2017年02月15日

一般論にしないでほしい

 父がまたおかしくなった。
 目をぎゅーっとつぶって体を硬くして。
 そんなに力入れてたら苦しいでしょう?リラックスして寝て、と言ってもぜんぜん寝ない。
 

 二年前の、父がおかしくなった日を思い出しこわくなった。

 今度こそ、お父さん死んじゃうのかな、とちらっと思った。

 その日、訪問診療の先生が来てくれることになっていたので、気になりながらもバイトに行った。

 普段あまり悩みのない私は、「世の中の人はえらいなあ。だいたいいくつかの問題を同時並行で抱えながら生きている。私は、バイトも劇団も休んで家でいじけていたいよ」と思った。
 
 バイトの早番は、まず朝の一時間がとても忙しい。その時間がすぎて一息つけたら一緒に働いている助手のSくんにこっそり頼んで、電話させてもらおうかなと思ったが、一息つく間はなかった。そのまま、次の忙しさに突入してしまい、言い出せなかった。
 でもそうやって忙しいと薄情なことに、家のことをやや忘れている。

 それから劇団では、新春のつどいなどもあって、「役者は親の死に目に会えないと言うが、新春のつどいは休んでも許されるだろうか」などと考えていた。

 父は入院して、体をぎゅうっと硬くすることはしなくなったが、初めは意識があるかないかわからない状態だった。
 
 女医さんがやってきた。
 顔もまあまあきれいな人だが、手がきれいな人だなと思った。私の手なんてかさかさなのに医者の手というのは、あんなにきれいなんだ、と思った。

 「退院できても元の生活ができるという期待はしないでください。」といきなり言った。

 母はびっくりしていた。
 
 私は女医さんの言いたいことはわかった。病院で働いているから。でも、一般論を言う人はきらい!と思った。

 確かに、病院のせいで悪くなっているわけではないのに、というか、むしろ病院のおかげで命が助かったのにクレームを言う家族も多いのだろう。
 でも、病院側にしてみたら、家族の言葉は、「クレーム」ときこえてしまうことが多い、ともいえる。

何かあったときのことは考えていますか、というようになことをきかれたので私はこう答えた。

 「二年前の二月から父は認知症になったのですが、その一か月前、お正月にみんなで集まった時に、『何かあったとき、一週間だけ延命治療してみて。それでだめだったらもうきかないってことだからあきらめて』と言いました。」

 そうしたらそれからしばらくしてその女医さんが、副院長という先生を連れてやってきた。

 「あなたは娘さん?あなたに話したらいいの?」ときくので、「母は今トイレに入っていますから、トイレから出たら二人でききます」と言った。

 副院長はレントゲンの写真をみせながら話してくれた。

 この先生は、のっけから一般論ではなく、ちゃんと父の写真を見ながら話してくれたので、その点については私は好感を持った。

 肺炎も問題だが、食道が食道の役割を果たしていず、そこに、ありえないことだが、液体がつまっていること。
子どもの頃、ポリオ(小児麻痺)になり、50代で胃がんで胃の3分の2をとった父が、それらのことでは死なず、7
6歳まで生きてきたこと、認知症を発症する年齢まで生きてこれたことはむしろ喜ぶべきこと、みたいなことを言った。

 今、父が死んでもそれは「サクセスフルデス」なんですって。

 私は、父が、ぎゅうって硬くなっていたのはなぜか、ときいたらそれは苦しかったからでしょう、と副委員長は言った。それから私の謎を一つ解明してくれた。

 父は認知症になる前までは逆流性食道炎でしばしば横にならずに頭を高くして寝ていたことがあったが、認知症になってからはそういうことが一度もなくて、「治った?」と不思議だったが、認知症というのは、そういうこともわからなくなるらしい。

 じゃあ、音痴が治ったのはなんでだろう?それは先生にはきかなかったけど。自分の音感がずれていることを感じなくなり、堂々と歌えるようになって、逆に歌がましになったのかもしれない。

 私は、父がぎゅうっと硬くなって喋ってくれなくなってそのまま死んでしまうのはつらい、せめてもう一度話したい、と言った。それから、3日前に同じ病院で肺炎と診断されて薬をもらい、それを無理やり飲ませたことによって、結局誤嚥性肺炎を悪化させたんですね、と、批判的にならないように言った。(実際は批判的になっていたかも。)

 そう言いながら、うっとつまって、泣きそうになった。
 でも、泣くのを必死でこらえた。

 恥ずかしいから、というより、悔しかったから。

 このお医者さんの前で泣いたら、私の涙は、「70代の父親の死を目前にした、40代の娘が流す一般的な涙」になってしまう気がしたから。

 次の日には福岡から母の妹夫婦が、それから、浜松から妹家族が来てくれた。それからおじさんの息子の正行くんも今、東京に出てきているので来てくれた。ほとんど初対面の正行くんに甥っ子たちがなついているので私は嫉妬した。(でも、帰ってみてありがたみがわかった。深刻な話をしている横で、2歳と4歳の甥っ子たちが、裸で父の介護ベッドを滑り台にして遊んでいるから話が進まない!)


 みんながいるところで、お葬式の相談をする。

 お香典なし、お坊さんなし、戒名なし、というのは母と妹と私の一致した意見。

 「お香典のかわりにお菓子をもってきてください、というのは?」と妹。名案だと私は賛成。妹の夫は、「あんまり斬新すぎると参拝客がついてこれないよ」
 家族葬にしたいけれど、どこまで呼ぶのかで話がまとまらない。

 と、次の日、病院へ行くと、父は声はあまり出ないもののわりと喋れる状態で、前日にお葬式の話をしていたことを気まずく思う。
 
 でもまたその次の日はあまりしゃべれない状態になっていた。

 それから今日は葬儀屋さんと話をする。

 葬儀屋も妹の夫とそっくりなことを言っていた。
 
 フリープランでいいですが、あまりに斬新なことをすると周りがついてこれないし、あとから色々言われてもかわいそうですし、と。

 父の病室に戻る。父はあまりしゃべらないが、意識ははっきりしている。

 妹と私は、妹のこどもたちと先に家に帰り、夕飯の準備をする。

 母が帰ってきた。
 
 あのあと女医さんがきて、肺のレントゲンの写真を見せてくれた、真っ白だった、覚悟しておいてください、と言われたと。

 私と妹はショックを受ける。

 結局あんなに冷静にお葬式の話をできたのはまだまだ先の話と思っていた証拠なんだと気づく。アズサ
 

 

 

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2017年02月02日

怒る対象

 最近、夜、北風が強くて腹が立つ。

 ほんっとに自転車が進まないのだもの。昼間おだやかなのに帰るときになって北風ぴゅーぴゅーだとよけいに腹が立つ。
 なんで今私が帰るときにこんなに向かい風なのよ!!と風に向かって怒りながら帰っている。

 いや、風には罪はない。

 でもふと、風って人格ないのに、その風に向かって怒っているなんて変なの、と思った。人格どころか、モノですらない。昔習った記憶によればたしか、気圧の高いところから低いところへ空気が流れる現象、である。

 そう言えば、寒さに対してはどうかというと、寒くて寒くて手足がかじかむ朝や夜中は泣きたくなる。今年は私は泣きたくなった日は、はっきり覚えているのは一日だけである。寒さに対しては怒りよりも泣きたい気持ち。
 暑さに対してはどうだろう?今は思い出せないが、泣きたいよりも、怒りのような気がする。 

 そうだ、寒い時も怒ればいいんだ。そしたらカッカしてくるんじゃないか?

 皆さんはどうですか?
 一人で怒ったりしていますか? アズサ


 

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2017年01月16日

今年の抱負③

 年末にワークショップに参加したとき、来年の目標に、体をやわらかく、を入れよう、と思ったが、電車の広告などで、開脚の本が出たのを見ていて、欲しいなあと思っていた。

 でも、ほんとに私ってケチだから定価で買うの嫌だな、図書館で予約しようかな、でも、人気の本って何か月もかかるからきっと来るころには、柔軟熱は冷めているだろう。アマゾンの中古もまだ安くなくて、送料入れたらむしろ高くつく。

 それでブックオフに行ったらあったので買った。それでも1010円もした。が、定価より少しでも安いことに意義あり。

 買って開いてみてしばらくして早速後悔した。情報量が少ない!
 
 開脚に関するページはすぐに終わってしまい、なんかあんまり面白くない小説がおまけでついている。それは、開脚に挑戦する会社員たちの物語で、物語に沿って解説する、という意図なんだろうが。

 しかも、YOUTubeでその動画をアップして話題になったというから、何も本を買わずにネットでみればよかったんだ。

 と思ったがすぐに思い直した。

 インターネットを立ち上げるのを待つ間にすぐほかのことを始めてしまう私。(私のパソコン遅いので。)

 私にとってネットは毎日やるのに適さない。本なら開いてすぐみられる!

 それに情報量が少ないというのは、むしろいいことではないか。

 ごちゃごちゃ説明が多くて難しそう、と挫折せずにすむ。それさえやればいいのだもの。

 というわけで早速今朝からスタート!
 
 うーん、朝ストレッチするのって気持ちがいい。

 以前、寝る前にストレッチしていたことがあった。アロマをたいて気持ちのよい音楽をかけて、「至福のひととき気取り」で。

 でも、やや腰痛のある私、腰にいいストレッチをしていたのだが、そのまま寝てしまって朝起きたらかえって腰が痛くなってしまった。それで、やめたのか忘れたがとにかく途絶えてしまっていた。

 風呂あがりとか寝る前の方がストレッチタイムという感じもするが、朝の方が私に向いているかもしれない。

 この本は4週間でべたーっと開脚できると書いてある。ほとんど信じられない。でもがんばろう。4週間後にどうなっているかご報告します。アズサ

 

unitsaneido at 19:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)