねばならないって最近は考えるようになりました。
けど、そうなると震災が記憶になりそうで不快です。
現在進行形で震災は継続中であることをついつい忘れがちになってしまいます。無力感と前向きな考えとは別に、東北に対して今やれることをやらねば。
そんな風なこと昔書いたなって思って探したらあった。
http://blog.livedoor.jp/une_2_laper/archives/51901791.html
この頃はほんとに。僕の辛さなんて他愛もないけどね。
ボランティアも寄付金等も報道も、そして何より関心が、流行になっていないか心配です、自分自身がそうでないかと問われれば、難しいけれど、少なくとも、流行にしてはいけないって気持ちが強くあります。
大学の学祭に箭内道彦さんと亀田誠治さんが来たときに、箭内さんが言っていたけど、2011年は「震災」の年、として、過去にして流行りにしていく流れがあるって。箭内さんは嫌悪感を感じるっておっしゃってたけど、やぱり、メディアに深くかかわる人が言うんだから、そうなんだろうな。
なんでも事なかれにできる日本人は後腐れを嫌って忘れたがるけど、今回はどうだろう。
というか、震災は継続中です。フクシマだけではなくて、七ヶ浜でもね。アブノーマルな日常が東北に続く限りは継続でしょう。何がゴールかなんて、問題にしてないで、今ある問題をの最善を話し合って、進めていきたい。
そして自分ができることに刷り込んでいって。
自分は子供で自己中で自分勝手で頑固で、
人のために生きるなんてことは、まだできないけど、自分の素直さを信じて明るく生きていきたいなっ!!
2012年もよろしくお願いします。
2011年の総括と2012年の抱負は書くつもりだったけど、まぁええや。
年度が替われば社会人やし、年度末にでも抱負を。
そんなこんなで2012年になりました。
2011年も色々ありましたなぁ。。。。
5月の関西インカレまではほんとに忙殺されてた。ワタミの源泉徴収見て、びっくり。1回や2回のときより収入が4分の3くらいになってたからねぇ。しかも、後半戦怒涛のシフトでバイトイにインしてたのに、結果がそういうことになるとはねぇ。
けれども、この一年間が無かったら、人脈も、出会いも、仕事に対する考え方も全くちゃうかったと思うんです。成長って言葉はおこがましくて口にし辛いけど、成長したような気がする。
そして、震災。こんなに自分がボランティアに携わることになるとは。って同期のキャプテンが言ってたけど、まさに僕もそう。
僕の中では、ボランティアって、もっと偽善的なものだと思ってたくらいやからね。
あの規模の震災を見て、あの規模の受難をして、初めて気づいた大ばか者です。実際ボランティアの作業は、一対一くらいのミクロなもので、そういったものに惹かれているなら、この震災以外のボランティアに対しても積極的であるべきやと思うし、今ならどんなボランティアに対しても、自分の時間と資金力さえさえあれば無限にいけるなぁ。
震災に関して。
震災後の、あの無力感みたいなものが、今でも僕らの世代に満ちている。くすぶっている。
ボランティアに行っても、募金してみても、なくならないようなね。
僕は発生した問題に対しては、常に前向きに取り組むことを心がけています。
後悔や反省よりも、今の問題をどうやってクリアしていくかを考えることが効率いいと思っているからです。
けど、無力感は消えませんね。
だからといって福島や津波に対して悲観や投げやりに考えたりもしていません。
この無力感とはきっと付き合っていかねばならないけど、自分の生活や自分自身の気持ちも大事にしてあげねばならないって最近は考えるようになりました。
けど、そうなると震災が記憶になりそうで不快です。
現在進行形で震災は継続中であることをついつい忘れがちになってしまいます。無力感と前向きな考えとは別に、東北に対して今やれることをやらねば。
そんな風なこと昔書いたなって思って探したらあった。
http://blog.livedoor.jp/une_2_laper/archives/51901791.html
この頃はほんとに。僕の辛さなんて他愛もないけどね。
ボランティアも寄付金等も報道も、そして何より関心が、流行になっていないか心配です、自分自身がそうでないかと問われれば、難しいけれど、少なくとも、流行にしてはいけないって気持ちが強くあります。
大学の学祭に箭内道彦さんと亀田誠治さんが来たときに、箭内さんが言っていたけど、2011年は「震災」の年、として、過去にして流行りにしていく流れがあるって。箭内さんは嫌悪感を感じるっておっしゃってたけど、やぱり、メディアに深くかかわる人が言うんだから、そうなんだろうな。
なんでも事なかれにできる日本人は後腐れを嫌って忘れたがるけど、今回はどうだろう。
というか、震災は継続中です。フクシマだけではなくて、七ヶ浜でもね。アブノーマルな日常が東北に続く限りは継続でしょう。何がゴールかなんて、問題にしてないで、今ある問題をの最善を話し合って、進めていきたい。
そして自分ができることに刷り込んでいって。
自分は子供で自己中で自分勝手で頑固で、
人のために生きるなんてことは、まだできないけど、自分の素直さを信じて明るく生きていきたいなっ!!
2012年もよろしくお願いします。
2011年の総括と2012年の抱負は書くつもりだったけど、まぁええや。
年度が替われば社会人やし、年度末にでも抱負を。
2011年12月26日
24日ウィンク愛知
チームレスキューのチャリティーイベントで司会してきました。
トルコで出来た友達をはじめ、家族が来てくれました。
ほんまに繋がりってものはすごくて、改めて感謝。
あのトルコの広大な大地で砂漠の中でしゃべってた友達が、名古屋の近代的なビルの中で会うことになるとはなぁ!その不思議な感じもありつつ。
ありがとう!ほんまに。
家族も来てくれ、色々みていました。普段から、僕がどんなところでどんな仕事をしてるか知らへんかったやろうし、(あまり僕が話していないせいもある)ちょうどええ機会になりました。
何よりもまず、チャリティーチケットを3枚も買ってくれたわけやしね゚(゚´Д`゚)゚
イベント自体は大成功(?)しました。手作り感満載過ぎてすごいけど、レスキューの2回生中心で作り上げた今回のイベント。ほんまにみんな頑張っていたし、めちゃめちゃ成長してて、おじさんびっくりです。
みんなお疲れ様。
来てくれた方、レスキューのみんな、小林様、告知を広めてくれた方、フェイスブックで共有してくださった方、みなさん、、ほんまにありがとうございました。

さぁ〜・・・
卒論やりますかっ。
トルコで出来た友達をはじめ、家族が来てくれました。
ほんまに繋がりってものはすごくて、改めて感謝。
あのトルコの広大な大地で砂漠の中でしゃべってた友達が、名古屋の近代的なビルの中で会うことになるとはなぁ!その不思議な感じもありつつ。
ありがとう!ほんまに。
家族も来てくれ、色々みていました。普段から、僕がどんなところでどんな仕事をしてるか知らへんかったやろうし、(あまり僕が話していないせいもある)ちょうどええ機会になりました。
何よりもまず、チャリティーチケットを3枚も買ってくれたわけやしね゚(゚´Д`゚)゚
イベント自体は大成功(?)しました。手作り感満載過ぎてすごいけど、レスキューの2回生中心で作り上げた今回のイベント。ほんまにみんな頑張っていたし、めちゃめちゃ成長してて、おじさんびっくりです。
みんなお疲れ様。
来てくれた方、レスキューのみんな、小林様、告知を広めてくれた方、フェイスブックで共有してくださった方、みなさん、、ほんまにありがとうございました。

さぁ〜・・・
卒論やりますかっ。
2011年12月22日
24日クリスマスチャリティーイベント!
今から名古屋行きます!
チームレスキューのチャリティーイベントに司会として参加です。
陸上部での様々なイベントごとでの司会の様子を、みんなが評価してくれて、僕を推してくれました。OB100人を前にすると緊張で手がブルブルしちゃうぼくですが、大丈夫かなぁ。。。。
こんな形で、自分のキャリアが活かせてうれしいです。明日は頑張ってきます。始まったらなるようにしかならへん!(大好きな逃げの座右の銘!笑)
さて、告知です!
【日時】
24日1230分
3時間程度
【場所】
ウィンク愛知
【内容】
立食形式のパーティー
(補助的な意味でレスキューの活動を知っていただけたら・・・)
【参加費】
一名2500円
【服装】
フォーマルなもの。(ジーンズ等は不可)
【意図】
2500円のうちのイベントの運営に掛ったお金以外は全て、レスキューの活動資金となります。
また、副次的には学生主体のイベントの中で、新しい出会いが生まれたり、レスキューのメンバーになりたい学生を発掘したりできればいいなと!
もし可能であれば奮ってご参加ください。
僕も当日、ガッツリ朝から準備してますし、急に連絡を頂いても対応可能です。
多少の遅刻もOKです。
メールをご存知の方はメールや電話で。
ご存じでない方はツイッター<amezon_japan>やフェイスブック<本名で登録中>からお願いします。
既に名古屋の大学生の友達は何名か、来てくれる約束をしてくれました。嬉しいなぁ。
当日、演奏をして頂ける
小林香代様のブログ。
http://azeitona.blog92.fc2.com/
24日の告知もあります。嬉しい・・・
参加バンド、ポチ。より。「猫目月」
チームレスキューのチャリティーイベントに司会として参加です。
陸上部での様々なイベントごとでの司会の様子を、みんなが評価してくれて、僕を推してくれました。OB100人を前にすると緊張で手がブルブルしちゃうぼくですが、大丈夫かなぁ。。。。
こんな形で、自分のキャリアが活かせてうれしいです。明日は頑張ってきます。始まったらなるようにしかならへん!(大好きな逃げの座右の銘!笑)
さて、告知です!
【日時】
24日1230分
3時間程度
【場所】
ウィンク愛知
【内容】
立食形式のパーティー
(補助的な意味でレスキューの活動を知っていただけたら・・・)
【参加費】
一名2500円
【服装】
フォーマルなもの。(ジーンズ等は不可)
【意図】
2500円のうちのイベントの運営に掛ったお金以外は全て、レスキューの活動資金となります。
また、副次的には学生主体のイベントの中で、新しい出会いが生まれたり、レスキューのメンバーになりたい学生を発掘したりできればいいなと!
もし可能であれば奮ってご参加ください。
僕も当日、ガッツリ朝から準備してますし、急に連絡を頂いても対応可能です。
多少の遅刻もOKです。
メールをご存知の方はメールや電話で。
ご存じでない方はツイッター<amezon_japan>やフェイスブック<本名で登録中>からお願いします。
既に名古屋の大学生の友達は何名か、来てくれる約束をしてくれました。嬉しいなぁ。
当日、演奏をして頂ける
小林香代様のブログ。
http://azeitona.blog92.fc2.com/
24日の告知もあります。嬉しい・・・
参加バンド、ポチ。より。「猫目月」
2011年11月27日
居酒屋ライフ、マイライフ。
ワタミでの最後の年末を迎えます。
デフレで売っても売ってもしんどいだけの毎日が続きますが、宴会の単価だけは数年前とも変わらない。なんで、売上があがってくる!
楽しみです。日頃から使って下さるお客様が、年末にワタミを選んでくれる。幹事様は、普通、自分が行ったことのない店を予約することないから。それに、もし、嫌なお店だ、と思われたら、確実に宴会は頂けない!
だからこそ、年末のお客様は今まで以上に、異常に、異常に、大事にせねばならん!
ワタミで学んだことは数知れないです。
バイトって、人生で初めて、会うべくして会う大人以外と出会う場所だと思う。
親、先生、誰かの親、そういった関係性以外で他人である大人と出会う機会ってない。例えば、店長等の社員、そしてお客様、配送業者の方、清掃会社の方。こういった人たちは、自分とは全く関係がない。それでも、信頼関係を築いていく。その経験は、高校生〜大学生のうちにできるのって重要かなと。
ぼく自身、ほんとにすごい社員と何人も会ったし、ほんとに忘れらないお客様もいっぱいいて、すごく自分の考えからに影響があったと思ってる。
こうやって、ネットで自分の所属を明かしたりするんて、よくないことみたいなんあるけど、自信を持って、ワタミが好きだと言える。そんな好きなら、就職しろよね笑
お客様も人間やし、店員も人間。お互いにいい関係でありたいよね。
居酒屋みたいな飲食で働いてると、きっと、他人に対して横柄になることはないと思うなぁ。少なくとも、ぼくは、ご飯を食べに行ったら、お店に対しては心底感動するし、感謝する。別に意識せずとも。勝手にね。
お客様は神様じゃなくて人間でござる。
店員も人間でござる!
かれこれ3年半やってきて、リーダーにもなりやんした。
色々あるけど、ほんまにおれはおれの立ち位置守らんな。
年末頑張るでぇ!
デフレで売っても売ってもしんどいだけの毎日が続きますが、宴会の単価だけは数年前とも変わらない。なんで、売上があがってくる!
楽しみです。日頃から使って下さるお客様が、年末にワタミを選んでくれる。幹事様は、普通、自分が行ったことのない店を予約することないから。それに、もし、嫌なお店だ、と思われたら、確実に宴会は頂けない!
だからこそ、年末のお客様は今まで以上に、異常に、異常に、大事にせねばならん!
ワタミで学んだことは数知れないです。
バイトって、人生で初めて、会うべくして会う大人以外と出会う場所だと思う。
親、先生、誰かの親、そういった関係性以外で他人である大人と出会う機会ってない。例えば、店長等の社員、そしてお客様、配送業者の方、清掃会社の方。こういった人たちは、自分とは全く関係がない。それでも、信頼関係を築いていく。その経験は、高校生〜大学生のうちにできるのって重要かなと。
ぼく自身、ほんとにすごい社員と何人も会ったし、ほんとに忘れらないお客様もいっぱいいて、すごく自分の考えからに影響があったと思ってる。
こうやって、ネットで自分の所属を明かしたりするんて、よくないことみたいなんあるけど、自信を持って、ワタミが好きだと言える。そんな好きなら、就職しろよね笑
お客様も人間やし、店員も人間。お互いにいい関係でありたいよね。
居酒屋みたいな飲食で働いてると、きっと、他人に対して横柄になることはないと思うなぁ。少なくとも、ぼくは、ご飯を食べに行ったら、お店に対しては心底感動するし、感謝する。別に意識せずとも。勝手にね。
お客様は神様じゃなくて人間でござる。
店員も人間でござる!
かれこれ3年半やってきて、リーダーにもなりやんした。
色々あるけど、ほんまにおれはおれの立ち位置守らんな。
年末頑張るでぇ!
2011年11月22日
チームレスキュー10陣参加
参加してきました。
立教戦が終了したその日から、そのまま東北へ。
同志社参加組も疲労感ありましたが、名古屋メンバーは名古屋メンバーで疲労。なぜなら、大学の京田辺側の学祭でチームレスキューが催し物をしていて、その運営に名古屋組が駆り出されていたからです。因みに、同日に、同志社は慶応立教の両大会を運営しておりましたから、手伝うには同志社組は辛い所がありました。
そんな訳で、同志社組、名古屋組共に疲労マックスで東北へ!!
僕は3陣以来(6月/ http://blog.livedoor.jp/une_2_laper/archives/51900552.html)の参加でした。
現地までは、救急救命士の方と我らがBoss(後輩の父親)の運転で向います。ほんまにお疲れ様です。
渋滞を避けつつ新潟経由で向かいます。なんしか走行距離が伸びますから、運転手の方は非常に疲れます。まして深夜の運転は疲労がたまります。
現地では、死ぬ気で働きます!!
と気持ちを新たにしつつも、ウトウト。すいません。
男と女の子の比率がほぼ同じ、今回の陣。
これは今回は僕は力担当ではないです!とは言ってられない模様です。
そして七ヶ浜町到着!!
ほんまにきれいになっててびっくり。
海は変わらず。たぶん3月10日の前日もこんな顔してたんやろうけどね。11日には何万人もの命を持って行ってしまった。

今回の案件は
・民家の瓦礫撤去が2件
・製材所の木材洗浄
・流れ着いた岩の撤去
・漁港の破壊された溝の撤去準備
・(前回からの引継ぎ)民家裏手の崖崩れ現場の補強
でした。
僕が参加したのは、一件の民家のガレキ除去と、岩の撤去と溝の撤去準備でした。
民家の瓦礫除去。
津波に流された家は、基礎だけが残ります。基礎だけあっても、基礎自体が歪んでいたり、その上に土砂や流れ着いた物がたまっていて、すぐに家を立てることは困難です。
よく、基礎剥き出しの映像がテレビでやってるけど、あのままあの上に家は立てれへんのですよね。
なんで、基礎の引きはがしや、ガレキを除去します。
その量たるや!

僕は瓦礫って言葉は大嫌いです。種別上、瓦礫って呼んでいますが、実際に撤去すればわかる。
撤去するモノは、服、写真、家具、お皿や家財道具、家の部品、そういった物ばかりです。土嚢に詰めてて、頭の中からジンジン痛むようなものばかりです。
ニュースで「瓦礫撤去」、「ガレキの受け入れ」だのなんだのって報道されているけど、中身はそういったものです。僕は、だから受け入れに是だの非だのの意見を言おうとしている訳ではない。けれど、それくらい知って、報道して欲しい。知識はあって意見は初めて説得力と意味を持つと思うから。
岩の撤去は、一個30キロ〜50キロほどのどこかから流れてきた40個程の石垣を、撤去する仕事。人数の都合上、僕の代のキャプテンと僕の二人で・・・ワァーオ。


これはコツも手順も何もないです。力です。
だんだん手の力が入らなくなってきて、持てなくなってくる。けど、昼までに終わらせる約束をしていたので、必死で!

終わり!
漁港の仕事。
トラックも上を通れるような頑丈な溝蓋が津波の影響でずれていたり、壊れかかっていたりして、危険な為、全て破壊して、撤去できるようにする仕事。

ご覧いただければお分かり頂けるでしょうが、その溝蓋自体が巨大で、それをそのまま撤去できない。
やから、このようにドリルで破壊します!
異常な疲労感だけがたまります。ほんまに工事現場のおっちゃんたちはすごい!


こんな感じで綺麗に破壊完了。次の日には、業者が撤去してくれたようです。
チームレスキューに関して、今回の陣は僕が行った3陣と大きく異なるのが、陸上部が少ないこと。
そして、レギュラーメンバーが増えていること。
この変化点にも関わらず、驚かされたのが、チームワークと雰囲気が同じだったこと。
そういった雰囲気づくりをしている、学年的には後輩にあたる名古屋組のメンバーやBossに深く尊敬。
特に先頭でいつも引っ張ているリーダー、マーシーこと、T田には頭が上がらない。3回生とは思えない思考と落ち着きで頼りになる男になっていた。ほんまにビックリ。
東北に関して、
今だ、現在進行形で被災が続いているんだなぁっと。避難されている方みんな。
民家の瓦礫撤去では、持ち主のおばあちゃんが、小さなナタを持って「私にも手伝えることはないですか?」と。
トイレをお借りしたガソリンスタンドの店主の家は流され、今は仮設住宅からスタンドに通っている。
僕らにやたらと親切な頑固な地元のおじいさんは、友達を何人も失っていたこと。
3月11日の一点だけが、止まっていて、それが問題でそれに対するボランティアではない。現在進行系で被害を及ぼし続けている、この「被災状況」に対するボランティア。
もう一点。驚いたこと。
地元の議員さんやボラセン等の役場職員が、次の七ケ浜町のまちづくりに関して「ボランティア」の僕らの意見を必要としていること。
「現在進行形で被災」した街を一番近くで見続けているボランティアの意見。その吸収は、役所的にも重要と感じるくらい密接で重要なんだろな。
公と私ってすごく離れている気がしたけど、そんなことないねんな。実は、公を構成するメンバーって私から出て
きてるんよね。離れている訳がない。むしろ同意。
次の七ヶ浜はどんな街になるだろう。被災されている方は、どんな街にしたいだろう。
そして、今回も僕らにとっての全力の1週間が終わり、七ヶ浜にとって一瞬で微力の作業を終えました。
またくるぞ!!

ムービーは最近アップされた、前々回の8陣の活動報告動画です。応援よろしくお願いします。
正直な話、とにかく活動資金が足りていません。
これは僕らの全ての始まり。1陣。
立教戦が終了したその日から、そのまま東北へ。
同志社参加組も疲労感ありましたが、名古屋メンバーは名古屋メンバーで疲労。なぜなら、大学の京田辺側の学祭でチームレスキューが催し物をしていて、その運営に名古屋組が駆り出されていたからです。因みに、同日に、同志社は慶応立教の両大会を運営しておりましたから、手伝うには同志社組は辛い所がありました。
そんな訳で、同志社組、名古屋組共に疲労マックスで東北へ!!
僕は3陣以来(6月/ http://blog.livedoor.jp/une_2_laper/archives/51900552.html)の参加でした。
現地までは、救急救命士の方と我らがBoss(後輩の父親)の運転で向います。ほんまにお疲れ様です。
渋滞を避けつつ新潟経由で向かいます。なんしか走行距離が伸びますから、運転手の方は非常に疲れます。まして深夜の運転は疲労がたまります。
現地では、死ぬ気で働きます!!
と気持ちを新たにしつつも、ウトウト。すいません。
男と女の子の比率がほぼ同じ、今回の陣。
これは今回は僕は力担当ではないです!とは言ってられない模様です。
そして七ヶ浜町到着!!
ほんまにきれいになっててびっくり。
海は変わらず。たぶん3月10日の前日もこんな顔してたんやろうけどね。11日には何万人もの命を持って行ってしまった。

今回の案件は
・民家の瓦礫撤去が2件
・製材所の木材洗浄
・流れ着いた岩の撤去
・漁港の破壊された溝の撤去準備
・(前回からの引継ぎ)民家裏手の崖崩れ現場の補強
でした。
僕が参加したのは、一件の民家のガレキ除去と、岩の撤去と溝の撤去準備でした。
民家の瓦礫除去。
津波に流された家は、基礎だけが残ります。基礎だけあっても、基礎自体が歪んでいたり、その上に土砂や流れ着いた物がたまっていて、すぐに家を立てることは困難です。
よく、基礎剥き出しの映像がテレビでやってるけど、あのままあの上に家は立てれへんのですよね。
なんで、基礎の引きはがしや、ガレキを除去します。
その量たるや!

僕は瓦礫って言葉は大嫌いです。種別上、瓦礫って呼んでいますが、実際に撤去すればわかる。
撤去するモノは、服、写真、家具、お皿や家財道具、家の部品、そういった物ばかりです。土嚢に詰めてて、頭の中からジンジン痛むようなものばかりです。
ニュースで「瓦礫撤去」、「ガレキの受け入れ」だのなんだのって報道されているけど、中身はそういったものです。僕は、だから受け入れに是だの非だのの意見を言おうとしている訳ではない。けれど、それくらい知って、報道して欲しい。知識はあって意見は初めて説得力と意味を持つと思うから。
岩の撤去は、一個30キロ〜50キロほどのどこかから流れてきた40個程の石垣を、撤去する仕事。人数の都合上、僕の代のキャプテンと僕の二人で・・・ワァーオ。


これはコツも手順も何もないです。力です。
だんだん手の力が入らなくなってきて、持てなくなってくる。けど、昼までに終わらせる約束をしていたので、必死で!

終わり!
漁港の仕事。
トラックも上を通れるような頑丈な溝蓋が津波の影響でずれていたり、壊れかかっていたりして、危険な為、全て破壊して、撤去できるようにする仕事。

ご覧いただければお分かり頂けるでしょうが、その溝蓋自体が巨大で、それをそのまま撤去できない。
やから、このようにドリルで破壊します!
異常な疲労感だけがたまります。ほんまに工事現場のおっちゃんたちはすごい!


こんな感じで綺麗に破壊完了。次の日には、業者が撤去してくれたようです。
チームレスキューに関して、今回の陣は僕が行った3陣と大きく異なるのが、陸上部が少ないこと。
そして、レギュラーメンバーが増えていること。
この変化点にも関わらず、驚かされたのが、チームワークと雰囲気が同じだったこと。
そういった雰囲気づくりをしている、学年的には後輩にあたる名古屋組のメンバーやBossに深く尊敬。
特に先頭でいつも引っ張ているリーダー、マーシーこと、T田には頭が上がらない。3回生とは思えない思考と落ち着きで頼りになる男になっていた。ほんまにビックリ。
東北に関して、
今だ、現在進行形で被災が続いているんだなぁっと。避難されている方みんな。
民家の瓦礫撤去では、持ち主のおばあちゃんが、小さなナタを持って「私にも手伝えることはないですか?」と。
トイレをお借りしたガソリンスタンドの店主の家は流され、今は仮設住宅からスタンドに通っている。
僕らにやたらと親切な頑固な地元のおじいさんは、友達を何人も失っていたこと。
3月11日の一点だけが、止まっていて、それが問題でそれに対するボランティアではない。現在進行系で被害を及ぼし続けている、この「被災状況」に対するボランティア。
もう一点。驚いたこと。
地元の議員さんやボラセン等の役場職員が、次の七ケ浜町のまちづくりに関して「ボランティア」の僕らの意見を必要としていること。
「現在進行形で被災」した街を一番近くで見続けているボランティアの意見。その吸収は、役所的にも重要と感じるくらい密接で重要なんだろな。
公と私ってすごく離れている気がしたけど、そんなことないねんな。実は、公を構成するメンバーって私から出て
きてるんよね。離れている訳がない。むしろ同意。
次の七ヶ浜はどんな街になるだろう。被災されている方は、どんな街にしたいだろう。
そして、今回も僕らにとっての全力の1週間が終わり、七ヶ浜にとって一瞬で微力の作業を終えました。
またくるぞ!!

ムービーは最近アップされた、前々回の8陣の活動報告動画です。応援よろしくお願いします。
正直な話、とにかく活動資金が足りていません。
これは僕らの全ての始まり。1陣。
2011年11月17日
お久しぶりです
こんばんは!ぼくです。
まず、学年別で引退しました。ほんとうに僕を組成する大部分である陸上を事実上取り外しました。。
とは言え、近畿選手権で気持ちは若干切れてたんよね。陸上は練習以外の大きな部分で決まる。その分合わせる試合が終わると気持ちが切れる。僕は走れずに終わっちゃったけどね。
言い訳がましいけど、僕は、近畿選手権での引退に満足していた。
けど、まだ走れる機会を与えられたことは、なんか意味あるんやろなって考えた。
色んな人に相談して、色々悩んで、全カレ行って、九州旅行して、トルコに行って。走ろうって思った。この時点で走れる体ちゃうかったけど、やろうって。
何か意味があるとすれば、それは自分のためじゃなくて、今まで応援してくれた人の為に走れってことなんかなって。
こーゆー信心深いとこがありまして・・・笑
やから、最低限走れる体力だけは。
案の定、いや、本当にありがたい事やけど、ほんまにみんなに応援されました。当日まで、出会った僕の陸上のことを知るみんなが応援してくれた。当日も見に来てくれる友達もいた。親もね。
学年別ってゆー関西では大きな試合で、他大学のみんなが来ている舞台。
結果は惨敗やったけど、ほんまに幸せでした。後悔のない感じで。ほんまにね。
なんとゆーか、主務やって選手もやることって、今まで自分自身は「おれは両立してるぜ!」みたいな意識でいた。けど、実は、自分がそうしてわがままを通すことで、いろんな人に迷惑と心配をかけてたことなんやなと思った。遅すぎたけど、気付けてよかった。
主務もやらしてもらって、選手もやらしてもらって、ほんまに幸せな同志社の陸上部生活やった。
十年以上も陸上ばっかやらさしてもらって、ほんまに幸せな陸上生活やった。
てか生きててごめんなさい!笑 ポジティブな反省やで!
ほんまに生きていくことって、誰かに心配かけて、迷惑かけてんねんね!俺は、特に色んな人に気をかけてもらってる。気にかけてもらってることに、感謝の気持ちはあったけど、迷惑や心配をかけていることに関しては何も考えてなかった。
そんなら、僕はもっともっと人を許すべきやし、優しくあるべきやし、全力で関わるべきやな。今以上に、尚更うざい奴になるけど、人生でとっても、小気味が良くて、気持ちよくて、素直な自分のあるべき姿かなって思う。それが一番かけがいの無い陸上からそれを学べたんやからね。その学びの裏には人間がいて・・・みたいに堂々めぐりのように永久に感謝の循環が続くやん。ええやん。
僕は陸上でこんな人間になって、そして、こんな人間になっていきたいと思いました。出会いも、悔しさを初めとする感情も、効率や勉強も、生活リズムも、趣味趣向も、全て陸上に起因している。ありがとう。
ありがとう。
陸上ありがとう。みんなありがとうございました。そして、ここまで来るまで辞めへんかった自分よ、お疲れ様でした。
まず、学年別で引退しました。ほんとうに僕を組成する大部分である陸上を事実上取り外しました。。
とは言え、近畿選手権で気持ちは若干切れてたんよね。陸上は練習以外の大きな部分で決まる。その分合わせる試合が終わると気持ちが切れる。僕は走れずに終わっちゃったけどね。
言い訳がましいけど、僕は、近畿選手権での引退に満足していた。
けど、まだ走れる機会を与えられたことは、なんか意味あるんやろなって考えた。
色んな人に相談して、色々悩んで、全カレ行って、九州旅行して、トルコに行って。走ろうって思った。この時点で走れる体ちゃうかったけど、やろうって。
何か意味があるとすれば、それは自分のためじゃなくて、今まで応援してくれた人の為に走れってことなんかなって。
こーゆー信心深いとこがありまして・・・笑
やから、最低限走れる体力だけは。
案の定、いや、本当にありがたい事やけど、ほんまにみんなに応援されました。当日まで、出会った僕の陸上のことを知るみんなが応援してくれた。当日も見に来てくれる友達もいた。親もね。
学年別ってゆー関西では大きな試合で、他大学のみんなが来ている舞台。
結果は惨敗やったけど、ほんまに幸せでした。後悔のない感じで。ほんまにね。
なんとゆーか、主務やって選手もやることって、今まで自分自身は「おれは両立してるぜ!」みたいな意識でいた。けど、実は、自分がそうしてわがままを通すことで、いろんな人に迷惑と心配をかけてたことなんやなと思った。遅すぎたけど、気付けてよかった。
主務もやらしてもらって、選手もやらしてもらって、ほんまに幸せな同志社の陸上部生活やった。
十年以上も陸上ばっかやらさしてもらって、ほんまに幸せな陸上生活やった。
てか生きててごめんなさい!笑 ポジティブな反省やで!
ほんまに生きていくことって、誰かに心配かけて、迷惑かけてんねんね!俺は、特に色んな人に気をかけてもらってる。気にかけてもらってることに、感謝の気持ちはあったけど、迷惑や心配をかけていることに関しては何も考えてなかった。
そんなら、僕はもっともっと人を許すべきやし、優しくあるべきやし、全力で関わるべきやな。今以上に、尚更うざい奴になるけど、人生でとっても、小気味が良くて、気持ちよくて、素直な自分のあるべき姿かなって思う。それが一番かけがいの無い陸上からそれを学べたんやからね。その学びの裏には人間がいて・・・みたいに堂々めぐりのように永久に感謝の循環が続くやん。ええやん。
僕は陸上でこんな人間になって、そして、こんな人間になっていきたいと思いました。出会いも、悔しさを初めとする感情も、効率や勉強も、生活リズムも、趣味趣向も、全て陸上に起因している。ありがとう。
ありがとう。
陸上ありがとう。みんなありがとうございました。そして、ここまで来るまで辞めへんかった自分よ、お疲れ様でした。





