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Tashiro
ちょっとした縁で田代慎之介のピアノを聴くようになって、はや十年になろうとしている。田代のピアニズムは決して大見得を切るような真似はしない。「作品との真剣勝負」などという陳腐な言い回しでは、彼の演奏を一パーセントも表現することができない。

それなのに、ピアノに向かっている田代を客席から見る時、いつも何か怖いぐらいの気迫を感じる。恐らくそこにあるのは、演奏会の前までに作品と真摯に向き合った姿であり、演奏会では苦闘している姿などひとかけらも見せないプロの美学である。それが冷淡に見えると言う人は、乱暴な情熱家を聴きに行けばいい。


田代慎之介のホームページが出来た。前回のリサイタルでの「泉のほとりで」も試聴できるようなので、聴いてみてください。
田代慎之介のピアノ室

今月から来月にかけて札幌、東京、山梨(韮崎)でリサイタルがあります。
詳細は上記ホームページかプロアルテムジケでどうぞ。

札幌公演 8月24日(金) 
  札幌サンプラザホール 7:00PM (開場6:30PM)
東京公演 9月 3日(月)  
  東京文化会館小ホール 7:00PM (開場6:30PM)
韮崎公演 9月29日(土) 
  東京エレクトロン:韮崎文化ホール大ホール 6:00PM (開場5:30PM)

<曲目>
シューマン/幻想小曲集 op.12
ショパン/夜想曲 ハ短調 op.48-1
ショパン/マズルカ 変イ長調 op.59-2
ショパン/幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61
シューベルト(リスト編)/「アヴェ・マリア」「糸を紡ぐグレートヒェン」「鱒」
スクリャービン/2つの夜想曲 op.5
スクリャービン/ピアノソナタ第3番 嬰へ短調 op.23

今回採り上げる曲は、音楽の教科書では「ロマン派」だが、そう十把一絡げにできない個性豊かな作品ばかりである。「飛翔(Aufschwung)」や「夜に(In der Nacht)」が人を惹きつけてやまない「幻想小曲集(Phantasiestuke)」にどういうアプローチを見せるか、とても興味がある。そして、まるでバラードのような大きな世界に聴くものを引き摺り込むショパンのハ短調夜想曲(第13番)。

同じくショパンだが、晩年のポロネーズの傑作として名高い「幻想」と、調性を同じくするマズルカ。作品59の三つのマズルカは昔から好きだったが、第二曲だけ抜き出すと、どう聴こえるのだろう。一見明るく聴こえるのに、どこかモーツァルトを聴いた時のように「かなし」く感じる不思議なマズルカだ。小林秀雄は万葉集の「かなし」とモーツァルトを結びつけたが、そこに近いものを私は感じる。

ゲーテを敬愛したが、素気無く「ファウストはモーツァルトが作曲すべきだった」と言われてしまったシューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade)」。これは個人的に大好きな曲です。シューベルトの音楽にはいつも心を鷲掴みにされてしまう。落ち着き無く何かに恋焦がれるさまは、この作曲家やシューマンの独壇場である。

特に、このブログとして真っ先に扱わなくてはいけないのがスクリャービンの珍しい作品、初期の二つの夜想曲である。彼の初期の作品はよくショパンの影響を指摘されるが、そのショパンの音楽の美しさが退廃の兆しを宿していることに気付かされる小品。日本人ほどショパンを愛する国民もあまりいないだろうが、なぜかスクリャービンの初期作品は数えるほどしか演奏されない。嬰ヘ短調のソナタは個人的にはあまりスクリャービンらしい霊感を感じないのだが、比較的によく演奏されるソナタである。

どれも今までの田代の選曲からは遠かったような曲のように感じる。それがまた楽しみだ。


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