2017年09月20日

自転車置き場の若者

私は和光市駅が好きだった。

理由は無料の駐輪場があることと、地下鉄に乗り入れていて都心まで安く行けること。

うちから、バイト先の病院や劇団までの途中にある。劇団とバイト先は、うちからほとんど同じ道のりで、最後の10分か15分くらいが違う道である。

 

だから、バイトのあとに夜、都心まで用があるときは、朝は自転車で行き、帰り、途中の和光市駅にとめて電車に乗り、またそこに帰ってきてそこから自転車で帰る。そこからも、一時間くらいかかってしまうのだけど。

でも、とにかく、ここに無料の駐輪場があることと、都心まで安く行けることを発見した時は感動した。これでだいぶ交通費が浮くのだよ。

なぜ無料の駐輪場があることを知ったかというと、、。あるとき、バイトに行く途中で自転車がパンクした。どうしよう、どこかでタクシーを拾わなくては。でも、そうそうタクシーって走っていないものである。

見渡すと人が同じ方向に向かって歩いている。ということは駅がある。駅に行けば駐輪場があるしロータリーがあってタクシーにも乗れるだろう。と、人の流れについていった。そしたら途中に、自転車がかたまっている場所があった。よく見れば自転車置き場。しかも、お金を払う場所が見当たらない!つまり無料。

あとで知ったが、和光市駅周辺には合計3か所の駐輪場があった。私が初めに発見した場所の駐輪場が一番しょぼかった。

 

無料だから、ドサ~っと自転車があるし、一番駅に近いところにいつも停められるわけではない。あまりにも満杯の時は別のところに移動する。

 

和光市ってえらいなあと常々思っていた。でもそのおかげで私のように、和光市に全く関係のない人がわざわざこの駅を利用している。ついでにここらで買い物したりもするから、無料にするメリットはあるぞ。だけど、大宮駅を利用する人で、駐輪場が無料のために一時間近くかけて和光市駅まで行くような人は私のほかにもいるのだろうか、そこはわからない。

 

ところが、いいものというのはいつか終わりが来るのだろうか。

ついに今年の四月から、「ただの」スペースだった自転車置き場が、立派な駐輪場に変わり、お金を取られるようになってしまった。それからはこの駅を敬遠していたが、先日久々に行き、初めてお金を払って和光市駅の駐輪場を使った。

それからふと、初めに見つけた、あの一番しょぼい場所も立派な駐輪場になったのだろうか、と思い、先日、バイトのあと六本木の俳優劇場にこんにゃく座の芝居をみに行くので、行ってみた。そしたら何とそこはまだ「ただの」自転車置き場だった。

 

今まで三か所あったときだってコミコミだったのだから、一か所になった今、ここだけが無料とかぎつけてみんながここに来たら大変なことになる。

 

もう夕方なのに相当量の自転車があった。が、たまたまぽっかり一台分空いていた。この日見た芝居はとってもよかった。面白かったし感動した。よかったなあと思いながら夜、自転車置き場に戻ってくると自転車はまだごちゃ~っとあった。

 

私が自分の自転車を出していると、がちゃがちゃにぎやかにやっている人がいる。何をやっているかというと、自分の自転車を取り出そうとしているのだが、ほかのがひっかかって出せないのである。

 

高校生くらいの男の子である。

 

自分のだけ取り出そうとするから出せないんだよ。

私もよく、劇団で先輩(や後輩)に怒られるけど。焦ってそこだけやろうとするとかえって非効率なのである。

 

「お年寄りには親切にしましょう」と習ったことはインプットされているからお年寄りが困っていると気になる。が、若者に親切にしましょう、と習っていないので特に気にならない。

 

なので、私は親切心というのではなく、あ、こういうのをまさに、老婆心、というのかしら、自分のだけ取り出そうとしている若者に、手伝いましょうかと声をかけた。

 

彼は、少しびっくりしたが、助かったという顔をして素直に、ありがとうございます、と言った。

 

私が前の自転車を起こして押さえてあげて、彼が自分のを引き抜くようにしようとしたのだが、簡単に行かない。私の起こした自転車も前の自転車にひっかかっている。見ると、そこは傾斜になっていて、彼の自転車は一番下、ドミノ倒しのようになっているのである。

 

めんどくさいなあと思ったが、ここは若者に手本を見せねば、と気合を入れて、このぐちゃぐちゃの連鎖の一番上から順番に自転車を「ほどいて」行った。そして、最後の二台を私が押さえてあげて、やっと彼の自転車を引き抜くことができた。傾斜になっているので私はずっと押さえていなければいけない。彼は、自分の自転車にカギをさした。私はまさか、と思った。

 

これを大げさなテレビ番組風に言うと、

「このあと若者は意外な言動に出たのである」とナレーションが入ってCMになるところである。

 

で、どんな言動かというと、「ありがとうございます」と言って立ち去ろうとしたのである。

何だ、大げさな、とおっしゃるかもしれないが、そう書いたではないか。それに、やっぱり驚きの言動だ、私にしてみれば。

 

私が手を放したらこの自転車はまた倒れてしまう。自分のが出たらさっさと行ってしまうなんて。

私は、「おいおい若者よ、私を置いて行くつもりか!」と心の中で叫んだ。

 

「ちょっと待って。まず、自分の自転車を倒れないところにおいて」と私は言った。

彼は素直にそうした。

「この自転車、持って」と私は自分の押さえていた二台の自転車を若者に持たせた。それから応急処置でほどいていった上の自転車を自立する向きに直した。それで若者は二台の自転車も自立するように置きなおした。上の方でまだねじれて倒れている自転車があった。どうしようかと思ったがそのころには彼も応援する空気になっていたので、その自転車も直した。

「これでいいんじゃない?」と言って私は自分の自転車を持ってきた。彼は、あ、ちょっと待ってくださいと言って、道をふさいでいた自転車をどかし、私に、お先にどうぞ、と合図した。

 

なんだ、この若者の成長の速度の速さは。数分間で紳士になっている。

 

それで私もさわやかな気持ちで帰ることができた。

 

ところで帰りながら考えた。

劇団の人がたとえば4,5人いたらこういう時、ささっと手伝うんだろうな。そういう風潮がある。

その中に、いやだなと思う人がいてもやろうとする人の意見が優先される。

 

みんなが、トラブルに会ったときやけに生き生きしだしたり、テキパキテキパキ音がするくらいに張り切るのを、時々、あまり好きじゃないなと思ってしまうこともある。

私はぼーっとしていることが時々あるから、例えばだれかが通るとき、「アズサ、じゃま!」と言って突き飛ばさんばかりのこともある。いや、もちろん私が悪いんです。でも、そういうの、ちょっといやだなあと感じてしまうこともある。

 

が、こういう場面に出会ってみると、正義感に満ち溢れ、フットワークも軽い劇団の人たちとその風潮はやはり基本的には好きだな、と思う。そういう場所に自分がいられることが嬉しいなと思った。

 

まあ、そんなことも再認識させてもらったり、最後はさわやかな気分にさせてくれた若者に感謝した夜であった。アズサ

    

 

 



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2017年09月09日

Iちゃんの奮闘

 夏の公演が終わってからの日々をざっと書いてみようと思う。この、ざっと、が苦手なのだけど。

  8月20日が千秋楽。
 その日は舞台のバラシをして、荷物を積み込み、トラックの運転の人たちがトラックを劇団まで持って行く、それ以外の人は解散。

 翌21日は道具類を倉庫に持って行く組と、劇団に残って作業する組にわかれる。

 ところでこの公演の稽古が始まったすぐの頃、衣裳チーフのAちゃんが、
 「8月21日、アズサさん、誕生日ですよね~」と言ってきた。
 
 わあ、覚えてくれてたの、ありがとう、と言う間もなく、
 「一緒にクリーニング屋、付き合ってくださいね。」

 どういうことかというと、劇団のそばのクリーニング屋さんは、誕生日の人は(会員になると)半額なのである。
 
 芝居でつかった衣裳の、衣裳屋さんから借りた以外のものは、コインランドリーや劇団の洗濯機で洗濯したり、クリーニングに出す。クリーニングもかなりの点数、ある。
 つまりこの日が誕生日の私は、生まれてきただけで価値のある人なのである。

 Aちゃんはしっかり者のいい子なのだ。
 買い物好き、それも、安く買うのが好き。そして、彼女は、自分のことだけでなく、劇団のためにもしっかり節約する。誰が誕生日か目を光らせている、劇団の経費節約のために。

 だから劇団残りになったというのもあるのだろうか。

 私は劇団残り組。
 大概、衣裳部は劇団残りで作業するのだが、このとき打ち上げの用意を衣裳部がすることも多い。
 しかし、洗濯のほかに衣裳屋に帰すために、細工したものの原状復帰をしなくてはならない。

 私は衣裳係ではなかったので詳しいことはわからないが、早替えのためにつけたマジックテープを外してボタンに戻したり、何かのタグを外していたらそれをまたつけたり、なんたりである。
 今回はその作業がたくさんあり、優秀な衣裳部メンバーがみんなでかかっても一日で間に合うかわからないくらい大変だから、
 「私たちは、打ち上げの用意、無理だよー!!」
と言われていた。

 小道具も多少、劇団に残っての作業があった。でも、小道具の洗濯などは、衣裳さんがしてくれることに。
 
 つまり、私は、打ち上げの料理担当になってしまった。また、台所にいる人か、、、。

 衣裳部の優秀な人たちにやってほしいよ。できる人はいくつものことができ、できない人はできないことが多いものだ。
 「じゃあ、アズサが衣裳の作業してくれる?でも、間に合わないよ。」とのことである。

 そんなわけで私は公演が終わって帰ってから眠い目をこすり、徹夜で、というのは大げさだが、とにかく、メニューを考えなくちゃ、と料理の本を引っ張り出したり、あとはだいたいクックパッドで調べてメニューを決めた。
 
 自分の得意料理を作ればいいのだが、、、。

 そんなのない!

 唯一作れる「ごちそう」は、クレープのグラタンだが、3,40人分作るにはいったい何枚、クレープを焼かなきゃいけないんだろう。しかも、劇団の電子レンジって、以前はオーブンレンジだったけど、今は違う気がする。そんなことも覚えていない。なので、この案はなし。

 芝居にカレーが出てきたので、カレーは作ることにした。芝居のセリフ通り、クミン、ターメリック、それからチョコレートを入れたものも試しに作ろうかと思ったがそんな余裕はなかった。メニューは、ミネストローネ、夏野菜のカレー(ミネストローネにトマトを入れるのでトマト以外の夏野菜)、冷シャブ、アボカドのサラダ、冷奴のツナマヨゆずこしょう、鳥のからあげ(これは商店街で頼む)。差し入れのぶどう。デザートも作りたいがそんな余裕はさらになし(お金も時間も)
 
 Nちゃんと買い物に行く。まず、商店街のお付き合いも大事、と八百屋に行く。Nちゃんが、計画にない、シメジをかごに入れる。
 「シメジ、好きなんですよ。シメジいれたら絶対、カレー、おいしくなりますよ。」

 誰か、きのこが嫌いな人いた気がするけど、大丈夫かな?

 「シメジ、嫌いな人なんているんですか?しいたけ嫌いな人ならいるけど」

 劇団に戻ってきのこのきらいそうな先輩にきくと、「しいたけは嫌いだけど、シメジはむしろ好き」だそうだ。Nちゃんが、「でしょ」という顔をする。「しいたけは特別なんですよ」

 好き嫌いのない私にはそのへん、わからない。

 私って仕事はとろいし、慌てるし、芝居中、早替え(衣装をあるシーンから次のシーンの間に短い時間で着替える)の介添えをしていたのだが「アズサさんが慌てなきゃいいんですよ」と後輩に言われてしまう始末。悔しいけれど、確かになあ、と自分でも思ってしまう。

 でもこの時ばかりは、周りの人が全部自分だったらいいのに、と思った。

 そしたら好き嫌いなく食べてくれるし、作りすぎても私が何人か協力すれば食べて物が残ることもない。大食いと言っても、一人で何でも食べきれるほどのつわものではないので。

 だから食べ物も無駄にならない。いや、そもそも、無駄に食べすぎか。

 八百屋で買い物したあとに、時間がなくなりそうなのでNちゃんには先に帰って玉ねぎを切っておいてもらうことにして、一人 でいなげやに行く。劇団の隣にいなげやができて何かと便利だが、あの、「ぴよぴよ~ぴよぴよ~」って音が頭にこびりついて、、、あの音はきらい!

 予算は二万円。
 しかも今回はアルコールの差し入れが少ないからお酒も買わなきゃいけないし、お金、厳しいよ。ビール券もない。ビールは1ケース差し入れがあったが、少し足りないので、「10本くらい買ってきて」と、倉庫組の人に頼んでおいた。

 いなげやで一人心細くなってきた。計算もなんとなくしていたが、だんだんめんどくさくなり、お会計のところで予算オーバーなら何かを戻そう、ということにした。
 が、実際はそういうことってやりづらい。

 おつりを見れば、ビール10本分のお金にやや足りなくなってしまったので、倉庫組の人に、「さっきビールって言ったけど、発泡酒にしてください」と連絡する。

 劇団に戻ると、Nちゃんを手伝ってRちゃんも一緒に玉ねぎを切っていた。私が10個といったものだから二人ともひいひい言いながら切っている。
 Rちゃんは、『父を騙す』の公演班ではない、『夏の庭』という旅公演の衣裳係の仕事で来ていたのだが、自分の仕事の合間に手伝ってくれた。

 ひえ~、これ、終わるかな、とボー然とした気分になる。

 すると衣裳部から優秀なIちゃんがこちらの手伝いにやってきた。
 Iちゃんはてきぱきと私に言う、「かぼちゃはそのままレンジで3分してください」とか「にんにくはないんですか」とか、「野菜はいためて使うんですね、ああ、トッピング風にしますか」

 かぼちゃはレンジでチンしたら切りやすくなった。でも、誰かがそれを見て、「アズサが腐ったかぼちゃを切っていた」なんて言っていた。ことごとく信用のない私である。

 Iちゃんの大奮闘のおかげで何とか間に合った。
 
 打ち上げの時、急に暗くなって、停電?と思ったら、美少女合唱団(?)がハッピーバースデーを歌って登場。

 Iちゃんが、手際よく料理作りながらさらにささっと、「これはアズサさんには見えないってことで」と作ってくれたケーキもあって嬉しかったなあ。いや、ケーキが、でなくて気持ちが。いや、ケーキもだけど。


 やっぱりざっと書けなかった。

 終わってから今日までのこと、本当にざっと書きたかったのだけど。サンエイドーとしての報告もあるし、一人で企んでいることもあるし。
 では、また!アズサ

 

 

 
 
 
 

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2017年08月28日

『父を騙す~72年目の遺言~』終了しました。

 『父を騙す~72年目の遺言~』無事、終了しました。ありがとうございました。

 いや~、今回は緊張したなあ。いつも緊張しているのを忘れているだけかもしれないが。

 裏の仕事で特に緊張した。
 裏の仕事、というのは転換や早替えの介添えである。

 本番の何日か前に、舞台監督が作った転換表というものが配られた。それが配られたとたん、みんな、それに見入っていた。その時演出家の“訓示”があったが、見渡すとみな、転換表の方に夢中であった。

 大先輩は転換はしないが大半の人は転換に関わる。(芝居によるだろうが、今回のはそうだった。)

 一人が間違ったりタイミングが悪かったり忘れたりすると芝居全体に影響するし、危なくもある。つまり、幕が下りてくる前にこれをださないとぶつかるとか。
 慌てると誰かにぶつかったりするし、暗くなると距離感がわからなくなるし。

 暗い中でものを定位置に置くために蓄光テープというのを目印に貼っておく。が、光をためる、という意味だからその前にその部分に光が当たっていないと光ってくれない。

 私の姉が確か私が学生の頃演劇サークルで芝居していたのをみにきてくれたとき、「暗くなったときプラネタリウムみたいできれいだった~」と感激していたが、これは、プロに言わせると恥ずかしいことなのであった。なるだけ貼らないよう、貼っても目立たないようにする。でも、ぶつかったり変なところに小道具を置いてしまったりするよりは蓄光がある方がましなので、やはり“理想”の数より増えていく。

 14日に紀伊國屋で舞台、照明等の仕込みをした。

 15日から本番だが、朝、まず、きっかけ稽古、というのをやった。

 シーンの変わり目で、明るい中でものを動かす。それから、暗い中でやる。それから、役者が実際セリフを言って、転換を含め(照明、音響ありで)、ここのシーンからここのシーンまでというのをやる。
 
 暗い中でやってみると、転換の人が邪魔で役者が出てこられなかったり、袖幕に引っ込もうとしたらそこは行き止まりだったりとてんやわんやである。
 
 何とか転換にかかわるすべてのシーンを終えるともう、お昼はとっくにすぎている。14時からゲネプロ(舞台稽古=本番通りのリハーサル)である。

 「消え物」係の私は、朝、炊飯ジャーをセットしておいた。12時に炊けるようにしていたのに、炊けていない!12時というのは夜中の12時のことだったのだ。
 慌ててスイッチを入れ、早く炊けてくれと祈る。最悪の場合は佐藤のごはんを買いにいこうと思ったが何とか間に合ってくれて袖幕の後ろのワゴンの上にいつものようにスタンバイしていたら誰かが、「なんかご飯のいい匂いがする~」なんて言っている。
 
 14時からゲネプロ、そのあとダメ出し。この演出家はダメ出しが長くないので助かる。それから不都合な点を直したりして本番に備える。

 本番中も何かしら起きる。舞台監督と大道具チーフが袖でこそこそ喋っている。
きっかけ稽古、ゲネプロ、本番と続き心がわさわさしてしまっている。この日は、A班で私の出番はB班なので、(A班の人には悪いけど)ああ、A班からでよかった、と心から思った。

 きっかけ稽古の時や本番中、舞台監督を見ていて、つくづく大変だなあと思った。

 みんなを指揮しながら自分もやることがたくさんある。
 一瞬きっかけが遅れた時、舞台監督が「すみません、指示出すのが遅れました。」と言った。みんなの中に、え~という空気が流れる。
 99回ちゃんとやっていても褒められず、1回ミスると責められる。
 それが裏方の仕事というものか。

 初めに書いたように役者も大半の人が裏方としても動いているのだが、転換表が配られたときの熱心さといい、みんな、こういう時にアドレナリンが出るタイプなんだな、生き生きとしていて、私のように緊張に押しつぶされそうな人はほとんど見当たらない。
 私はそんなにたくさん大変なことがあるわけではない、やることは7個くらいである。なんであんなに緊張したのかなあ。

 たとえば私はローテーブルを出す係だった。ところがソファの転換の人がなかなか来ない。この時私はがんばればソファを出すことができた。でももしも私がソファを出してしまったらその後のすべてが狂うのではないか、と思いその時ソファを出さずにその係が来るのを待った。
 ソファが遅れたせいで降りてきた幕にぶつかりそうになったりと問題が起きた。出せばよかったかな、でも私がやっていたらかえってほかの人が慌てたり舞台上でごちゃごちゃなってしまっただろうな、など、自分の判断に自信がないからそわそわと落ち着かなく妙に緊張してしまったのかもしれない。

 ところで翌16日は問題なければ12時集合、と予定ではなっていたが、やはり、B班で転換のパターンも変わるので午前中集合できっかけ稽古をやっておくことになった。
 集合時間より一時間前に楽屋&舞台に入れることがわかったので、私は同じシーンに登場するAさんと約束して舞台で稽古させてもらった。
 これをやっておいて本当によかった。本番前に一時間稽古したからって芝居が劇的によくなるわけはないのだが、このあと転換稽古があり、結局、前日よりさらに時間がなくなり、バタバタそわそわする中で、朝の一時間の稽古は私にとっての“おまじない”のようなものだった。

 そんなこんなで幕は開け、お客様には大勢来ていただき、熱心にみていただき、無事に幕は降り、本当に感謝です。アズサ

 

 
 
 

 
 
 

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