あの日から80日が過ぎた。

使いたいだけ電気を使っていた明るい街はどこかへ消えてしまった。
かつて何の心配も無く見上げていた空があったなんて信じられない。
工場に部品が来ないので製品が作れませんなんて、ソ連の話だと思っていた。

そう、ソ連・・・

我々はソ連のことを笑えない。
チェルノブイリが起きた時、TVの評論家は「あれは共産圏の古い原発だから起きた」
「日本では考えられない」とのたまっていた。


地震も、津波も、原発事故も考えられない災害ではない。
だが我々は、考えたこともない、想像したこともない世界へ放り込まれた。




それから、電車が動かなくなり、人々は東京の道に溢れ出した。
いつでも人と人を繋げているはずの携帯が繋がらなくなった。
携帯が無い時代には感じなかった恐怖に人々は動揺した。


大規模な停電への恐怖から人々は物を買い占めた。
TVにサランラップを5本もかごに詰めてレジに並ぶ男が映っていた。
いま、その男はラップを眺めて何を思うのだろう。

いつも組立作業の直前に部品を運ぶトラックは、
いつまでも部品が出来ないので部品工場の前に止まっていた。
全てが止まってしまった。


10年前ニューヨークに2機のジェット機が突入した時、ある経済学者が言っていた。
既に資本主義は変質し、テロへのリスクを含んだものとなったと。


3月11日の朝起きた時に誰がこの世界を想像できただろう。
もう、我々は3月11日以前の世界には戻れない。