2017年03月25日

死ぬ死ぬ詐欺

 父が入院して、明日かもしれないし、一週間後かもしれないと言われ、早一か月半。

 その間、遠方の親戚、妹家族、姉家族、父の学生時代の友人、私の親友、仲たがいしていた友人などが来てくれた。

 お通夜や葬式の話もした。
 
 妹は葬式かお通夜で流すDVDもつくった。

 死、というものについて色々考えた。

 通勤途中に、またそこここに、葬儀屋の看板がいかに多いかも知った。情報と言うものは、自分の中に関わりがあって飛び込んでくるものなんだと気づいた。

 看護師さんが優しい方が嬉しいということもつくづく感じた。
 私自身は心は本当は優しい人でなくても、患者や患者の家族は心が弱っているのだから「優しい行動」をとろうと決めた。(生活全般は難しいがせめて病院バイトの時だけでも・・・。)

 しかし、父はまだ生きている。

 父を生かしているものは、「医療の力」と「食い力」である。

 父がベッドにずっといるのがいやで、車いすに乗りたいとずっと言っているので私は看護師さんに、乗せてもいいかときいた。
 看護師さんはパシッと、「いやあ、この状態じゃあ無理ですよ」と言った。私は看護師さんの腕をがしっとつかんで部屋の外に連れ出すと、「先生の話をききました。もう、肺炎の治療もしていないようですね。つまり、このままじっと死を待つだけですよね。それなら最後にしたいことを、させてあげたい。それも、ものすごく無理なことを言っているんじゃない。家族の責任で車いすに乗せたいと言ってるんです。」と訴えた。
 
 その看護師さんは「今日は先生はもういないので明日きいてみます」と言ってくれた。

 翌日、「家族の責任で」と念を押され許可してもらえた。モニターや酸素や点滴がついている、弱弱しい父を車いすに移すのを大変そうにやっているところにリハビリの人が通りかかり手伝ってくれた。

 その翌日先生に、「結局、こちらのスタッフが手伝ったんですね」と言われた。

 私が先生の言いたいことがわかり、とても悲しく切なく、そして腹がたちぷるぷる震えながら言った。

 「私たちは何かあっても病院を訴えたりしません。」

 そのまた次の日、先生は「スタッフで話し合い、何かあっても病院の責任を問うようなご家族でないので、ご家族の責任のもとで、でも、こちらでも大変そうであれば手伝うということになりました」と言ってくれた。

 私は病院でバイトしていてよかったと思った。自分でも車いすに乗せられるだろうというのがなければ看護師さんにダメと言われたのに、それでも乗せたいとは言えなかっただろう。

 食べるのも誤嚥の危険がありダメで、病院では点滴のみ。これも、黙認と言う形にさせてもらった。

 そして父の誕生日にウニを買って行ったら目を輝かせて食べていた。

 母はそれから「今日は何を食べさせようか」と楽しそう。

 先日、カンファレンスの時、母がつい調子に乗って、「お刺身が大好きだから食べると生き生きしてるんです。こないだはまぐろのたたいたのをあげて」と言うと看護師は、さーっとひいていた。

 「だからかあ。この間、痰を吸引したら肉片のようなものが出てきてびっくりしたんです」

 看護師さんは、「素人はおそろし。」という顔をしていた。

 そして昨日は先生にレントゲンとCTを見せられ、「病状はむしろ悪化しています。」と念を押された。プールにもぐって浮かび上がってきたところを手でぐいーと沈められたみたいな気分。

 「プロ」から見れば私たちは甘いだろう。私自身も母に対しては、「あんまりぬか喜びしないでくれ」と思っている。
 この看護師さんは実にわかりやすい言葉を使った。

 「病院では生命維持が大事ですから。」

 
 妹は「死ぬ死ぬ詐欺」だと言う。妹の友達のお父さんが同じような病気になって、もう死ぬ、と言われて病院にも泊まったが治って20年経つが元気だそうである。それは、死ぬ死ぬ詐欺だったという。

 「生きます詐欺」よりはずっといいか。

 来週父を退院させることにした。

 家で看取る、ことが私たちにできるか、もちろん怖いけれど。 アズサ

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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2017年03月03日

紙芝居パフォーマンス③

 前前日は劇団で稽古しようと思ったが諦めて、でも、安田さんと話せたのがすごくヒントになった。

 前日は、夜、久々に舞台をみにいく。
 
 今年は、一月に三本の芝居を観たが、「そうだ、今年の抱負、もう一つ、『今年はこれぞという一本に出会う!』にしよう」と決めた。
 私は最近芝居をみにいくと大量のちらし(時々は二、三枚しかないという公演もある←私たちがやるのはそれかも)を開演前に熱心に一枚一枚みて、映画の予告をみるように楽しむ、そして心にピンときたのをその場で選ぶ。しかし、何となくおもしろそうだけどどうしようかな、と決めきれずに芝居が始まってしまうと、その大量のチラシをバッグにいれ、「ああ、悔しいなあ、せっかく荷物減らしてきたのに、またくどうちゃんの言うイケてない人になってしまうよ」と思いながら持って帰り、本棚の一角にどさっと置き、それが時々崩れてくるので仕方なく整理するともう終わってしまっているものとまだまだのものが混ざっていてイライラしてまとめて捨てる、という具合である。
 
 とにかく時間もお金も限られているのだから、開演前に決めよう!

 と決心したあとに、父が明日をも知れない命と言われたものだから、芝居の予約は入れられなくなった。

 役者は親の死に目に会えないと言うのは自分の出ている舞台の場合であってまさか、「チケット買ってしまったのでごめんなさい」というのは含まれないだろう。

 でも、この日の芝居はその前に買ったので(このブログを姉妹に読まれたときの言い訳)、久々にみにいった。

 私がだいぶ前に、しかもコンビニで手数料まで払って買った舞台とは、『語りと人形と「夜長姫と耳男」』という大人の人形劇である。ちょっと不気味なチラシの写真に心ひかれた。
 部屋に貼っておくとちょっと気味悪いかなとも思ったが、すぐに寝入ってしまうので大丈夫だった。

 期待通りよかった。人形そのものは生き物ではないが角度によって表情が感じられ、目がキランと光ったりして、すごいなあと感心した。

 そのお姫様を殺すシーンで、はらはらと赤い紙吹雪が舞った。上からではなく、そのお人形の周辺で。それがすごくきれいだった。
 四角く切った、いかにも紙吹雪とわかるものだったのだが、そこがまたよかった。

 これを見て私は、「そうだ!私も紙芝居の、私がクライマックスと呼んでいるシーンで紙吹雪を散らそう」と思いついた。
 紙吹雪を散らしてさっと紙芝居のページをめくって歌うのが理想的だが、一人だし練習する暇があまりないのでページをめくって歌ってそれから紙吹雪を散らす、という風にしよう、と考えた。

 しかし何でいまさら。時間がないよ。悶々と悩んでいないでもっと早く準備すればよかった。ほんとに私ってどうしてこういつもぎりぎりなのだ、と自分に対してぷりぷり怒る。でも、その人形劇の舞台のパンフレットにも、ゲネプロの時に初めて、語りと人形の動きが融合した瞬間をみた、というようなことが書いてあった。こういうすばらしいことをする人もぎりぎりまでやっているのだ、と無理やりこじつけて自分を落ち着ける。

 紙吹雪なら私でも作れる、でも、どうやって散らすかなど練習しないと効果的にできないのでは、いや、もう時間がない。そうだ、時間がないときはどうするか、カネを使うのだ、と私は金に糸目をつけずに効果的なものを買うことに決めた。

 紙テープを投げるのはどうだろう?そういうものって売ってそうだな。そうだ、日本舞踊で芝居仕立てのものをみたときに、うわ~と蜘蛛の糸のように紙テープを投げていたなあ。ああいうのが欲しい。

 百円均一に行くといろんなものが売ってある。楽しくて目移りする。時間があればいろいろ買って試したり作ったりするのに。 
 もう時間がない。金に糸目はつけないと決めたので、高いハンズに行く。ハンズにちょうど蜘蛛の巣テープというのがあった。お値段230円!練習用に予備を買う。

 最後までバタバタで準備し、いざ本番。

 劇団の二階のアトリエに行くと紙芝居をもう、セットしてあった。照明までついている。育成の子たちが練習していた。
 
 私は楽器を置く台が欲しいのですが、とそのあたりを見回していると、紙芝居パフォーマンスチーフで美術家のHさんと演出部のTさんがさっと、ちょうどいい箱を持ってきてくれて黒い布をかけてくれた。私はその上に百均で買ったテーブルクロスを乗せて、キーボードと鉄琴を置いた。

 少し、紙芝居をめくる練習をしてみる。手がかじかんでうまくめくれない。
 ベースとドラムがかっこよく置いてある。
 スライド用にスクリーンがつってある。
 もっと練習したいのに、みんなもう客席に並んでいる。

 「アズサごめん、アズサが一番になった。」とHさんが言った。私はわざと「え~」と言ったがむしろ初めにやってしまえ、という気分だった。

 一番は安田さんの予定だったが、お話がわかった方がいいということで、’(安田さんが選んだのも私とおなじお話だった)私が一番になったのである。

 ほかの人のを見ておじけづいてしまわないうちにやれてむしろラッキーである。

 育成グループのために照明がついていたが、私はどうしたいか聞かれた。私は、蛍光灯のもとでやるつもりでいたのに、ああ自分はなんて弱い人間なんだ、照明がついているとその方が効果的でそこに頼りたくなるなあ、今の私はスタニスラフスキーの言う「第四の壁」なんていらないんだと思っていたのに、と悩み、間をとって、照明もつけつつ、周りも明るく、という風にしてもらった。
 
  楽屋で育成の子たちが、「恥をかいてもKさんの責任!あとはおもいっきりやろう」などと仲良く言い合っている。私は誰も助けてくれない、私のかわりに誰も恥をかいてくれないなあと思った。

 そして始まり。

 最初の“セリフ”は予定通り。
 
 しかし、ちょっと予想外のことが起きた。
 
 「こんにちは、東京芸術座の」と続けて言おうとしたら、なんと、「こんにちは」とみんなが返してくれたのである。

 なんだ、劇団員、いい人たちではない。なぜ、こわいなどと思ったのだろう。

 それで私は少し間をあけて、「東洋芸術座の佐藤アズサです」と言った。

 客席に色々きいたりして、そろそろいいかなと思って紙芝居を始める。なんせ短くてあっと言う間に終わってしまうから、前段が必要だ。

 始めてみればごちゃごちゃ悩んでいたことなど忘れた。

 二番目は安田さん。企画書を皆に配る。ワークショップ形式ですすめるというものだ。みんな、神妙にきいていたが、私はあの場でやってほしかったな。でも、安田さんいわく、いきなりここでやれ、と言われてもみにきた劇団員は困っちゃうだろうから読むだけにしたそうだ。

 二番目はOくん。

 演奏者を控えて、「歌のお兄さん」のようないい声で自作の歌を歌う。ピンマイクなんぞつけてそこがまた効果的。
 それから、紙芝居の後ろにしっかり隠れて、紙芝居を読む。そこが彼のこだわりだったそうだ。
 途中後ろの二人が効果音を出す。
 最後にまた「テーマソング」を歌う。
 彼がほとんど即興でつくった歌だそうだ。でも、ちゃんとした歌になっている!

 トリは、育成委員会の授業を受けている人たちである。

 スクリーンに大きく紙芝居を投影して、その前で、大きなお面のようなものを体につけて「演技」する。

 これは、私のやったのとは別の少し長いお話だったが、こうやって人がやると面白いものだなと思った。

 全部が終わって、Hさんが一言、「参加してくださった方ありがとうございました。これで終わります。」
 
 もう少し何かしゃべったかもしれないが、印象としては一言。

 これをきいて「コケっ」という感じだった。

 安田さんが突然発言した。

 「フィードバックとかないんですか?」(この話、今日で終わりにしたかったのですが、つづく)アズサ

 

 
 
  
 


 



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2017年03月01日

紙芝居パフォーマンス、つづき

 そう言えば、世の中に出回っているものの名前は、「パフォーマンス紙芝居」だった。訂正。でも、この記事のタイトルは、紙芝居パフォーマンスのままで。その方がピンとくる。

 さて、初め考えたのが、小道具のケーキ、歌、それから、何か楽器を演奏したいなと思った。演奏する、というよりも、何か音を出すものが欲しいと思った。
 エントリーしてから本番まで約一か月。
 今から何かの楽器を練習して、というのは間に合わなそうなので、私でもできそうな木琴はどうだろう、と考えた。木琴って本当はものすごく難しいものだったりして。でも、私の求めているのは、幼稚園の頃やったように、ただ、ぽんぽんとたたくものである。

 それもやっぱり歌の先生のKさんに、借りられませんか?とおずおずと相談した。

 そしたら、鉄琴なら貸せるかも、と言ってくれた。

 彼が貸してくれた鉄琴は小さめでリュックにも入るし、いい音。

 でも、まだまだ不安だった。どうすれば面白くなるんだろう、と悩む日々。妄想の中では面白いがやってみると、「う~ん、しょぼいなあ」という感じになってしまう。しかも劇団員の前でやるのだ。ああ、こわい。

 ほかの人たちはどういうことするんだろう、と気になって仕方ない。

 劇団に行くと、育成委員会の子たちの指導と演出をしているKさん(こちらもKさん、ややこしい)が、にやにやしながら「よう、ライバル、どうだ?」なんて言ってくる。
 育成の授業を受けている後輩たちは、「先輩たちにアドバイスももらいながらがんばっています」と、自信ありげ。映像などもつくってもらっているようだ。

 Oくんは、ドラムをたたけるWくんとベースを弾けるRくんを引き込んで、かっこよく音楽をつけている。

 安田さんは「頭の中にはあるんだけどね~まだ書いていないんだ」と言いながら余裕の感じである。
 そもそも安田さんは、「パフォーマンスをする」という企画の中で、「稽古する時間がないので、企画書の朗読をしま~す!」などと言っている時点ですでに独創的である。

 独創的であることと面白いこと、この二つが最も重要である、と私は考えていたようである。
 それが自分にはないようで焦っていた。

 「ああ、みんな、ただ、一生懸命紙芝居を読む、それで終わり、というのならいいのになあ」と思い、あわててその考えを打ち消す。
 みんなそろってレベルが低いのを目指してどうするのだ、切磋琢磨という言葉があるではないか、芸術を目指すものはそうでなくてはいけない、と自分に言い聞かせる。

 本番の二日前に、バイト後劇団に行って稽古しようとしたら人がわさわさいた。

 みんながいる前でやりたくないなあと思った。

 安田さんと少し、紙芝居の話になった。

 「何歳を対象にするのかとか、はっきりしてないよね?ねえ、みんなは何歳を対象にやっているの?」などと言っていて、そうか、と思った。

 それで私ものすごくやりづらかったんだ。

 そもそも幼児向けのものをつくるというのが発端なのに、今回の発表は劇団員の前でやるから、劇団員を意識しすぎて変な迷いが生じていたのだ。

 自転車こぎながら道々考える。

 企画委員会の人に頼んで、みにきた劇団員に、子ども(幼児)という設定でみてくださいとお願いしてもらおうかと思った。
 いや、自分で観客にそうお願いすればいいんだ。
 
 それでいいことを思いついた。

 みんなに、10の位をとった年齢になってくださいとお願いしようと思った。
 
 つまり、43歳なら3歳。75歳なら5歳、という具合に。

 それから、始める前に「こどもたち」に話す内容を考えた。これはあとで箇条書きにしてふせんに書いておいた。セリフを決めてしまうとそれを覚えなくてはいけないし、その場の状況に対応できなくなるから、箇条書きというのが大事である。本当は全部頭の中、というのが理想的だろうが、今の私はテンパってきっと忘れると思ったから。それに、井上ひさしさんも講演のとき、ふせんを見ながら、「えーと、次、何話そうかな」と言っていたし。

 それから、最初に言う言葉だけは決めた。

 「こんにちは。東京芸術座の佐藤アズサです。」

 劇団員の前で、東京芸術座の、というのには二つのパターンがある。一つは、受け狙い、もう一つは、みなさんは、今、劇団員ではない、という設定でいてくださいね、ということ。
 たまに間違って、東京芸術座のと言って笑いをとっている人もいるが、これは一つ目に含まれるとして、今回の私は後者の目的である。(つづく)アズサ


 

 

 


 

 

 
 
 
 

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